第35話 今行かなきゃ

 叶衣さんを振った後、俺はしばらくその場から動かなかった。

 すぐに移動して玄関口あたりで叶衣さんとばったり遭遇しても気まずかったし、多分それでいい。

 俺はこれからどうしようと果てしない悩みを抱えながら立ち尽くす。


 俺は千陽ちゃんと叶衣さんを振った。

 理由はシンプルに、もっと好きな人がいるから。

 俺にとってはその二人より、つなちゃんの方が大切で、彼女と付き合いたいと思っているから。


 だけどそうは言いつつ、俺は既につなちゃんから拒絶されている。

 理由を聞いても『ダメだから』としか言われなかったせいで正直微妙だけど、それでも彼女が俺の想いに応えてくれなかったのは事実だ。

 別れ際に見えたつなちゃんの表情が忘れれられないし、俺の心を少し締め付ける。


 不誠実な事はしたくなかったから振ったけど、これから俺はどこを向いて歩いて行こうかな。

 つなちゃんには連絡を取らないときっぱり言われてしまっているし。

 現に今、どうしてももう一回話がしたくてメッセージを送ったけど、すぐに『学校にいるから無理』って返信が来た。

 やっぱり俺と会ってくれる気はないみたいだ。


 なんて考えていると、背後で足音がした。


「ごめん。盗み聞きする気はなかったんだけど、話してるのが見えて。……好奇心に逆らえなかった。本当にごめん。うちサイテーだよ」

「千陽ちゃん……」


 俺の元に歩いてきたのは千陽ちゃんだ。

 何も言わずに帰っていれば盗み聞きされていた事なんて気づかなかったのに、わざわざ言ってくるところが千陽ちゃんらしい。

 どこまでも真っすぐで、正々堂々している。

 人間だし、自分の好きな人が告白されている現場なんて気になるのは当たり前のこと。

 サイテーだなんて思ったりしない。


「月菜ちゃん、瑛大君の事好きだったんだ」

「そ、そうらしいね。びっくりだよ」

「……瑛大君の好きな人って、月菜ちゃんじゃなかったんだ」

「……うん」


 千陽ちゃんは俺が誰かに恋愛感情を抱いているのは気付いていたみたいだけど、その相手が誰かまではわかっていなかったらしい。


「瑛大君は、今その人と付き合ってるの?」

「……」


 千陽ちゃんに聞かれて、俺はこぶしを握り締めた。

 どうしたものだろうか。

 あんまり振った女の子に恋愛相談はしたくないんだけどな。

 それは凄く、良くないことだと思うし。

 だけど、千陽ちゃんは久々にぐっと近づいてきた。


「何があったの? 聞かせてよ。聞きたい」

「……うん」


 俺は相談することにした。

 相手がサキュバスなことやキスしたことなど、そんな彼女の秘密に関わるような事は言わないけど、今まであったことを色々話した。

 つい最近告白したことまで言うと、千陽ちゃんは難しそうな顔で唸る。


「相手の人、年上なんだ」

「うん」

「ってかちゃんと告白したんだね。すごいや」

「そ、そうかな?」

「うん。月菜ちゃんの件、今日うちのクラスでも噂聞こえてたから知ってるけど、結構色々あったみたいだし、そんな状況でも想いを伝える勇気があるって、凄い事だよ?」


 真っ直ぐに褒められたけど、俺は決まり悪くて顔をそむけた。

 勇気も何も、それをくれたのは他でもない千陽ちゃんだ。

 彼女の告白を受けて、俺はつなちゃんへの自分の気持ちに向き合おうと決心できたんだから。


「こんな話聞かせてごめん」

「えー、なんで謝るの? うちが聞いたんだし。普通にうちがやってることの方がキモいから気にしないで?」

「そ、そんなことないよ」

「あはは。まぁなんでもいいや」


 千陽ちゃんはそう言ってはにかみながら、俺を見る。


「早く行きなよ」

「え?」

「相手の人、どこにいるか教えてくれてるんでしょ? もう会いに来てって言ってるようなもんじゃん」

「そ、そうなの?」

「あれ、意外と瑛大君ってば女心に疎い? こんなのお決まりの文句なのに」


 千陽ちゃんに言われて、俺は再びスマホに目を落とす。

 確かに、本気で会いたくなかったら現在地なんか教えてくれないはず。

 そもそも大学の位置は、俺に姉がいる事で把握済みだ。

 そんな奴に学校にいるだなんて、確かに言わないかもしれない。


「で、でもしばらく会わないし連絡もしないって言われてるから」

「そんな事言いながらしっかり連絡してるじゃん。ほら、今行かなきゃ絶対後悔するんだから」


 そういう千陽ちゃんの瞳には、何かアツいモノがあった。

 確かに千陽ちゃんの告白からも、叶衣さんの告白からも、後悔したくないという想いが伝わってきたもんな。

 やらぬ後悔よりやる後悔というわけだ。


「千陽ちゃん」

「ん?」

「本当にありがとう」

「このくらい普通だし、うちら一生友達じゃん?」


 そう言ってこの前動物園で買ったお揃いのキーホルダーを見せられる。

 だから俺も、バッグにつけていたそれを見せた。


「俺、行ってくる」

「瑛大君、頑張って!」

「うん!」


 自分が振った女の子に慰められるなんて、恥ずかしいようにも思えるけど、自ら進んで俺にアドバイスをくれるような友達が作れたと思うと誇らしい。


 俺はそのまま、駆け足で学校を出た。

 目指すはまず、駅だ。

 そのまま電車に乗って、大学に行く。

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