第21話 本気

 乗り過ごした先の、目的地とは異なる駅につく俺達。

 時間も時間だったから、そのまま近くにあった定食屋に入った。


「なんか話し込んじゃったね」

「俺の相談に乗ってもらったばっかりに……不覚です」

「なにその言い方。おもしろ」

「そうですか?」

「うん。制服姿で学校抜け出した不良みたいな子に不覚とか言われたら笑っちゃうよ」

「そ、そういえばそうですね。補導とかされないかな」

「さぁ。私も不安だよ。未成年連れまわしてるわけだし」


 言われて考える。

 つなちゃんは今二十一歳らしいし、大学生とは言え成人だ。

 対して俺は未成年。


 男女が逆だから忘れていたが、一歩間違えたら犯罪なのか。

 いやいや、合意なら大丈夫と聞いた気がする。

 それに今俺の保護者は姉だ。

 姉はつなちゃんの存在を知っているし、その事について何も言っていないから大丈夫だろう。


「ってかこんなとこ初めてきた~」

「俺もです」

「なんかほんとに旅行って感じで楽しいね。私たまに一人で散策するんだよ」

「俺は、あんまりないですね。旅行行ってみたいんだけど」

「じゃあ一緒に色んなとこ行く? ……ってダメか」

「え、あ」

「瑛大君には別の子がいるもんね~」


 つなちゃんは少し寂しそうに笑った。


 俺は今、千陽ちゃんに告白されている。

 彼女との関係性をはっきりさせないといけないのだ。

 今日だって遊びに来たわけではない。

 千陽ちゃんに告白されて動揺していた自分を落ち着かせるために、つなちゃんに相談したかっただけだから。


 と、そこで俺は理解した。


 もしこのまま俺が千陽ちゃんと付き合うことになったら、もう今みたいにつなちゃんと会うことはできなくなる。

 特にキスなんて、絶対できない。

 そしてキスできない俺なんて、ハーフサキュバスのつなちゃんにとっては無価値だ。


「瑛大君」

「な、なんですか?」

「サキュバスは本気で相手にしちゃダメだよ」

「え?」


 まるで頭の中を覗かれているような言葉に、俺はドキッとした。

 じっと見つめていると料理が運ばれてくる。


「わ~おいしそ。食べよ?」

「あ、はい」

「いただきま~す。うま~」


 先程の会話なんてなかったように食事を楽しむつなちゃん。

 俺も自分の頼んだ定食を味わった。


「おいしいね」

「はい」


 言いながら、湯気を立てる味噌汁を啜る。

 なんだか、あまり味がしなかった。



 ◇



「せっかくだし写真撮ろうよ」

「いいですね」


 ご飯を食べ終わった後、見慣れない街を歩いているとつなちゃんが言ってきた。

 二人で並んで写真を撮る。

 画角に入るためにピタッと肩をつけると、甘い良い匂いがした。

 さっき嗅いだ千陽ちゃんのモノとはやっぱり違う。

 もっと大人で、なんだか頭がぼーっとする香りだ。


「つなちゃんって、なんで俺に自分の正体明かしてくれたんですか?」


 前から気になったことを思い切って聞いてみた。

 写真を撮り終えた後、つなちゃんはスマホをしまいながら言う。


「ん~、実はよくわかんない」

「え?」


 返ってきた答えは予想外だった。


「なんか瑛大君ってすっごい素直じゃん? 君の話聞いてたら感化されてつい言っちゃったっていうか……」

「マジですか? それだけ?」

「多分ね。あとはあの時の瑛大君が見てられないくらいめっちゃ落ち込んでて、なんかキスしてあげたくなったんだよ」


 苦笑するつなちゃんに、俺も笑う。

 実際、俺はあのキスで救済された。

 モテやすくなったのもあるけど、それ以上につなちゃんに出会えて、俺は少し前向きに生きていけるようになった。

 学校でどんな嫌がらせを受けても、つなちゃんの事を考えたら楽になった。


「そういえば瑛大君、叶衣さんと千陽ちゃんのどっちが好きかわかんないって言ってたよね」

「はい」

「こんな事言うと困らせちゃうけど、好きって感情なんて比べられないよ。あんまり深く考えても仕方がない」

「じゃあどうすれば」

「私なら、好きって言ってくれた子と付き合うかな。単純な答えでごめんね」

「いや……」


 その通りだと俺も思う。

 そもそも俺は千陽ちゃんの事も大好きなんだ。

 週末に遊びに行く約束もあるし、その時に告白するのもいいかもしれない。

 不誠実な気もするけど、だけどよくわからない感情に躓いて好きなのに想いに応えないのも、なんだか違うと思う。


「つなちゃん、本当にありがとう」

「お礼されるような事してないよ~」

「そんなことないです。めちゃくちゃ落ち着けたし、色々考えられました」

「そっか。まぁ今すぐに答えを出す必要もないよ。自分のペースでゆっくり、そして思いつめないように」

「はい」


 流石は大人のお姉さんた。

 こんな平日の昼から呼び出しても付き合ってくれる。

 しばらく頭が上がらないよ。


 だけど、つなちゃんはどうするんだろう。

 俺に彼女ができたら、また新たな男を探しに行くのだろうか。


 そう思うと、なんだか胸が締め付けられた。

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