第10話 バフの効果期限

「ねー見て。このバッグどうかな?」

「可愛いね。高校用に買ったの?」

「そうそう! 結構お気になんだけど、野球部のハゲは趣味が悪いからダサいとか言ってくるの。ないよねー」

「あはは」

「瑛大君はセンス良くていいね」

「そうなのかな」


 その日の下校時。

 約束していた通り丘野さんと俺は一緒に帰宅していた。


 終礼後、俺の教室に丘野さんが入ってきた時は少し驚いた。

 いきなりの事だったから心の準備ができていなかったのだ。

 それに、俺の横の席には叶衣さんもいる。

 振られた直後に別の女の子と仲良くするのって、絶対心象よくないよな……。


「どうしたの?」

「ううん。なんでもないよ」


 いやいや、今は丘野さんとの時間だ。

 他の女子にどう思われるとか、気にすることじゃない。

 そもそも叶衣さんは俺の事を嫌っているし、今更だ。

 付き合えてるわけでもないし。


 邪念を払って俺は隣の丘野さんを見る。

 彼女はニコニコ明るい笑みを顔に浮かべて俺を見つめていた。


「で、どこ行こっか」

「丘野さんは野球部のスケジュールもあるだろうしね」

「うーん。まぁ瑛大君と遊ぶ予定入るなら休んでもいいけど」

「部活の方優先しよう。俺はいいから」

「うちは全然瑛大君の方が……いや、なんでもない」


 思わせぶりな事を言ってくる丘野さんに、俺も照れてくる。

 と、丘野さんは気付いたようにハッとして口を開いた。


「そういえば瑛大君、なんでうちの事丘野さんって呼ぶの?」

「え?」

「名前で呼んで欲しいな」

「……千陽?」

「もー、なにそれ! しかもいきなり呼び捨てとか……っ!」

「あ、あぁぁぁぁ。千陽さん!」

「せめてちゃんにしてよ! あははっ、笑わせないで」

「ご、ごめん。……はは」


 なんだかわからないが、ウケたらしい。

 目に涙を浮かべながら爆笑する千陽ちゃんに、思わず俺も笑った。

 なんだこれ、超楽しい。

 そして千陽ちゃんが超可愛い。


「瑛大君、ほんと面白いよね」

「そ、そんなことないと思うけど」


 普段は男子にいじめられてるわけで、面白みなんてないと思う。


 そこで俺はふと、とあることが気になった。


「千陽ちゃん」

「ん?」

「俺ってその……カッコいい?」


 言ってすぐに顔から火が出そうになった。

 熱い、熱すぎる。

 顔の表面温度は既に100℃を超えてそう。


 だけど俺は聞いた。

 サキュバスのキスのバフがどれくらい効いているのか確かめたかったから。

 そして恐らく、その効果のおかげで嫌われることもないだろうと思ってその問いを放った。


 俺の質問に千陽ちゃんは少し考える。


「カッコいいっていうか、優しいなって」

「……え?」

「え?って何? 自分で聞いたんじゃん」


 思ったのと違う答えが返ってきて、俺は面食らった。


「こんな事言うとアレだけど、別に顔がカッコいいとかは、そんなにかな。でも昨日仕事手伝ってもらって、すごく嬉しかった。そういえば、昨日は横顔が結構凛々しく感じたかも……? まぁでも、うちは瑛大君のこと好きだよ!」

「え、あ、うん」

「あ、す、すすす好きってそういう意味じゃないから!」


 焦って訂正する千陽ちゃんに苦笑しながら、俺の中で秘かに疑問が生じていた。


 もしかして、効果が薄れてきている?


 思えば最後につなちゃんとキスをしたのは先週の事だ。

 具体的な効果期間は聞いていないが、もうそろそろ切れてもおかしくない。

 永続的なものではないだろう。


 それと同時に、俺は隣で顔を真っ赤にしている千陽ちゃんに頭を悩ませる。


 この子、バフの影響だけなく、俺の事を好きになってくれたのか?


 そんなにカッコいいわけではないと言われて若干ショックだけど、それは前から自覚している。

 そんなことより、千陽ちゃんは優しいから好きだと言ってくれた。

 これに関してはキスの効果関係ない気がする。

 キスの効果が出ると、大体『凛々しくなった』とか言われがちだから。

 この前姉にも言われたし。

 という事は、この子の好意はキスの効果を全くの無関係だと言えないにしても、それだけじゃないかもしれないわけだ。


 そう思うと、俺自身めちゃくちゃ照れてきた。

 嬉しすぎる。


「うちさ、遊びに行くなら屋外が良いな」

「あー、公園とか?」

「うん。あとは動物園とか?」

「いいね動物園」


 最後に行ったのは小学生の頃だ。

 久々に行ってみると楽しいかもしれない。


「あ、うち着いちゃった」

「そっか。今日はありがとう。楽しかった」

「マジ!? うちも超楽しかった。また後で連絡するね!」

「了解」


 そのまま俺は千陽ちゃんと別れ、一人で帰路に着く。


 なんだか、不思議な感覚だった。

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