第9話 優越感
モテ期がやってきた。
これは素晴らしい事である。
モテたことなんて一度もなく、一方的に誰かを好きになることはあっても好意が帰ってくる事すらなかった人生。
それがひょんなことから変わった。
全てはつなちゃんのおかげだ。
あのハーフサキュバスの巨乳女子大生との出会いが俺の人生を変えたのだ。
まぁ本命だった女の子には嫌われているままなのが玉に瑕なんだけど。
「……ここの問題、わかる?」
「……ちょっとわからない」
「そう」
授業中。
まさかのペアワークで俺と叶衣さんはお互いに困っていた。
俺は叶衣さんと適切な距離を保ち、男子に目をつけられないよう、そして叶衣さんに迷惑をかけないようにしているから。
叶衣さんは俺の事を嫌っているから、そもそも話したくなさそうだ。
じっと俺の顔を見つめてくる。
俺はそんな視線を意図的に無視し続けた。
最近、叶衣さんはよく俺の方を見てくる。
何のつもりか知らないが、妙な話だ。
あれだろうか。
嫌いな奴の顔を目に焼き付ける趣味でもあるのだろうか。
ちょっと意外である。
いやまぁ、俺は叶衣さんの事なんか何も知らないんだけど。
「……」
叶衣さん、経験豊富って本当なのかな。
つなちゃんほどえっちな感じではないが、叶衣さんもスタイルが良い。
遊び慣れていても不思議ではない容姿だ。
「何? じっと見て」
「いや、別に」
「……なんなのマジで」
ヤバい、怒らせてしまった。
不機嫌そうに顔を背ける叶衣さんに俺は焦る。
口を開かないようにしていたのに怒らせるとは、もはや俺の存在自体が彼女にとって害悪なのかもしれない。
早く席替えしたいな……。
こんなに悲しい理由で席替えを望んだのは生まれて初めてだ。
「そこ、間違えてる」
「え、あ」
「集中しなよ」
「ごめん」
注意されてノートに書いた答案を消す俺。
それにしても、サキュバスの効果でモテやすくなっているはずなのに、なんでこんなに叶衣さんには嫌われたままなのだろうか。
好きになってもらえずとも、好感度が低すぎる気がする。
よほど元の印象が悪かったのかもしれない。
そう思うと凹むな。
◇
「お前ガチで嫌われてんじゃん。クソウケるんだけど」
「さっきの月菜の顔見たかよ」
次の授業への教室移動で、藤咲と山野に絡まれた。
二人は俺の事を馬鹿にしながら笑う。
「櫻田、ジロジロ月菜の体見てたよな」
「べ、別にそういうわけじゃ」
「キモいんだよお前」
耳元でそう言われ、俺は反省する。
じっと体を見ていたつもりはないが、少しでも失礼な事を考えたのは事実だし、あまり反論の余地もなかったからだ。
と、そんな俺の肩に藤咲が腕を回してくる。
「童貞きっしょ。そんなにヤりたかったん?」
「違うって」
「精々妄想でもしてろよ。お前が独りで寂しい夜を過ごしてる時、あいつはどっかの誰かとヤってんだから」
「あ、俺サッカー部の先輩との噂聞いたわ」
「マジ!? あーあ、櫻田君どんまーい。寝取られてんじゃん。どう、興奮する?」
「し、しないから」
腕を振り払いながら俺は首を振る。
ダメだ。想像するな。
惨めな気分になってしまう。
叶衣さんが誰かとなんて……考えたくない。
「今更だって。高橋もこの前言ってなかったっけ、月菜とヤったって」
「いやいや、あの顔じゃ無理だろ」
「じゃあ脇谷の方か。この前自慢気に語ってたぞ」
「穴兄弟だらけじゃねーかよ。よかったな櫻田君、童貞をそんな女で捨てなくて」
「いや、こいつの場合どんな女も相手してくれないだろ」
「ぎゃははっ! 言い過ぎだろ!」
ゲラゲラと笑われながら背中を叩かれた。
不快だ。
会話の中身も汚いし、何よりそんなことべらべら話すのもどうかと思う。
百歩譲って叶衣さんが経験豊富だったとしても、それを第三者が言い振らすのは、違うと思うから。
なんて思っていた時だった。
「あ、瑛大君」
「丘野、さん?」
「奇遇だね! 移動教室?」
ちょうど廊下で丘野さんと遭遇した。
高めのポニーテールが明るい彼女の性格をよく表している。
昨日と同じく、今日も可愛かった。
そして、昨日の連絡先交換は夢じゃなかったと確信した。
丘野さんはニコニコしながら近づいてきて、両隣の藤咲と山野を見る。
「友達?」
「いや、同じクラスの」
「そうなんだ。うちは野球部マネの丘野。瑛大君にとっては友達……になるのかな? よろしくね」
俺とこいつらの関係性を知らない丘野さんは二人を友達だと思ったらしく、同じように明るい笑みを向けた。
しかしすぐに俺に向き直って近づいてくる。
「昨日の話なんだけどさ。瑛大君と一緒に遊びに行くとこ、まだ決まってなくて」
「そ、そっか」
「だから……今日もまた一緒に帰って、その時に話したいんだけど、ダメ?」
「大丈夫だよ」
「マジ!? やった! じゃあ放課後よろしくね」
「部活は大丈夫なの?」
「うん。今日も休みなんだー。明日からはまた忙しくなるから」
「そっか。頑張って」
「えへへ、ありがとっ」
嬉しそうに照れ笑いを浮かべながら教室に戻っていく丘野さん。
叶衣さんの事ばかり考えていたけど、丘野さんもめちゃくちゃ可愛いよな。
友達って感じの距離感が新鮮で楽しい。
なんて、丘野さんの後ろ姿にぼーっと手を振っていると、隣の男子二人の事を思い出した。
「お、お前あの野球部マネと仲良いの?」
「えっと、まぁ」
「なんかウザ。行こうぜ山野」
「あぁ。……俺名前すら覚えてもらってなかったし」
一瞬また殴られるかと思ったが、二人はショックを受けたように俺を置いて行ってしまった。
どうやら俺にあんな可愛い女子の友達がいる事を受け入れられなかったらしい。
なんかちょっと面白いな。
若干優越感のようなものが湧いてくる。
ってダメだ。
これは俺の能力じゃない。
つなちゃんのキスの効果だ。
自惚れると身を滅ぼしかねない。
「よし」
俺は気を取り直して次の教室に向かった。
若干、心が軽くなった気がした。
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