第3話 サキュバスのキス

「尻尾……?」

「よいしょ」


 尻尾をスカートの中に強引に押し込むつなちゃん。

 だけど、その尻尾は力強くそれに反発する。

 反り立つ姿はまるで……。


「この尻尾、興奮するとおっきくなるんだよ」

「……」

「ちんちんと一緒だね」

「えぇ」


 原理は知らないが、男のアレと似たような事が起こるらしい。

 道理でさっきは気付かなかったわけだ。


「はぁ……」


 隠すのを諦め、スカートを尻尾に捲し上げられたままため息を吐くつなちゃん。

 彼女は疲れたような目でそのまま俺を見る。


「ね、言ったでしょ。私はハーフサキュバスなの」

「は、はい」

「もうほんと嫌になる。学校じゃ絶対尻尾出せないから、昔から大変なんだよね」


 そりゃそうだ。

 こんなのが露わになったら大騒ぎになるだろう。


「まぁサキュバス自体はいっぱいいるけどね」

「そうなんですか?」

「よくいるでしょ? 同級生食いまくってる子とか、マッチングアプリで毎日男漁りしてる子とか。経験人数が異常に多い子って大体サキュバスなんだよ」

「えぇっ!?」


 まぁ確かに、言われてみればそうだよね。

 今までネットなんかで見てきた引くレベルの異常に性欲が強い人も、サキュバスだと思えば納得できる。

 ちなみに俺にはそんな神様みたいな女の子の知り合いはいない。


 いやでも待てよ。

 そういえば叶衣さんは経験多いって話だったよね。

 もしかして……?


 脳内で叶衣さんのお尻から尻尾が生えているのを想像してしまい、慌てて首を振る。


「私はハーフサキュバスだからそこまで性欲強くないけど、それでもやっぱりある程度の精気は必要なの」

「その……ヤらなきゃ精気を吸えないんですか?」

「ううん。そんなことないよ。キスとか、今みたいに隣で私にドキドキしてる男の子がいれば補充できる」

「……」


 どういう原理かはわからないけど、意外と方法はあるみたいだ。

 と、話を聞いていた俺にニヤッと笑いかけてくるつなちゃん。

 どうやら俺が興奮しているのはバレているらしい。

 結構恥ずかしい。


「キスしよ?」

「え?」

「瑛大君は振られて寂しいから。私は男の子の精気が必要だから。お互いにメリットしかないと思うけど」

「で、でも付き合ってないのにキスなんて」

「うーん。好きな子に後ろめたい?」

「そ、それもあります。振られたけど、すぐに忘れられるわけでもないので」

「じゃあこのままずっと童貞でいるの? いつまでもその子への想いを引きずって、これからの人生棒に振るの?」


 じっと見つめらた。

 諭すような物言いに、俺はごくりとつばを飲む。


「すぐ前向けないのはわかるけど、チャンスを逃すのは勿体ない」

「た、確かに」

「まぁ、私とちゅーしたくないならいいよ。別の男の子見つけに行くから」

「……わかりました。します」


 こんな美人とキスするチャンスを逃すのも馬鹿だと思う。

 つなちゃんの言う通り、叶わない上に迷惑に思われている叶衣さんへの想いを引きずって、これからの人生をめちゃくちゃにするのも避けたい。

 それは叶衣さんのためでもある。

 変に叶衣さんに固執し続けるのも良くないから。

 あと、キスしたこともないから童貞臭がにじみ出るのかもしれない。

 あの二人の陽キャ男子にあんなことを言われたのは、俺から童貞臭がにじみ出ているせいかもしれないんだから。


 若干自分を言い聞かせるように、俺はそんな事を考えた。

 覚悟は決めた。

 俺は、前を向こう。


 俺はそのまま隣のつなちゃんを見た。

 そしてそれから、キスをした。


「ん……っ。はぁ」

「……は、激しかったですね」

「あれ、そうかな。ごめんごめん。いつもの癖で」


 そっか、そうだよな。

 こんな美人で淫乱なつなちゃんのことだし、いつも激しいキスをしているのも納得だ。

 この程度、彼女からしたら軽いあいさつ程度なのかもしれない。


 ともかく、俺はファーストキスを済ませた。

 感動はあんまりない。


 と、そんな事を考える俺につなちゃんはニヤニヤした。


「どうだった?」

「えっと、良かったです」

「そっか。少し元気出た?」

「あ、はい!」


 あのキスは俺を慰めるためでもあったんだった。

 深々と頭を下げると、つなちゃんは大した問題じゃなさそうに続ける。


「そういえば言い忘れてたけど、サキュバスの唾液って毒性があるんだよ」

「はぁ!?」

「あ、別に致死性はないよ? ただえっちな雰囲気を出しやすくなっちゃうだけで」

「いやいやいや。それはそれで致命的でしょ」


 どういうことだよ一体。

 焦ってつなちゃんの肩に触れると、「ひゃん」っと艶やかな声を漏らされた。


「瑛大君がえっちな気分になるわけじゃないから安心して」

「じゃあどういうことですか!?」

「ただ君の男性的魅力にちょっとバフがかかるだけ。有り体に言うとモテやすくなるって事だね」

「も、モテ……?」

「どっちにしろ瑛大君にはメリットしかないと思うけど。あ、でもその代わり男子には嫌われやすくなるかも。ごめん」

「……」


 まぁそんなもんだよね。

 メリットしかない事なんてそうそうない。

 確かに女子にモテてる奴って嫌われやすいし、理にかなったデメリットと言える。


 だけど、問題はない。

 だって高校入学直後の俺には男友達なんて大していないし、これからはネタとしていじられ倒す未来が確定している。

 不都合は生じにくい。


「あ、だから瑛大君の事を今日振った女の子も、もしかすると振り向いてくれるかも」

「ほ、本当ですか?」

「でも私、ハーフだからめちゃくちゃな効果は期待しないで。それと、一つお願いがあるんだけど」

「はい……?」

「私、これからも毎回相手探すの大変だし、しばらく定期的にキスさせてくれないかな。瑛大君にもメリットはあると思うから」

「わかりました。よろしくお願いします」

「うん」


 思えば、俺はこの時から少しおかしかった。

 目の前の超絶美人で妖艶な巨乳女子大生に、何の警戒も抱かなくなっていた。


「やっぱり前向いてる方がカッコいいよ瑛大君」


 つなちゃんの声が、やけに体の芯に響く気がする。

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