第12話・アナベルへの贈り物

「先日、父の代理でアヴェン領へ視察に行ってきたんだ。ベルが好きそうな焼き菓子を買って来たから、一緒に食べようと思って」


 ホールに設置されたソファーで脇に書籍を山積みにして寛いでいたアナベルは、玄関扉を入ってくるなりテンション高く喋り始める従兄弟に、心底うんざり顔を向ける。同じようなことを言いながら突然の訪問をしてきては、子供の頃から何度も読書の邪魔をされ続けたのだから。

 ソファーテーブルの上に並べられた菓子箱は、どれも可憐な印刷を施した包装紙に包まれている。女性への手土産に丁度良いと向こうで勧められたのが丸分かりだ。


「アヴェンで今一番人気のある店の菓子らしいんだよ。種類はたくさんあったんだけど、ベルが好きそうな飛びっきり甘いのを選んで来たよ」

「まさかとは思うけど、今日の用事はそれだけかしら?」


 いつまでも手を出さないベルに代わって、ジョセフは自ら包装を解いていく。箱が開けられると周囲に甘ったるい香りが漂い、さすがの魔女も食指が動いたらしく、世話係に向かってお茶を淹れるよう願った。その様子をジョセフは満足気に微笑んで見つめる。


「ああ、取り寄せていた納品書類なんかも一緒に運んで来たけど、それだけだよ。ベルの顔を見るのに、ついでは必要ないから」


 マーサが用意してくれた皿へ、ジョセフのお勧めだという菓子を盛り合わせて、半ば強引にベルの手に押し付ける。


「領主夫人は週一で取り寄せているそうだよ。しっかり甘いけど、くどくないって」


 皿の上に並ぶ上品な一口サイズの焼き菓子を、ベルは一つ摘まんで口に放り込む。花の蜜で香り付けされているのか、ふんわりの優しい香りと甘さが口の中いっぱいに広がる。隣領の領主家御用達というだけあって、間違いなく上質の味に、ベルは少し前まで感じていた苛立ちが消えていることには気付いていない。

 目に見えて柔らかい表情へと変わったの確認すると、ジョセフは心の中でガッツポーズを決めた。頑固な従姉妹も甘味には素直なのだ。


「とっても美味しいわ」

「そう言って貰えると、買って来た甲斐があったよ」


 目の前で嬉しそうに微笑んでいる従兄弟は、確かに自分のことを一番よく理解してくれている。それはアナベルも認めざるを得ない事実だ。けれど、彼が自分に求めているのは次期領主夫人として共に領の運営に携わり、支えてくれる存在で、それは薬魔女として生きること選んだ自分には勤まる訳が無い。


 子供の頃と変わらずベルの元に遊びに来て、騒々しくするのもたまにならいい。けれどこの距離感をいつまでも保ち続けるのが難しいのは二人ともが分かっていること。



 森の道が復活してから、街からの物品の搬入は主に通いの庭師の仕事だった。本邸から乗り込む荷馬車には仕事道具が一式積み込まれていたが、それと一緒に荷物や手紙類なども別邸へと運んでいく。

 毎朝、馬の用意を終えると屋敷の裏口に回って、その日に積み込むべき荷物類を確認していく。


「今日はえらく多いなぁ」

「ジョセフ様からの贈り物も含まれてるからね。ちゃんと受け取って貰ってきてよ」

「……それは俺の仕事じゃねぇよ」


 通常、食料や日用品などは主に別邸の世話係が取り寄せたものだと分かるし、書籍や薬作りの原料となる薬草類はベルが注文した分。その辺りは見慣れているので何とも思わない。いつも大体、似通った感じだから。

 それとは別に、大きなリボンの付いた衣装箱や、カラフルな季節の花束はジョセフから森の魔女へのプレゼントだろうか。それらがどのくらいの価値があるものなのかまでは分からないが、青年が森の魔女を想い続けていることは誰もが知っていることで、庭師は胃がきりりと痛むのを感じた。


「まあ、マーサに押し付けりゃいいか……」


 直接アナベルに手渡そうとすると、受け取って貰えず持ち帰らされる羽目になる。裏口から入って、他の荷物と一緒に調理場にでも運び込んでおけば、強引な世話係が主人の元に持って行ってくれるだろう。

 最初の頃、そうとは思わずご丁寧にアナベルの部屋に運び入れようとしたら、頑なに拒まれてしまった。突き返された贈り物をジョセフに返す時の気まずさを思い返すと、嫌な汗が出るというものだ。

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