第18話・別邸への侵入者2

 日が昇り、森の中が薄っすらと明るさを帯び始めた時刻。グランの中心街から警備兵達を乗せた馬が森の別邸に到着した。兵団が繰る8頭の馬の後ろには2台の馬車も並走していたが、その内の1台は捕らえられた強盗を連行する為の護送用だ。格子が張られた窓が仰々しい。

 そして、もう1台の馬車はグラン家の家紋が入った領主家専用の物で、そちらは関係者が連絡を受けて駆け付けて来たのだと推測される。


 館の敷地に入り、警備兵達の目に飛び込んで来たのは、入口扉前でロープにぐるぐる巻きの状態で放置されている男三人の哀れな姿だった。その衣服は切り裂かれ、無数の傷跡から滲み出たらしき赤黒い血に染まっていた。


 真っ先に走り寄った者が強盗達の生死を確認したのは仕方がない。マーサの念入りな拘束によって身動きが出来なくされている状態の上に、まだ肌寒さの残る夜明け前から外に放り出されていた身体は完全に冷え切っていたのだから。

 すでに傷の手当は済んでいるし、傷自体も皮一枚という浅いものしかない。見た目ほどのダメージは無さそうなのだが、よっぽど怖い思いをさせられたのだろう、男達の顔に生気は無かった。


 ――身の程知らずだな、こいつら。


 その場にいた誰もがそう思ったに違いない。宮廷魔導師の血を引く森の魔女の館に忍び込もうとするなんて、無謀でしかない。ちゃんと罪を償った後には、生きて帰して貰えたことを感謝するんだなと、嘲笑さえ浮かんでくる。


 傍にロープで括ってまとめられていた強盗達の武器も忘れずに回収し、三人を手早く護送車へと乗せると、警備兵達はそれぞれの馬へ跨り、言葉少なに来た道を戻って行った。

 本来なら、館の住人達から話を聞くべきなのだろうが、今回に限ってはそれは特別に省かれた。後ろから付いて来た家紋付き馬車の者が担うという話だったので、彼らの役目は盗賊の連行のみだ。


 馬の駆ける音が聞こえなくなると、残された馬車の扉がようやく開いた。護衛騎士の後に続いて姿を見せたのは、領主の子息であるジョセフ。館に到着してすぐに下馬しようとしたところを護衛に引き留められた為、不満を顔いっぱいに現わしていた。


 彼の立場上、罪人である盗賊達の前に顔を晒すのは控えるべきだという部下の判断は間違いではないが、従姉妹の身を案じて朝一で駆け付けたジョセフからすれば苛立ちでしかなかった。馬車の窓から視線で射殺そうとでもするかのように、三人の盗賊をただひたすら睨みつけていた。


 館の扉を叩くと、すぐに世話係が顔を出す。明朝にも関わらず、いつも通りに整えられた身なりなのは、強盗騒ぎがあってからずっと起きていたのだろう。


「皆に怪我や被害は?」

「お気遣いをありがとうございます。特に何ともございませんわ」


 元々から睡眠時間の短いマーサはいかにも平常運転中といった風に、にこりと微笑んで迎え入れた。ただ、従姉妹の姿はホール内では見当たらない。


「ベルは?」

「お休みになられてますわ。まだ早いですし、夜中に大暴れされておられましたから、お疲れなんでしょう」


 それはそうだね、とすんなり諦めてはいたが、見るからに残念そうにジョセフは肩を落とした。無事な姿をすぐにでも確認したかったが、自室で休んでいるのなら仕方がない。


「よろしければ、ジョセフ様もお部屋をご用意いたしましょうか?」

「いや、構わないよ。ソファーで十分だ」

「でしたら、熱いお茶でもお出しさせていただきますわ。――騎士様もお掛けになって下さいませ」


 ジョセフをソファーへと促し、彼と共に入って来た騎士には窓際のティーテーブルを案内する。常に二人の護衛を引き連れているはずだから、もう一人は馬について外にいるのだろう。マーサはそれぞれに熱く少し濃いめのお茶を用意して振舞っていく。


 警備兵やジョセフ達の出入りをベルが気付いていない訳はない。けれど顔を見せに降りて来ないのは、ただ単に面倒なだけ。それは分かってはいたし、いつもなら小言を言いながら叩き起こしに向かうところだが、マーサは今日だけは見逃すことにした。


 男達が階段から落とされた音で目を覚ましたマーサは、慌ててベッド脇のチェストから護身用の出刃包丁を持ち出して部屋を出た。彼女が見た時にはすでに強盗達はホールの床に膝を付いて、血まみれでベルに許しを乞うていた。


 夜中に一人で戦っていたアナベルの姿を思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。本来は護られるべき立場の主が、使用人の為に動いていたのだ。いくらベルの魔力が強くとも、複数の強盗と対峙するのが怖くない訳はない。

 ――若干、やり過ぎかと思うところはあったが、そこは今回は目を瞑ることにする。


 ならば、主が起きてくる気になるまで、客人をもてなして時間を稼ぐくらいはさせていただこうと、マーサはジョセフ達に振舞う軽食の準備をしに調理場へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る