第17話・別邸への侵入者
森の騒めきがいつもより激しい夜、微かな月明りが入り込む窓辺のベッド眠っていたアナベルは目を覚ました。館に張られた結界を何者かが通過した気配を感じたのだ。
正面ではなく裏口側からの侵入は、どう考えてもまともな訪問者ではないだろう。施錠された門を無理矢理こじ開け、裏庭に入り込んでいる気配は三人。馬などの足となりそうな物の気配は近くに感じないので、離れた場所にでも隠しているのだろうか。
自らが張った結界だ、中での動きは手に取るように分かる。落ち着いた動作で寝着の上にカーディガンを羽織り、館の住人の様子を探る。マーサも自分の部屋で眠っているようだし、部屋から出なければ大丈夫だろう。
足音も立てず静かにベッドを離れながら、ベルは再び階下に入り込んだ強盗の動きを探ることに意識を集中させる。
裏口から調理場に侵入した不審者達は隣の休憩室を覗いた後、ゆっくりとホールへと向かっていた。
音を立てないよう気をつけながら、そっと扉から部屋を抜け出て、階段の上から不審者の様子を伺う。月明りで分かるのは男が三人ということくらい。
「ちっ、持ち運べそうな物はあんまりねえな。二階か?」
「この椅子とか、めちゃくちゃ高そうなんだけどな」
それなりの値段がするのは分かるが、簡単に持ち出せそうな物が無いと悔し気に舌打ちする声が聞こえてきた。
目を凝らしてホール中を探してみるが、薄暗い中で男達の顔ははっきりとは見えない。そのままベルは、男達の動きを見張った。
壁に飾られた絵画や彫刻などを持ち上げようとしているが、どれも固定されているから動かせない。一人で引き篭もっている時に、少しでも掃除が楽になるようにと必要最低限の装飾だけに減らしていたのが功を奏したようだ。
強盗の一人が親指を上げて、仲間たちへ二階を差し示す。頷き合い、二人が階段へ向かい、一人は見張りとして下に残るようだ。
足音を忍ばせ、階段を上ってくる男二人。ベルは壁に身を隠しながらタイミングを計った。
館の階段は螺旋ではなく真っ直ぐに伸びている。その最上段まであと一段というところで、森の魔女は男二人に向かって風魔法を放った。いきなりの突風に吹き飛ばされ、階段の上から転げ落ちる男達。
「お、おいっ、どうしたんだ?!」
派手な音を立てて二階から降って来た仲間に、下で見張り役を担いながらも調度品の物色を続けていた男が慌てて駆け寄った。
「わかんねえ、いきなり飛ばされた……」
上手く受け身を取れたのか、打った腰や頭をさすりながら起き上がった二人は二階を見上げた。ここが魔女の館だということは分かっている。例え魔女でも男三人がかりならと、腰に携えた剣を抜こうと手をかける。
瞬間、ホール中の照明が煌々と灯り、強盗達は眩しさに目を細めた。
「まっぶし……なんだ?!」
明るさに慣れ始めた目で階上を仰ぐと、森の魔女が冷たい瞳で右手を振り降ろしていた。三人にめがけて撃たれた風は、鋭い刃となって男達の皮膚を切り裂く。致命傷にはならないワザと浅い攻撃。周りの調度品には傷一つ付けず、ただ彼らの服と皮にだけその跡を残していく。ベルが手を下ろしても風の刃は止む気配はない。身体を覆う鋭い痛みが無数に増えていく。
絶えず続けられる小刻みな攻撃と、一段一段ゆっくり階段を降りて近付いてくる魔女の足音に、男達は背筋にゾクリと冷たい物を感じた。
「も、申し訳ありませんっ」
「勘弁して下さい……」
「すいませんでしたっ」
繰り返される見えない刃の攻撃に武器を手放し、顔を隠すように巻いていた布も外して許しを乞う男達に、ベルは困ったように眉を寄せた。
血が滲んだズタズタの服をまとった強盗は抵抗することを諦め、膝をついている。森の魔女の力を見くびっていたことを完全に思い知らされた。
「お、お嬢様?」
騒ぎに気付いたマーサが青い顔で声をかけ、階下にいる傷だらけの男達に目を見開いた。悲鳴を上げそうになるのを堪えて、必死で心を落ち着ける。
「マーサ、部屋にそれを置くのは認めないわ」
震える世話係の手に握られているのは、長さ30センチもある出刃包丁。おそらく護身用のつもりなのだろうが、物騒極まりない。
この後、どう処理しようかと悩んでいるベルに、後はお任せ下さいと世話係が男達の身柄をロープで拘束していく。ベルによって付けられた傷には傷薬を塗って回るという慈悲深さを見せつつも、念入りに容赦なく縛り上げていた。
「ブリッドを呼んでいただければ、後は街の警備兵にお任せされるのが良いと思いますわ」
「そうね。急いで呼ぶわ」
外に向かって魔力を飛ばし、契約獣のオオワシを呼び出す。緊急の通達を願えば、日が明ける頃には街から駆け付けてくれるだろう。
縛り上げた強盗を入口扉の外に放り出したマーサは、逃げないようにとさらに三人の足にロープを巻いている。
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