リフォーム18/ゴーフィッシン



 五郎と釣りに行けるのは、狂夜にとって嬉しいことではあった。

 だが彼としては、五郎の顔が妙に晴れやかなのが気になり。

 五郎としては、親友の態度の裏に奇妙な焦燥感があるのに勘づいて。


「今日は山程とは言わないから、せめて十、いや五匹ぐらいは釣って帰りたいなぁ……」


「それはいいが、木彫りしながら待つの止めろ? いざという時に危ないぞ?」


「ごめんごめん、後ちょっとなんだよ」


「まあ、どうせ奥間さんへのプレゼントだろうが……単刀直入に聞こう、何があった?」


「君こそ何かあったの? 絵馬さんとすれ違った時に二人して挙動不審だったけど」


「……」


「……」


 冬の海岸にて、親友達の間で視線による押し付け合いが発生した。

 然もあらん、五郎としてはシャロンと実に都合のいい関係を築いてしまったと思っているし。

 狂夜もまた、おいそれと人に言えない事情が発生してしまった。


「その、なんだ五郎……お前を見込んで少し相談があるんだ。だがそっちの話を先に聞こうじゃないか」


「いやいや狂夜、僕ら親友だろう? いつも君にはお世話になってるし、こっちのは後回しでいいよ」


「ふふふ、水臭いな五郎。先行はお前に譲ろう!!」


「まぁまぁ、お先にどうぞ狂夜。僕のはほら、インパクトあるから後が良いと思ってさ」


「――――待て、お前の基準でインパクトがあるだって!? 何をしでかしたんだ五郎!! 言えッ、インパクトがある話なんて前置きは駈け落ち以来ではないかっ!!」


 事と次第によっては自分の話なんてなくてもいい、と狂夜は焦った。

 何なら釣りを即座に中断して、事態の収集に努めるべきだとすら。

 彼は真剣な顔で、五郎を射殺さんばかりに睨みつける。


「顔怖っ!? ちょっと信用なさすぎじゃない!?」


「言え、いいから言え、俺もお前の話の後で必ず全部言うから、とっとと吐けぇッ!!」


「そう言いながら一匹釣り上げてる君に、僕は感服してるよ。ところでそれ何て魚?」


「メバルだな、後で下ろし方を教えてやるからとっとと言え」


 流石は魚屋の次男、魚の扱いには手慣れていると頷きながら五郎は悩んだ。

 しかしそれも一瞬、あんな事があったばかりだ。

 狂夜には悪いが、今後いざという時の為のフォローをお願いしたい。


「――僕が死んだら、遺体はバラバラにして海に捨てて欲しい」


「貴様ッ何を仕出かしたァ!?」


「安心して欲しい、もう二度とないと思うけど万が一、ね?」


「もう終わった後!? そうなんだな五郎ッ!?」


「はぁ……ねぇ知ってるかい狂夜、チェーンソーマンと戦う敵ってさ、あんな気持ちだったんだなぁって」


「お、お前はああああああああ!! 焦らしていないで全部最初から一つ残らず言えよおおおおおお!!」


「そんなに叫んだら魚が逃げるんじゃない? まぁ僕らの周囲に他の釣り人が居ないからよかったけどさ」


「誰が叫ばせているんだッ!!」


 面白いほどに焦った顔の狂夜に、五郎は苦笑しながら説明を始めて。

 終わった頃には、げっそりと頬を痩けさせて俯く姿へ変貌を遂げる。

 慰めの言葉をかけるべきか迷う五郎に、狂夜は後悔に満ちた声で。


「合コンなんて……誘わなければよかった!! 合コン相手に奥間さんを誘ってサプライズ飲み会で復縁の切欠になればという俺の浅知恵は、なんて愚かだったんだ!!」


「ごめんね、悪いのは僕らのだから。それにまぁ新しい一歩を踏み出す切欠になったんだし、きにしないでよ」


「気にするだろうがアホ!! 一歩踏み出す前に死んでたかもしれないだろうが!! 今後半年は俺の眼の前以外でDIYさせんぞ貴様ァ!!」


「それって、誘ったら一緒にDIYしてくれるんだね!! よっしゃ!!」


「喜ぶなアホ!!」


 二人の仲は前に進んだのか、これで丸く収まったのだろうか。

 狂夜としては不安と疑問が尽きなかったが、当人達が納得しているならと。

 だがいざとなれば……、と決意を硬く固め。


「ま、これからも見守ってくれると嬉しい。どんだけ時間がかかるか分かんないけどさ、君が結婚式の友人代表スピーチ出来るように頑張るよ」


「はぁ……、次やったら警察と親に言うからな、肝に銘じておけ。――ったく、俺の悩みが大したことないように思えてしまう」


「んじゃあ君のターンだ、いったい何を悩んでるワケ?」


 後で言うという言葉に二言はない、狂夜はまた一匹と釣り上げながら、言葉を選びに選んで。

 オケラの五郎は、親友の釣果を羨ましそうに見ながら待つ。


(順当に考えれば、あのクソメイドと何かあった……いや、今の僕に彼女をクソメイドって言える資格ないよねぇ)


 いつかは絵麻を取っ掛かりとして、シャロンの家族と和解しなければならない。

 ならば、今までの様な喧嘩腰は止めておくべきだ。

 しかして、狂夜と絵麻との間に何があったのか。


「実はな、絵麻さんと飲みに行ったんだよ」


「ははぁ、飲み過ぎてゲロ吐いて絵麻さんの服を汚しちゃったかい?」


「そうであれば、まだよかったかもしれないな……」


「なら、泥酔した上にがっつき過ぎてセクハラしちゃった?」


「もっと悪い、……いや、こんな言い方は絵麻に失礼だな。幸運だった、ただ彼女は構わないと言ったんだが、俺の気が済まなくてな」


「話が見えないね、端的に言ってよ」


「酔った勢いで初体験、コンドーム無し。告白したら断られたからプロポーズするか悩んでる」


「何してんのさ狂夜!? 人のコト言えないけどさぁッ!!」


 あのクソメイド、もしや計算尽くで仕掛けたんじゃあるまいなと五郎は疑った。

 もしかすると、シャロンのお見合いを成立させる為の布石として狂夜と関係を持ったのでは、と。

 そして骨抜きにして言いなりにし、狂夜を使って妨害してくるのか、とも。


「悪い事は言わない、――無かったコトにしよう」


「五郎!? どうしたんだ、いつものお前なら、先ずは話し合うべきだ、とか正論言いながら話し合いの場をセッティングしてくれてアフターフォローまでしてくれるのに!?」


「あのメイドは君に相応しくない!! 今すぐ縁を切れとは言わないけど忘れるんだ、……悪い、夢だったんだよ」


「違うッ、絵麻は天使の様に清らかな女の子なんだ!!」


「女の子って、今年で33ぐらいだったよね? 僕らより10以上離れてるよ??」


 己の発言によって、五郎は真実に至った。

 絵麻はメイド、そしてあの性格だ。

 もしや婚期を焦って、童貞を誑かし年下の旦那を手に入れようとしているのでは。


「な、なんて奴なんだクソメイドォ!! 騙されてるよ狂夜!! このままじゃあATMにされちゃうよ!!」


「お前の心配は分かる、――だが、恥ずかしながら一目惚れだったんだ。嘘でもいい、罠でもいい、でも……俺は絵麻を信じる」


「狂夜……」


 はっきりと言い切った親友の姿に、五郎は猛省した。

 シャロンも、自分すら信じなかったから殺し合いにまで発展したのだ。

 信じなければならない、シャロンも、狂夜も、絵麻も、己自身も。


「僕が間違ってた、ごめんよ狂夜……」


「分かってくれたか五郎!!」


「アドバイスなんて一つしかない、本音で話し合って、相手とそして自分を信じるコト。――でないとチェーンソーを振り回す相手に包丁で戦うハメになるからねっ」


「それはお前だけだッ!? ……って、引いてるぞ五郎、けっこうデカイんじゃないか?」


「…………ああっ、ホントだ何これおっもっ!? え、これからどーすんの!?」


「今すぐリール巻け!! 急げ!! でも慌てるな!!」


 初心者には無理難題では、と口走りながらも。

 狂夜のフォローもあって、五郎は人生で初めて魚を釣り上げた。

 それはあまり大きくないように見えたが、どこか既視感があって。


「よっしゃああああああああ!! ……ところでこの赤いの、なんて魚?」


「おまっ、お前!? そこは分かれよ鯛だぞッ!! 正確には真鯛だけども!!」


「た、鯛!? 今夜は鯛だああああああああああ!! 刺し身!? 釜飯!? アラ汁!? どーしたらいいかな狂夜!!」


「うむむ、サイズ的には釜飯か。鮮度抜群だし刺し身もアリだが……、いや、もっと釣ってから考えるべきだな」


「なら後三時間、頑張って釣るぞおおおおおおおお!!」


 五郎と狂夜がハイテンションになっている一方、シャロンと絵麻と言えば台所に並んで立っていて。

 大きめのボール中には肉、肉、肉、とシャロンが捌いた鶏の胸肉がゴロゴロと。

 小さめのボールは複数あり、皮やモモ、葱などがそれぞれ入っていて。


「手伝ってくれるのは嬉しいですけれど……どーしたんですの絵麻?」


「ど、どどどどどうしたって? アタシは何もありませんよお嬢様?」


「嘘おっしゃい、私ったら初めて見ますわよ貴女の私服姿。しかもそんなフリフリの……」


「芋ジャージで新妻エプロンつけてるお嬢様に言われたくありませんけど??」


 顔を真っ赤にしてむくれる、年齢に割に可愛らしい格好の姉代わりをシャロンは微笑ましいものを見る目で。

 あくまで勘でしかないが、五郎の親友である野宇田狂夜と何かあったのだ。

 絵麻と狂夜がすれ違った際に、妙なぎこちなさがあったのは彼女も目撃しており。


「――所でお嬢様、今朝来た時から気になっていたんですが」


「ほほほ、何でもお聞きになってーー!!」


「どうして家の外も中も、妙に傷が増えてるんです?」


「…………それは絵麻がメイド服じゃなくいい歳して童貞を殺しそうな服を着てる理由を教えてくれたらお話しますわよ!! 具体的には野宇田さんの事をお聞きしたいですわーー!!」


「き、狂夜のことぉ!?」


「あら呼び捨て? 私、ますます気になりますわっ!」


 素早く鶏肉を串に差し、テンポ良く焼き鳥を作りながらシャロンはニマニマと。

 絵麻といえば、ピタッと手を止めてモジモジと頬を赤らめて俯く。

 長い黒髪でこんな格好をしているからか、妙に絵になってるとシャロンはニマニマ笑い。


「あ、アタシだってこんな格好……、でも気合い入れて狂夜の好きそうな服を着てないと自分を保てないんですよぉ!!」


「童貞を殺す服を着てる時点で、自分を保ててませんわね」


「仕方ないでしょうお嬢様!! この歳で初体験だとか童貞奪っちゃったら翌朝結婚申し込まれて思わず逃げちゃって――」


「童貞を既に殺した後だったですわーー!? というか予想以上に進みすぎて草しか生えませんわよーー!!」


「ああもうっ、アタシが言ったんですからお嬢様も家がこんなんなってる理由を教えてくださいよ!! 割に合わないけど!!」


 自棄っぱちになっている絵麻へニヨニヨと笑いながら。

 シャロンはさらりと、瑣末事と言わんばかりの顔をして。


「チェーンソーと包丁で少々」


「…………えっ?」


「恋人どころか親友ですらなくなりなしたが、その変わり欲望にも気持ちにも素直になれたので、結構幸せですわ!!」


「かっ、かっかかっかかっかっっか!!」


「閣下?」


「過程を教えてくださいよぉっ!! 何があったって言うんですかあああああああああああああ!!」


 これ絶対に駆け落ち以上のヤベー事態になってたやつだと、絵麻は心の底から確信して。

 しかし親愛なる主人の姿を見れば、無事に終わっている事は確かであるが。

 腑に落ちない、不安しかない。


「多分、本当の意味で私達が始まっただけ……ふふっ、きっと結婚後に見れば最初の夫婦喧嘩に見えるのかも」


「浸ってないで説明ハリーハリーッ!! お願いだから説明してくださいお願いしますお嬢様あああああああああああああああああ!!」


 絵麻は大慌てでシャロンの体に傷がないか確認し始める。

 その様子に苦笑しながら芋ジャージお嬢様は、詳しい話を始め。

 案の定、聞き終わる頃には絵麻の顔は顔面蒼白。


「あ、アタシが余計な気を回してお見合いの話をボカしたばっかりにッ!!」


「気にしないで、もう終わったことですわ」


「気にしますよ!! だってお見合い相手はあのクソ男なんですよ!!」


「詳しく」


「我らが奥間家と和久家で話し合いがあって、土下座でも何でもする反省したから帰って来てほしい、折角だから和久五郎とサプライズお見合いで結婚を許して……みたいな流れだったんですよ!!」


「でももう無くなったわねぇ……」


 うーん、と首を傾げるシャロンは、どーりで居場所がバレたのに追手が……と納得した。

 彼女は実家を甘く見ていない、絵麻にバレた以上は例え彼女が黙っていても、と。

 近いうちに最悪の場合、力付くで連れ帰られる可能性も検討していたのだが。


「――絵麻、後でお父様とお母様にお伝えなさい」


「っ!? 畏まりましたお嬢様!!」


「何年かかるか分かりませんが、結婚して第一子が産まれた後じゃないと帰らないし直接会いません、と」


「うえええええええええっ!? マジっすかシャロンお嬢様!? というか今の状態で結婚まで行けるんですか!?」


「信じてますもの、いいえ、信じようと思いますわ。――ま、遅くとも十年以内でしょう」


「そ、それをアタシに言えって言うんですか!?」


 難しい顔して頭を抱え始めた絵麻に、シャロンは苦労をかけるわ、と微笑んで。

 

(まったく……早速、話し合わなきゃいけない事ができてしまいましたわ)


 駆け落ちし帰る所がない状況だったのに、帰る所ができてしまった。

 二人の関係が以前のままだったら、一も二もなく頷いて一度は帰省したかもしれないが。

 今は。


(まだ……帰りたくありませんわ、五郎ともっと二人っきりで――――)

 

 彼も同じ気持ちだと嬉しい、だから話し合わないと。


「でもまあ、今はディナーのお準備ですわーー! 豪華に行きますわよ!! 焼き鳥の仕込みが終わったら次ですわ!! 休んでる暇はありませんことよお絵麻!!」


「ああもうっ、分かりましたよお嬢様……はぁ、どうやって言えば、うう、狂夜との事もあるしぃ……」


「そうそう、アレも仕込んでおきませんと。――五郎、喜んでくれるかしら」


 彼が帰ってくるまで、あと何時間あるだろうか。

 待ち遠しく、でも早すぎると困ると。


(きっと、贅沢な悩みなんですわコレって)


 自然と笑みを浮かべながら、シャロンは料理に勤しむのであった。





※次回最終話です

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