リフォーム17/二人に足りないもの(後)
(僕は、なんてことを――)
シャロンを刺してしまった五郎の動きは迅速だった、包丁を引き抜くと自らの喉に当て。
「よし、僕も死のう」
「ロミオとジュリエットーーーーッ!? そこはせめて救急車でしょうっ! いえ無事ですけども!! 包丁に血がついていないコトぐらい確認してくださいませっ!!」
「………………うぎゃああああああああああああああ生き返ったああああああああああ!! シャロンのゾンビぃいいいいいいいいいい――――――あ、あれ?? 本当に血が着いてない? 君の腹筋ってそこまで堅かったっけ??」
「おバカっ!! 第二のウェポンとして倉庫でお腹に鉄板を隠していただけですわよ!! ほらあの! この家に元々あった謎の鉄板!! 第一、ガキンって音がしたでしょうが!!」
「え、君ってばそんな事を!? いやー、本当になんて言ったらいいか…………」
起き上がりながらジト目で睨むシャロンに、五郎は少し離れると。
深く、深く土下座した。
愛する者の全裸で土下座に、彼女としては溜息しか出ない。
(まったく、このヒトは……)
どうしてくれようかと腕を組んで見下ろす、五郎は震えたまま土下座を続けて。
今なら何を言っても彼は受け入れるだろう、自首しろと言えばそうするし、結婚しろと言えば快諾する。
だが、そうした所で何が解決するのか。
(――――如何にして僕は死ぬか、だな。うん、絶対に許されないだろうし、もはや死ぬしかないね)
シャロンが頭を悩ませる一方で、五郎は達観し始めていて。
もし彼女が許すのなら、何でも聞き入れよう。
例え自分を殺す事になっても、全てを受け入れよう、だがそんな事はあり得ないと思いこんで。
「はぁ……、もう止めましょうよ五郎。私も素直になります、だから貴男も素直になってくださいまし」
「――――本音を言っても?」
「ええ」
「じゃあ…………、苦しまないようにその巨乳で窒息死させて欲しい!! 結果的に無事だったとしても僕は君を殺そうとしてしまった!! 僕は自分自身が許せないんだ!!」
「本当に自分が許せないんですのソレっ!? 欲望ダダ漏れじゃありませんことッ!?」
「………………僕は今、スゴく死にたい気分だし、けど痛み無く死にたいし、出来れば君に殺して貰いたいし、なんなら最後におっぱいに顔を埋めたい!!」
「正直すぎますわよ!!」
全裸土下座のまま、きっぱりと言い切った元恋人に姿にシャロンとしては溜息しかない。
五郎は深い溜息を聞いて、反射的に体を震わせる。
そんな彼の姿がみっともなくて、けれど何故か愛おしさと安堵があって。
「…………顔をあげて、五郎」
「シャロン……」
「今のは事故でしたの、だから気に病むことはありませんわ」
「でも」
「それを言うなら、私だって貴男にチェーンソーを向けましたもの、おあいこですわ」
「けど最初は僕が君に包丁を――」
「お あ い こ、ですわ~~!! はい、仲直りのぎゅーーっ!!」
「えっ、しゃ、シャロン!?」
彼女は五郎の前でしゃがみ込むと彼の体を起こし、ふわりと抱きしめた。
冷えた体を暖めるように、冷たい地面から少しでも彼の体を守れるように。
優しく、柔らかく抱きしめる。
(なんで、どうして、僕なんかを――)
痛い、体はシャロンの温もりで包まれているのに。
どうしてこんなにも、心が痛むのか。
泣きたくなる、でも泣く資格なんてなくて。
「よしよし、よしよし」
「……ぁ」
「いいこいいこ、いいこいいこ」
「っ、ぁ――~~~~!!」
泣いてもいいんだと、彼女は言葉にしなかった。
だからこそ、五郎の目からは余計に涙が溢れる。
こんなシャロンだから好きになったのだ、愛したのだ、いったい何時から忘れていたのだろう。
「愛してますわ五郎、ずっと、ずっと貴方を抱きしめたままで過ごせればいいのに……、愛してます、だから私達は恋人になれない」
(――嗚呼、どうしてこうなっちゃったんだろう)
シャロンの優しい温もりに包まれたまま、五郎は思考の海に沈んでいく。
例え、切欠や過程が間違っていようとも。
二人の間に今もある愛情は、本物だって言えるのに。
(一緒にベッドを作った時はさ、あんなに楽しかったのに。シャロンの作業は僕より丁寧で信頼できて――――…………んん?)
その瞬間、五郎は目から鱗が落ちるような感覚に支配された。
全ての物事が符号していく、彼と彼女に足りなかった物が輪郭を得て。
そうだったのか、と頭を抱えたくなる。
「あの、その……五郎?」
「分かったんだよシャロン!! 駆け落ちなんて誤ちの結果でしかなかったんだ!! ――僕らは、とんでもない当たり前のコトに気づいてなかったんだ!!」
「うぇっ!? ご、五郎っ??」
彼はシャロンの腕の中から抜け出すと、興奮した様子で彼女の両肩を掴んだ。
余りの変貌ぶりに、彼女が目を白黒させて問いかけるより早く。
「僕はさ、――君の事を信じてなかったんだ!! 愛してるなんて言って、君の事を、ううん、僕自身すら信じてなかった!! ははっ、恋人を続けられる筈がなかったんだよ!!」
「それはっ!? …………………あ゛~~、もしかして、いえ、もしかしなくても私だって一緒だった!? ノンノン、疑問形ではなくてよーー!! 信頼!! 信用!! 言われてみればその通り!! 私達、まったくもって欠けていましたわーーーーッ!!」
「だよねだよねぇ!!」
「信じてないから束縛する!! 執着する!! ………でも五郎? ひとつお聞きしても?」
額に脂汗を滲ませながら、シャロンは曖昧な顔をした。
その妙な勢いに飲まれ、五郎は神妙な面持ちとなる。
彼女は遠い目をして、けれどはっきり告げた。
「信じるって、具体的にどーすれば出来るんですのーーっ!?」
「…………も、盲点だった!! 僕にもさっぱり分かんない!」
「そこは嘘でも断言してくださいなッ!? 私、貴方が合コンで他の女と会うと考えるだけで揺らぎますのよ!!」
「それを言うなら僕も、君がお見合いするって聞いただけで束縛したくなるんだけど? この際だから聞くけどさ、僕を捨ててお見合いするの?」
「――は?? どうしてそんな有り得な……っ!? こ、これが自分も恋人も信じられないって事ですわね!! 愛に自信が無いから捨てられると!!」
これは難題だと、シャロンの顔は真っ青になった。
どうやったら相手への愛を、相手からの愛を信じられるのか。
五郎もそれが分からなくて、でも。
「……ねぇシャロン、これは僕らにとって大きな一歩だと思うんだ」
「道を誤ってきた原因の判明、これで私事はようやく当たり前の道を進める」
「僕らに恋人はまだ早かった、親友ですらない」
「なら……今の私達はきっと、DIY仲間というべきですわね」
「うん、だからDIY仲間として、いずれは恋人や結婚するDIY仲間としてさ。はっきりさせなきゃならない」
何を、とシャロンは問わなかった。
五郎もまた、具体的に何も。
傍から見ればただの確認、でも二人にとっては大切なイニシエーションで。
「好きです。愛してますわ五郎、だから今は……貴方と恋人にはなれません、だって信じていませんもの」
「好きだ、愛してるよシャロン。でも君と今、恋人になる事は出来ないよ、信じてないんだからね」
その表情は、どちらも晴れやかな空の様に清々しく。
(決めましたわ、……これからはどんな事でも、素直になりましょう)
(もう、何も隠さない)
五郎にとっては、既に体は何も隠していない訳ではあるが。
それが故に、とても重要な事を確認せねばならない。
「ラインを決めよう、一緒に暮らすDIY仲間としてさ、嘘偽りなく」
「色んなコトを信じられる様に、摺合せて行きましょう」
「なら――肉体的接触は何処まで?」
「何処まででも、我慢したら貴方を殺してしまいそうになりますわ」
「でも恋人じゃないと」
「ええ、貴方も同じ気持ちでしょう?」
「勿論さ、我慢なんて出来ない、愛だって囁きたい、でも恋人にはまだ早いから……例え歪でも、恋人みたいな状態でただのDIY仲間でありたい」
「ふふっ、私も一緒ですわーー!!」
合意は得られた、二人は今から新しい関係になった。
他人から見れば、今までと何が違うのだの、セフレではないかなど、色々あるだろう。
だが彼らの中では、れっきとした違いがあるのだ。
「ね、シャロン。実は君を引き止める為にサプライズを計画してたんだけど……」
「あら奇遇!? 実は私もでしてよーー!!」
「おおっ、もしかして記念日にかい!?」
「そうですわ!! ――なら、一緒にしませんこと?」
シャロンはそう言って右手を差し出す、五郎はそれを握り返して。
「今まで一緒にいてよかったって、駆け落ちしてよかったって言えるような記念日にしよう!! 具体的には晩御飯を超豪華にしようと思ってた!!」
「考えは同じ!! ならば盛大にやりましょう!!」
「おおおおおっ!! 盛り上がって来たねぇっ!! ならさ、狂夜と絵麻さんも呼ぶかい?」
「おほほっ、勿論ですわ!! お手伝いして貰いますわよーー!」
五郎は賛同するように頷いて、真剣な表情をシャロンに向けた。
その視線は主に彼女の豊満な胸に注がれ、体は震えている。
「流石に寒くなってきたから、一緒にお風呂入った後で、一晩お相手願いたいんだ」
「――――よろしくてよ!! ならば具体的に動くのは明日の朝から!! 早速、お風呂を沸かしますわ~~ッ!!」
敢えて言うならば、二人は有言実行した。
今まで何度も経験してきたソレより、とても熱く、とても安心する睦み合いをし。
案の定というか、昼まで爆睡して予定を延期し次の日の早朝である。
「――んじゃ狂夜、今日はよろしくぅ!! 」
「ふっ、待っていたぞ五郎……いざ行かん海へ!! 運転は任せておけ!!」
五郎は狂夜と共に、車で南へ一時間ほど行った場所にある海岸へ出発したのであった。
※お待たせしました、完結まで後少しなのでお付き合いして頂ければ嬉しいです。
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