リフォーム15/二人に足りないもの(前)
節約生活とはいうが、具体的にどうするものであろうか。
電気代などの光熱費や食費などの、生活費の切り詰めではあるが。
そも二人は駆け落ちした身、削れる所は削って今がある。
「朝一から節約会議って、いったい何を話し合うんですの?」
「くくく、今日もちゃぶ台前にお集まりくださりサンキューだよシャロン!! ――これより節約会議、もとい節約だけじゃ物足りないぜお金を増やそう会議を始める!!」
「っ!? い、今なんと仰いましたか五郎!? …………お金を、増やす??」
「そうさ、節約しても浮くお金なんてたかが知れてる。だから――節約した上で積極的に増やしていくッ」
今日も紺色のつなぎな五郎の気迫に、芋ジャージ姿のシャロンはごくりと唾を呑んで。
理論上は彼の言うとおりだ、節約をする=お金がほしい、であり。
ならば積極的に増やす行為は、自然な流れといえよう。
(ほほほっ、五郎!! 私以外の女に大金を注ごうとしてますの!? ――ふっざけんなッ!!)
(サプライズは決行する、けどね……グレードを一段高くした上でだ!! その為なら僕は何でもしよう!!)
(頭に来ましたわよーーーー!! でも冷静に、どうやってお金を稼ぐかで決まりますわ。場合によってはサプライズを豪華にっ…………貴男が私のにならないのなら、死ね)
(なんだろう、ちょっと寒気がするような? まぁいいや、身を削ってまで私の為に……ってシャロンが言いたくなる感じにするんだ!!)
五郎は嫌な予感を無意識に感じたが、黙ってしまったシャロンは拒否の意をみせる様子はない。
ならば合意は得られたと、彼は切り出した。
「じゃあ早速、――――第一回! なんか高く売ろうぜ選手権!!」
「どんどんぱふぱふですわ~~っ!!」
「僕ら大学あるしバイトもあるし、短期間で何かするとしたらコレしかないと思うんだよ」
「…………っ、道理ですわ!! ならば三十分後にそれぞれ三品を用意! いいですわね!!」
「おお、やる気だね! 燃えてきたよ!!」
シャロンとしては、もしや試されてる? と誤解をしていたが。
ともあれ、三十分後にちゃぶ台に再集合した時に五郎が見たのは妙に殺気だった彼女で。
これは一筋縄ではいかない、五郎は武者震いしながら座布団に座る。
「割と早かったけどさ、何を持ってきたんだい?」
「ほほほ、――私が持ってきたのは不要なモノ。きっと貴男も同意してくれると思いますわ~~っ!!」
「ふーん、じゃあ交代で見せていく事にしよう。相手の同意が得られなければ却下って事で」
「ええ、それでよろしいですわ。じゃあ先手は貰いますわよーーーー!! オラァ!! これが私の第一品目!! とくとご覧なさい五郎!! 貴男の罪の証を!!」
「ッ!? ば、バカな!? なんでそれが!?」
ドンとちゃぶ台に置かれたシャロンが選んだ品、それは大判サイズのコミックや写真集などだった。
見覚えがある、五郎自身で買った物や冗談で貰った品など。
かつては何度もお世話になった逸品で、それ故に厳重に隠していた筈だが。
「本なんて二束三文!! で! す! が! 塵も積もれば山となる!! ――――ね、なんでこんなのがあるんですか? 私、実は知っておりましてよ? 別れる前どころか付き合う前からございましたわよね、これらの品々、…………今では不要、そうですわよね??」
「ちょっ、おまっ!? それをしたら戦争だろうがよシャロン!? どうしてそれを持ってきたんだよ!!」
「んなもん目障りだったに決まっているでしょう五郎!! なにが『つるぺた娘淫乱チャイナ』ですか!! 『ボーイッシュ巨乳、フレッシュ果実』? まだまだありますわよ五郎!! 言えッ、私というボンキュッボンの最高の女が居るではありませんか!! 浮気です、浮気ですわ、私にとっての恥辱ですわ!! 殺す!! 手放すって言わないと殺す!!」
「うーん、さては日頃の鬱憤を発散してるね君??」
盛大に汗をかきながら五郎は焦った、口調は冷静でも動揺が隠せない。
実の所、今もお世話になっているのだ。
確かに五郎にはシャロンが居る、別れたとはいえ一緒に暮らしているのだ下世話だがオカズには事欠かない。
「――――――悪いけど、それは売れないよ」
「なんて真っ直ぐな瞳で!?」
「ステーキを毎晩食べられるとしても、カップ麺を食べたくなる時もある、男とはそういう生き物だからさ」
「でも売りますわよ? 決定事項ですわよ? 貴男には私だけが居ればいいの、一生ステーキを食べて生活しなさい!!」
「横暴じゃんか!! じゃあ君の過激な少女マンガを売ってもいいって言うのかい!?」
「いいですわよ、その代わりに…………赤ちゃん、欲しいですわね? ええ、親友から一足飛びで夫婦にランクアップですわ」
「よっしゃ売ろう!! うん! 僕には必要ない本さ!!」
グッバイお世話になりました、五郎は涙を呑んで受け入れるしかなかった。
おかしい、今日のシャロンは妙に攻撃的だ。
強いて言うならば、付き合う前よりメンヘラが悪化している気もする。
「…………気のせいでしょ」
「はい? 何か言いました??」
「何でもないよ、じゃあ次は僕の番だね」
「相手にとって不足無し、かかって来いやですわぁっ!!」
ファイティングポーズを取るシャロンの目に写った物、五郎が選んだ品は彼女には馴染みがあるもので。
「ほほっ、おほほほほほっ、――同じコト考えてるじゃない貴男!! ねぇっ、ねぇっ!!」
「クソッ、君の目に映る男を例えフィクションでも全て排除して、僕だけを見て貰った上にお金を得る計画が!!」
「えっ、……私、ちょっとキュンって来ましたわ!!」
「うーん、チョロくない??」
シャロンはうっかりときめいてしまったが、しかして五郎が持ってきたのは実家から厳選に厳選を重ねて持ち出した少女マンガ達。
当然、売ることなんて出来ない。
だが己も彼の本を売ろうとしているのだ、拒否はできず。
「――――相談ですが」
「エロ本を売らないから少女マンガも売らないって話なら却下するよ、僕は痛みを飲み込むつもりだ」
「あ、じゃあ話は変わりますが。髪を黒く染めようと思うのですがどう思います? おっぱいで癒されたいと思いませんか?」
「それ本当に話変わってる? 色仕掛けしてくるなら今すぐ全ての生活費を奪って風俗行くけど?」
「それしたら殺しますわよ??」
口元に笑みを浮かべている癖に、お互いの目は尖りきって。
もし誰かが見ていたら、すわ殴り合いの喧嘩かと思う程であったのだが。
ふうと溜息をひとつ、五郎はしょぼんとして。
「悲しいな、僕は高学歴高身長高収入のイケメンに叶わないのか、どーせ贔屓目にみてフツメンだし、背も高いって豪語できないし、貧乏だしなぁ……」
「私にとっては五郎こそ最高の男ですわよ!? マンガは所詮マンガ!! 溺愛系にそういうヒーローが多いだけですわ!!」
「でも君が持ってるのって全部そうだよね?」
「うぐっ、ああもうっ、売っていいですから!! はこの話止めっ!! 終わりですわーー!!」
「じゃあこれは売るって事で」
「貴男のも売りますからね!!」
痛みを背負った決断と共に合意は得られた、シャロンはさよならと、五郎はありがとうと、用意してあった段ボールに本を入れる。
それが終わったならば次の品、戦いはまだ二回残っていて。
(――今のはジャブだよシャロン、ちょっと気が引けるけど…………ここで君を試す、どうか、頼むから)
(次の品で勝負をかけます、……五郎、貴男にとって私は…………いえ、全てが分かりますわ)
祈るように、二人はちゃぶ台に次の品を。
「ッ!?」「っ!!」
瞬間、五郎もシャロンもビクッと肩を震わせた。
お互いに考えている事は同じで、でも頭のどこかで向こうはそんな事などしないと甘い考えが。
でもまだそうと決まった訳ではない、両者共に慎重な面もちで口を開く。
「僕は……この電動ドリルを売ろうと思う」
「私は包丁ですわ」
「……」「……」
張りつめた沈黙がその場を支配した、五郎が選んだドリルは彼女が送った誕生日プレゼントで。
シャロンが選んだ包丁もまた、彼が送った誕生日プレゼント。
しかもどちらも、この家に来てからの物だ。
(そんなに、僕を縁を切りたかったのかシャロン? 親友として一緒に暮らすのが、そんなに嫌だった?)
(私を……捨てるのですわね五郎、節約会議なんて嘘を言って、私から別れを言わせる為に? 嘘よ、嘘、ですわよね五郎?)
(お願いだよシャロン、何か言ってくれ、それはダメだって言ってくれ!!)
(嗚呼、…………もう、ダメなの?)
シャロンは耐えきれなくて俯いた、涙がこぼれそうになって目を瞑る。
こんな事になるなら、試さなければよかった。
見なければ戻れたのに、まだ戻れた筈だったのに。
(――でも、何処に戻りますの?)
帰る家なんてない、全てを受け止めてくれる筈の男はもう恋人ではない。
たった一つだけ残った歪な絆ですら、喪いかけている。
(五郎が居なくなった私に、何が残ってるというの?)
彼がシャロンの世界の全てだった、彼だけが居れば幸せだった、側にいるだけで満足していたのに。
(五郎も、そうだったらよかったのに)
幼稚な愛し方だと自覚はしている、自分と同じ熱量で愛してくれなんて。
(――――ああ)
どうしたら愛を取り戻せるだろうか、幸せだったあの時に戻れるだろうか。
(――――ああ、私は……)
痛い、じくじくとした胸の痛みが収まらない、突き刺すような痛みが正気を削り取っていく様だ。
(痛い、痛いですわ五郎――――)
シャロンが五郎に差し出せる物など、もうこの身ひとつしかないのに。
(――――あ、これヤバいやつだ。地雷踏んだやつだぁ……)
ぶつぶつと何事かを言いながら、右手の親指の爪をかみ始めたシャロンの姿は鬼気迫るものがあって。
一方で五郎は冷静さを取り戻していた、最悪のタイミングで被ってしまったと。
そもそも相手の心を試すような事をするな、という話でもあるが、後悔しても時は遅く。
「しゃ、シャロン? シャロンさーん? 中断しようか、リセット、そうリセットしようよ。今のはノーカンって事でさ」
「――――――…………せ」
「え?」
「どうか、抱いてくださいませ」
「んん? 抱きしめて欲しいって事? それくらいなら…………ってぇ!?」
今はシャロンの気が済むまで、と腰を浮かせて隣に移動しようとしたその時だった。
彼女はゆらりと立ち上がると、芋ジャージのジッパーを全て下ろした。
そして大粒の涙を浮かべ、強ばった笑顔を浮かべて。
「お願いですわ五郎、どうか私を捨てないでくださいまし、何でもしますわ、下着を売れと言われても抵抗しません、どんなセックスでもしますわ、子供が出来ても認知を求めません、だから、だから、――捨てないで」
「……シャロ、ン?」
「ね、この胸が好きでしょう? お尻を掴むのが好きでしたわよね? 道具として使ってくれて構いません、ね? お役に立ちますわよ? …………ほっ、ほかの殿方に抱かれろと命令されるなら、し、従います、だから、だから五郎!! お願いよ、お願いだから、私を捨てないでぇっ」
「ッ!? しっかりするんだシャロン!! ほらちゃんと服を着て――」
「いやぁ、止めないで、今すぐ抱いてよ! 私を捨てるんじゃなければっ、飽きたんじゃなければ抱いてくださいまし!!」
半狂乱になったシャロンを押さえつけようと五郎は必死になった、彼女はジャージどころか身につけている下着すら破り捨てる勢いで。
手加減なんて考えてられない、彼は畳へ力任せに押し倒し、馬乗りになった。
続いて彼女の細い両手首を右手で押さえると、左手をいつの間にかズレていたブラを直す為に延ばし。
「――――乱暴なのがお好きなら、もっとしてくださいまし」
「はぁ……冷静になってくれよシャロン」
「ッ!! 私には女として魅力もないのですか!? いやっ、いやぁ!! 殺してっ、もう殺してよ!! 貴男に抱かれない人生なんて意味がないのっ、貴男の側に居られないなんて死んだ方がマシよぉ!! 死んでっ、殺して!! 五郎!!」
「ああもうっ、黙れっ、黙れって、冷静になれよぉ!!」
その刹那、パシンと乾いた音が響いた。
正面を向いていたシャロンの顔が横向きに、頬は赤くなっている。
五郎が平手打ちしたのだ、呆然として動かない彼女の姿に彼は唇を噛むと。
「……………………ご、ろう?」
「聞け、聞いてくれシャロン」
彼女の上から退いた彼は、彼女の体を起こし強く強く抱きしめた。
そして悔しそうな、苦しそうな呻き声を出す。
何を言えばいいのか、具体的な事は一つも浮かばないまま衝動のみに従って。
「バカだよシャロンは、……僕がどんな気持ちで君と別れたと思ってるんだ」
言いたいことは沢山ある、けれど頭の中で上手く纏まらないのがもどかしくて。
「君を汚したくないから、大事にしたいから、――幸せにしたいから別れたんだ」
もし、自分の事だけを考えてたのなら。
「本当は君を思う存分犯したい、孕ませたい、君が自分の意志で性奴隷になるって言い出すぐらい犯したい、君の首筋なんて常にキスマークつけておきたいし、おっぱいやお尻は僕の手形が染み着くぐらい無茶苦茶にしたいんだ、僕を愛するだけの人形にしたい」
でも。
「でもさ、それじゃあダメなんだ。……君を幸せにしたいから、心の底から笑っていて欲しいから、自由な君で居て欲しいから、――僕に依存して欲しくないんだ」
それは半分で。
「僕が君に依存したいから、君以外の全てを捨てようと。ううん、捨てる事を選んだんだ駆け落ちした時から」
五郎の言葉は、じわじわとシャロンに染み渡っていく。
ああ、と掠れた声が彼女の喉から漏れた。
こわごわと彼の背中に腕が回される、壊れ物を扱うようにシャロンは五郎を抱きしめる。
「――同じ、だったんですのね」
「うん、一緒だったんだよきっと」
「だから、別れた」
「そうだよ、だってさ、もし僕らに子供が出来たら……そんな状態の二人じゃ親になれないって思ったんだ」
「ははっ、バカは貴男も一緒ですわよ。別れて親友に戻って、一緒に暮らす? ……なんて中途半端」
「でも、それでも一緒に居たかった」
「恋人というには依存しすぎてましたわ、親友と呼ぶには異性として求めすぎて……挙げ句、この様ですか」
どうして自分たちはこんなに愚かなんだろうか、相手を想っているフリをして、結局は自分自身しか見れていない。
駆け落ちなんて、二人にとっては現実逃避でしかなかった。
別れて親友に戻ったなんて、同棲ではなく同居だなんて言葉遊びに過ぎなくて。
(ねぇ、五郎……あと一つだけ、私に――)
終わらせなくてはならない、それがどの様な形であっても。
シャロンはそう決断を下すと、震えながら深呼吸をした。
彼が別れを言い出して少しでも良い方向へ行こうと努力した様に、今度は己がそうするのだと。
「ねぇ、五郎。親友っていうの、もう、止めましょう……」
「――――――ぇ」
掠れて、しかし明瞭な発音で出された言葉に五郎は絶句した。
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