リフォーム14/マネーアウトフェイク(後)
もう日付が変わってしまった時間だというのに、シャロンがベッドから抜け出し向かった先は台所であった。
毎日恒例、とは言い過ぎであるが、例によって彼女はこっそりと夜食を取るつもりである。
寝起きで思考はふわふわとしているが、体は空腹によってシャッキリしている実に中途半端な状態が故に彼女はふと。
(…………もしかして、今が絶好の機会ですわーー!? 五郎の通帳は居間の机の中っ!! 残高を調べれば――)
シャロンは抜き足差し足忍び足で静かに、しかし素早く移動する。
五郎が合コンに参加するなら、つなぎ以外の服を着る筈だ。
しかし彼女が知る限りでは、そんな服など持っておらず。
(どうか私を信じさせてくださいまし五郎!! だから決してもし嘘だった場合に対策を考える為とか、そーゆーのじゃありませんコトよ~~!!)
その言い訳で自分自身を騙す事すら出来ずに、破局に至った決定的な要因に未だ気づかずに。
暗闇の中で首尾よく捜し当てると、彼女は星明かりを頼りに通帳の中を確かめて。
(――――ぁ?)
ズキン、と一際強くシャロンの胸は痛んで。
一方で五郎もまた、同じ考えに至っていた。
幸か不幸か、彼女の通帳は寝室の箪笥の中に隠されている。
(…………ッ!? どうして、シャロン!! 嘘だった、節約なんかしなくても、むしろ少し贅沢してもいいぐらいのお金があるじゃないか!! 二人のやつも! シャロンのやつも!!)
二人は合計で三つの口座を使っていた、それぞれが自由に使える為のモノと、生活費などを入れているもの。
五郎自身のそれは当然把握している、もし本当に金欠なら自分の所から出すつもりだった。
だが、そうはならなかった、そうではなかった。
(――――聞かないと)
どうして嘘をついたのか、問いたださないといけない。
自分だって嘘をついた、サプライズの事はバレてしまうがそれより大事なことがある。
でも。
「…………僕に、聞く権利があるのか?」
二人は別れたのだ、お互いに好きな人が出来るまでなんて建前でも、けれど大事な約束だ。
サプライズをしようと思って嘘をついた事実だってあるから、躊躇ってしまう。
それでも。
「聞かないなんて選択肢はない、そうしたら僕らは繰り返すだけなんだ」
五郎もまた、破局に至った最大の要因に未だ気づかずに。
どちらが悪いではない、どちらも悪かったのに。
好きだから、愛してるからこそ、今もなお無自覚に盲目的で。
(――ひぇっ!? あわわわわわっ、近づく足音ぉ!! この足音は五郎!! 五郎以外だったら泥棒ですわ!! じゃない!! 隠れっ、隠れないと!!)
通帳を慌てて机の引き出しの中へ、一刻の猶予もない。
寝室と居間の間は襖一枚しかないのだ、シャロンは転がるように台所へ滑り込む。
瞬間、襖は開かれて。
(何処だシャロン、……トイレなら出待ち、いや――そういえば少し前に言ってたよね、実は頻繁に夜食を食べてるって)
(すぐにここはバレるッ、どうやって誤魔化します!? いえ違う、そうじゃない、……今から夜食の時間ですわーーーー!!)
これだとシャロンは目をくわっと開いて、戸棚のカップ麺を手に取る。
その直後であった、五郎は台所に足を踏み入れ。
「――シャロン?」
「ッ!? ご、五郎!? 見ないでっ、乙女の恥ですわーー!! 節約しようと言ったのにお夜食におカップ麺を我慢できない、はしたない私を見ないでくださいませ~~!!」
「あー、いや、そうじゃなくてね。……話があるんだ」
「お話!? ま、まさか――くっ、このカップ麺は渡しませんわよ!! 貴男も夜食しに来たのでしょう!! 自分もするから見逃す、そう言いたいんですわね!! でもお生憎様!! 残念ですがカップ麺はこれ一つしかありませんわーーーーーー!!」
「君の通帳の残高、見させて貰ったんだけど」
「………………――――そう、ですの」
重い沈黙が訪れた、静かに目を伏せたシャロンはカップ麺を元あった棚に戻し。
(ヤッベェですわあああああああああああ!! え? あれ?? バレた? バレてしまいましたの!? これはサプライズがバレて、その前に信用問題になってますわよ絶対!!)
澄ました顔で焦る、どう言い訳すれば、いっそ全てを話してしまえば。
数多の考えが浮かんでは消え、彼女が最後に選んだ言葉は。
「私も見ましたわ、貴男の通帳の中身を……」
「あー………………なるほど??」
(こ、この後どうしますの!? 問いつめる!? で、でもそれをしたらっ、けど合コンにもし――!?)
(うっそだろぉ!? バレてんじゃん!! これもう話すしかなくない!? で、でも……お見合いの事が本気だったら、どうやって引き留めればいいんだよ!!)
両者動けず、気まずそうな顔をして黙る。
二人とも視線は常に泳ぎ、冷や汗すら出てきて。
何か言わないと、決断しないと、焦燥感だけがそこにはあった。
(お、落ち着けよ僕……、サプライズだって先に言えば笑い話で済むかもしれない。シャロンだって同じ事を考えているかも)
(――でも、もし五郎が同じ考えじゃなかったら? 私から離れる為に、いいえ、こんな面倒な女なんて捨てようって画策していたら?)
(シャロンはお嬢様だ、僕との駆け落ちなんて無かった事にして、新しい人生を歩める。…………僕から同居解除を言い出させる為の仕込みだった?)
(ほほほ、おほほほほっ、お情け!! 私は情けをかけられて? 五郎の愛がまだあると勘違いして? 嗚呼――なんて滑稽なピエロなんでしょう!!)
シャロンの青い目にメラメラと怒りが灯った、五郎の黒い瞳が腹立たしさで染まる。
だがそれをぶつけるには、確たる証拠も言葉もない。
まだ可能性が残っている、そう思って二人は。
「「実は同居一周年のサプライズだっ――…………??」」
最後まで言えなかった、お互いを驚きと疑いの目で見ていた。
あまりにも出来過ぎている、同じ様にサプライズを考え、それを隠す為に金欠だと言い出すなんて。
(でも……理屈は通るね、ああ、そこまでして僕から離れるつもりかい?)
(けれどもし、言葉通りなら? 偶然の一致で、嗚呼……恋人のままだったら、――本当に?)
(信じてたよ、信じてるって自分に嘘をついてた。でも、もう誤魔化せない)
(愛してるのに憎たらしいって、あるんですのね)
燃え上がっているのは、愛なのか憎悪なのか或いは両方か。
自分の心すら分からないのに、相手の嘘がどうやって見抜けるのだろうか。
そう思うと、五郎の口は自然に動いてしまって。
「ははっ、君も一緒にサプライズを考えてたなんて嬉しいな。…………ね、今だけは恋人に戻ってキスしてもいいかい? 嗚呼、すっごく嬉しいんだよ!!」
なんて寒々しい台詞、吐き気がする程に悪趣味だ。
笑顔を作っているつもりで、ひきつっているのが自分でも分かる。
それはきっとシャロンも同じで、彼女は頬を染めて嬉しそうにしながら悔しそうに唇を噛みしめている。
「ほほほっ、今だけ、ええ、今この瞬間だけ前みたいに恋人に戻りますわよ~~!!」
「いいね、じゃあ僕の愛しいお嬢様? ――キスするよ」
「ええ、貴男を拒む術を私は持ちませんわ」
「…………ん」
「ん――」
習慣とは恐ろしいものだ、唇が近づくにつれ自然に目は閉じられて。
冷え切った台所で、二人は仲睦まじい恋人のようにキスをした。
甘さすら覚える唇の感触は、胸が張り裂けそうなぐらい痛く、腸が煮えくり返りそうなぐらい熱く。
「もう一度、しますか?」
「これ以上は未練が残るだけだから、うん、これでお終いさ」
「分かりましたわ、じゃあ私から一つ提案があるのですけど」
そこから先の言葉は聞かずとも、五郎には簡単に予測できた。
何故ならば、己も同じ事を提案するつもりだったし。
お互いがお互いにとって、これしかないとも確信して。
「まった、僕から言わせてよ。きっと同じコトを言おうとしてると思うんだ」
「あらあら、別れたのに以心伝心です?」
「いいじゃん、僕らってば親友だよ? 親友なら以心伝心ぐらいするさ」
「――――そうね、親友ですものね」
冷たい室温より冷え冷えとした言葉の応酬、不思議なことにどこか楽しくて。
(例え偽りでもさ、君とこうやって話せるのが好きなんだ、嗚呼、結局どこまでも君を愛してるんだ)
(………………捨てられるのが確定したら、五郎を殺しましょう、それまでは私――)
(そうなったら、僕は一人でさっぱり死のう、シャロンが絶対に気がつかない所で、そんで老いた時に大切な思い出として再び探し出したら……みたいな長期計画だ!!)
(絶対に、おほほほっ、死んでも、ええッ、死んでも離れませんわーーーーッ!!)
乾いた笑い声が楽しそうに響いた、二人の決意は全力で後ろ向きに猛然と走り出す。
「じゃあこれから、同居記念日まで……節約生活だ!!」
「お節約ですわ~~っ!! じゃあその決起会としてこのカップ麺を二人でお食べましょう!!」
「いいね、お腹減ってたんだ実は」
「夜食で一緒に太るのですわ~~!! ではお湯を沸かしましょう!!」
節約生活の続行、つまり無駄な出費を控えるという事。
それはお互いに思い込みを加速させる行為かもしれない、だがそれ以上に利益があって。
(ふふっ、これで節約という名目で常にシャロンの側に居れる!! お見合いなんて絶対に行かせないぞ!!)
(合コンなんて行かせませんわッ!! 服も買いに行かせません!! ――徹底的に監視してトイレの中でも束縛してやりますわ!!)
疑心暗鬼の中、本当の破局に繋がるチキンレースが始まったのであった。
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