リフォーム12/また一緒に(後)



「ふおおおおおおおおおおおおッ!? ま、まさかこれって――――!?」


「グッジョブ!! ありがとうございますわ絵馬!! そして野宇田さん!! ちょうど欲しかったんですのよコレ!! けどそこまで予算がないから――嬉しいっ!!」


「ふむ、喜んで貰えてなによりだ。……ベッドにはマットレスが必須だろう?」


「折角作ったのに、煎餅布団をその上に敷くのはあんまりと言うもの――感謝しろよクソ五郎?」


「ああ、……今なら君に心から感謝できる!! ありがとう絵馬!! そして狂夜!! 君こそがキングオブ親友だよ!!」


 小躍りどころか、腕を組んでくるくると踊り始めた家主の元恋人達。

 想像以上の喜びっぷりに、狂夜と絵馬としてもサプライズプレゼントを企画した甲斐があるというものだ。


「(そっちは頼みます絵馬さん)」


「(そちらも頼みました、――ふふふ、これぐらいは役得というものでしょう、ぐふふふっ)」


 ならば最後の詰めだと、復縁させ隊を結成している二人は悪い顔をして。


「はー、目が回ったぁ!! でも楽しぃいいいい!! はよ乾杯しようぜ!! つまみは呑みながら――あ、なら火起こしして……」


「うむ、風情があっていいな。だがその前に気づいているか?」


「え、何が? もしかしてあのベッドに問題があった!?」


「違う……違うぞ五郎!! ――今夜からお前は奥間さんと一つのベッドで寝ることを忘れていないか?」


「――――――――あ」


 おっと?? と五郎は首を傾げて固まった。

 きっかけはシャロンに良いところを見せたかっただけであるし、作ってる最中は楽しすぎて失念していたのだ。

 きっかり一秒後に復帰した彼は、強ばった顔で親友に言った。


「ま、まあ? いつも煎餅布団で一緒に寝てるし??」


「ほう? なら安心だな? なにせお前達は『親友』だものな、普段とは違うベッド、ともすれば恋人だった頃に行ったラブホを思い出すかもしれない、もしくは向こうがうっかりその気になるかもしれない、だが……『親友』というなら平気だろうなぁ??」


「うっ、ぐぐぐぐぐっ、へ、平気さ! 向こうがその気でも、僕は意識なんてしないよ、それにシャロンだって僕のコトを親友だと思ってるからね!!」


「ああ、今夜からは一緒のベッドで寝る『男と女の親友』だな」


「そもそもね、最近のシャロンは寝るときもジャージで色気がないったらありゃしない、就寝用ジャージってさぁ……ま、可愛いパジャマとか、エッチなネグリジェとか着ない限り平気さ!!」


 そう豪語する五郎であったが、一方でシャロンと絵馬はひと足先に家の中に戻り。

 強引に背中を押されている元お嬢様は、メイドにふくれっ面を向けて。

 話があると言うが、いったい何だろうか。


「あの場で言えない話って何ですのよ絵馬っ、せっかくベッドが完成して、マットレスも――」


「そこでお嬢様、……僭越ながらご指摘しなければならない事が」


「――――ッ!? もしや貴女も気づいた様ですわね、マットレスはあってもシーツが無いと!!」


「いえ、そちらも一式セットでご用意しております」


「あれ? 違うの??」


 むー? と唇の指を当て考え込むシャロンに、絵馬は率直に告げた。


「所で今夜がベッドで共に寝る、言わば初夜ですが――殿方を誘う為のナイトウェアはあるのですか?」


「ふぇッ!? しょ、しょしょしょ初夜ッ!! 聞き捨てならないコトを言わないでお絵馬っ!! 私達は親友に戻ったのだから、そんな事なんてシないのですわーーーー!!」


「しかしお嬢様、こうは考えられませんか? ――あのベッドを設計からDIY出来る和久五郎を、放置する女性がいるのか、と……」


「そ、それは!?」


 シャロンは目を丸くして驚いたが、絵馬としてはチョロ過ぎない? と激しく思ったが顔に出さず。

 効果があるなら、もっと揺さぶるのみと目を光らせる。


「親友……、いい響きですね。ですがお嬢様は知っていますか? ――男女の友情、親友なんてあり得ないと!!」


「そ、そうなんですの!!」


「女の方から男に親友だと言ったなら、それはキープ宣言!! 男から女の方に言ったのなら…………それはワンチャン狙ってるんです!! あわよくばそのまま恋人まで食らいついて逃がさないつもりですよ!!」


「――――言った、言ったわ五郎の方から!! 親友に戻ろうって!!」


 がびーん、と頭の上に見えるような表情でシャロンは驚愕した。

 となるとベッドを作るという行為は、そういった意味合いなのか。

 別れやしたが、もしかして、もしかするのかと。


「い、いえっ、私は五郎を信じます!! 信じてますわーーっ!! あのヒトにそんな邪念なんてありませんコトよ~~!!」


「そうかもしれません、しかし万が一……そうだった場合、恥をかかせる事になるのでは? 今夜もジャージのままで、本当によろしいのですか??」


「うっ、そ、それは…………」


 激しい迷いをみせるシャロンに、絵馬はそっと囁いた。

 

「念のためです、折角のベッドだから寝間着を変えてみた、そう言えばいいんですよ」


「そうでしょうか……そうかも……?」


「別に着たからって、そういう事をシなくてもいいのです、でも――――、向こうが誤解して手を出してきても、問題ないと思いませんか?」


 その時、ぐらりと音を立ててシャロンの理性が崩れる音を絵馬は聞いた。

 ならば最後にと、白い長方形の箱をそっと差し出して。

 元お嬢様は、ごくりと生唾を飲んで受け取った。


「………………ヨシッ!! ではこれは隠しておいて、宴会の準備ですわ~~!! 手伝って貰うわよ絵馬!!」


「ふふっ、勿論ですとも!」


 どこかぎこちない動きで準備に勤しむシャロンと五郎、それを狂夜と絵馬はニマニマと見守って。

 しかし宴会が始まる頃には、いつもの二人に戻っていた。

 その後は四人で楽しい時間を過ごし、日付が変わる前に解散、すると必然的に元恋人同士の二人っきりである。


「ああ……最後まで見届けたかった。だが結果がどうであれ無粋だろう」


「同感です、今度訪ねる時が楽しみです」


「しかし悪いな、送って貰って」


「どうと言うことはありません、――これからも宜しくお願いしますよ同士」


 そんな会話が絵馬の運転する車の中であったが、五郎とシャロンが知るわけがなく。

 むしろ今の二人は、他の誰かを考える余裕すらない。


(ど、どどどどどどどッ、どーーーーいう事なんだよおおおおおおおおおおおおおおお!!)


(ううううっ、やっぱり止めればよかったですわーーーーーー!! これじゃあ私ったら痴女!! エッロ!! スッケスケのスケルトンですわよぉ!!)


 キングサイズベッドの上で、三十センチの距離で向かい合い正座。

 五郎が寝室に入った時は、毛布にくるまって正座するシャロンの姿があって。

 当然、寝るのだし毛布は一つなので剥ぎ取るのだが。


(ま、まさか……ッ、シースルーのネグリジェとは!! 清楚な白のレースで飾ってっていうかさぁ!! いやこれそういうコトぉ!? 据え膳!?)


(あわ、あわわわわわわっ、絶対に誤解されてますわあああああああ!! いえあながち誤解でもないんですけど!! 信じてッ、そんな気はないんですの!! 一時の気の迷いですのよ!!)


(これ、手を出しても――――…………い、いや何を考えてるんだ僕はッ!! 揺れるな!! 動揺するんじゃあない!! 親友に戻ったんだから、もう、恋人じゃないんだ、だからダメなんだ)


 二人はもじもじと体を揺らし、そわそわと視線を泳がせ。

 目と目があった時、ビクッと肩を震わして。

 もう何度も何度も繰り返し、足が痺れそうになっている。


(なんでシャロンは…………、ま、まさか……、試されてるのか? 僕の理性を試しているのか? い、いや邪推はよくない、もしかすると単にベッドに似合った寝間着がそれしか無かったのかもだし)


 もしそれが正しいのならば、ジャージを寝間着にしていたのも納得である。

 入居した時には隙間風が寒く、補修するまで厚着しないと寝れなくて。

 そのまま定着してしまって、今に至っているのかもしれない。


(う、うん、きっとそうだ!!)


 悶々と自分すら騙せない嘘を飲み込んだ五郎を前に、シャロンもまた似た様子で。

 絵馬に唆されたとはいえ、淫靡なネグリジェを着ているというのに彼は何もせず。

 正直、女としてのプライドが傷ついたし、一方で物凄くホッとしている自分も居る。


(わ、私は信じてましたし?? 五郎は気軽に手を出す殿方じゃないって、親友という言葉に邪念はありませんし?? ええ、そうですとも、せめてエロいから着替えてとか言ってくれても!!)


 意気地なし、と言う台詞は親友に似つかわしくないし、今のシャロンに言う権利なんてない。

 五郎への好意が愛が、大きすぎて時折見失いそうになるが。

 そうやって女を使い、彼に駆け落ちを決意させたのだ、繰り返してはいけなかったのに。


(どうか……手を出さないで、押し倒さないでくださいまし、五郎――――)


(深呼吸して、一度落ち着こう…………。何を着ようとシャロンの自由だし、僕は君と親友に戻るって。それに……何よりさ)


 楽しかったのだ、昼間あの時、一緒に作る行為が何より嬉しかったのだ。

 だから、それを壊してはいけない、壊したくない。

 心臓の甘い高鳴りに混ざる欲望、それを無理矢理押さえて五郎は笑顔を浮かべた。


「あー……、そろそろ寝よっか」


「え、ええっ、そーですわねっ、おほほほほ!!」


「んじゃあ電気消すよ、おやすみシャロン」


「おやすみなさいですわ、五郎……」


 彼は彼女に背を向けて寝て、彼女はおずおずとその隣へ、背中をくっつける様に横たわる。

 一つの長い枕、一つの大きな毛布、背中越しの体温は妙に暖かくて意識してしまう。

 お互いの心臓の鼓動が、伝わってしまう。


(ドキドキして寝れないよ!? ――違う事を考えるんだッ、次に作るのとか、あー……そう言えば同棲一周年記念になにかって言ってたよね??)


(同棲ではなく同居になってしまいましたが……この家に来てから一周年、何かお祝い事をしたいですわね)


(――――記念に何かすれば、シャロンは喜んでくれるかな)


(五郎が来年も楽しく祝えるような記念日にしたいですわ……)


 二人は眠くなるまで考える、相手を想っているように見えて、奥底にある誤ちに気づかずに。

 そして翌朝である、二人は朝食もそこそこにちゃぶ台の上を片づけると。

 なんと奇遇なことか、まったく同時に叫んだ。


「――――実はお金がもう無いんだ!!」

「――――実はお金が無いんですのよ!!」


「…………うん?」「はい??」


 二人はお互いの発言の内容をうまく咀嚼できず、目を丸くしたのであった。


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