リフォーム11/また一緒に(前)
何事かと固唾を呑んでメイドが見守る中、チェンソーはギュオオオオンと唸りをあげて回転数を上げていく。
その刃は、固定された木材に印された線に沿って振り下ろされ。
「……よし、ですわ~~っ!! 大切断チャレンジ成功っ!! 私ったら天才!! DIYの天才ですわぁーーーーー!!」
「いえーいっ!! チェンソー扱いだけは僕より上なだけはあるね!! 流石だよシャロン!!」
「地味っ!? いったい何の時間だったんです!? 一瞬だった上に何のドラマも意味も無かったというか電動丸ノコがあるじゃないですか!?」
いい仕事した感を出す二人に、思わず絵馬は叫んだ。
だが悲しいかな届かずに、その代わりという様に彼女の肩を叩く者が一人。
「ふっ、気にしないことだ。アレは二人にとって儀式みたいなものだからな」
「っ!? 野宇田さん! ――もう、せめて声をかけてから肩を叩いてくれません?」
「すまない、五郎達の邪魔をしたくなかったんだ。それから……どうか狂夜と呼んで欲しい。だから絵馬さんと呼んでもいいか?」
「……いいですけど、儀式とやらを説明してくださいね」
二人の世界に入った五郎とシャロンを放置して、絵馬は狂夜と向き合った。
彼女としては少しだけ悔しいが、今の二人の事は彼の方が詳しい。
それに。
(何故でしょうかね、お嬢様以外で会話したいって思うだなんて)
絵馬の生まれた仙間家は代々、シャロンの生家である奥間家に仕えていて。
また彼女は、シャロンの側付きを幼い頃に任命された事もあり、その世界にシャロンしか写っていなかったのであるが。
どうしてか、憎き和久五郎の親友なのに、証拠は無いが二人の駆け落ちを手伝った敵なのに……妙に気になってしまう。
「最初はさ、アレをやってたのは五郎の方なんだよ」
「お嬢様ではなくて?」
「奥間さんの事は絵馬さんの方が詳しいだろう? 元々彼女はそういう事を好まなかった性格の筈だ。――いや、知らなかったというべきか」
「そうですね、わたし達がその様に育ててしまった。……愛情の注ぎ方を間違ってしまった」
「ふん、その割には悪びれた顔ひとつしないのだな」
「あるがままのお嬢様を愛していた、いいえ、今も愛しています。だからこそ何もしなかったわたしが罪悪感なんて、それこそ烏滸がましいと思いませんか?」
「――それを言うなら、俺も同罪だな」
狂夜はその整った顔を自嘲で歪める、後悔している事があるからだ。
(親友を自称するなら、俺は五郎の駆け落ちを止めるように説得すべきだったんだ)
駆け落ちなんて、二人にとっては現実からの逃避に過ぎないと理解していたのに。
親友と、友情と、そんな自分に酔って手助けしてしまった。
二人が別れてしまったのは、自分自身にも責任の一端があると痛感していて。
(だからこそ、幸せになって欲しい、二人が望む形で復縁して欲しい、――今度こそ間違えない、だからせめて切っ掛け作りぐらいは許してくれよな、五郎……)
楽しそうに作業をしている二人、けれど初めの頃はそうでなくて。
「五郎はさ、奥間さんに共通の趣味を持って貰いたかったんだ。――彼女には、何も無かったから」
「それが、大切断チャレンジ」
「バカみたいだろ? 単にチェーンソーで切るだけなのに大袈裟にしてさ。でも奥間さんが作る楽しさを知って、自分からやってみたいって言い出してさ」
「だから儀式みたいなもの、なのですね。お嬢様達が純粋に作ることを楽しむ為の、気持ちの切り替え」
口元に笑みを浮かべ、狂夜はゆっくりと頷いた。
今の二人を本当に繋ぎ止めているのは、未練なんかじゃない。
一緒に何かを作る楽しさ、まだ恋人ではなかった時に培った絆こそが五郎とシャロンを一緒に居させていている。
「――よしシャロン、断面を磨いておいてよ。僕は切っちゃうからさ」
「任されましたわ~~!! ところで仮止めはしておきます?」
「そうだねぇ、確認の為に枠と足の部分だけお願いするよ!」
「了解ですわ!! ……ほら貴方達ッ! 何を後方保護者面しながらくっちゃべっているんですか!! 今こそ私と五郎を手伝う時ですわよーー!!」
「おっと、呼ばれてしまったな」
「ええ、行きましょうか。わたしはお嬢様を、狂夜様はあの野郎を」
意地でも五郎の名前をふつうに呼ぼうとしないメイドに苦笑しながら、狂夜は親友のもとへ。
絵馬はそんな彼の姿に少しだけ頬を染めながら、愛する主人の所へと。
「じゃあ本格的にスタートするよ! あ、狂夜そこ押さえてて」
「了解した、親友の名に賭けて微動だにさせない!!」
「お、テンション高いね嬉しいよ!!」
「ところで素朴な疑問なのだが、ベッドマットレスはあるのか?」
「うんにゃ、暫くはこれにいつもの煎餅布団を強いてって感じかなぁ……」
木材をカットする事に集中しているからか、ボヤっとした口調で苦笑いした五郎の姿に、狂夜はとある事を事を思いついて。
「後で絵馬さんに相談してみるか……」
「何か言った?」
「いや、何でもない。それより切った後は組み立てて終わりか?」
「組み立てる前にニスを塗りたいから、今日は塗って終わりかなって。乾かさなきゃいけないからね、ネジ穴開けて組み立てるのは明日かな」
流石に手慣れたもので、五郎の言った通りに作業は進み。
四人揃っての夕食後、ニス塗りは二人でしておくからと狂夜と絵馬は家を後にした。
門から出た直後、狂夜は絵馬の誘いを受けて彼女の車に乗り込み。
「少し意外だな、絵馬さんがこんな……」
「ふふっ、メイド姿で軽バンは似合わないって思います? 実はわたしもです、でも気に入ってるんですよねこれ」
「なるほど、だが今から提案する事には丁度いい。――聞いてくれるか?」
「なんでしょう、奥間のお屋敷に行く以外なら何でも聞きますわ」
「では、――――という訳なのだが」
狂夜の提案に、絵馬は目を輝かせて同意し。
二人を乗せた車は、田舎から都会に向けて発進した。
五郎とシャロンは、彼らの企みを知る由もなく作業に没頭し。
「ベッド作り二日目~~!! 今日で完成だし張り切っていこう!!」
「おほほほ、念願の手作りキングサイズベッド!! 色もバッチリですわ~~!! んーー、完成が待ち遠しい!!」
「ドリルは持ったかいシャロン!!」
「勿論ですわ五郎!! では……いざ下穴から!!」
「じゃあ僕はクランプで固定するから、狂夜はそっちのパーツ任せていい?」
翌日の朝食後、再び四人で作業を開始。
和気藹々とした空気の中、パーツが一つ、また一つと順調に仕上がっていく。
その度に五郎の心は喜びに揺れ、一方で。
(嗚呼、どうしても見ちゃうな。でもさ……こんなに楽しそうにしてるから)
つい視線で追ってしまう、シャロンがいきいきとしている姿を。
出会った頃の彼女はお嬢様という人形で、笑みを浮かべていてもどこか虚ろだった。
それが今では、五郎の趣味であるDIYを理解してくれただけではなく。
(君と一緒に楽しめるのが、僕はとても嬉しいんだよ)
彼女と出会うまで、誰かと何かを作ろうとは思わなかった。
いつも一人で作って、彼女を巻き込んだのは笑顔が嫌いだったから。
最初は興味なさそうに眺めているだけ、次第に質問が多くなってきて。
(初めて二人で作ったのは、猫の小物だったよね)
辿々しく刃物を扱う手が傷つきやしないかと、ハラハラと見守った事は今でも鮮明に思い出せる。
共に何かを作るのは楽しくて、でもシャロンは家族からの愛に悩み心から楽しめない事も多かった。
だから五郎は、こっそり彼女の自宅に招待して。
(思ったより効果あったよなぁ、大切断チャレンジ)
その時の彼女は何をしても反応が薄く、苦肉の策でチェーンソーを持ち出して。
後で父には怒られたが、五郎にはその時のシャロンの笑顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。
きっとそれが、己の中にあった好意に気づいた瞬間でもあり。
(ねぇシャロン、僕が物作りの本当の楽しさを知れたのはさ、君が居たからなんだよ、君が教えてくれたんだ)
今だからこそ思える、自分たちの関係は急速に進めるべきではなかったのだ。
こうして何かを作りながら、家族の問題だって一歩ずつ解決していけばよかった。
でも。
(君と一緒に間違えたから、僕は大切なコトに気づけたんだ、自分が間違った選択をしたって、後悔するコトが出来たんだ。――だから、ありがとうシャロン)
このベッドを作ったように新しい関係を、このボロ屋を直すように関係をやり直す。
恋人になる前の親友に戻るのではなく、別れた後で新しい親友という関係を築く。
彼女も同じ気持ちであればいい、五郎はそう思って。
(――貴男に教えて貰うまで、自分から行動する楽しさは知らなかったんですのよ…………)
金を出して買えば早いのに、どうして苦労して作るのだろうかとシャロンには不思議で仕方なかった。
何より、作っているときにどうして楽しそうに笑顔を浮かべているのか理解出来なくて。
(今なら分かりますわ、何かを自分の手で作る楽しさ、そして……一緒に作る喜びを)
それを。
(私が壊してしまった、あんなに物作りが好きだった五郎が、この家を直すのだって目を輝かせていたのに)
だから。
(よかった――、貴男はまた、楽しめるようになったのね)
そしてそれは己も同じだと、シャロンは幸せな溜息をひとつ。
五郎と別れる直前は、何をしても無味乾燥だった。
体の快楽ですら、息苦しさが。
(きっとあのままだと、私達は、ううん、私はダメになっていたわ)
強いヒトだと五郎のことを想う、己には別れを考える勇気すらなかったと。
罪悪感から目を背け、でも背けきれなくて。
限界だったのだ、お互いに。
(だからね、五郎……私は今、嬉しいんですの。貴男と今、こうして一緒に心から物作りを楽しめるのが)
きっとそれは、恋人になる前より強く感じている。
幸せだったあの頃より、別れた今の方が楽しいと。
心だって、不思議と恋人だった時より強く繋がっている気がする。
(嗚呼、終わってしまう――)
もうベッドは完成間近だった、倉庫での作業は終わり、寝室での組立は終わり。
後はネジ穴をダボで隠すだけ、それも手分けしているから後五分もせずに終わってしまう。
この心落ち着く、けれど心踊る楽しい時間が終わってしまうのだ。
(名残惜しいですわ、もっと、もっと一緒に作っていたい……)
シャロンの目の前で、五郎が最後の箇所をはめ込んでいる。
(不思議ね、今から次は何を一緒に作ろうだなんて考えてしまうなんて)
その時もまた、心から楽しめるという確信があって。
五郎と共に歩めるのが、こんなにも幸せなのかと。
別れた後で、心の底からそう思えるようになったのは皮肉なことだけど、だからこそ。
(このまま私達の関係も……、今度は妄執や執着ではなくて心から貴男を――――)
「――出来た!! いやっほおおおおおお!! キングサイズのベッド!! DIY完了だああああああああああああああああああああ!!」
「ふふっ、お疲れ様ですわ五郎っ!」
「シャロンもお疲れっ!!」
「嗚呼、楽しかったですわ……また、一緒に作りましょうよ五郎?」
「――っ!? も、勿論だよ!! 君と一緒なら大歓迎さ!!」
彼女にとっては何気ない言葉だったのかもしれない、けれど、はにかむ様に出された自然な笑顔と一緒ならば。
(あー……今、すっごいドキっとしたよ。こういうのを惚れ直すって言うのかな、久しぶりに正面から顔が見れない、絶対に僕の顔、赤くなってるよなぁ)
ともあれ、紺色で塗装されたシンプルなキングサイズローベッドが完成した。
簡素な作り故に、丁寧に仕上げられたそれは店売りのそれと謙遜無く。
むしろ四人の目には、熟練の職人がオーダーメイドで作った高級品と同じに見えて。
「おお……疑っていた訳ではないが、まさか本当にこんな大物を完成させるとは――スゴいじゃないか五郎!!」
「ふん、わたし達が手伝ったのだから当たり前です。ですが……見事だと言っておきましょう」
「んもう、絵馬ったら素直じゃないんですから。――――よしッ!! それでは完成祝いにこれから宴会ですわ~~!! 皆の者!! 今日は呑みますわよ~~!! 今は昼前だとか関係ありませんわ!!」
いえーいと歓声があがる中、狂夜と絵馬はアイコンタクト。
その意味深な行動を五郎とシャロンが問いかける前に、二人ともそれぞれ肩を押され外へ。
押され連れて行かれた先には、絵馬の軽バンが。
「ちょっとッ!? おビール様はそっちでは……もしやお高いおビール様をサプライズプレゼントですの!?」
「いやいや待とうかシャロン、もしかすると――壊れて取り外したままのトイレのドアノブかもしれない!!」
「おい五郎?? それまだ直してなかったのか??」
「お嬢様……後で高級ビールとドアノブは別にプレゼントするので……」
外見と同じく中身までボロい二人のボロ屋に、狂夜と絵馬は呆れた目と共に苦笑したが。
五郎とシャロンとすれば、これでも内装は半分以上をリフォーム済みなのだ。
「ま、今日という日にはピッタリな物だ、受け取ってくれ五郎」
「完成祝いです、これぐらいはさせてくださいませお嬢様、――サプラーーイズ!!」
そしてメイドは、車のトランクを開けて。
中にある物を見ると、五郎とシャロンの顔はいっきに笑顔になった。
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