リフォーム9/DIYをやればモテる(前)



 翌朝、シャロンが朝の家事を終わらせた後で今に戻ると。

 真剣な顔をしてちゃぶ台の前に座る五郎の姿があった、いつもは半分脱いでいるつなぎをちゃんと着ているあたり本気さが伺える。

 そして彼は対面に座るように目で促すと、シャロンは雰囲気に飲まれつばをゴクリと飲み着席。


「――話があるんだ」


「い、いったい何のお話ですの五郎?」


 すると五郎はポケットからスマホを取り出しちゃぶ台の上に、その意味深な行動に彼女が危機感を募らせた。

 これは不味い、とても悪い予感がする。


(ヤッッッッッバいですわーーーーっ!! え、ええっ、私、何かしてしまった!? 心当たりがありすぎる!! これは……追い出されてしまうのですかーー!?)


 先日バレた深夜の盗み食い以外にも、シャロンには罪がある。

 家事分担で洗濯を一手に引き受けた目的が、彼の下着をクンカーしたりこっそりハンカチ代わりに使ったり、果ては履いて学校に行ったりと。

 だが、まだ巻き返せる筈だ、明確な証拠を突きつけられるまでは負けではない。


「――――無罪を主張しますわ!!」


「え? 何のコト?? ベッド作りをしようって提案と話し合いのつもりだったんだけど……」


「おほほほほほっ、ちょっと早合点してしまいましたわ~~~~!! 私は何も言ってない!! そうですわよねッ!!」


「無罪を主張とか言ってたよね、……え、今度は何したのシャロン??」


 訝しげな視線を送る五郎に、やぶ蛇ですわ~~! とシャロンは盛大に視線を泳がせる。

 このままだと罪がバレてしまう、露見して最悪な罪は付き合い始める前の事。

 思い詰め過ぎてストーカー化して、五郎の部屋に忍び込み一晩中ベッドの下に隠れていた事だろう。


(そ、それだけは絶対にバレてはいけませんわ~~ッ!!)


「罪、罪……あー、もしかしてアレ気にしてる? ほら僕らが付き合う前、君ってばベッドの下に隠れてトイレに行けなくてプルプル震えてたやつ」


「なんでバレてるんですのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


「いやー、懐かしいなぁ、僕、アレ見てさ。これ僕が居ないとダメなんだなって思っちゃったんだよね」


「まさかの告白してくれた理由ですの!?」


「いやだって思うでしょ、あからさまに金髪ドリルがハミ出てたし、小声で寒いですわ、とか漏れそうとか聞こえてくるし、いやー、君ったら極限まで肉体的に追いつめられたら心の声が出てくるタイプだよね」


「私も初耳ですわそんな情報ッ!? ~~~~~~ッ、は、恥ずかしいっ、私もうお嫁にいけないですわああああああああああ!!」


 バレていた、しかも余分な情報までついてきて。

 シャロンは両手で顔を覆い、ちゃぶ台に突っ伏す。

 五郎はそれに苦笑いをし、ぽんぽんと彼女の頭を優しく撫でた。


「安心しなよ、君の旦那になるヒトには黙っておくからさ」


「そこは僕が旦那になるよって言う所じゃあありませんのッ!? ヒドい!! このヒトでなし!! でもそんな所も好きですわ~~!!」


「僕ら別れちゃったからねぇ……、ま、このままシャロンが独身で二人共まだ親友だったらさ――」


「結婚してくれるんですのねっ!!」


「いや、二人でお見合いパーティでも行く?」


「弄ばれてますわ~~!! 私、乙女心を弄ばれてます!! なーんて鬼畜な殿方なの!? これはもう私が貰って差し上げる以外にあり得ません!!」


「うーん、下着の代えまで洗濯しちゃったからってね? 僕の下着を履くヒトはちょっと……」


「それもバレてるぅ!!」


 もうダメですわぁ、とシャロン後ろに倒れ込み。

 しかし五郎は気にせずに、スマホをタップする。

 すると、デーデーと低音が流れだして。


「ほわっ!? 聞き覚えがありますわっ、これは昔人気だったというプロジェクトなんとかの主題歌!! つばめが地上の星を探して奥千万!! プロフェッショナルなヤツですわーーーー!!」


「あ、スガシカオの方がよかった? 企画をスタートする時にはそれっぽい方がいいと思ったんだけど」


「お企画? …………ああっ! おベッドの事ですわね!! 私、忘れておりませんコトよぉっ!!」


「うーん、これは忘れてたね? まぁいいや、じゃあベッド作りをしようって話だけど」


 やっと本題に入れたと真剣な顔に戻した五郎、やる気満々で今すぐにも作り出しそうな雰囲気であるが。

 シャロンとしては、色々と聞きたい事がある。


「どうしたんですの当然……、この前、保留にしようとお話した所ではありません?」


「でもさ、君の夢の一つだろう? 私の理想の民宿には素敵なベッドが必要ですわって、まぁお客さん用のは色々早いと思うけど。僕らのベッドも必要だと思って」


「ああ……いつまでも一つの布団で寝るワケにはいきませんわねぇ。親友に戻ったコトですし」


「それなんだけど、――キングサイズにしようかなって」


「そうそう、それぐらいで…………はい? 今、何と仰いました??」


 何か親友同士という間柄にしては、妙に不自然な言葉を聞いた気がする。

 聞き間違いか、それとも言い間違いか。

 判断がつかず、金髪ドリルを揺らして悩む芋ジャージ元お嬢様に五郎はキッパリ言った。


「――――キングサイズで行こう、僕ら二人で寝ようって言ってるんだ」


「それは…………親友として言っているの? それとも……」


 シャロンは反射的に問い返してしまい、思わず顔を強ばらせた。

 それは未練がバレてしまう、その意味合いもあったが。

 何より口に出してしまう事で、また彼にプレッシャーを与えてしまっているのではないか、と危惧したからだ。


(ま、当然聞かれるよねぇ……)


(言ってしまいましたわーーーー!! ザ・失敗!! これは不味いですわよぉ~~!! …………でも)


(でもさ、うん、――僕だって)


(期待して、いいんですの?)


 緊迫感のある沈黙が、しかし、どこか浮ついた空気が居間に流れた。


(早く、……何か言ってくださいまし、でも答えが聞くのが少し怖い)


(納得してくれるといいんだけどね、あー、顔が暑い気がするよ)


(ドキドキしてるの、バレてませんわよね。)


(何で別れてから、こんなに気持ちがバレるのが怖いんだろうね。でも――)


 意を決して五郎は素直に言うことにした、今の彼が言える素直な気持ち。

 それは。


「――何も聞かないで欲しい、キングサイズにする、そして一緒に寝る、……でも、何も聞かないでくれると嬉しい」


「………………分かり、ましたわっ! わ、わたっ、わたくしィ!! 何も聞きッ、ませんわーー!! …………うぅ」


 シャロンは顔を真っ赤にして、うーうー唸りながら俯き。

 そして五郎もまた、気恥ずかしさに耐えかねちゃぶ台を穴があくぐらい見つめていたものだから。

 お互いに相手の表情を見れず、けど。


(――繋がってる、僕達は、まだ一緒に居られる)


 もしかすると、相手に期待を持たせるだけ持たせて待たせる、都合のいいキープにする行為だったのかもしれない。

 でも直接言えない以上、相手への好意を匂わせ続けないといけなくて。

 それだけが、今の二人を繋ぎ止める絆なのかもしれないから。


「僕達は今、隣の部屋で寝てるけどさ」


「え、ええ、唯一すきま風が無い部屋ですものね」


「うん、キングサイズのベッドを入れるのは予定通りだったんだけど……ちょっと狭くなるじゃん? 実はもう少しスペースをね?」


「んん? 何が言いたいんですの?」


 今度は何を言い出すのかと首を傾げるシャロンに、五郎は少し不安そうにして。

 だが好意を匂わすには、それしかないとも。

 彼は断腸の思いで、切り出す事にした。


「枕元にね、インテリアを置きたいんだ」


「つまり……サイドテーブルとかランプの類を置きたいのですわね? 私、大歓迎でしてよ!!」


「まぁテーブルじゃなくて、んー、一応は光るんだけど……」


「ほうほう! もしかしてもう完成していますのねっ!!」


「――――どうか、怒らないで欲しいんだ」


「え、はい??」


「よっしゃ言質は取ったァ!! じゃあ持ってくるね!!」


「ちょっとお待ちをっ!? 私、イエスとは――――ああ、行ってしまいましたわ……けどいったい何を……??」


 五郎は何を作ったのか、服装センスは悪いが幼い頃からDIYを趣味として育った彼の事だ。

 きっとこれから作るベッドにピッタリのベッドサイドランプを作ったに違いないと、そうシャロンは期待したのだが。

 しばらくして彼が両手で抱えて持ってきた何かは、妙に大きく、成人女性の背の高さぐらいはあって。


「…………これはマネキン? でも何処か見覚えのあるシルエットですわね」


「ふふっ、君に隠れて密かに作ってたんだけどね。これは力作だよ、今まで一番の傑作さ!! ――まぁ、僕以外は喜ばないよねって、だから君の同意が欲しかったんだけど」


「分かりましたからっ、早く布を取って見せてくれませんか!! 私、超超超! 気になりますわーーーー!!」


「では行くよっ!! 1! 2! 3! それ!!」


 五郎は被せていた布を取る、そして現れたるは。


「………………………………えっ??」


「作っちゃったっ!」


「……………………――――なんで私の木造フィギュアを作ってるんですの五郎!? しかもこれ等身大!! 私を仏として崇めるつもりですの~~!?」


「これぞ僕の傑作!! 等身大の木造シャロンフィギュア!! 目が光るし目覚まし時計内蔵で君の声で起こしてくれるんだ!! 一家に一代シャロンちゃん!!」


 それは在りし日のシャロン、彼の前で一回しか見せたことがないドレス姿で。

 左手は腰に、右手は口元に、高笑いで金髪ドリルを揺らしているようなポーズ。

 いったいこんな大きな物を何処に隠していたのか、よく見れば服の皺などは執念すら感じる彫りをみせて。


「却下!! 大却下ですわこんなもんッ!! 何を考えてるんですの五郎!!」


「前にさ、君が運転免許合宿で不在だった時があったじゃん? スケジュール合わなくて僕と行く時期がズレちゃったやつ」


「あの二週間でこれを作ったんですの!? いえ貴男なら作れそうですけども!!」


 驚きすぎて怒っていいのか、それとも困っていいのかすら分からないシャロンの問いかけに。

 自慢げで満足そうな五郎は、木造シャロンの腰を抱き寄せて答えた。


「制作スタートした時期がそこってだけで、半年ぐらいはかけてるよ?? 流石に二週間じゃ出来ないって、実はこれ可動式なんだよ。ほら腕も動くし髪のドリルも動く」


「なんで全力を出したんですの!? その技術でお金が取れますわよっ!! というか絶対に不可ですわ!! 何が悲しくて自分自身の等身大フィギュアを横に置いて寝なきゃいけませんのよ!!」


「これが――君への想いの結晶さ!!」


 己の木造フィギュアに頬ずりを始めた元カレに、シャロンは非常に戦慄した。


(こ、これが噂のNTR!! 私、自分の木造等身大フィギュアに寝取られてるんですの!?)


 本物が目の前に居るというのに、五郎は実に楽しそうで。

 彼としては、愛しい女性を象った文字通り愛の結晶だ。

 それはそれ、これはこれ、であるが勿論のこと伝わる筈もなく。


「ふしゃーー!! 破壊するッ!! 破壊してやりますわ!! キィーーーッ!! 出来が良いのがまた憎たらしいっ!! 私、自分がもう一人居たら同族嫌悪でぶっ殺しに行くタイプですわ~~~!!」


「ふおおおおおおおおおお!? やめっ、ヤメロォ!! 苦労して作ったんだよ!? ああっ、腕は反対に曲がらないんだよおおおおおお!!」


「ダメNTRゼッタイッ!! おほほほほ~~!! 離しなさいッ!! 離すんですわ五郎!! アイツぶっ殺せない!!」


「言葉はちゃんと使おうよ殺すじゃなくて壊すじゃない??」


「ムキー!! そういう問題じゃないですわよっ!!」


 後ろから羽交い締めにされ、ズルズルと等身大木造フィギュアから離されるシャロン。

 その唇は堅く噛みしめられ真っ白に、これは不味い、非常に不味い事態であると。

 だってそうだ、こんな物があるという事は。


(私のアドバンテージである美貌とスタイル!! それが奪われてしまいましたわ~~!! ピンチ!! これは逆境!! 神様は乗り越えられる壁しか用意しない筈ですわ!!)


 木造が故に堅いのがご愛敬であるが、こんなに出来が良いのであれば、その腕があるのなら。

 皮膚の代わりにゴムを張り、果ては温もりさえ搭載するかもしれない。


(今すぐこの世から抹消すべき邪悪な存在ッ!! けどっ、五郎の目の前でそれをしたら嫌われてしまう! で、あるならば!! ――私の魅力を、生身の魅力を分からせるしか、ないっ! ですわよッ!!)


(あれ? 大人しくなった? もしかして認めてくれた?)


(手段は……選ぶな、選んでる場合ではありませんことよっ!!)


(じゃあこれはベッドの僕が寝る側の横にでも置くとして…………、うーん、僕の木造等身大フィギュアも作って並べるのもアリかな??)


(無機物より生身の方がいいって思い知らせてやりますわーーーー!!)


 シャロンはするっと羽交い締めから抜け出すと、そのまま振り返り五郎を壁まで押していく。

 満面の笑みで軽やかに押されるものだから、彼はついうっかりそのまま流されて。

 とん、と軽い衝撃が彼の背中を襲った、壁まで追いつめられてしまったのだ。


「えと、シャロン」


「ふふっ、ねぇ五郎……私、悲しいですわぁ」


 彼女の白く細い腕が、彼の首にするっと回された。

 上目遣いで青い瞳を艶やか濡らしながら、何かを強請るように鼻を鳴らす。

 そして自慢の胸は押しつけられて、耳には普段より少し高いトーンの甘い声が。


(あーダメだよこれ、脳が痺れるやつだよねぇ!! 視覚も触覚も聴覚もアカンやつうううううう!!)


「そんなに私が好きだったんですの? もう……いくら恋しくても生身の私がいるじゃありませんか」


(なんでそんなに色っぽく言うんだよ!!)


「ね、暖かいでしょう? 人形の冷たさなんて忘れてしまうと思いませんか? ――もっとスゴい事も、貴男は出来る権利があるんですのよ?」


 ね、と囁くような吐息で。

 全身全霊から出される艶やかな色気に、五郎はくらくらと眩暈がしそうだった。


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