リフォーム8/あの子の気持ちもフィッシング!



 釣りの日程は決まった、五郎は預かり知らぬ事だったが狂夜はシャロンを誘って復縁のきっかけになればと考えていて。

 ならば服装には拘りたい、だが五郎にはそこまで資金が無く。

 服を貸そうにもサイズが合わない、故にこう提案したのだった。


「――という訳でさ、シャロンにアドバイス貰えって言うんだよ。僕の服装センスってそんなに変かなぁ……?」


「私が釣りをする時の格好を……?」


 芋ジャージで金髪ドリルという、知らない人から見れば服装センスが壊滅的に思えるシャロンは思わず首を傾げた。

 彼女は今日、講義が午前だけで一足早く家に帰っていたのだが。

 夕方、五郎は帰ってくるなり居間に飛び込むとそんな事を言って。


(――変、ですわ~~っ!! 野宇田さんが言った? 私に五郎の服装を決めろと? 釣りに行くだけなのに?)


(あれ? 黙った? うぇええええっ、マジで僕の服装センスって変に思われてる?? うーん、つなぎ以外も着た方がよかったかなぁ……、楽だし昔っからこんな感じだし――ファッション紙を誰かに貸して貰うべきだねコレ。……でも釣りなら防水で暖かったら何でもよくない??)


(忘れておりませんわ、野宇田さんは五郎と合コンすると言っていましたわッ!! なら――つまりタダの釣りではないッ!! 釣り合コン……これは試されてますわね、私が五郎に未練があるかどうか――)


(服もDIY出来たらなぁ……流石にソッチ系の技術は拾得してないんだよね)


 五郎が暢気に構えている一方、シャロンは誤解に闘志を燃やす。

 絶対に邪魔してやる、と。

 それで彼女にとって貴重な、知り合いの一人を失う事になっても、五郎の参加する合コンを決して成功させやしない。


「おほほほほほほ~~~~っ! ぜーんぶ私に任せなさいッ!! 貴男をパーフェクトにコーディネイトして差し上げますわよーーーー!!」


「おおっ、頼もしい!! ――でもシャロンに釣りの時の服装が分かるのかい? 確かに君のセンスは良いけどさ、僕ら貧乏暮らしだし余分に服を買うお金なんてないよ??」


「そんな事もあろうかと!! あろうかとぉっ!! 私、バイト先で色々譲って貰ってきてますわよーーっ!」


「あれ? シャロンって服屋とかでバイトしてたっけ?」


 彼女のバイト先は、大学近くの小料理屋と時折ヘルプで近所の旅館に入るぐらいで。

 服を持って帰るような所ではなかった筈で、五郎の頭の中は疑問で埋め尽くされる。

 そんな中、彼女は立ち上がって隣室に走り、押入をガサゴソを漁ったかと思うと。


「じゃじゃーーんっ! これを着れば暖かいですわよ多分!! 水に濡れても問題なし!! まぁ難点は夏は恐らく暑くて、釣り竿が少し持ちにくいかもしれませんわね」


「うえええええッ!? 牛の着ぐるみ!? なんでウチにあるの!?」


「ふふふ、これはバイト先で牛肉フェアをした時に店長が注文したものの誰も着ないので私にくださった一品!! 超レアものですわ、これで貴男も牛さんですわよ!! 釣りにもバッチリ似合う!! もうこれしかないッ!!」


「魚を釣るのに正反対の牛肉!? アリなの!? これはアリなのか!?」


 シャロンとしては、あくまでジャブ。

 最悪なのを最初に持ってきて、次の適度にクソダサファッションを勧めて着させるつもりであったが。

 しかしここで誤算が発生する、それは即ち、五郎が本気で検討し始めた事だった。


「――いや違う、これは機能面でのお勧めだね? 確かに暖かそうだし、防水性は手持ちのスプレーでカバー出来る。意外と動きやすそうだし、後は手の所を切り取って適当な手袋に買えれば……?」


(しまった!? 五郎のDIY魂に火を付けてしまいましたわ~~~~ッ!? このままでは牛の着ぐるみで釣りをする変人として見た人がSNSにアップして大バズり!! 有名人になってしまいますわーーーーー!!)


 止めなければ、そう思ったが一方でこうも思ってしまう。

 ――牛の着ぐるみを着た五郎の姿をひとめ見たいと。

 好奇心は押さえられず、深呼吸を一回、シャロンは目をキラキラと輝かせて提案した。


「まぁまぁ、魔改造はおいておいて着てみてくださいまし~~!! きっと似合う筈ですわ!!」


「着ぐるみが似合うって……でも着ちゃうね!! だって一度は着てみたいって思ってたんだ!!」


「そういうノリがいい所、大好きですわぁ!」


 牛の着ぐるみは、空気で胴体を頭を膨らませる仕組みになっていた。

 つまり、空気の層で外の熱を遮断できる効果があるかもしれない。

 ならば、中に着込めば暖かい筈で。


「フルフェイスじゃなくて顔出しタイプってのもいいね、――ああ、もしかしてこれ、元々の用途はハロウィンの仮装用かな?」


 そこにはどう見ても、季節はずれのハロウィン仮装をするダサい男がいた。

 実は五郎も、お勧めされたけどないかなぁ……と思ってはいたが。

 ここに一人、本気の人物が居て。


「んまッ!? ……よくお似合いですわっ、ん~~~~、抱きしめたいッ!! お可愛いですわ!!」


「えへへ、そうかい? 可愛いって言われると複雑だけど悪くないね」


(これは……不味いのではなくてっ!? こんなに可愛いのに、他の女が放っておく筈がない!! 断言できますわーーーーーー!!)


 もし自分が見かけたら、即座に交際を申し込むかもしれない。

 恋は盲目、あばたもえくぼと言うが、シャロンの目は曇りきっており。

 クソダサファッションの筈が、逆に五郎の魅力を引き出してしまったように思えて。


「わ、私は自分の才能が恐ろしいッ、――五郎をこんなにも魅力的にしてしまうなんて」


「それは流石に言い過ぎじゃない? 良い感じに使えそうだけどクソほどダサいよねコレ??」


「お可愛そうに五郎……センスがない余りに、この牛さん着ぐるみを装備した姿の良さを理解できないなんて――ッ!!」


「そこまで言われると、流石に胡散臭くなって――んん?」


 その時、五郎は気がついた。

 もしかしてシャロンは邪魔をしているのではないか、と。

 では何故に邪魔をするのか、ただ釣りに行くだけなのに。


(けど……どうも腑に落ちない。普通に考えて、着ぐるみなんて釣りに不向きだ、もし勧めるならネタか悪意があるって事で……――僕を事故で殺そうとしてる??)


 それこそまさかだ、ならば冗談か、しかし冗談にしては誉め言葉に熱意を感じた。

 という事は、殺すまではいかないものの悪意はあると。

 しかしそう判断するには、この牛の着ぐるみ姿に対して嬉しそう過ぎて。


「あー……、もしよかったらさ、ペアルックしてみる?」


「ホントですの!? 今日は貴男とダブル牛さん!! モーモーですわぁッ!! ――いえ待って、残念ですが予備はないのですの……」


「ちょっと待ってね、少し違うけど実は僕も牛系を持ってるんだよ」


「えっ、そうなんですの??」


 五郎は考えすぎだと判断を下し、次に彼女の厚意に答える事にした。

 親友としてなら、ペアルックも許されるだろうと自分に言い訳しながら。

 彼は自分の机の天板の裏に張り付け隠した、小さめの紙袋を持ってきて。


「そんな所に何を隠してたんですの!? ええッ、全然気がつきませんでしたわ!? 居間の隅にあるのに……、隠し場所なんてあるんですのねぇ」


「前に買ったんだけど、流石にちょっとって思ってね。でも捨てるには惜しかったから…………ペアルックというには奇妙かもだけど、よかったら着てみて欲しい」


「はい? え、ええ……」


「ちょっと待った!! 隣の部屋でこっそり見て、それで判断して!!」


 五郎の勢いに飲まれ、シャロンは、んー? と首を可愛く傾げながら隣の部屋へ。

 そこで紙袋を開けると、出てきたのは紐だけ。

 否、牛耳もあったが、紐は紐ではなく……紐水着。


(こ、これは――ッ!? は、はははははははは破廉恥ですわあああああああああああっ!? うえぇっ!? いったい何を考え、ええええっ、これ隠せて、なーんにも隠せてないですわよね!!)


 極小の布地は確かに牛を思わせる白黒模様、だがこれはあまりにも卑猥。

 あくまで目算であるが、紐は食い込むし布からハミ出るし。

 どう考えても、夜の生活用のグッズである。


(も、もしや……これは誘われてる!? これを着て牛さんプレイ!? ペアルック牛さんコスプレイ!! 新し過ぎやしませんか五郎ッ!?)


(高校時代にペアルックしたくて、牛柄のパーカー買ったんだよね。まぁ渡せずじまいっていうか、流石に無いかって止めたんだけど)


(これを着て、それで……い、いえ待つんですわ、私たちは立派なお親友!! だから夜のお誘いはない!! ならばこれは? ――試されてますわね、私の妨害を見抜いて、これを着て現れれば未練があると……なんて狡猾なお罠ッ!!)


(――――あ、そういえば昔。冗談で渡されたエロ水着あったよね? 同じ所に隠してた…………ヤベッ、渡してないよね? 間違えてないよね!?)


 途端に冷や汗がダラダラ流れ始める五郎、もし間違って渡していたらと考えると不味いという言葉では済まされない。

 誤解される、絶対に誤解される、未練があると思われる、ともすれば今から何かが始まってしまう可能性すらある。

 どうか間違えてませんように、そう祈って探し始める五郎であったが。


「……………………無い」


 机の天板の裏に、ある筈のもう一つの紙袋が無い。

 実際の所は、駆け落ちする時に間違って持ってきてしまったのが真相ではあるが。

 もはや今となっては、隣室へ続く襖を開き乗り込んで、直接確かめる他に手段はなく。


(うおおおおおおおおおおおッ、どうしよう!? マジでピンチなんだけど!? もし渡したのが水着で、今確かめに行ったら……そう受け取られるよな、そしたら――――僕達の関係は最悪の方向に行くかもしれない!!)


(もしこれを着たとしましょう……、未練があるとバレるリスクと引き替えに、五郎を誘惑するコトが可能かもしれません、そしてそれを冗談を言って誤魔化す事もアリですわ)


(頼むッ、間違えてないようにっ、間違えてないように!!)


(けど一番の問題は――――ムダ毛処理をしてませんわぁ~~~~!! ムリムリムリ、マジでムリですわ!! 破廉恥とか下品ってレベルじゃないですわ乙女が終わってしまいますわーーーーーー!!)


 逆手に取って攻撃できる絶好のチャンスであったが、シャロンは泣く泣く諦める事にした。

 だが、これをそのまま返すには惜しい気がして。

 今は使えなくとも、後にサプライズで使う機会があるかもしれない。

 ……一方で五郎は、襖に耳をあてて盗み聞き。


(問題は、このまま持っていたら誤解を招きかねないという事。…………なるほど!! いいアイディアが浮かびましたわ!!)


(――――ッ!? 嘘、だろ? 何か着替える音が聞こえるんだけど!? パーカーを着るって感じじゃないんだけど!?)


(ふっ、今日の私は冴えてますわーー!! そうッ!! 今着てる、そろそろ捨てようかと思っていた下着を入れ替え!! そして怒ったフリをして燃やす!! 証拠隠滅すればバレない!!)


(………………うん?? 紙袋に戻してるのか? この音は??)


 もうすぐ戻ってくる、そう判断した五郎は襖から静かに急いで離れ、何事も無かったかのように座布団に正座。

 証拠隠滅を企むシャロンは、彼の強ばった顔にも、彼が己が使っていた座布団に座っている不自然さにも気づかず。

 態とらしくムスっとした表情を作り、冷たい視線を送った。


「……サイズが合わなくて着られませんでしたわ。まったくもう、何を無駄遣いしてるんですか!」


「いやー、ごめんごめん(うぇえええええ、ドッチ!? これドッチなの!?)」


「勿体ないですけど、これは今日のお晩ご飯を作るときの薪代わりに燃やしましょう。いいですわね?(バレてない、バレてない筈ですわっ、私がジャージの下に破廉恥極まりない水着を着てるなんて……)」


「まぁ、残念だけど君がそう言うなら……(せ、セーフ?? セーフなの!? でも燃やすって言うし!! どっち何だよおおおおおおおおお!!)」


 苦悩する五郎は、シャロンが後ろ手に隠した牛耳カチューシャに気づかず。

 二人は実に挙動不審のまま、夕食づくりに突入。

 そして、証拠は燃やされて。


「そうそう、今日は貴男の苦手な物祭りですわよ~~~~!! ザ・ピーマンフェスティバル!! 開幕ですわーー!!(おほほほっ、怒ってるフリして誤魔化すんですわぁッ!!)」


「そ、そんなぁ!?(怒ってる、まさか本当にエロ水着だったの!? う、嘘だ……嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)」


 夕食で出てきたのは、肉抜きピーマン肉炒め、ピーマンの肉詰め肉抜き、ピーマンの浅漬け、ピーマンの具のお味噌汁などなど。

 五郎は様々な品を味わいながら、必死に考えていた。


(もう真実がどうだっていい、――今はシャロンの機嫌を取らなきゃ!! 名誉挽回するんだ!!)


 なら出来ることは何か、彼はDIYしか出来ない。

 そして今、二人が、何よりシャロンが望んでいた事といえば。


(――――ベッド作りをしよう、ここは一発、予定通りキングサイズで、そしてちょっと豪華に!! 木材はこの前シャロンが余分に買ってきた、出来るはずだ!!)


 もぐもぐと口を動かしながらグググと拳を握る元カレに、元カノはピーマン嫌いが直ったのかしらと喜びながら。

 しかして、意図せずして下着代わりになったエロ水着の存在にソワソワして。

 ともあれ、次の日から五郎のベッド作りが開始されたのだった。



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