リフォーム7/悩みには焚き火とホットミルクで



 焚き火を見つめているだけで、こうも心が落ち着くものか。

 或いは、寒空の中で飲むホットミルクのお陰か。

 ともあれ田舎のボロ屋暮らしであるが、好きなときにコレが出来るのがとても嬉しい。


「決定的に破局する前にって思ってした事だけど…………はぁ、思った以上に未練あるなぁ」


 駆け落ちと同じく、己の下した決定は間違っていたのだろうか。

 いつも正しい選択をしたと思って、でもそれは本当に正しかったのだろうか。

 後で悔いるから後悔なのだ、だがきっと己は人生をやり直しても同じことを選ぶだろう。


「別れた以上ね、そりゃあ誰を好きになろうが恋人を作ろうがシャロンの自由だよ。――親友だから、止めちゃいけない」


 でも。


「…………嫌だ」


 もし彼女が五郎以外の誰かと、そう考えそうになるだけで心が暴れ出す、今すぐ抱きしめに走り出したくなる。

 しかしその執着が、好意が、選択を誤らせてきた。

 ――――それでも。


「手を離してから気づくなんて、僕はなんてバカなんだろう。けどさ、だからこそ」


 許せない、我慢できない、シャロンという女性の隣に自分以外の男がいるのは。

 きっとこの選択は間違いだろう、今までと同じく間違っているのだろう。

 ――――それでも。


(これは僕の我が儘だ、シャロンの一生を背負う覚悟がなかった僕の、間違いだらけでも貫きたい正直な気持ち)


 こんなに好きなのに、愛してるのに、でも彼女を幸せにする自信がない。

 シャロンが嫌っていた家族より、ドス黒い執着心があるのに。

 でも一方で、己より幸せにしてくれる存在が現れてくれる事を望んでいる。


(なんて矛盾、――嗚呼、僕は我が儘だな)


 だからこそ、決めた。

 例えこれが今までと同じく間違った選択であろうとも、貫き通すと覚悟した。


(ぜぇええええええええええったいッ!! 邪魔してやるぞシャロン!! いいさ好きに恋人でも何でも作るといい!! けどな――全部邪魔してやるぞ!! 僕が君を幸せにする自信がつくまで、恋人なんて作らせない!! 万が一妥協したとしても僕が認めた男じゃないとダメだぁッ!!)


 夜空を見上げると、そこには綺麗な半分の月。

 新月でも満月でもなく、きっかり半月。

 それが今の自分には相応しい気がして、五郎は満足そうに微笑んだ。

 ――それを遠巻きに見ていた者が一人。


(ズルですわ五郎ッ!! 私もお誘いになってくれれば……いえ、貴男もきっと独りで考えたいコトがあるのでしょう)


 縁側からは彼の後ろ姿しか見えず、また、何かを呟いているようにも思えるが。


(くっ、聞こえませんわ、いったい何を――は!? ま、まさか私を追い出す計画!! 合コンするなら古い女は用済みと!! …………い、いえ、被害妄想が過ぎますわ私~~ッ!!)


 シャロンは常々感じていた、己は果報者だと。

 五郎という理解者を、愛する者を得て、邪魔者のいない田舎で自由気ままな二人暮らし。

 大学生活とバイトで、忙しすぎる日があるのはご愛敬。


(――でも、私も薄々は気づいてしまっていたから)


 伴侶への責任、五郎への重い想い。

 駆け落ちという未熟な手段を選ばせてしまって、五郎の将来を閉ざしてしまったのに。

 己が出来たのは料理と、身体を使って慰める事。


(民宿をしたいって、それを覚えていてくれて嬉しかったんですのよ)


 家の誰にも言えなかった夢、ある日、一度だけポロっと口にしただけの現実逃避の夢。

 それを叶えようと、彼は力になってくれた、幸せにしてくれた。

 けれど、幸せになればなるる程、生活が楽しければ楽しい程、自分たちの愚かさに気づいてしまって。


(結局、肉体の繋がりに溺れてしまったのは私)


 何処にも行けないように態と浪費して、きっと五郎は気づいていたのだ。

 だから、別れを告げられたもう無理だと言って。

 だから、シャロンがこれから行う事は裏切りだ。

 だから、これは徹頭徹尾、完全無欠の我が儘で。


(――逃がしませんわ、ええ、許すものですか、五郎の隣に私以外ありえない。絶対に、絶対に新しく好きな人だなんて邪魔してやるッ!! 仮に私が敗北したとしても……私が認めた私以上に美人で素敵な女性以外、絶対に認めない!!)


 二人とも己に自信がないが故に、自分より素晴らしい存在が出てくるかもと負けを覚悟して。

 だが、戦いの火蓋は切られたのだ。

 心の底から相手を幸せにできると確信するまで、恋人作りを邪魔してやると。


(――――だから先手必勝ですわ~~っ!! 寒空の下で焚き火を前に二人っきりなんてロマンチックの極みッ!! 寒さを理由にくっついてヨシ!! 距離が近すぎる? ……親友だから問題ないですわ~~!!)


 逸る気持ちが顔に出ないよう、シャロンは笑みを張り付けて縁側から外に出る。

 寒さに震えながら近づくと、流石に五郎も彼女が起きたことに気づき。


「ああ、ごめん。起こしちゃった?」


「偶然ですわ、私だってとても酔っていましたから。――おほほっ、でも隣の温もりがなくなって寒くて起きてしまったと言ったら五郎の責任になりますの?」


「そう来たかぁ、んじゃあそれは僕の責任かな? 一緒に暖まる? ホットミルクもいるかい??」


「では遠慮なく、……お膝の上に乗せてくれません?」


 シャロンは仕掛けた、これで五郎が動揺するなら儲け物。

 隙をついて膝に座ってしまえばいい、そしてノーと言われても親友という武器がある。

 だが、この機会を生かそうとしているのは彼も同じで。


(さっきまでの僕なら断ったり動揺してたかもしれない、――だが今の僕は違うよ。なんたって親友だからね、親友なら膝に座らせても何も問題ない)


 だが。


(僕が未練があるってバレちゃいけないッ、けど未練があるのかもって意識させないとダメなんだ!! だから何ともないフリで受け入れる、――これしかない)


 この間、僅かコンマ一秒である。

 五郎は己の膝をぽんぽんと叩き、素知らぬ顔で答えた。


「このキャンプ椅子は拘って作ったからね、二人分でも楽勝で耐えるさ」


「――そうでしたわね、おほほっ、なら遠慮なくお膝を借りますわ」


「どうぞどうぞ」


「では失礼して」


 あっさりと承諾された動揺を隠し、シャロンは咄嗟に横向きで座った。

 つまり、キャンプ椅子の上でお姫様だっこのスタイルである。


(な、なんとぉ!? くッ、普通に正面を向いて座ると思ったのに!! これじゃあ――)


(意識せざるを得ないですわよね五郎? ほほほほ~~、どうです? 私の自慢の胸が視界にバッチリ収まるし。落ちないように抱きしめないといけないでしょう!!)


(親友だからダメだって言えば僕が意識してる証拠になるッ、けど抱きしめたら確実にシャロンの匂いと柔らかさを堪能したくなる…………クソッ、ワザとなの? それとも天然なの!?)


(私は把握しておりますのよ? ――五郎はえっちな誘惑よりベタなイチャイチャの方が効果があるんですわぁ~~!!)


 勝負はシャロンに軍配が上がると思われた、しかし五郎だって彼女の弱点を把握している。

 だから、ぎゅっと抱きしめると金髪ドリルに顔を埋めて。


「嗚呼、いい匂いだよシャロン、それに人肌が恋しかったんだ。――こんな気の利いた親友をもって幸せ者だね僕は」


「おほほっ、そうでしょうそうでしょうっ! 親友が寂しがってるなら側に居るのが私の役目、――今日ばかりはそのまま胸に顔を埋めても許しますわっ」


「んー、親友だから将来の旦那さんに顔向けできない様なコトはしたくないなぁ。あ、僕の飲みかけだけどホットミルクどう?」


「それは親友として悩みますわね、間接キスってセーフラインでしたか? とはいえ好意は素直に頂きますが」


 攻防は一進一退、二人は謎の緊張感があるスキンシップを繰り返す。

 抱きしめるまでは、間接キスまでは、親友という言葉はなんて便利な武器なのだろう。

 だがそれは諸刃の剣、振り回す度に親友だから未練などなく只のスキンシップだと切り刻まれて。


(この状況は不味い……恋人の時となにも変わってないじゃんかっ!? でも顔色変わってないしシャロンは僕に未練なんて)


(五郎に……五郎に私の誘惑が通じない!? 本当に未練が、いやでもこうして――どっちですの~~!?)


(ま、まだ決めつけちゃダメだ、こうして地道にアピールしつつお見合いを阻止して、恋人作りも阻止するんだ……我慢しろ僕っ、性的な目で見ちゃいけないし、親愛のキスだって禁止なんだ!!)


(もう早速心が折れそうですわ~~、でもメゲないショゲない諦めない!! 五郎の頭を私でいっぱいにするのよ!!)


 表面上は仲良く微笑み合う恋人同士、だが実体は別れたばかりで未練タラタラな親友。

 焦りを顔に出すことなく、触れ合った体温に顔が緩むのを許さず。

 しかして焚き火の暖かみは、二人の心を徐々に落ち着かせて。


「――――ねぇ五郎、親友って何処まで許されるのかしらね」


「そうだなぁ……少しずつ確かめていこう、なにせこれからも一緒に暮らすんだから」


「ふふっ、では……これからもよろしくお願い致しますわ親友」


「こっちこそ、よろしくだよ親友」


 恋人だった時よりも、穏やかで恋人らしい空気で。

 二人はしばらくの間、無言で焚き火を見つめ続けた。

 ――そして数日後である、大学で講義が終わった直後、五郎は狂夜に話しかけられた。


「良い話がある、勿論乗ってくれるだろう?」


「その前にちゃんと説明して??」


「おっとそうだったな、前にお前が言ってただろう『釣りしてみたいなぁ』と、そして道具を買う金がないとも」


「あー、そういえば言ったね」


 思い出してみれば、半年に一回は言っている気がする。

 一度はやってみたいんだけど……、と五郎が今回も勝手に諦めようとした時だった。


「俺の叔父さんがな、古くなった道具を一式譲ってくれるコトになったんだ。――どうだ? お前に貸すから一緒に釣りをしないか?」


「え、マジ!? やった嬉しい!! いやー、気を使わせちゃったね。お古だから僕にくれるって所を、タダで譲ると僕が気にするからって貸すってコトにしたんでしょ? いやっほう! 念願の釣りだぁ!!」


「お前……ヒトの気遣いに説明なんて……いや、まぁそれがお前か。――よし、今日この後はヒマだろう? 一緒に計画を立てようぜ!!」


 そうして五郎は、狂夜と釣りをする事になったのだった。


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