リフォーム4/おもいもの
ちまちまと黙々と、餃子作りは進んでいた。
餡は餃子好きの五郎の為に、前日の夜に仕込んである。
ならば後は、皮に包んで焼くだけで。
「――さっき聞いたでしょう? 別れたの、私たち……」
「あ、それは別にいいですお嬢様。それより言葉遣いが崩れた事とか芋ジャージの方が重要です」
「ちょっと絵馬?? 貴女の敬愛するご主人様が傷心ですのよ!? ちょっとは慰めなさいよ!!」
「えぇ~~、どうせ駆け落ちしたプレッシャーで潰れて若さ故の未熟さに気づいたから、ケジメとして一度別れる事にしたんでしょう?」
「何で知ってるのよ!?」
ばっさり言い当てられて、シャロンは金髪ドリルを震わせながら驚いた。
そんな主人にメイドは自慢げに胸を張って、――しかして餡を包む手は止めないあたり真面目でもある。
「敢えて言いましょう、――あの憎き和久五郎のことはお嬢様より知ってると!! この一年ほどは流石に知りませんが、高校時代のアイツなら毎日のパンツの色から夜のオカズまで完全把握!!――――」
「え、怖ッ!? 貴女そんなことしてたんですの!? というかそれって五郎のコト……」
「は? 冗談はその髪型だけにしてくれませんかお嬢様??」
「実は貴女、私のこと嫌いでしょ??」
訝しげな顔をするシャロンに、絵馬はやれやれと肩を竦め。
「いいですかお嬢様、――わたしは和久五郎を調べ上げたのは、弱みを握りお嬢様と別れさせる為です。アイツを男をして? いや無いでしょ、ぶっちゃけ生理的に無理です。わたしが好きなのは可愛い気のあるバカな男です。断じて……DIY狂いのバカじゃない!!」
「私はそれを聞いて、どうすればいいの??」
「そもそも!! お嬢様は愚かすぎます!! アイツはクソキショイ男ですが…………超良いヤツですよ!? どちらかと言うと保守的な面が強い癖に、自由な発想で物作りに熱中して、高校時代もお嬢様に対して親身になって真摯に――」
「好きなのか嫌いなのかハッキリして??」
「個人的に生理的嫌悪感があってお嬢様を盗んだ憎きライバルですが、それはそれとして人として尊敬できる人かな、と」
「めっちゃ複雑ゥ!? 大丈夫? 何か拗らせてません??」
徐々に心配になってくるシャロンに対し、絵馬は主人をギロと睨みつけ。
「だいたいですねお嬢様、ぼっちでコミュ症でメンヘラだったのを、ポンコツ恋愛脳な微メンヘラにまで更正させた手腕に感謝すべきなんですよ!!」
「やっぱり私のコトを嫌いなのでは?」
「勘違いしないでください、――わたしは、ぼっちでコミュ症でメンヘラだけど外面完璧お嬢様を愛してたんですよ!! クッソーあの野郎!! わたしのお嬢様を比較的まともにしやがってェ!!」
「やっぱり嫌いですわよね私のコト!?」
「はっはー、昔のお嬢様は愛してましたが今のお嬢様は……まぁ、ふつうに好きくらい??」
「喜んでいいのか悪いのか分かりませんわ~~っ!?」
絵馬のことは幼い頃より変人だと思っていたが、こんなにもアブナイ人間だとは。
そんな彼女からの偏執的な愛情がなくなり、普通の好意になったことは喜ばしい筈なのだが。
シャロンは、妙に釈然としない気分に陥った。
「はぁ……まったくもう、絵馬と話していたら別れたコトが大したコトじゃない様に思えてきましたわ」
「お嬢様? そこは危機感持ってくださいよ。クソDIY野郎に見捨てられたら只の不良債権ですよ?? いえ、元に戻ってくれるなら一生養いますけど」
「私を何だと思っていますのよ!? この美貌にボディ!! しかも料理上手!! 男なんてよりどりみどりですわ~~ッ!! でも五郎以外はノーセンキュウ! 一途な私ったらキュートッ」
「でも別れたんですよね? 捨てられたんですよね? この家のコトが無ければ今頃追い出されて独りぼっちで泣いていたのでは??」
「ゴフッ!!」
シャロンは思わず血反吐を吐きそうになった、余りにクリティカルダメージ。
状況が違っても五郎はそんなことをする男ではないと信じたい、否、信じている。
だが、己への自信の無さに自信があって。
「捨て、捨てられる、私が捨てられ? ほほ、おほほほほッ、そんなの嘘、ですわ~~~~っ、五郎は私を愛してるから別れたのですっ、だから本当に別れた訳では…………ないッ!!」
「…………もう、止めましょうお嬢様。自分すら騙せない嘘を言うほど虚しいモノはありません」
「言わないでくださいですわーーーー!! あーー! あーー! 私何も聞こえなーーい!!」
「残念ですけど餃子で両手が塞がってるので、耳は塞げてませんよシャロンお嬢様、だがそのよわよわ気質やヨシ!! この仙間絵馬、お力になりましょう!! 具体的には奥間の御当主様からシャロン様に伝言を申しつかっておりますれば!!」
「え? お父様からっ?? それ早く言いなさいよおバカ!!」
駆け落ちした時にシャロンは、二度と奥間の家と関わらないと心に誓っていた。
とはいえ血の繋がった家族であり、方向性はともあれ受けた愛情は本物で。
だから、話ぐらいは聞いても、と。
「正直な話、今のお嬢様にとっても悪い話ではありません」
「……引っかかる言い方をするわね」
「和久五郎と別れ、親友という宙ぶらりんで決定的な破局だけを避けた都合の良く生ぬるい状態に陥ったお嬢様にとって利益がある話かと」
「なんでハッキリ言ったの!?」
「ま、簡単に言えばお見合いの話です、――よかったですね? これが纏まれば捨てられませんよ」
「誰がお見合いなんて受けるもんですかッ!!」
キシャーとシャロンは威嚇したが、芋ジャー姿で餃子の皮を手に持っていれば可愛いものだ。
そして勿論、この縁談話には裏があって。
(まさか、御当主様が改心し反省なさった上で。和久家と交友関係を深め、お二人の仲を認め呼び戻すサプライズお見合いで、お相手は和久クソ五郎だったのに…………なーんで別れてるんですかね??)
正直な話、頭の痛い事態でもある。
この状況では仮に全てを打ち明けたとしても、最悪の場合、本当に二人が離ればなれになる可能性すら存在し。
(ここはお嬢様の為にもわたしが一肌脱ぐ時!)
絵馬は口元をニヤリとクールに笑い、本人的には格好付けたつもりだがシャロンにとっては不安が刺激されただけだ。
「くッ、このままだと五郎に私は愛想を尽かされ……、い、いえ早合点はダメですわ私!! もっと五郎を信じるのです!!」
「――――不安でしょうお嬢様、いくら愛という鎧で身を包んでも、中身はそう簡単に強くなれないんですよ」
「はッ、処女はお帰りになって? 貴女に食べさせる料理は一つもないですわ~~ッ!!」
「クソ五郎の気持ちを確かめる方法があると言ったら?」
「…………おほっ、おほほほほほほッ!?」
マジか、とシャロンは激しく動揺した。
激しく知りたい、確かめたい、だが躊躇いは過分にあって。
「どうしますかお嬢様、話だけでもお聞きになります?」
「――――いいえ、それはダメですわ」
「あら、はっきり言うのですね。てっきり……」
「愛する人だからこそ、その心を試すようなコトをしてはいけませんわ」
絵馬にとって、この解答は予想外であった。
彼女のよく知るシャロンであったなら、すぐに飛び乗っただろう。
「…………お変わりになられたのですね、いえ、成長されてしまったと言うべきか。嬉しいですけど、少し寂しい」
「五郎にね、教えて貰ったの」
淡く微笑むシャロンは芋ジャージ姿だというのに、絵馬には美しく、しかし寂しそうにも見えて。
五郎という人間は気にくわない、だがきっと、二人はお互いにいい影響を及ぼしていたのだろうと。
とはいえ、絵馬にも譲れない所はある。
「そう、ですか……じゃあ遠慮はいりませんね! ――うっしゃオラァ!! 今すぐお見合いの事を暴露して気持ちを試してきます拒否は認めない!!」
「いや今の会話なんだったの!?」
「ひゃっはー! 何を隠そう恋愛ゴトはひっかき回したいタイプですよわたしは!!」
「――はぅあ!? ちょッ、まっ、ああもう、餃子を作り終えるタイミングをみてましねこの野郎!! 待つのですわこのアマ~~ッ!!」
そして鬼ごっこが始まる、絵馬は縁側から庭に飛び出して、シャロンもまたそこに続く。
一方その頃、庭で料理に使う為に火起こしをしていた五郎はバッチリその光景を目撃して。
「うーん、相変わらず仲がいいなぁ。餃子作り終わったのかな? なら後はご飯が炊きあがるのを待って……」
「――――あ、あれはメイドさんではないか!? な、何故こんなボロ屋にメイドが!! おい五郎あのヒトは誰だ!! それからこんにちわ!!」
「あれ? 来たんだ狂夜。あー、そういえば君は会った事が無かったっけ」
「知っているのかあの運命のヒトを!! うおおおおおおおおおおおおお我が運命に至り!! あのヒトこそ――俺の妻に相応しい!!」
「………………今なんて??」
表れたるは五郎の中学以来から続く友人、もとい親友。
その名を野宇田狂夜(のうだ・きょうや)、キラキラネームに相応しい変人であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます