リフォーム3/追いかけてきた過去



 玄関の前に、田舎に似つかわしくない人物が立っていた。

 その名を仙間絵馬、シャロンの幼い頃からお世話係として側にいた現在アラサーで、黒髪ロングと怜悧な印象を与えるクールな顔立ちのメイド。

 彼女は今日、長らく捜索していたシャロンの居場所を突き止め、ようやっと訪ねる事が出来たのである。


(お労しやシャロンお嬢様……こんなボロ屋でッ、許すまじ和久五郎! 高校時代からお嬢様に迷惑をかけた上にッ、駆け落ちなんてして貧乏生活を強いるとは――この絵馬、決して、断じて、許しは、しません――――)


 さぁ出てこい憎き和久五郎、しかしお嬢様が出迎えてくれるのも……、と表情を忙しく変えるメイド。

 一方で、彼女の来訪を知った当人達と言えば。


「あわわわわわわっ、とうとうバレてしまいましたわ~~ッ、もうダメッ、連れ戻されるッ、ならば――先手必勝、殺られる前に殺れッ、去年の誕プレで貰ったマイ電動ドリルが火を吹きますわッ!!」


「はい落ち着こうかー、流石にドリルは洒落になってないから、マジで怪我するから、ね? 一端落ち着こう」


「何を甘い事をッ!! 私はもう嫌なんですあんな生活ッ、自分の部屋が無駄に華美な上にガチで大きな鳥籠で、朝は三つ星ホテルのシェフが作る高級フレンチ、昼は学校の屋上でイタリアン、夜はシャトーブリアン食べ放題な生活なんて!!」


「かなりイイもの食べてるよね??」


「シャラップ五郎!! 盗聴器とGPSは勝手に付ける癖にスマホすら持たせて貰えないテレビも見れない生活なんて戻れませんわよ!!」


 ふんがーと鼻息荒く、電動ドリルを回して金髪ドリル美少女は芋ジャージ姿で激怒した。

 実の所、シャロンは家族と不仲だった訳ではないし、むしろ親も兄妹、使用人からも溺愛されてると言って過言ではなかった。

 しかして溺愛といっても限度がある、意志を無視され愛されることの精神的苦痛は計り知れない。


(はぁ……――これは僕も覚悟を決めなきゃね、けど今度は逃げるような事なんてしない)


 どうどう、と元カノを落ち着かせながら、五郎の目は座る。

 駆け落ちの最大の理由は、シャロンが過剰な溺愛生活に耐えかね、五郎と無理心中を企んだからだ。

 幸いにしてそれは未然に阻止されたが、結果として今がある訳で。


「ワタクシ、アイツ、コロス、五郎ハナセ、ノコギリでブッタギル!!」


「まぁまぁ、取り敢えず会って話だけでも聞こうよ。反撃するにしても逃げるにしてもさ、情報が必要だって」


「……………………はぁ~~~~あ、他ならぬ貴男がそう言いますなら。私としても強引に反対しませんが――」


「安心して、僕が君を守る。――今までそうして来たように」


「五郎……っ」


 彼の真面目な顔にシャロンはときめいて、そうだ五郎は駆け落ちした日からずっと。

 否、恋人になる前から守ってくれていた。


(嬉しいですわっ、――でも、だから貴男は)


 シャロンを守るという行為に、心が疲れてしまったのだ。

 守られるという安心感に、家族から解放された開放感に、幸せだったから、二人で暮らせて楽しかったから。

 五郎の無理に気づいた時には、手遅れで。


「……私、同じ過ちは繰り返さない主義ですの」


「シャロン?」


「ごめんなさい五郎、少し取り乱しました。……貴男が私を守るというなら、私も貴男を守ります。一緒に……立ち向かってくれませんか?」


「――――勿論っ!」


 少し震える手でシャロンは五郎の手を握り、彼はしっかりと握り返した。

 彼女が隣にいるなら、勇気が際限なく沸いてくる。

 後ろではなく、隣にいる。


(嗚呼、――こういうのって、なんかいいな)


 きっと、己の未熟さはコレだったのだろう。

 言わなければ伝わらないのに、大切にしているつもりで、守っているつもりで。


(二人の事なんだから、二人でしなきゃいけないのに)


 守ると言うなら、五郎だけで何とかしようとするべきではなかったのだ。


「僕はまだまだ未熟だな」


「私もですわ」


「なら、未熟者同士ってことで二人で頑張りますか」


「ええ、私たち二人なら……」


 五郎は無性にキスがしたかった、シャロンの桜色の唇の温もりを確かめたかった。

 だが、恋人ではなくなってしまったから。

 瞳の中に名残惜しさを潜ませて見つめ合う、別れたのに恋人のように指を絡ませる。

 ――シャロンの頬が、赤く染まったその時。


「無事ですかお嬢様。――――仙間絵馬、お邪魔します――」


「あら、邪魔するなら帰ってくださって?」


「ほな、さいなら――――ではありませんよ?? というかお嬢様が何故にそんなネタを? っ!? クッソー、和久五郎めぇッ!! 貴様お嬢様を汚したなァ!! なんだこのクソダサジャージは!! お嬢様を辱める鬼畜めぇ!!」


「ようこそ絵馬さん、いやー、相変わらず僕にだけ言葉遣い悪くてで反吐がでるよ。さ、座って話し合おうか」


 にこやかに敵意を見せる五郎と、彼をあからさまに敵視するメイド。

 シャロンは胸の谷間から扇子を取り出し、絵馬の額をバシッと叩いて。


「ステイですわよ絵馬、――でなければ殺す」


「ッ!? っ?? ………………はい、正座しますお嬢様。――そうそう、これは手土産ですどうぞ――」


(すっごい顔で驚いたかと思えば、泣き顔でぷるぷる震えながら正座して?? うーん、今のそんなにショックだったの??)


 絵馬の豹変っぷりに目を丸くした五郎であるが、シャロンの言葉はそれだけ絵馬にとって衝撃的だった。

 彼女が知っているシャロンは、こんな砕けた言葉遣いなんてせず、殺すなんて物騒な言葉なんて口が裂けても言う筈がない。

 それに、よりにもよって芋いジャージだ。


(お、お嬢様が変わってしまった――――!?)


 正確に言うのであれば、五郎の影響は確かに大いにあるものの。

 実家に居た頃は押さえていた本性を、隠さなくなっただけである。

 手土産の包みを楽しそうに剥がす二人を、絵馬は混乱しながら凝視して。


「気を使って頂いて――って、こ、これは何か高級そうなお肉ッ!?」


「あら、A5ランク和牛のサーロインですわね。ハラミはございま…………いや絵馬? なんで泣いていらっしゃるの??」


「こ、これは夢、悪い夢です……わたし達が大切に育てたお嬢様が、こんな下品なエセお嬢様になって。――ヒドい、ヒデェぜ和久五郎!! 昔より良い笑顔になったお嬢様を独り占めしてるなんて――――」


「うーん、僕ってばどんな顔をすればいいの??」


 バシバシと畳を叩きながら号泣しはじめる絵馬に、五郎とシャロンは顔を見合わせて。

 

「(どうする? これ話し合いにならなくない?)」


「(そうですわねぇ……、追い返しちゃいましょうよ。)」


「――ふっ、何を考えてるか分かりますよ、しかいよく考えてください。……ここでわたしが帰るならお肉はあげません」


「どうしてドヤ顔でそんな脅迫を?? 通じると思ったの??」


「くぅぅぅぅぅぅッ、絵馬は帰って欲しい、けどッ、お肉の誘惑には抗うことなどっ!! で、でも!!」


「ウッソだぁ!? すっごい揺れてるーー!?」


 別れの時にも見せなかった動揺で、ガタガタと震えるシャロン。

 目を丸くする五郎の前で、絵馬はフフンと笑い。


「ほーん、知らなかったのか和久五郎? お嬢様は……食べ物に弱い!!」


「う、嘘だろうシャロン!? 僕、初めて知ったんだけど!?」


「――――とうとう、知られてしまいましたのね。私の……恥ずかしい、秘密を――……貴男だけには知られたくなかったッ!! ポテチを食べた後の袋を捨てる前に舐め回すぐらい食いしん坊だって、実は週に一回は深夜に起き出してガッツリ夜食を食べてるのもッ、知られたくなかったですわ!!」


「うーん、それも初耳だねぇ……え、マジ? 僕も誘ってよ夜食!!」


「はッ、同棲していたというのにお嬢様への理解度が足りないようだな和久五郎!! ――かーえーれ!! 実家にかーえーれーっ!!――――」


「うわっ、ウッザこのクソメイド」


 五郎の罵倒もなんのその、絵馬はここぞとばかりにポケットからチロルチョコ出して。


「お嬢様、以前に思い出の品と言っていた物でございます。大量に用意しておりますので一緒に帰りましょう」


「あ、それはノーセンキューですわ。だって五郎が初めてくれたプレゼントの思い出の品ですもの。私はちゃーんと常備しておりますわ!!」


「テメェこの和久五郎が!! どこまでお嬢様の心を盗むつもりだぁ!! 責任取れぇ!! いや取らなくていい!! ――――これ以上、お嬢様と一緒にいると言うなら……わたしにも考えがありますよ――」


 憎しみで人が殺せたら、という視線を絵馬は五郎に向ける。

 そして、おもむろに立ち上がりスカートを太股が丸見えになるまで持ち上げ。


「ちょっ、絵馬!? 何をしてるんですの!?」


「黙っててくださいお嬢様、最初からこうすればよかったのです。――わたしが身代わりになって抱かれましょう、だから和久五郎……お願いしますお嬢様と別れてください」


 瞬間、空気が凍り付いた。

 シャロンが止める間もなく次の行動へ移ったのを見て、五郎は頭を抱えたくなった。


「なるほど……じゃあ一つ聞くするけどさ」


「何をそんな難しい顔をしているので? お嬢様ほどのスタイルではありませんが、中々のスレンダー美人と自負しておりますが。――――はぅあ!? ま、まさか孕ませたとか言うんじゃねぇだろうなぁ!?」


「君の敬愛するシャロンが、発言を聞いた途端に台所に走って、出刃包丁持って絵馬さんの背後にいるんだけど」


「…………………………あ」


「ついでに言うけど、僕ら昨日で別れたから。でも親友としてシャロンは渡せないっていうか、そもそも今、助けが必要なのは絵馬さんだよね??」


「こひゅー、こひゅー、こひゅー、はぁ、はぁ、はぁ――――」


「え、あの。お嬢様? シャロンお嬢様?? 何か仰ってくださいませんか? ――ふおおおおおおおッ!? 背中ッ、背中チクっとしたぞ!!――――」


 冷や汗をダラダラ流し始めたメイドは、縋るように五郎を見て。

 そして彼女の背後ではシャロンが顔面蒼白、同じく縋るように五郎を見つめる。


「…………シャロン」


「こ、この女が悪いんです!! この泥棒猫!! わ、わたっ、わたくしは五郎と~~、わたくしのごろうをッ!!」


「ひぃ~~ッ!? お、お助けぇ!!」


「落ち着いて、ね? ――僕は君の行動を止めないよ」


「おい五郎ォ!? テメェ何言ってんだクールなメイド美女が愛故の悲劇の死どきどき湯煙殺人事件一歩手前なんだぞ!!」


「でもね、親友として……、君が絵馬さんを殺したら僕が殺したって出頭するよ」


「ッ!? ご、五郎!? どうしてそんな!!」


「よくやった五郎!! お嬢様の罪を被るその危害はアッパレ!! だけどもうちょっと踏み込んで止めてくださいお願いしますぅ!!」


 シャロンと絵馬のテンションの差に風邪を引きそうになりながら、五郎は神妙に頷いた。


(――――ふッ、これで止まらなかったらどーしよう!!)


 言ったことは実現するつもりだ、しかし元カノに、現・親友に家族同然のメイドを殺させるつもりもない。

 だから、ここはもう一押しと五郎はにっこり笑って。


「安心してよシャロン、僕は君を止めない、だけど……殺したその時から君に対して過保護になろう。君の家族のように溺愛しよう、罪は僕が全部被るし、欲しい物は内蔵を売ってでも手に入れる、――親友として」


「……――おほっ、ほほほっ」


 次の瞬間、今度はシャロンから滝のように冷や汗が流れ始めた。

 あ、やべっ、と小さな呟きを絵馬だけが聞いて。

 五郎はまだ怒っていない、そう怒ってはいないのだが。


(んーーッ、この、ね? 私の情に容赦なくつけ込んで心を折りに来るのっ、とぉっても素敵だけど、怖い!! 正直言って一番怖いやつうううううう!!)


 シャロンの元彼は、有言実行の男だ。

 やると言ったら絶対にやる、つまりは。


(殺したら最後、五郎は私を溺愛する!! 親友として全てを投げ出す!! ――私の、あの家族の様に!! これはヤバイですわぁ~~~~!!)


 しかも、絶対に親友という立場を崩さないだろう。

 シャロンとしても、先日の破局に加え絵馬の登場そのものに動揺していたのもあるが故に。

 昔なら冗談と流せていた言葉に、過剰反応してしまった事は認めなければならない。


「分かりました、ここは私が悪いッ!! ええ、認めましょう若さ故の過ちというやつを!!」


「ああ、よかった。分かってくれたんだね!!」


「え、えっとぉ……!? ところで何でわたしは海老反りにされてるのでしょうかお嬢様??」


「それはね、自分を犠牲にしても私を守ろうとしてくれた絵馬にプレゼントがしたくて」


「で、では!! 何でわたしに乗って顎を掴んでってこれキャラメルクラッチ!! おごごごごごごっ、折れるぅ!! 背中折れるぅ!! お許しをお嬢様!! 長い間、お嬢様が行方不明で連絡付かないしで寂しくて調子乗ってましたあああああああああ!! 助けろ五郎オオオオオオオオ!!」


「そうだ、講義で出された課題があったの思い出したよ。――程々にね、シャロン」


「おほほほほっ、折角来たのですから歓迎しますわよ絵馬!! オラァ!! 先ずはプロレスごっこだ私がヒールですわぁ!! こないだ作った発泡スチロールのパイプ椅子でぶん殴ってやる!! 今日はお昼メシを食べて帰りなさい!!」


「おごごごごごッ、ありがとうございましゅうううううううう!!」


 背後にメイドの汚い悲鳴を聞きながら、五郎はイヤホンを耳栓がわりにして課題に集中し始めた。

 一方、再会の儀式として一時間みっちりプロレスをしていたメイドとお嬢様は。


「――ではこれよりッ、お餃子を作りますわ~~!! ステップワン!! 先ずはビールをキンキンに冷やしておく!!」


「畏まりましたお嬢様――って、はい? 餃子? ビール?」


「さぁつべこべ言わず冷やす!! ……作りながらお話ししましょ、ね? お絵馬――――」


 シャロンの少し寂しげな微笑みに、絵馬は様々な疑問が頭に浮かんだが。

 しかし、久しぶり共同作業を逃すまいと頷いたのであった。

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