リフォーム2/別れたので、同棲ではなく同居です
遂に言ってしまった、でも言わなければならない事だった。
(シャロンが変わったコトなんてさ、言い訳に過ぎないんだよ……)
拳をギュ、と強く握る。
本当は彼女の変化が好ましかった、無表情で機械のような生活をしていたシャロンが。
今では目まぐるしく喜怒哀楽を表現して、毎日楽しそうに暮らしている。
だが、他にもあった筈だ。
「後悔してるんだ、君と駆け落ちしたコトを……。あの時の選択をやり直せるとしても、僕はまた君と駆け落ちするよ、でも…………間違ってた、うん、僕は君との未来を間違えたんだ」
「――――そう言うと、薄々思ってましたわ」
「ははッ、そんなに分かりやすかったかな?」
「ううん、だって大好きな五郎の事ですもの。……私も、同じ気持ちだったから」
高校卒業と同時に、五郎とシャロンは駆け落ちした。
だからこそ、田舎で廃屋を直しつつ大学に通う生活。
だからこその、貧乏。
「今の暮らしはさ、気に入ってるんだ、楽しいんだ、ずっと続けていたい。……でも、君の事だけは別だよ」
「私の未来を、奪ってしまったって。そう思ってるんですのね」
「うん、そんで自惚れじゃなけりゃあ……」
「ええ、私も、ずっと心の隅に引っかかって居ました。五郎の未来を奪ってしまったと、嗚呼、気づかないフリが出来たらいいのに」
「そんな器用なコトが出来てたら、僕ら駆け落ちなんてしてないよねって」
五郎はシャロンに背を向けたままで、口元を歪ませた。
彼からは見えなかったが、彼女もまた自嘲するように笑って。
(君のことが嫌いになった訳じゃないんだ……でも、もう耐えられない。僕は自分が思ってるより子供だったんだよシャロン、――今の僕は君を幸せにする自信がない)
(五郎、お嬢様育ちの私の存在が貴男の負担になってるのは分かっておりましたわ。元々責任感が強いから、自由を尊ぶ癖に、いえ、だからかしらね)
(愛してる、だから……もう恋人じゃいられないよ)
(これ以上、私達が恋人でいると……きっと本当にダメになってしまいますわ)
帰るところがなく、親に頼らず、学費を払い大学に通う。
それが出来る人間はいるだろう、自分達も出来ると思っていた。
だが駆け落ちという事実は、二人が想像した以上の精神的重圧を与えて。
「――愛と根性だけじゃ、ダメだったね」
「ええ、私達なら可能だと思ってたですわ」
「だから」「ええ」
「今から僕たちは」「親友に戻りましょう」
三年の恋人関係、一年の同棲生活は劇的な前触れもなく。
言葉だけで、こんなにもあっけなく終わってしまった。
大きな清々しい開放感と、少しの寂寥感、そして言葉にあえてしない未練。
――とはいえ、それに浸っている場合ではない。
「じゃあ別れたから今すぐ出てってね?」
「ほな、さいならですわ~~」
「また会う日までーー、元気でいろよーー!!」
芋ジャージな上に裸足サンダルで縁側から走りだす金髪ドリル元お嬢様に、五郎は泣き顔で大きく手を降って。
しかし、彼女は三秒もたたずに戻ってきた。
「いえ止めなさいよおバカっ!? 駆け落ちしたんですから別れても帰れる訳ないでしょうが!!」
「君ならノッてくれるって信じてたよ親友!!」
「貴男ならやるだろうって思ったわよ親友!!」
二人はグーをぶつけあい、いえーいとハイタッチ。
そして縁側に正座で座ると、お互いに向き合って。
「じゃあ、今後のコトを話し合おうか」
「ええ! ディスカッションのお時間ですわ~~!! んー、失恋に浸りきれない自分が恨めしいっ!!」
「それは僕も同じだよ、いやー、現実的には別れてはい終わりって訳にはいかないからね」
「駆け落ちしたからこその悩みですわねぇ~~。いえ、そもそも私たちってば湿っぽいの苦手なのは否定しませんけれど」
「それは言わないお約束だよシャロン、だーれも聞いてないけどさ」
よいしょ、と再び縁側に座り直した五郎。
その場所は、シャロンから拳ふたつ分は離れた所で。
彼女は目に追うだけで言及はしなかった、彼は彼女のそれを察し、けれど何も言わず話し合いを開始する。
「実際問題さ、この土地の名義は僕ってコトになってんじゃん? いろんな支払いとか手続き関係は君がやってくれてるけど」
「全部奪われても仕方ありませんけど……、します? しませんわよね??」
「いやしないでしょ、それしたら僕ってどれだけ鬼畜な訳?? 駆け落ちした挙げ句、相手を路頭に捨てるコトになるよね??」
「今更あの窮屈な家に帰ろうなんて、ホントあり得ないですわっ!! 何のために駆け落ちしたって話ですわよ!!」
シャロンはググッと拳を握って、虚空を睨みつけた。
五郎もシャロンも、頭を下げれば家に戻れる可能性はあったが、二人ともその選択をする気などゼロで。
別れてしまったとはいえ、恋人だった時の事を否定する気などさらさらない。
「私はッ――ここで民宿を開くのですわっ!! シーズンオフには半分ぐらい自給自足で物作りしたり、シーズン中には少数でいいのでお客さんを泊まらせて……若女将!! 雰囲気のいい民宿の若女将はロマン!!」
「僕は、君のその夢の手伝いをしたいって気持ちは変わってないよ。……それに、思う存分DIY出来るしね」
「楽しいですわよねぇDIY、貴男に教えてもらわなかったら人生損してましたわぁ~~っ」
夢はまだ道半ば、家はまだまだリフォームする所があるし、そもそも普通に生活するのすら危うい所がある。
料理だってシャロンは日々腕を磨いてはいるが、修行の途中だ。
恋人でなくなったとしても、彼女の夢を応援し手助けする五郎の目的に変わりはない。
「じゃあ、このまま一緒に住もうか」
「ええ、今からは同棲ではなく同居!! そう、私たちは親友なのだからっ、これからは同居ですわ~~っ!!」
「じゃあルールを決めよう! ちゃんと一線を引いておかないと意味がないからね!!」
「ははーん、つまり私が魅力的すぎて襲いかかってしまいそうと、そういうワケですわね~~!!」
「んー、ジャージ脱いでから言ってくれる??」
とは言ったものの、つまる所は大正解なのであった。
出逢った頃に比べるとかなり欲望に素直になったシャロンは、ベタベタとボディタッチしながら甘えるのが好きだし。
その上で彼女はスタイルが良いのだ、恋人であった事だし五郎は自重する理由などなく。
「ま、私とて鬼ではありませんわ……、このボン・キュ・ボンの自慢のカラダをオカズにする事ぐらいは許します!! 具体的にはパンチラやラッキースケベは許しますわっ!!」
「いやダメでしょ、区別はつけよう? 気軽に抱きつくのは勿論禁止として、これからは布団をそれぞれ使おうか」
「そ、そんなぁっ!? おやすみのチュウも無しってこと!?」
「どうしてオッケーだと思ったの??」
「辛いッ、親友とはこんなにも辛いものだったとは――不覚っ、奥間シャロン一生の不覚!!」
「それ一昨日も聞いたね、君の一生の不覚ってすぐに更新されるなぁ……」
もしやこれは、我慢大会が始まってしまうのだろうか。
五郎は頭を抱えたくなったが、それ以上に話し合わないといけない議題がある事に気づいた。
別れた以上、復縁する可能性もあるが……。
「んで、僕らいつまで一緒に暮らそうか」
「と言いますと?」
「いやさ、親友に戻ったってコトは――新しく恋人が出来る可能性があるワケじゃん?」
「っ!? て、天才的な発想ですわ!? 道理っ、圧倒的正論!! 確かに私達には……新しく恋人ができる可能性がっ、あるっ!!」
ががーんとシャロンは顔を強ばらせた、彼女とて一緒に暮らすならいつかは復縁する可能性が大だと踏んでいた。
いつか本当に、全てを乗り越えた時に新たな愛が生まれると勝手に思っていた。
だが。
(しまったっ、その可能性を失念いたしておりましたわ~~~~っ!! これはピンチっ、五郎はイケメンではありませんが頼りがいがありますし、実は大学内でもチラホラと……、い、いえっ、別れた以上、私にそれを止める権利はありませんけど??)
(シャロンはモテるからなぁ……、僕と別れるって事は普段着芋ジャージを脱出する可能性だってあるし、そうすると――――、でも、僕に何か言う権利ってある?)
お互いを思いやってるからこその、このすれ違い。
二人の共通の友人や、五郎の親友などは二人の間に誰かが割って入る余地なんてないと思っているし。
そもそも、別れ話が発生した時点で二人とも死んでる事態すら確信している。
「ど、どどど、どうだろう……僕らは親友で、同居を始めるワケだけど……」
「え、ええっ!! 期限を決めておきましょう……」
「あー…………、どっちかに好きな人が出来たら、好きな人が出来た方が新しい住居をどこかに借りるって事で」
「ええっと、反対にしませんこと? 好きな人がどちらかに出来たら、残った一人が出て行く感じで」
「………………それもそうか、じゃあそれで」
「決定ですわ~~っ!!」
二人は非常に高い焦燥感で焦りながら、一応は合意した。
新しい恋人が出来るだなんてあり得ないし、相手に出来るなんて悪夢でしかない。
だが、ここで一線を引いておかないと。
(別れた意味がないし、――――それに、シャロンには幸せになって欲しいんだ。それが僕じゃない誰かになるかもっていうのは考えたくないけど……はぁ、その時が来たら受け入れられるのかな僕……)
五郎はそう考え、シャロンは。
(ほほほっ、今すっごくカラオケ行って、あいみょんの貴男解剖純愛歌を歌いたい気分ですことよ~~っ!! でも私ステイっ!! この可能性を受け入れておかないと、また駆け落ちのような間違いを犯してしまいますわ~~!!)
二人はとても不器用な笑みを浮かべ、合意の証明として拳をコツンと合わせる。
気まずい、とても気まずい。
これからどうしようかと、何を言えばと、二人とも挙動不審になって周囲を見渡し。
「あっ、そういえばちゃぶ台壊れて捨てたから新しく作ってる途中だったっけ!!」
「そっ、そうそう! そうですわお任せしましたわ! 私はお晩ご飯のお料理をしなければいけませんので~~!!」
「オッケー、確かガスコンロのガスってもう無いよね。火起こししてくるよ」
「頼みましたわ~~、今日も腕によりをかけて作りますわよ~~!!」
こうしてシャロンは下拵え、と言ってもこの家で数少ない電化製品であり、文明がもたらした大いなる英知。
その名も炊飯器でご飯をセットするのがメイン、今日の主菜はもやし多めので肉抜きチンジャオロースだ。
火を使う料理は庭に作った特設スペースの焚き火でやる事が多く、理想の民宿への道は遠い。
(――そういえば、もしシャロンに新しく恋人ができるとして……どんな男かな?)
(考えても仕方ない事かもしれませんが、――五郎の女の好みを今一度把握しておかないといけませんわね、ええ、他意などこれっぽっちもありませんけども!!)
二人は準備しながら似たような事を考え、しかして作業に入ると雑念は自然と消える。
とはいえ五郎が作るちゃぶ台は、後は足を付ける所までは終わっており。
シャロンの方も、そこまで時間のかかる料理ではないが故に。
「よし、こんなもんか」
「こっちも、後はご飯が炊けるの待ちですわ~~」
三十分もしない内に、作業が終わってしまう。
だから、つい、うっかりと……。
「そう言えばさ、シャロンは男の好みとかあるの? 今まで聞いたことなんて無かったけど」
「そう言う貴男こそ、女性の好みとかおありで? 今まで一度も聞く機会なんてなかったですけども」
「……」
「……」
(なんて答えるのが正解なんだよ!! どーして同じ質問するのさッ!?)
(質問が被ってしまいましたわぁ~~~っ!! ザ・ピンチ!! もう手遅れかもしれませんけど、あくまで他意なんてないって事を主張しながら聞き出しませんと!!)
バチっと視線が交差する、どちらが先に言うかと無言の争いが始まる。
どうぞどうぞ、いえそっちから、縁側と焚き火キッチンを挟んで身振り手振りのボディランゲージ。
しかし、そんな事で決まるはずがなく。
「じゃーんけーん!!」「ぽいっ!!」
「グー!」「パーですわ!! いやっほう私の勝ちぃ!!」
「うぐぐっ、言うしかないのかぁ~~ッ」
緊迫も一瞬、五郎はうなだれて覚悟を決める。
何も全てを正直に言わなくてもいいのだ、下手に未練があると悟られてしまえば。
それはきっと、彼女の未来の妨げになるのだから。
「ではお聞きしましょう――ズバリっ、五郎の女性の好みはっ!!」
「そうだなぁ……、まず、僕の趣味に付き合ってくれるヒトかな?」
「ふんふん(趣味、つまりDIY……私の事ですわね!!)」
「それから、自分の夢を持ってるヒト」
「なるほど~~(それも私に当てはまってますわ!!)」
「それから…………、髪が綺麗な――やっぱ無し! 外見には拘らな……拘ら……、ううっ、とりあえず外見は今回ノーコメントで!!」
「一番重要な所なんだから言いなさいよッ!?」
然もあらん、五郎はヒヨった。
彼の好みの女性はイコールでシャロンだ、たとえ芋ジャージであっても、貧乏生活であっても、手入れを欠かさず光り輝く金髪ドリルヘアーは綺麗だし。
芋ジャージだからこそ逆に強調してしまうスタイルの良さ、そして顔形の良さを否定してしまうのは冒涜である。
(こ、これは脈アリ!! 適度に押して好意をキープできれば、全てが解決した時に復縁全然アリですわ!!)
シャロンは心の中でガッツポーズを決めたが、しかしまだ別れて数時間も経ってないし。
今は攻める時ではない、故に笑みをこぼすだけして。
となれば、五郎にだって聞く権利がある。
「じゃあ君も言えよ、これじゃあ不公平だ」
「勿論いいですわっ、――私の男性の好み、それは…………」
シャロンは少しばかり沈黙した、素直に言ってしまえば今の己がそうだったように。
未練、彼へ想いに気づかれてしまう。
だが、もし彼が態とそうしたのであれば?
(~~ッ!? 始まっていますの!? 恋愛頭脳戦が!! かぐや様が始まってますの!?)
(ふっ、僕はただ素直に答えただけじゃないんだよ……、あえて嘘を言わないことで君が僕に未練を覚えるようにした、いやこれは新しい恋人を作るのをじゃましてるんじゃなくてね?)
心の中で誰に言い訳しているのか、五郎は視線を泳がせながら彼女が口を開くのを待ち。
(――――――そ、そうだッ、これですわッ!!)
瞬間、シャロンは閃いた。
この返しならばパーフェクト、どうとでも受け取れる筈、と。
「私の好みが知りたい? ならば…………この唇にキスしてみせなさい!! そうしたら答えを教えてあげますわ!!」
「なんとぉっ!?」
「さ、どうするんですの? 私はどっちでも構いませんコトよ~~っ!」
「うぐぐッ、卑怯者めぇ……(いやこれどーすんのさああああああああああああッ!!)」
五郎は悔しがるフリをしながら、非常に焦っていた。
瞳を閉じてキス待ちの顔をするシャロン、焚き火の火で照らされていて芋ジャージなのに神秘的に見える。
だが、この状況でキスするという行為はどんな意味を持つだろうか。
(キスしたら僕が未練タラタラって即バレするじゃないかっ!! でもキスしないと分からないし~~っ)
(――――あれっ? もしかしてこれ、身体を使って繋ぎ止めようとする未練がましい女そのものでは?? この私が、そんな格好悪いことを!? しまった!! けどキスして欲しいですわっ!!)
(こんな提案をするってコトは……いやでも、もし罠だったら? 一線を越えないかどうかを試して、ならキスしてしまえば…………クソッ、何が正解なんだ!!)
(キ、キスっ、するんですかしないんですか!! こんな事になるならリップを塗って――じゃっ、ありませんわぁっ!! 五郎がどっちを選んでも地獄じゃありませんか!!)
もう単純にキスを断られるのはショックだし、もしされてしまえば、最悪の場合チョロイ女だと思われてセフレ行きかもしれない。
五郎が行動する前の今なら、誤魔化せるかもしれない。
シャロンは目を開いて、冷や汗を流しながらニッコリと微笑む。
「おほっ、おほほほほっ、冗談っ、冗談ですわ~~っ、まだ秘密ですわよ~~!!」
「そ、そうだよねっ、冗談だよね!!」
「……」「……」
「…………あ、ご飯炊けましたわね、食事にしましょうか」
「そだねぇ~~」
二人は今の会話を無かったことにして、ぎこちない空気のまま食事を開始。
普段なら美味しくいただく所を、まるで砂を食べているような感覚で完食し。
その日は、そのまま就寝となった。
「…………ま、まぁ、布団が足りないことだし、ね?」
「え、ええっ、今日は仕方ありませんわっ、布団が足りないですものねっ!!」
お揃いのパジャマに着替え、一つの布団の中に背中合わせで入る。
今夜は眠れないと二人は思ったが、背中合わせの温もりは思ったよりも安眠を誘い。
そして朝である、恋人であった時のようにおはようのキスこそないが、普段通りに起床して朝食を。
「んじゃあ、今日の午前中は食料の買い出しと……午後からベッド作りだね、――あ、キングサイズのつもりだったけど、サイズ変更する? 今ならまだ間に合うけど」
「ベッド事なんですけど……保留にしません? ええ、他意はありませんが」
「勿論、この同意にも他意はないよ」
「ですわよね、おほほっ」「あははっ」
これ以上は危険だと、二人は買い出しの為に立ち上がったその時だった。
コンコンと玄関をたたく音が、いったい誰だろうかと顔を見合わせ。
「――――お嬢様、わたしです、絵馬です。……お迎えにあがりました、一緒に帰りましょう――」
「「っ!?」」
過去にとうとう追いつかれてしまった事に、五郎もシャロンも顔を青ざめたのであった。
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