別れた後なので、同棲ではなく同居です 〜恋人じゃなくなっても、一緒に住んでいいですか?〜
和鳳ハジメ
リフォーム1/スローライフを大学生でするもんじゃない
今から告げることを思うと、かなり気が重くなった。
傍らには自慢の恋人が寄り添って、冬の縁側は寒いので彼女の体温が嬉しかったが。
紺色のつなぎが普段着の大学生、和久五郎(わく・ごろう)は気づかれぬように、ひっそりと溜息を吐き出した。
(付き合って三年、同棲して一年かぁ……)
ちらりと横目で見ると、彼女の特徴である渦巻き髪の毛が揺れているのが見えた。
――奥間シャロン、五郎と同じく大学二年生で高校生の時からの付き合い。
アメリカハーフのお嬢様で豪華な金髪ロングのドリルヘアー、しかし普段着は高校時代の芋ジャージ。
(シャロンは変わっった、……いや、僕が変えてしまったんだ。だからこそ)
言わなければならない、告げなければならない。
例え、彼女が号泣しようとも。
だが泣く姿を想像してしまえば、口は重くなるばかりで。
(あーあ、ここは長閑だなぁ。苦労は沢山あるけど、都会から離れた生活って悪くないよね)
五郎は遠い目をし、澄み渡った空を眺めた。
理想の田舎暮らしをしているとヒトには言われるが、そんなものは勝手なイメージに他ならない。
無論、好きでやってる生活だから苦ではないが、スローライフというには忙しく。
(愛してるんだけどなぁ……、やっぱこのままじゃダメだよなぁ)
高校卒業と同時に、かなり無理して関東圏の田舎に一軒家をシャロンと共同購入。
一国一城の主と言えば聞こえはいいが、学生が無理に無理を重ねて買えた家などたかが知れており、つまるところリフォームしないと住めない廃墟。
壊れた玄関ドアを直すどころか、DIYして新しく作らなければならないスタート。
大学に通う傍らアルバイトに励み、休日は家のリフォームに追われる。
辛くないといえば嘘になるが、楽しくDIYの日々。
貯金など貯まった側から出て行くような貧乏暮らしではあるが、少しぐらいはのんびり出来る時間を作り出せる。
土曜日の夕方前、五郎は縁側でのんびりと過ごしていた。
中肉中背な彼の肩に己の肩を触れさせて、幸せそうな笑みを浮かべるシャロン。
――彼女が持ってきてくれた暖かい紅茶を、彼はずずずと啜り。
「…………ああ、今日もあったかい紅茶が染みるねぇ」
「おほほほほっ、何せ冬だってのに家に居ても何時も通りすきま風がビンッビン!! これなら縁側に居ても同じですわよ~~~~っ! それに二人なら暖かい!! これ重要ですことよォッ!!」
「君のテンションの高さってさ、何故か妙に安心するよね、……ところで、一つ聞いていいかい?」
「ええ! 貴男に閉ざす口などこの私、持ち合わせておりませんわっ!!」
五郎は中身が半分程減ったティーカップをのぞき込む、確かに己は紅茶を呑んでいる筈だ。
しかし、世の中には不思議な事もあるもので。
「……なんでこの紅茶、色が付いてないし味がしないのかな」
「それは昨日から数えて十回目のティーパックだからですわっ!! おーっほっほっほっ、ザ・貧乏!! 貧乏ですわ私達っ!!」
「やっぱり!! もう止めようよソレぇ!! 君さ一応お嬢様でしょ!? お金だって少しは余裕あるんだからさぁ!!」
「おーっほっほっほっ、私をこんな風に染めた五郎に言う権利はありませんわ~~、それにそんなもの、もうとっくに使い果たしてしまいましたわ~~~~っ!!」
「昨日バイト代入ったばっかだよ!? 何に使ったのさ!!」
ティーカップを持っていなければ、五郎は頭を抱えていただろう。
これは大事なことを言う前に、問いたださなければならないだろう。
事と次第によっては、明日の食事にすら困るかもしれない。
「ちょっとシャロン? 今度は何に使ったの? 僕ら借金はないけど貧乏だよね? 食費と光熱費は残ってるの??」
「あ、これガチトーンですわねっ?? 私の食費は五郎の五郎からタンパク質を摂取できるから必要ありませんとか言ったら激オコのやつですわね!?」
「もう言ってるよねそれッ!!」
「ほほほほ~~っ、安心なさって、毎日モヤシだけど周一ぐらいで半額のお肉様を買えるぐらいは残っておりますわ~~、勿論! 光熱費は別に取っております!! ああっ、なんて出来たお嫁さんなんでしょうか!!」
「それなら安心……と僕が言うとでも思ったかッ、色々買いたい物もあるし相談して使おうって月初めに言ったじゃんか! 何を買ったッ、言えアホお嬢様!!」
「おほほっ、肩を掴んで無駄ですわ~~、あ、いやちょっとは手加減してくださいまし、そろそろマジで痛い、謝るのでっ、ちゃんと説明するのでその手をお離しになってっ!!」
恋人が七割ぐらいは本気で怒っているのを察して、シャロンは即座に降参した。
そして五郎の手が離れるや否や、彼の手が届かない所に座り直して。
「――へぇ、逃げるの?」
「お待ちになって、最後まで恋人の言葉は聞くべきだと思いますわっ」
「心が広めだと評判の僕だけどね、限度ってもんがあるんだよ……はよ言え」
「ふっ、これを聞いてもまだ怒りますか? ――私が買ったもの、それは…………ザ・木材!! それも沢山!! 山ほどの!! 私と貴男が大好きっ、そしてDIYに必須っ!! これでリフォームも捗るってもんですわ!!」
豊満な胸を誇るように張って可愛く威張る彼女の姿に、五郎は思わず破顔して。
「おおっ!? おおおおおおおおっ!! なんだ早く言ってよシャロン! これでまた色々作れるぞ!! いやぁ~~、これなら僕、誤魔化されちゃうなぁ」
「そうでしょう、そうでしょう、私を褒めてもいいんですのよ!!」
「――と言うとでも思ったか!! 今月来月はDIY控えめにしてドラム缶風呂を卒業しようって話し合ったじゃん!! ルールは守る、絶対にだ!!」
「………………てへっ?(ふおおおおおおっ、ピンチっ、超ピンチですわっ!? 五郎ったら両手をグーにして私の頭をグリグリの刑に処す気満々ですわぁ~~っ!!)」
体罰も致し方なし、と座った目で近づく五郎。
その姿を前に、シャロンはごくりと唾を呑んだ。
(嗚呼……変わってしまいましたわね、五郎――)
同棲を初めて一年、普通に付き合っていた時以上に二人はお互いの影響を強く受けて。
シャロンが五郎の影響で自由奔放になった一方、五郎は昔の彼女のような堅苦しさを持ち始めた。
少し嬉しくて、とても苦しい、それが二人の今。
「…………やるならやりなさい、その代わり――新たな計画を発動しますわっ!!」
「なんで胸の谷間からコンドーム出したの?? 計画って家族計画? 上手いこと言ったとか思ってるなら大間違いだよ??」
「ふっ、違いますわ……これは水風船! 将来、子供と一緒に遊ぶ為の予行演習! その為のコンドーム!!」
「今コンドームって言っちゃったよね?? というかコンドームで遊ぶ子なんかに育てたくないんだけど??」
「では――――コンドームの正しい使い方、教えてくださいませんこと?」
シャロンはコンドームにキスし、流し目を送った。
芋すぎるジャージ姿であるが、己の美貌とスタイルには自身がある。
彼が彼女の虜なら、恋人であるからこそ誘惑に流される筈で。
「高校時代の保健体育の教科書持ってくるね、いやー捨てずに取っといてよかった。今度、薪の代わりに燃やそうかと思ってたよ」
「あ、あらっ?? でもそんな冷静な所も好きですわ~~!!」
「僕は…………、うん、どうだろうね」
「…………――――好きって、返してくれないんですのね」
立ち上がり、部屋に入ろうとした五郎の背中にシャロンの言葉が突き刺さる。
だが振り向かない、振り向いて彼女の顔を見てしまったら決心が揺らいでしまいそうで。
彼女だって分かっていた筈だ、だからこそ今日も態と明るく振る舞っている。
「もう、限界だよシャロン」
「聞きたくありませんわっ、そもそも五郎に言う権利があると思っているのですの!!」
「僕だからこそ、言わなきゃいけないと思うんだ」
「そんな真面目さ、嫌いですわっ!!」
「昔の君みたいだからって、そう言うかい? なら僕も今の君は……好きになった時の君と違って、時たま嫌になる」
言ってしまった、言われてしまった、五郎は歯を食いしばりシャロンは唇を噛む。
覆水盆に返らず、もとより戻るつもりはない。
愛してるからこそ、和久五郎は震える声ではっきりと告げた。
「僕たち、――別れよう」
シャロンは泣き出さないように、しかし悟られないように静かに深呼吸をした。
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