一目惚れ

 タコさんは真っ赤になって帰ってきた。


『一体何をされたのだ!?』

『アンゴルモアがこんな姿になってしまうなんて、地球には我々の知らない兵器が隠されている……?』


 慌てふためく大佐と参謀をよそに、報告もなく足早にその場から離れるタコさん。

 追いかけるボク。


「はやいはやいはやい」


 帰ってくるのも早いし、逃げ足も速い。


 追いつけない。

 タコさんの向かった先はボクの居室だったから、タコさんのほうから二人きりで話がしたいっていうサインと見たね。


 大佐と参謀にはボクから言ってやればわかってくれる。

 わかってくれなくとも大王様の権限で理解させよう。


「タコさん、ボクには話してくれるな?」


 ボクのベッドにうつ伏せになっているタコさんへ話しかけた。

 ――申し訳なくて合わせる顔もない、そんなところか。


 責めるつもりは一切ないから、柔らかい口調で言ったつもり。


「人間の幼体がいました」


 もごもごもご。

 くぐもっていて聞き取りづらくはあったが、確かにタコさんはそう言った。


 病院だから、まあ、いるか。いるな。幼体。赤ちゃん。


 1999年と2022年とで建て替えた可能性、ある。


 ボクの病室の場所が当時は産婦人科の辺りだったかな?

 そこまであの病院に詳しくないんよ。空いている病床を探し回ってようやく入院になったぐらいだから。


「身体の芯からぽかぽかして、その場でなったので、緊急脱出システムを使用しました」

「なるほど?」


 なんらかの精神的攻撃を受けたと。


 タコさんが文字通り溶けて帰らぬ人となっていたらボクはショックで一週間は寝込むだろう。

 判断が早くてよかった。


「日本語をもっと学びたいです」


 タコさんは起き上がり、その触手でボクの手を握る。

 敗走からの向上心。


「我はあの幼体と心を通わせたい」


 お、おう。

 赤ちゃんは赤ちゃんだから、今すぐに日本語で話しかけられても赤ちゃんびっくりしちゃう。


 それにこのタコさんの見た目は――。


「タコさん、人間の姿になったほうがいい」

「参考資料は」

「いやまあ、今すぐでなくてもいいか。いいな。よし。……口頭での意思伝達はうまくいくようになったから、日本語の読み書きのほうが時間かかりそうだし、そっちやっていこう」

「わかりました」


 今すぐ人間の姿になっても、この星では生きづらい。

 地球上で宇宙人が我が物顔で歩いていないように、この星で地球人の姿でいても浮くだけだ。


「心を通わせたいってことは、また地球に行きたいってこと?」

「いずれは」


 ノストラダムス師には予言外させちゃってごめんなさいって送っておくか。

 あとは大佐と参謀にこの敗走がどう見えるかだ。

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