デュクシ!!!

こばなし

デュクシ!!!

 今夜は同窓会だ。小学生の頃のメンバーたちと、10年ぶりに会う。

 あの子も来るだろうか。


 当時は素直になれず、ちょっかいをかけ合うことも多かった。

 一緒に過ごす時間は多く、楽しんでくれていたとは思うけれど。

 あの子は俺のことをどう思っていたのだろうか。


 互いの気持ちを確認することができないまま、卒業して離れ離れになった。


 会ったら、伝えたい。

 そして聞いてみたい。聞かなければ。


 そう思うと、むしろ会えない方が良いとすら思う。

 勇気と迷いがこんがらがり、わだかまりが一層ひどくなる。


 こんな小学生の頃の話に気持ちを左右されているなんて。

 いい大人が、どうかしている。


***


 夜の繁華街。集合場所は広い居酒屋だ。

 スーツ姿で付近までたどり着く。


 集合場所近くで男二人に女性が絡まれている。

 女性はちょうど俺と同じ年齢のようだ。


「いいだろ、ちょっと遊ぼうぜ?」


 ナンパか?

 反射的に割って助けに入る。


「おい、困ってるだろ? ――って、お前ら」


 近づくと男たちの顔がよく見えた。


「あれ? デュクシ?」

「デュクシじゃねーか、久しぶり!」

「いや、その名前で呼ぶな」


 俺のことをデュクシと呼ぶのは小学校の同級生である。

 明るい髪に白いシャツ。すらりとした長身のマルフジ。

 黒い短髪にピアス、皮ジャンで下はジーンズ。背の低いテラオカ。


「久しぶりだが、ナンパとは感心しないな」


「ああ!? 何言って……」

「おいテラオカ」

「あ? ってなにすんだ。……え? うん、うん」


 開きかけたテラオカの口をマルフジがふさぎ、何やら耳打ちしている。

 ちらちらとコチラに目をやりながら。

 その間に俺は女性の様子を確認する。


「すみませんね、ウチの同級生が――」


 女性を見て、既視感きしかんを覚える。

 心がざわつく。


「君は」


「え、えと、私も……同級生」


 何ということだ。見知らぬ女性だと思ったら。


「デュクシ……だよね? 私。レイカだよ」


 白のワンピースに淡いピンクのカーディガンを羽織ったおじょう様然とした装い。

 低い背丈にショートボブ。薄いメイク。

 何よりも控えめな声と話し方が、まぎれもなく彼女であるということを思い出させる。


 俺が好意を抱いていた女の子、レイカだ。


「おい、その姉ちゃん助けたかったら勝負だ」


 意表を突かれていた最中、テラオカが再びデカい声をあげる。


「テラオカ、この人は」

「俺たちの戦いはいつも決まってたよなあ!?」


 女性がレイカであることを伝えようとするも、デカい声がさえぎる。

 コイツは昔から声がデカい。そんなに声出さなくても聞こえてるっつーの。


「『デュクシ』で勝負しようぜ」

「な!?」


 突然何を言い出すかと思えば。


 デュクシ。

 それは小学生が頻繁に使用しがちな謎の効果音であり、俺のあだなの由来でもあり、俺たちが小学生の頃に大流行したゲームでもある。


 ルールは簡単。


 一対一の対人戦。

 互いに手を二回叩き、その後に攻撃もしくは防御を行う。

 それを一定のテンポで行う。


 ライフは3つで、攻撃を喰らうと1つ減る。

 3つ全て減ったら負けだ。


 相手の攻撃を防御するとライフは守れる。


 そして俺は、デュクシで全国ナンバーワンの実績を誇っていた。

 全国大会で優勝したのを今でも忘れることは無い。

 その年の最優秀デュクシスト賞も頂いた。


「お前にはずっと負けっぱなしだったからな。今回は勝たせてもらうぜ?」

「いや、アホか……」


 いい大人がここでやるの?


「めっちゃ人いるケド本気?」

「あたぼうよ。それとも、俺に恐れをなしているのか?」

「いや、それは無いけど……」


 シンプルに恥ずかしい。

 恥ずかしすぎる。


「いいのか? だったらその女、貰ってくぜえ!?」

「いや、その女って……」


 その女は普通に同級生なんだが?

 コイツ、なんでこんなにノリノリなんだ?

 テラオカがここまで乗れる理由を考えていると。


「やるときゃやらんといかん時が、誰しもあるぜデュクシよ」


 集合場所の居酒屋の暖簾のれんをデカい男がくぐりぬけてきた。

 同級生のマツシマだ。

 ガタイの良さに磨きがかかって大将感がヤバい。


「まさか、マツシマの店だったとは」

「おうよ。今宵こよいは楽しもうじゃないか」


 マツシマは自慢げだ。

 遅れて暖簾のれんをくぐって綺麗な女性が。


「あなた、誰と話してんの? ってアンタらか」

「ヤギ……?」

「今はマツシマよ」


 驚いた。当時から仲良しの二人で、将来は結婚すると言い合っていた二人が、本当に結婚とは。


「まあ、やるときゃやるんだ」

「そうよデュクシ。やるときゃやらないと」


 二人が俺と背後のレイカを見て言う。


「そうそう。やるときゃやれ」


 レイカまで言い出した。

 なんなんだよ、やるときゃやるって。


「女は強い男が好きなもんよ。強い男の良いとこが見たいと思うわ」


 そう言ってヤギはウィンクする。

 うっせー。


「テラオカ、勝負だ」


 なんかもう、やらなきゃいけない空気じゃねえか。

 果たして大人がデュクシしてるとこが良いところに見えるのか疑問だけど。


***


 そうしてテラシマと対峙たいじする。

 あまりに久しぶりなので、ちょっと練習をすることになった。

 マルフジが間に立ち音頭おんどを取る。


「いっせーのーせ」


 音頭と共に、俺たちはパンパンと手を叩く。

 先手必勝とばかりに攻撃していくことにした。


「攻撃」「バリア……ん~?」


 対して防御を唱えたテラオカ。

 何を思ったのか「たんま」とデカい声を出す。


「おや~、デュクシくん。大事なルールを忘れちゃったのかな~?」


 テラシマがニタァと嫌な笑みで語りかけてくる。


「は? な、何のことだよ」


 俺はしらを切る。


「攻撃する時は、デュ・ク・シ、でしょ~?」


 テラオカが邪悪に言い放つ。

 まあ、俺が忘れてるはずもない。


 このゲーム、攻撃の際は『デュクシ』、防御の際は『バリア』と唱える。

 子どもの頃はどうでも良かったが、大人となった今では羞恥から唱えることをためらってしまう。


 恥ずかしいが今更か。

 心を決めよう。


「分かった。テラオカ。お前の気持ちは良く分かった。

 さぞフルボコにされたくてしょうがないっていう、お前のドM根性がな」

「ほほ~う。そう来なくっちゃなあ」


 乗り気な理由はさっぱりわからんが良いだろう。

 こうなったら徹底的に叩きのめす。

 幸いなことに容赦ようしゃらないらしいからな。


 練習再開。


「デュクシ」「バリア」


 俺はデュクシの掛け声と同時に右のこぶしを突き出す仕草をする。

 テラオカはバリアの掛け声と同時に胸の前で両腕をクロスする。


 攻撃と防御が相殺し、この場合はどちらのライフも減らない。

 続いて2ターン目へ。


「チャージ」「デュクシ」


 俺はチャージと唱え、両手を合わせる。


 『チャージ』は名のごとく、貯めである。

 デュクシとバリアは使う度に技ポイントが減る。

 技ポイントは最大3ポイント、チャージ1回で1回復。


 単調になりがちなこのゲーム、この技ポイントシステムが絡んでくることで一気に奥深さが増すのだ。


 ちなみに今の場合は俺のライフが1減る。

 チャージ中は無防備だ。


 3ターン目。


「バリア」「デュクシ」


 俺がバリアで胸の前で腕をクロス、テラオカがデュクシで右こぶしを突き出す。

 相殺で互いのポイントが1ずつ減る。


 4ターン目。


「デュクシ」「チャージ」


 俺がデュクシで右こぶしを突き出す、テラオカがチャージで両手を合わせる。

 俺の技ポイントが1減り、テラオカのライフが1減る。


 しばらく練習し。


「そろそろ良いだろう」

「しゃ~、本チャン行くか~」


 俺とテラオカ、互いに気合は充分だ。

 マルフジが号令の準備をする。


「二人とも用意はいいか」


 両者、こくりと頷く。


「いっせーのーせ」


 1ターン目。


「デュクシ」「デュクシ」


 両者、こぶしを突き出す。

 俺とテラオカ、互いにデュクシでライフを1ずつ削り合い、技ポイントも1ずつ減る。

 互いに残りライフが2、残り技ポイントも2。


 2ターン目。


「バリア」「バリア」


 今度は両者とも腕をクロス。

 両者とも技ポイントが1ずつ減るのみだ。

 残りライフ2、残り技ポイント1。


 3ターン目。


「チャージ」「デュクシ」


 俺はチャージ、テラオカがデュクシ。

 俺のライフが1、技ポイント残り2。

 テラオカのライフ2、技ポイント0。


 4ターン目。


「デュクシ」「チャージ」


 俺が拳を突き出しデュクシ、テラオカがチャージ。

 テラオカの技ポイントは0だったので、チャージすることしかできない。

 俺のライフ1、技ポイント1。

 テラオカのライフ1、技ポイント1。


 この後に考えられるパターンは次のような感じ。


 1デュクシで相打ち。

 2デュクシとバリアで膠着。

 3互いにチャージして次で勝負。


 長引くと経験を積んでいる奴の方が強い。

 テラオカは沼に片足ツッコんだことになる。


 5ターン目。


 手を叩く音が鳴る。


 刹那せつな、俺はテラオカの動きに集中する。

 奴は両手を合わせようとしている。

 この後の展開として、パターン3だと踏んだようだ。

 俺は両手を合わせる動作をする。


 それを見たテラオカは安心した表情でにやつく。

 確信した時が、人間の一番弱い時だということも知らずに。


 そこでの気持ちの保ち方が、一流と二流を分ける。


「デュクシ!」「チャージ! ……へ?」


 俺は両手を合わせてデュクシ。

 テラオカは両手を合わせたままであっけに取られている。


「甘かったな」


 小学生の頃というのはえてして分かりやすい動きをしてしまう。

 デュクシなら拳を突き出し、バリアなら身を守る。

 チャージなら両手を合わせる。


 だが、そんな動作をしないといけないというルールは、デュクシにはない。


「ひ、卑怯だぞ、デュクシ!」

「賢いと言ってくれ」


 とはいえ、これは大人になったから思いつくことでもない。子どもでも思いつくことだ。

 デュクシの全国大会ではこんなのは日常茶飯事にちじょうさはんじだった。

 駆け引きの一つでしかない。


「勝者、デュクシ!」


 マルフジが俺の手を取って高く上げる。

 周囲からは歓声。

 やる前は羞恥心しゅうちしんが上回っていたが、今やまんざらでもない。


畜生ちくしょう、待っていやがれ!」


 テラオカはマルフジと何事か話して走り去った。

 さっぱり行動の意図が読めない。


***


「さすがデュクシ」


 観戦していたレイカが近づいてくる。


「お、おう」


 久しぶり過ぎて距離感が掴めない。

 こんなに近づいて話しても良いものだろうか?

 どぎまぎしている自分が情けなくなる。


「おまえらー、随分ずいぶん早いなあ」

「先生!?」


 懐かしい声は当時のクラス担任だ。

 まだ生きてたらしい。


「おお、デュクシにレイカ! お前ら、懐かしいなあ」

「先生までそのあだ名、覚えてるんですね」

「お久しぶりです、先生」


 レイカも懐かしそうに顔を綻ばせる。


「お前ら仲良かったもんなあ。どう、仲良くやってる? もう結婚した?」

「え、いや」


 この担任、いきなりなんてこと言いやがる。

 あたふたする俺と対照的に、レイカは。 


「まだです。これからするかもしれません。……デュクシと」

「え、ちょ」


 担任が大笑いする。


「はっはー! レイカ、相変わらずだなあ」


 そういえば、レイカの冗談は常日頃だった気がする。

 控えめなくせに冗談がたまにきつい。

 そこが、俺がレイカを気に入った理由の一つでもあるが。


 そうこうする間に、同級生たちが集まってくる。


「ちょっと、何してんのよアンタたち!」


 はつらつとした女性の声。

 クラスの仕切り役だったアンジョウだ。

 背後には当時と変わらず、二人の取り巻きが。


「アンジョウ久しぶり。あと、取り巻き」

「取り巻き言うなや」


 つり目のコマツが言う。眼鏡三つ編みのタジマは無言で眼鏡をくいっとあげた。

 タジマが眼鏡をくいっとあげる時は、「右に同じく」という意思表示だ。


「アンタら、さっき何やってたの? 楽しそうだったわね」


 アンジョウが強気な表情で言う。


「ああ、デュクシをやってたんだ」

「ハア!? デュクシ!?」


 そう答えるとアンジョウは大爆笑。

 無理もない。


「ハハハ! アンタたちさいっこー! さっそく笑わせてくれるわ」

「俺も好きでやってたんじゃないけどな」

「ええ? あんたがデュクシを嫌々やるわけないじゃない。あの『閃光のデュクシスト』が」


 久しぶりに聞いてめまいがした。

 閃光のデュクシスト。

 普段はデュクシと言うあだ名で通っていたが、全国的には閃光のデュクシストという二つ名で通っていた。


 デュクシと言う謎の効果音を語源とするあだ名がかっこ良くデフォルメされているのだ。

 かっこ良すぎて当の本人としては倒れそうになる。


 続けて仲の良かった友人たちが集まってくる。


「デュ、デュクシ~」


 眼鏡をかけた、気弱そうなメガヤマ。


「元気してたか?」

「お、おかげさまで~」


 メガヤマは俺と日々デュクシの鍛錬たんれんを積んだ相棒だ。

 気弱そうだが、その実デュクシとなるとめちゃくちゃ強い。

 ちなみにメガヤマはトレードマークのメガネと、名字の山田からとったニックネームである。


「さ、さっき、遠くから見てたけど、デュクシしてなかった?」

「ああ。やってたよ」

「お、思い出すなあ。鍛錬の日々」


 デュクシ部やらデュクシ少年団やらは無くとも、自主的に鍛錬を積んでいた。


「ま、また、デュクシとデュクシしてみたいなあ」

「はは」

 メガヤマにそうデュクシデュクシ言われると、俺も積極的になりそうだ。

 楽しかったなあ、恥も外聞がいぶんも無くデュクシしまくったあの日々。


 このご時世なら、デュクシしている光景を動画サイトなどにアップロードすれば、再ブームを起こすことも可能かもしれない。


「閃光」


 む、この声は。


「カゲニンじゃねえか」

「久しいな」


 音もなく近寄ってきたのは、超引き締まった肉体のガイコツみたいな男。

 俺を『デュクシ』でも『デュクシスト』でもなく『閃光』と呼ぶのはコイツしかいない。


「先ほどの戦い、見やるに腕はなまっていないな」

「いやいや、まるっきしだよ」


 口調から察するに、ちょっと中二病入ってるのは相変わらずだ。

 カゲニンともデュクシ合ったのが懐かしいなあ。

 こいつは予備動作が無くとてもやりづらい。


 相手の予備動作とか雰囲気とかから次の手を読む俺としては、けっこうな強敵だ。

 負けたことは無いけどな。


***


「そーいえば、アイツ来てなくない?」

「アイツ?」

「デュクシが忘れるはずも無いと思うけど?」

「あー」


 忘れるはずないのだが、今の今までデュクシと言うゲームと共に忘れていた気がする。

 記憶がよみがえるとともに、地響きがしてきた気がした。


「でゅふふふ」

「ウワサをすればなんとやらってな」


 奇妙な笑い声の方向を見やる。

 そこにははち切れそうなスーツを着た巨漢きょかんと、先ほど倒したテラオカが歩いてきたところだ。


「よおお、デュクシィ。ここで会ったが100年目ェ!」


 そこにいた巨漢、バリヤン。

 小学の頃から巨体だった身体が更に巨体になってやがる。

 ちなみにバリヤンは『バリバリ』の『ヤンキー』の略などではなく、デュクシの際に『バリア』の言い方が特徴的であることが由来である。


「デュクシめ。覚悟しろよ。俺たちのバリヤンが貴様を闇にほうむってくれる!」


 テラオカが謎の野次を飛ばす。


「でゅふふふ!!」

「お前らそろいもそろって」


 ホントに良く分からないのだが、テラオカの謎のノリにバリヤンまでノリノリだ。


「俺に勝たねェと、レイカは貰ってくぞォ~?」

「くっ……」


 なんでコイツまでそういう感じなんだ。

 俺からのレイカへの好意、クラス中にダダれだったのか?

 だとしてもそんなこと今になってまでからかうかな普通。


「デュクシ。何とかしてくれないと、私さらわれちゃうみたい」


 レイカまでくすくすと笑いながら乗っかってくる。

 なんなんだよもう!


***


 バリヤンは俺の最大のライバルだった。

 こいつは唯一無二の戦法を使ってくる。


「二人とも、準備は良いだろうな」


 再びマルフジが俺たちの間に立ち、両者首肯しゅこうして応える。


「いっせーのーせ!」


 掛け声とともに「ぱんぱん」と手を二回たたく。

 これがレイカを取り戻す最終決戦となるだろう。

 というかなんだろうな、取り戻すって。


「デュクシ」「バリヤ~」


 バリヤンは掛け声と共に、腕を大きく左右に広げてその大層な腹を突き出し、たぷん、たぷんと大きく揺らした。

 間延びしたバリヤンの声、大きく揺れた腹、たぷんたぷんという効果音。

 そんな非現実的でコミカルな光景に、試合は一時中断。


「ハッハッハッハ!!」


 俺を含めバリヤンの周囲で笑いが起こる。


「でゅふふ。おいらの十八番おはこだぎゃ」


 いきなり必殺技を使ってきやがった。

 さすがは好敵手ライバル


「これぞデュクシの技を改変して編み出した我が奥義、『お腹たゆんたゆん攻撃』!」


 この技に、俺は散々苦しめられてきた。


 デュクシと言うゲームは行動の際に決まったフレーズを唱える。

 しかし、その際の仕草について指定は無い。

 デュクシ(攻撃)の際にバリア(防御)に見える仕草をしても良い。

 その逆も然り。そのため駆け引きが生まれる。


 更に言うと、別にどんな仕草をしたとしても反則でも何でもない。


 では、なぜバリヤンはこういう技を使ってきた?

 目的はただ一つ。俺の集中力をぐこと。

 コイツは駆け引きと言うよりも、俺の集中力を削るためにあえて笑われるような動きをしている。


 妨害ぼうがい魔法、お腹たゆんたゆん攻撃。


 周囲の爆笑は収まらず、俺の脳内はバリヤンのたゆんたゆんとしたお腹でいっぱいだ。

 集中どころでは無い。


 このままでは、負けてしまう。

 どうする俺。


「……デュクシ」


 試合を中断するほどの爆笑の中、小さく、でも確かに声が聞こえた。

 その瞬間、世界の時間は止まったようで。

 でも俺と彼女の間にだけ広がる空間があったような気がした。


 その小さな声の主、レイカを見やる。


「デュクシ。次、どんな面白いこと見せてくれるの?」


 レイカは周囲が大爆笑する中、うっすらと微笑を浮かべ澄ましていた。

 思えばいつもそうだった。

 はかなげで控えめそうでいて。それなのにときどき大胆で、予想外の反応をするような。

 一見不思議そうであって、本質的な強さを感じさせるような。


 そんなレイカを、俺は。


 面白いことで笑わせたくって、仕方がないんだ。

 今だって。


「続けるぞ、バリヤン」

「ほほう」


 両の手を2回叩く。

 乾いた音が次のターン開始の合図となった。


 俺は集中力を限界まで研ぎ澄ませ、超集中状態に入る。


 見せてやる、全国のいただきを取った俺の集中力を。


***


「お~い、いつまでやってんだ~」

「いい加減終われよ~」


 周囲からブーイングが飛ぶ。

 もう数十ターン、いや、百ターン以上経過したかもしれない。

 その間俺はずっとバリヤンの一挙手一投足に集中し、次の手を読み続け、膠着こうちゃく状態に持ち込んでいた。


「早く飲みたいんだけど!」


 アンジョウの発言に、そうだそうだと取り巻きが続く。


「デュクシ」「バ、バリアァ」


 バリヤンが再度腹を揺らす。

 が、周囲の空気は冷めている。


「な、なにい!?」


 いい加減飽きたのか、周囲からの笑いはまったく起きない。

 いくら面白いネタでも、ずっと繰り返されては飽きてしまうのだ。


「ひ、ふう、ふう」


 更にはこの仕草を何度も繰り返しているせいで、バリヤンの体力は底を尽きそうだ。


「くすくす」


 皆が失笑やあきれ顔を浮かべる中、レイカだけはにこにこと満面の笑み。

 光栄なことにお姫様のツボにはドハマりだったようだ。


「どうした、バリヤン。もう限界か?」

「つ、次で決めるど!」


 バリヤンの体力だけでなく、俺の集中力も限界が近い。

 皆が向けてくる白い目に耐えるのもうんざりだ。

 次の一手で決める。


 俺とバリヤンは互いにライフ1、技ポイント1。


 ぱんぱん、と手を叩く。


 俺がデュクシ、バリヤンがバリアで相殺、さらに粘るか。

 俺がデュクシ、バリヤンがチャージで勝利するか。

 互いにチャージして次の手で勝負するか。


 それとも、俺が負けるのか。


 俺はバリヤンの一挙手一投足に再度集中する。


 ヤツの完全に緩んだ雰囲気は、次の手を如実に現わしていた。


「デュクシ!」「チャージ……オウフ」


 オウフと言う謎の効果音を放ったバリヤンは、その場に仰向けに倒れた。


「勝者、閃光のデュクシスト、デュクシ!」


「おおおおおお!!」


 冷めきっていた観衆が一瞬だけ盛り上がる。


「しゃー、早く飲もうぜ」


 そして俺達を横目にぞろぞろと居酒屋に入っていくのだった。


***


「デュクシ、めっちゃ面白かった」


 居酒屋にて。

 レイカと隣り合う席に座っている。


「さすが、閃光のデュクシスト……くすくす」

「もう忘れろ……」


 閃光と言うより不動要塞ふどうようさいだった俺は絶賛ぜっさんからかわれ中だ。


「そういえば、なんだってテラオカ達はレイカをナンパしようとしていたんだ?」

「私、ナンパされてない」

「へ?」


 どういうことだ。


「普通に話してたら、デュクシが勘違いした」

「うそだろ」


 テラオカはそこの姉ちゃん貰ってくだの勝負しろだのわめいていたではないか。


「テラオカとマルフジが結託けったくして、私にデュクシの良いところ、っていうか面白いところを見せてくれようとしてたみたい」

「オウフ」


 なんだよそれ。


「ちなみに、雰囲気から察するに、みんなグルだった」

「オウフ」


 俺は皆の手の平の上で踊らされていたのか。


「……お膳立てしてくれたんじゃないかと」


 レイカは自分で言うのも恥ずかしそうに目を逸らす。


「デュクシは、離れ離れになってからも、『好きな人が居るんだ』って、誰とも付き合わなかったらしいね」

「うっ」


 なんでそれを。

 俺の恋愛事情が他校の生徒にまで伝わってるってどういうことだよ。


「中学でそれなりにモテてたのに断ってたとか」

「うっ」

「高校で学校一の美女から求婚されたけど、一瞬の迷いもなく断ってたとか」

「うっ」

「大学入ってからもずっとその調子だったとか」

「俺の情報ダダ洩れすぎだろ!」


 全部本当のことだけどさ。


「馬鹿みたいに一途いちずで、面白い」

「言ってくれるな」


 ふと疑問をぶつけてみる。


「そういうレイカも同じようなもんだって、さっきアンジョウから聞いたけど?」

「どうやら馬鹿みたいな一途は、もう一人居たらしくてね」


 レイカは茶目っ気たっぷりに自身の胸をとんとんと突っつく。


「想い人のことが気になって、身辺調査くらいは常にしてた」

物騒ぶっそうなワードだ」


 俺の恋愛事情など、かなり仲の良い友達くらいにしか話していない。

 それを知っているということは割と本気で調べていたということだろう。


「……」


 沈黙が流れる。

 

 回りくどいやり取りをしているうちに、この会は終わってしまうかもしれない。

 勇気は必要だが、ここで聞かずに終わるのは嫌だ。


「俺は、レイカと一緒にいる時間が楽しかった」


 心の中のわだかまりがひとつ、消える。


「もっと一緒に居たい、もっと一緒にいて、笑わせたい。そう思っていた」


 だんだんと楽になっていく。


「だけど、勇気が無くて。それを言い出す前に離れちまった。

 会いに行って伝えるのもできなかった」


 レイカが少ししんみりした顔になる。


「それで」

 

 隣の彼女は、言葉の先をうながす。


「今はどう、なの?」


 視線を逸らしうつむきながら。


「その問いに答えるには、もう少し時間が欲しい」


 レイカは嬉しそうに微笑む。


「だから少し、俺と一緒に居てくれないか?」


 俺の誠意が伝わっていると良いなと思う。


「私も、退屈しのぎに飽き飽きしてたんだ」


 レイカが力の抜けた笑みを浮かべる。


「お預けしてた分、ちゃんと楽しませてくれるんだよね?」


 これを彼女なりの返事だと受け取るのは、恐れ多いことなのかもしれないが。


「もちろんだ」


 そんなの、即答するしかないじゃないか。


「でェ、その一緒の時間が今から始まるってことだろぅ?」

「……バリヤン」


 水分(酒)補給で体力を回復させたバリヤンが割って入る。

 みんな一緒だったの忘れて、すっかり二人の世界に入ってたわ。

 いい雰囲気だったのに。


「くすくす」


 まあ、レイカが笑ってくれたから良しとしよう。


「邪魔してんじゃねえよ!」

「これくらいいいだろうゥ?」

「まったく」

「お、お前らまたケンカ?」

「またデュクシ?」

「あー、アタシもやる~」

「ぼ、僕もやりたい」


 さっきはみんな飽き飽きしてたくせに、酒が入って調子に乗ったのか、またやらせようとしてきやがる。


「さっそく、楽しませてくれるみたいで」


 隣のお姫様が端正な顔に笑みを浮かべて。


「もちろんだろ。盛大に笑ってくれよ」


 俺は応える。

 個人経営の居酒屋は、明け方近くまで明かりが消えることは無かった。


<了>

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