破:邪竜が復活して、本物の証明が始まった

 どれぐらい待った頃だろうか。

 馬のひづめの音が段々と近づいてくる。

「マリラ?!」

 そんな声と共に、馬に乗った男性が姉様の前に現れた。

 やっと来たマシュー! 姉様の元婚約者であり、現私の婚約者である伯爵家嫡男!!

 おっせぇわ! いつまで姉様を待たせんだよ! 落とすぞ! 地獄に!!


「マシュー!」

 マシューの登場に気づいたマリラ姉様が、パッと顔を上げて立ち上がる。ああ、なんて美しい立ち姿。エルフよエルフ。森の妖精よまさに!!


 馬から降りたマシューはマリラ姉様に近づくが、一定の距離を取って立ち止まる。姉様もその距離で立ち止まり、胸の前でギュッと両手を結んでいた。


 ああんもう! 二人っきりなんだから愛の抱擁でも一発ぶちかませばいいのにっ!! 二人とも固いんだからっ!! マシュー! もう押し倒しちまえよ!

「……だからアンお嬢様……口から全部漏れてますって考えが」

「アンお嬢様はー。相変わらず外見清楚可憐中身ゲスですねー」

 執事バトラーのギルバート──ギルとメイドのダイアナの声は無視した。


「マリラ、どうした。こんな所に呼び出して」

「え……? ここにはマシューが呼び出したのでは……?」

 二人は小首を傾げながらそんな事を言い合っている。


「……アンお嬢様、つかぬ事をおうかがいしますが、お二人を呼び出した時の文面て……」

 執事バトラーのギルが、首を軋ませながら私の方へとゆっくり振り返る。

「同じよ。『大切な事を伝えたいから、街外れの湖のほとりまで来て欲しい』って」

 文面考えんの面倒だったし。

「うーわー。全然先の事を考えて無いー、書いた人間の人間性が見えるアホ丸出しの文面ー」

 メイドのダイアナが、キラッキラした笑顔で私を見下してきた。

「これでいいの。別に二人に話し合いをさせる為に、ここに呼び出したんじゃないもん」

 マシューとマリラ姉様の二人が、泉のほとりで顔を見合わせ首を傾げる姿を見ながら、私はそばに置いていたリュックの中に手を突っ込む。

 そして中から、黒曜石のような、でもいっさいの光も反射させない漆黒の水晶玉を取り出した。


「アンお嬢様……それは?」

 水晶玉のあまりの禍々まがまがしさに、ギルの腰がちょっと引けてる。

 私はギルとダイアナから少し離れて、水晶玉を地面へと置く。

「コレ? コレは、邪竜を封印した珠よ」

 一切の光を反射しない水晶玉の中心を見つめ、私は呪文を唱え始める。

「へー……邪竜を──邪竜ッ?!」

「アンお嬢様ー? どこからそんな物騒なモン持ってきたんですかー?」

 もう! 二人とも質問が多い!

「神殿の地下よ! 私を見出した生臭神官に色目使って場所を聞き出し、酒で酔い潰して持ち出してきたの」

「ハァ?!」

 ギルの慌てた姿を無視し、私は呪文を再度唱え始める。

 すると、水晶玉がカタカタと小刻みに震え始めた。


「──さあ邪竜よ! 我の声に呼応し、その姿を現したまえ!!」


 私が呪文を最後まで言い終わると、その瞬間に水晶玉にビキリと亀裂が入る。そして、その隙間からモウモウと真っ黒な煙が立ち上り、まるで意思を持っているかのように地面を這い回り始めた。


「待て待て待て待て!! それ! もしや本物?!」

 ギルは腰を浮かして臨戦体制、同じくダイアナもスカートの中から大振りのナイフを二本取り出して両手に装備した。

「当ッたり前でしょ! じゃなきゃ後生大事に神殿の地下に封印しておかないでしょうが!」

 何言ってんだか二人とも。

「あのー。アンお嬢様ー? 邪竜を復活させてー、どうするんですかー? 世界でも支配するんですかー?」

 ほがらかな笑顔をたたえたまま、両手のナイフを真っ黒な煙へと向けてダイアナが問いかけてくる。

「違うわ! マリラ姉様にこの邪竜を再度封印してもらって、それによって姉様が本物の聖女である事を証明すんのよ!」

 私は会心の微笑みでダイアナとギルにこたえた。

 しかし、ギルの顔は真っ青。

「イカれてる!!」

「マリラお嬢様がー、邪竜を封印できなかったらー、どうするんですかー?」

「大丈夫よ! マリラ姉様は本物の聖女だもん! 封印の一つや二つ、簡単に出来るわよ!」

「出来ない出来ない! 簡単に出来ないから、過去苦労したんだろうが!! 歴史をちょっとは勉強しろ!!」

「私は過去は振り返らない!」

「ソレはこういう時のセリフじゃない!!」

 不満をぶちまけるギルは、真っ黒な煙を避けて木陰から飛び出す。ダイアナは飛び上がって木の上の太い枝に退避した。

 私も煙から距離を取る。


「きゃあ!」

「あれは……なんだ?!」

 黒い煙に、マシューとマリラ姉様も気づいたよう。


 水晶玉から漏れ出てきた黒い煙は、周囲に広がった後、物凄いスピードで一箇所に集まる。そしてグルグルと回ると、瞬間、空間を圧縮するかのように凝固した。

 あ、と思うのとほぼ同時に、凝固した漆黒の塊が猛烈な勢いで弾け飛び、中から──赤黒い鱗をミッチリと全身に纏った、禍々しい邪竜が姿を現した。


 私は、三階建の家よりも大きな邪竜の姿に完全に尻込みしているギルに声をかける。

「ギルバート! 万が一の時の為に、マリラ姉様を援護して! その為に、私は涙を飲んで貴方に体術・暗殺術と暗器の使い方をミッチリ仕込んだのだから!!」

「邪竜にそんなモン効くか!!」

「ダイアナも!!」

「アンお嬢様ー。邪竜にー、こんな小さなナイフで傷が付くと本当に思っているとしたらー、まごうことなき馬鹿そのものですねー」

 そう言いつつも、ギルとダイアナはマリラ姉様の元へとダッシュしていく。

「ダイアナ?! ギルバート! こ……これは?!」

 突然現れた二人に、マリラ姉様は目を白黒させながら問いかける。

「今言える事は!! 貴女の妹のアンお嬢様は」

「間違いなく病気って事ですねー」

 あ! どさくさに紛れて私の事ディスったな! 二人とも!! 後でシメる!

「アン! これはどういう事だ!」

 その声にそちらの方に顔を向けると、マシューが腰の剣を抜き放ち、背中にマリラ姉様を庇いながら焦っている姿が見えた。


「これが邪竜よ! さぁマリラ姉様! 聖女の力で封印して!!」

 私は邪竜を背にして立ち、両腕を広げてマリラ姉様に声をかける。

「凄い! どう見てもあの姿! アンお嬢様が魔王です!!」

「さしずめー、邪竜の力を使ってー、世界征服を企む悪の大神官ー」

 やだ、ギルとダイアナったら、最高の褒め言葉!


 そう、私は自分が偽物の聖女として、悪に利用され邪竜を復活させてしまう愚かな女を演じる!

 そして、それをマリラ姉様が再度封印する事で、マリラ姉様の正当性を証明するの!


「さあ、マリラ姉様! 邪竜を封印して!」

 私は再度両腕を振ってマリラ姉様に合図を送る。

 しかし、マリラ姉様は顔を真っ青にして首を横に振った。

「そ……そんな事を言われても、アン、私、邪竜を封印する方法なんて知らないわ!」

 え?! そうなの?!

「姉様は本物の聖女でしょ?! なら、こう、自然と脳内に、封印のやり方とかが──」

「そんな都合よく行くか! 聖女だって修行しないとスキルは上がらないんだよ!」

 ギルの言葉にハッとする。そうか、そういうモンなのか。

 てっきり、聖女ってのは選ばれた瞬間に聖女として目覚めるんだと思ってた!


「え……。どうしよう?」

「「「それはこっちの台詞だ!!!」」」

 私がポツリとこぼした言葉に、ギルとダイアナ、マシューが声を揃えてツッコミを入れてきた。

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