偽物聖女は本物の不遇聖女を影ながら溺愛する。

牧野 麻也

序:マリラ姉様は本物の聖女

 私は昔から、可愛かった。


 こぼれ落ちそうな程大きく、キラキラとした星が散りばめられたエメラルド色の瞳。陽に透かすとプラチナに輝く髪は、緩やかなウェーブが風になびく。

 肌は陶磁器のように白くつややか。

 立てば芍薬シャクヤク、座れば牡丹ボタン、歩く姿は百合の花。


 そして、幼い頃にこの国を救う聖女として、神に選ばれし巫女。

 それが私。


 でも──


「はぁ……好き」

 私は、街の外れ──小さな滝がゆるやかに流れ落ちる小さな泉がある場所の、大木の影からちょびっとだけ顔を出して、ほぅっと感嘆かんたんのため息を漏らす。

 私の視線の先には、泉のほとりにたたずむ一人の女性が。

 その女性は──

黒曜石こくようせきのように輝く瞳、ゆるやかにを描く形のいい眉毛……ふち取る睫毛まつげは常に濡れているかのような輝き……

 通った鼻筋とちょっとだけ上を向いた可愛らしい鼻……そばかすが散る頬はほんのりピンクに色付いてあでやか……

 絹の輝きとコシのあるカラスの濡れ羽色の真っ直ぐなストレートヘアが、まるで夜の女王のよう……

 はぁ……全てが完璧……好き、マリラ姉様……」

「思考が、全部口から漏れています、アンお嬢様」

「事実を述べただけだから、むしろ全世界に知らしめるべきよね」

「……そう、です、ね……?」

 実姉をあがたてまつる私の言葉に、若干の疑問符をつけたまま同意したのは、私と同じように木の影に隠れた、私たち姉妹専属の執事バトラーのギルバート──ギル。

「いやですよーアンお嬢様ー。気持ち悪いお嬢様の妄想をー、私の耳に入れないでいただけますー? 耳が腐るー」

 そんなコロコロと柔らかく上品に笑いつつキッツイ言葉を吐くのは、私たち姉妹専属メイドのダイアナ。

 私ら三人は大木の影に隠れてこっそりと、小さな泉の前にひざまずいて祈りを捧げる、マリラ姉様の背中を見つめていた。


「いつまで、こうしている気ですか?」

 執事バトラーのギルが、なんだか不満そうな声をポツリと漏らす。

「マリラ姉様が帰るまでよ。こんな場所に独りで残すなんて危険じゃない。姉様の安全が確保されるまでは、ずっとこうやって気づかれずに見守るわよ」

「それってどんなストーカー?」

「ダイアナ。これはストーキングじゃないの。見守りなの。姉様の為なの。姉様の身の安全は、私が死んでも守らなければならないのよ。それが私に課せられた使命なの」

「本人が望んでなければー、それってー、立派なストーキングですよー」

「大丈夫よ! 私にはストーカーと違って愛があるから!」

「うわぁー、完全なるストーカーの病的心理ー」

 そんなことないもん!

 私は姉の熱烈なファンだけど、ストーカーじゃないもん!


 本来なら、本物の聖女様であるハズの姉は、なぜか聖女選抜の儀式ではじかれた。

 これは、儀式を行う神官がヘボいからだと私は知ってる。

 あのクソ神官、幼い私を見た瞬間から私に視線釘付けなんだもん。ロリコンかよクソ野郎めが。

 確かに、私はマリラ姉様は歳が結構離れてる。あの聖女選抜の儀式の時、私は五歳で姉は十三歳だった。だからアレだろ? ロリコン神官の好みの年齢から、姉様が外れてたんだろ?

 個人の嗜好しこうを聖女選抜で発揮すんじゃねぇよ生臭神官めが。


 そのせいで、誰しもが私を聖女だと祭り上げてきた。

 そして、同じ家の姉妹であるハズの姉を冷遇するようになった。

 姉の婚約者だった伯爵嫡男が、何故か私の婚約者としてスライドしてきたし。ふっざけんなよ? 姉様の夫になれる権利を放棄しただと? 愚かなのか? 愚か過ぎるのか?? 脳みそ腐ってんのか???

 それを知った時の姉様の様子は……今思い出しても泣けてくる。

 両親や使用人達にはバレないように、部屋のすみでさめざめと泣いていたマリラ姉様。その姿を見て、私は胸が潰れるかと思った。ちょっと潰れた。ホントに潰れた。

「マリラ姉様が泣く事になったのも、私の胸が潰れてささやかなのも、全部あの婚約破棄がいけなかったのよ」

「……アンお嬢様の貧乳は、婚約破棄とは無関係かと……」

「貧乳じゃない! 少し遠慮がちなの!」

「いや、単純に、筋肉つけすぎ──」

 ゴッ!!

 私は余計な事を言いつのってくる執事バトラーの顎を下から打ち上げ黙らせた。執事バトラーは無言で後ろへと倒れ、顔を押さえて足をバタつかせている。


 本当に、あれ以来、世間の姉への待遇は明らかに変わった。ってことはつまり、将来の伯爵夫人になるハズだったから、周りは姉様に優しくしていたって事じゃんか。クソがッ!! マリラ姉様の素晴らしさに気づかないとか、愚かな人間達ばかりかよ! 姉様は姉様ってだけでとうといのに!


 だから私は、本物の聖女であるマリラ姉様が、みんなの目が覚めるような輝かしい舞台で本物だと気付かれ、みんなに見直されて、めでたくハッピーエンドを迎えられるように、全てを準備してきた。


 まずは両親。

 当初は私たち姉妹を分け隔てなく可愛がってくれていたのに、期待していた長女が聖女に選ばれなかった事から、姉を腫れ物に触るかのように接するようになってしまった。

 私はこの両親に、如何いかにマリラお姉様が素晴らしい女性であるのかを、都度都度プレゼンしてきた。

 時には資料を作り、時には図解し、時には演説し、時には劇や歌を作って、とつとつと姉の素晴らしさを説いてきた。数年に渡って。

 そのお陰で、両親の姉に対する態度は元に戻った。

「聖女だろうとなかろうと、お前は私たちの大切な娘だよ」

 その言葉を聞いた姉は、床に崩れ落ちながらも泣いて喜んでいた。両親と姉が抱き合いながら泣いている姿を、ちょびっとだけ扉を開けて覗き見ていた私もむせび泣いたなぁ……


 そして。

 次に洗脳を開始したのは、元姉の婚約者、現私の婚約者のマシュー伯爵嫡男。

 彼にも、同じように姉の素晴らしさをプレゼンした。姉がどれほど優しいのか、どれだけマシューを愛していたのか、どれほど美しいのか、どれほど才能に恵まれ、完璧な女性なのか。

 そのお陰で、マシューもすっかり姉のファンだ。ウチの屋敷に来る時も、表向きは私への来訪だが、来る度に姉の居場所を聞くようになってるし、姉へのプレゼントも欠かさない。

 私も姉を呼び出して、三人になったところで私は少し離れ、二人っきりになる時間を都度都度用意したし。

 表向きはまだ私の婚約者だが、姉の為に用意する最高の晴れ舞台の時に、姉への結婚の申し込みをするように、少しずつ少しずつ、準備をさせている。

 もうすぐその準備が終わる。

 はぁ、長かった。五歳の時からだから……十四年もかかってしまった。


 でも、時間をかけた甲斐があった。

 姉様には、最高の晴れ舞台が用意できた。

 これで姉様は幸せになれる。

 聖女として認められ、愛する元婚約者と取り戻し、幸せになる舞台が。


「ところでマリラお嬢様は、あそこで何をしているのでしょうか?」

 顎の痛みが引いたのか、執事バトラーのギルが起き上がってきて、再度姉様の後ろ姿を見ながらそう呟いた。

「ああ、待ってるのよ」

 私は姉様の美しい後ろ姿に見惚みとれながら、そう答える。

「え? 何を?」

「婚約者のマシューをよ」

「なんでそんな事知ってるんですか?」

「だって私がマシューの名前をかたって呼び出す手紙書いたんだもん」

「うわぁ……」

 何故かドン退くギル。

「えー? でもー、マシュー様はいらっしゃらないですよねー? 酷いですねー。姉に待ちぼうけさせる気ですかー? 鬼ー。悪魔ー。貧乳ー」

「質素堅実な胸元と言って!」

 メイドがコロコロ笑いながら言う言葉を、小声だけど速攻で否定する。

 私は改めて、姉の可憐なる背中に視線を戻した。

「そっちも大丈夫。姉の名前をかたって、マシューを呼び出す手紙を出しておいたから」

「やり方が詐欺師の手口」

 そんな執事バトラーの言葉はガン無視。

 そろそろマシュー、来る頃のハズなんだけどなぁ。


 マシューが来たら、マリラ姉様の最高の晴れ舞台の幕が上がる。

 さぁて、最高の舞台にするぞ!


 私と執事バトラーのギルバート、メイドのダイアナは、息を潜めながらも大木の影から、滝に祈りを捧げながら愛しい人を待つ姉の姿を、じっと見守り続けた。

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