第11話 鮮血の薔薇

 のどかへの合図のために狛太こまたが叫ぶ、と同時に凍った脚を噛み砕き、上空に舞い上がった。


 声の向かう先、和が小さな針で親指を刺し、ぷくりと溢れた血を一枚の紙に押し当てる。血がみ入り、そのまま引き下ろして一本の線を書く。



「『無垢なる花、断罪の咎。我が血を糧に咲き誇れ』」



「おいで、"荊棘姫いばらひめ"」


 血を与えられた式札が放たれ、和の詠唱に応えるように式神としての形を成す。小さな人形のような、人の形を模したような深紅の薔薇が一輪、姿を現した。


「制約を与えはりつけにしろ、荊棘姫!!」


 和の命令を受け、荊棘姫が小さな手を雪入道ゆきにゅうどうに向けてかざす。すると地面がボコボコと隆起し、次第に雪入道へと近づいていく。


 雪入道は何事かと混乱した様子で足元まで迫る隆起を見ると、警戒心からか一歩飛び退いた。その瞬間地面が爆ぜ、数多のつるが溢れ出し雪入道にまとわり絡みついた。蔓にはおびただしい棘がひしめきあい、雪入道の全身に食い込む。


「グゥゥゥッ」「くそぉ離せ……」


 身をよじり抜け出そうと雪入道がもがくが、もがけばもがくほどに棘は食い込み、蔓はより絡まっていく。2体の雪入道は完全にその動きを止められた。


『式神 "荊棘姫"』

 ——和の使役する式神の一体。契約に基づき、顕現には術士の血を必要とする。薔薇の花を人の形にしたような姿の小さな式神だが、拘束に関して荊棘姫の右に出る式神を和は持ち得ていない。


「くっ……」


 ズキリと痛みを感じ、和が頭を押さえる。割れるような痛みが波状に押し寄せ、力が抜けそうになる膝を堪える。


「ここで……ここで決めるで、狛太ぁぁぁ!!」


 頭の痛みを振り払うように食いしばり、和が仰いで狛太を呼ぶ。上空に舞い上がっていた狛太が、拘束されている2体の雪入道を目がけて急降下する。


 そして、狛太の降下に合わせるように、和が唱える。イメージを明確にするために、その威力を最大限発揮するために。


「"春風ノ爪・かんざし"」


 和の声に応えるように狛太の両前脚に風が集中し凝縮され、鮮やかな緑色に光る。狛太が前脚を振り下ろすと、吹き荒れる風が青緑色の実体と化し、巨大な針のような形で雪入道に降り注がれる。


「「 グアァァァァァァ!!」」


 実体を持った鋭く巨大な針のような風が、縛り上げられた2体の雪入道それぞれに5本、四方八方から突き刺さり貫く。


「いやだぁ、ぎえたくない」「ぅう、ちくしょ……ぉ」


 串刺しにされた雪入道の傷口がモヤのように瓦解がかいし始めた。なおも縛り上げられたままの雪入道はしばし言葉を漏らしていたが、徐々にその崩壊は全身に広がり、やがて妖力の残滓ざんしだけが残った。


 和は黒いモヤのような残滓へと近づくと、キュポンと壺の栓を開けて雪入道の妖力の残滓を回収した。


 ふぅ、とひと息ついたところでさらに激しい頭痛に襲われ、「うぅ……」とうめき声を上げて頭を押さえ片膝をついた。


 式神を顕現させ、その力を行使するための霊力を一気に使ったことによる代償だった。


「お嬢……」


 式神の複数同時顕現は、特に術士に大きな負担をかける。そのことをよく理解している狛太が、眉をひそめながら和を覗き込む。


 荊棘姫は式札の姿にすでに戻っており、狛太の右後ろ脚の先端は失われ、全身ボロボロだ。


「あかん、はよ野仲のなかのとこに行かな」


 頭を押さえながらも和は立ち上がり、旧校舎に向かって歩き出す。


「お嬢、今はまだ流石に無理やてお嬢! ん〜っとにもう!」


 狛太が下から和を体ですくい上げ、背負う形で宙に浮く。


「すまん、狛太」


「お嬢の無理は今に始まったことやないからな」


 皮肉を込めて、だが親のような優しさを込めて狛太がうそぶくも和から返答はなく、目を閉じ息を整えている。


 和を背に、狛太は和の向かおうとした旧校舎へと宙を滑るように揺れを抑えて、なおかつ少しでも早く着くことが出来るように、雑木道を音もなく進んでいった。




◆◆◆◆◆◆



 頬を伝う冷たい汗を拭い、野仲は赤獅子あかじしへと視線を向けた。


 全身が土くれで汚れ、至るところに大小の傷が付いている。連続で殴られた赤獅子は姿こそ保っているが、野仲が経験したことのないほどダメージを受けていた。


 これ以上にダメージを負ったら、式神はどうなるんだ? 強制的に式札に戻る? それとも、失われてしまうなんてこと……。


 経験もなく、和から聞いたことのない状況に、野仲は焦り動揺していた。


 和の助けをなんとか待って……なんて、考えてしまう自分が嫌になる。変わったんだろ、変わろうとしたんだろ。


 ぐっと眉間に力を入れ、野仲は考えた。赤獅子の攻撃でも決定的なダメージは与えられなかった。赤獅子以上に高火力な式神を自分は持ち合わせていない。


 僕に出来ることなんて、そこまで残されていない。思いつく限り、和から「したらあかんで」と言われている、複数の式神で——。


 自分を納得させるように心の中で呟き覚悟を決めると、野仲は赤獅子とは異なる式札を懐から取り出す。そして式札を構え集中し、赤獅子を顕現するときと同様にイメージする。


「『対なる黒橡くろつるばみよ。飛沫を上げさえずり飛翔せよ』」


「来い、"寒鴉小烏かんあこがらす"!!」

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