第10話 人格を有する式神

「ふー……」


 野仲のなかが旧校舎へ向かって走り去り、2体の妖を目の前にして、のどかは細く息を吐いた。


 自分が気配を察知できないほど巧みに妖力を隠し、その上でこれほどの圧力を感じさせ、言語の理解もある。間違いなく低級の妖ではなく中級に分類されるだろう。


 ——それをハッキリさせるためにも。


 和は手の上で遊ばせていた小石を捨て、懐から式札を取り出すと、式神を顕現させるため詠唱する。それは和の最も信頼する式神。


「『吹け、香り高き薫風よ。我が声に応え姿を現せ』」


 静寂を打ち消すように、辺りに和の声が響く。


「おいで、"狛太こまた"!」


 和が詠唱と共に式札を放つと、式札を中心に風が巻き起こり、舞うように踊った。式札を中心として風が集まる。


 式札は風をまとって形を成し、その姿を形作った。そこに現れた式神は、どこか柴犬を連想させた。


 ピンと立った両耳の間には一本の小さな角を有し、濃淡のある青緑色の毛に全身が覆われている。首回りは鋭い毛並のたてがみで守られ、四肢には風をまとい地面を踏み締めるかのように浮遊している。


 和の式神、狛太が辺りを見渡し、ギョッとしたような表情を浮かべる。


「お、お嬢! こらどんな状況や!? ごっつピンチやんけ!!」


『式神 "狛太"』

 ——和の使役する式神の一体。人格を有する稀有な式神であり、和の最も信頼する式神だ。主人同様にエセ関西弁で、非常にお調子者な性格をしている。



 人格を有する稀有な式神である狛太が、犬の顔には似つかわしくない関西弁で狼狽する。しかし狼狽えながらも全身の青緑色の毛を逆立て、ギョッとした表情をしながらも牙を剥き出しにして警戒心をあらわにしている。


「こいつらぁ"雪入道ゆきにゅうどう"やな。下位やけど、中級の妖や」


 狛太のもつ妖に関する知識は和にとってのデータベースだ。見た目や特徴から、なんという妖なのか、どのような五行の特性をもつのかなど、様々な情報を和へと伝える。


「ええかお嬢、雪入道は自分のつけた足跡を踏み越えた人間をさらう妖や。さらって、おそらく食うんやろね、おえぇ」


 狛太が舌をだらりと垂らす。


「この状況、お嬢も気づかんで踏み越えとったんやろね。あいつらは妖力を上手く隠しよるから、お嬢ですら気づかんかったんやね」


 狛太の話を聞きながら和がギリっと歯を食いしばる。


「やっぱ雪入道か。こんな都会に出てくる妖ちゃうやろ……。せやけどええか狛太、こいつらは祓わなあかん。こんな学校の近くで野放しにはできん。1体は野仲に任せとる、うちらで2体やるで!!」


 和はそう言い放ち、腕を振り下ろしながら狛太に命ずる。


「狛太、振るえ!!」


 和の声を合図に、狛太が雪入道に向かって両前脚を振るう。風が2つ舞い起き、それぞれが旋風となって地面をえぐりながら2体の雪入道に襲い掛かる。


 しかし雪入道は顔の横から生えた2本の太い腕で旋風を受け切る。2体とも両腕に激しく切り傷がつくが鮮血はなく、致命的には全く見えない。窮鼠きゅうそであれば細切れになる狛太の旋風を受けたにも関わらず、だ。


「痛ってぇ」「陰陽師めぇ」


 雪入道が恨み言を呟き和を睨む。和が雪入道の想像以上の頑強さに舌打ちすると、狛太が眉をひそめる。


「俺っちとあいつらの五行の相性は悪くはない、んやけどやっぱ2体は骨が折れるし時間もかかるで。それに野仲の坊主もどっかで雪入道を相手にしとるんやろ? 大丈夫なんかはかなり心配や」


 狛太が和の周囲でふわふわと浮遊しながら小声で呟き、和も同意して頷く。その間、和も狛太も雪入道からは決して目を逸らさない。


「お嬢、あんまオススメはしたないんやけど、アレやった方が良さそうやね」


 狛太の言葉に、和は眉間に深い皺を寄せて喉の奥で微かに唸ると、諦めたように首肯した。


「ごちゃごちゃ言っとる場合ちゃうわな。時間稼ぎ頼むで、狛太!」


 和の命令に従い狛太が雪入道に向かっていく。滑空しながら白く鋭い牙を剥き出しにして、1体の雪入道に飛びかかる。


「ウォォォォ!!」


 雪入道が狛太を寄せ付けないように太い腕を振り回す。しかし狛太を捉えることは出来なかった。狛太は宙に浮く利点を生かし、ひらひらと躱しながら前脚を何度も振る。空を切り、目に見えない風の刃が雪入道に降り注がれ、防ごうと突き出した腕や一本足を細かく切り付ける。


「イ゛ィィッ! グゥゥゥゥこのぉぉぉ!」


 痛みに呻く雪入道が両腕を突き出すと、空から降り続けていた雪が腕の周りに留まり、渦巻く。


「ガァァァッ!!」


 雪入道の叫びとともに渦巻き留まっていた雪が、螺旋の吹雪となって狛太に吹きつけた。


「やっば!!」


 狛太は避けようと上空へと宙返るように上昇するが、一歩遅かった。襲いくる吹雪が右の後ろ脚に吹きかかり、先端から凍りつく。狛太の四肢に纏う風が乱れ、下降したところにもう一体の雪入道が襲い掛かる。


「っぐぅぅぅ!」


 襲い掛かってきた雪入道の太い腕で殴り飛ばされた狛太が、低いうめき声を漏らしながら地面を転げる。2体に挟まれる位置にいる狛太に、雪入道がにじり寄る。


「こいつ、うまいのかなぁ」「いだがっだ、許さん」


 ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべながら、方や怒りに目を血走らせながら2体の雪入道が迫る。


「——お嬢! 今や!!」

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