第9話 エンディング

 まるで神ゲーをプレイしているような、そんな感覚――いや、それ以上だったと思う。

 時間という時間をすっかり忘れて、俺も桐花も決められたシフトに遅れそうになるというハプニングはあったものの、本当に楽しい蔦屋祭になった。

 そんな蔦屋祭の終わりを告げるように、空には段々と紅が差し始めていた。全ての模擬店は閉店し、昼頃から一転して校舎内はいつも通りの雰囲気を取り戻しつつあった。

 そして現在、閉会式の代わりである後夜祭が中庭で開催されている。

 ギターの生演奏という、空気感に合ったしっぽりとした催しや、蔦屋祭中に撮影された一コマがスライド形式で放映されたりなど、ここならではのイベントを楽しむことができる。中庭のステージ前、そして校舎から見下ろすようにして各々が後夜祭を満喫していた。

 だが、これはある人にとってみれば前座に過ぎない。

 というのも、全イベント終了後に待っているのは模擬店における売り上げの結果発表、そして表彰式である。そのために死力を尽くしてきた彼女――委員長にとってみれば、もはやここからが本番。その委員長は先ほど、その中庭へと走っていった。

 二年F組前の窓側。俺と桐花はその様子を見ながら、その時を待っている。


「どうだった? 蔦屋祭」

「とても楽しかったです。本当に」


 ニコッと笑みを浮かべ、茜色の空を見上げる。


「こんなに楽しいことを、私はずっと知らずに来たんですね」

「知らないってことは、これから知っていけばいいんだよ。勉強と同じように、一つ一つ」

「そういえば酢漿さん、前言ってましたよね。ゲームが趣味って。私、一度やってみたいです」

「そっか。じゃあ今度時間があるときに――」

「おやおや、面白そうな話してますね~」


 俺の言葉を遮るようにしてきたのは、空気を読める癖にあえて空気を読まない男――泰史である。桐花と再会できた後、探してくれたお礼はしていたのだが、使いっぱしりにされたことをまだ若干根に持っているのかもしれない。


「良かったら、俺も一緒にゲームしてもいい? 桐花さん」

「はい! 是非!」

「ははっ、残念だったな泰史。俺たちがやろうとしているゲームは二人用でな」

「それ、別にやるゲーム変えればいいだけじゃん!? なんでハブってくるんだよ!」


 まぁ当然、知ってて言ってるんだけどな。

 泰史の場合、プレイヤースキルでビギナーを抹殺して、ゲームに対してトラウマを植え付けかねないからな……。何せ、ビギナーじゃなくてやり込んでいる人相手にそれをやってのけてるし。


「ごめん、朔翔。ちょっといい?」


 そう背後から声を掛けられ、俺は振り向く。


「……咲楽? ってそれ、どうしたんだよ」


 そこには、両手いっぱいに食べ物を持った咲楽の姿があった。どれもこれも、見覚えのある商品――F組で出していたものだ。

 因みに、今日行われたミスコンにおいて、咲楽は見事に優勝を成し遂げていた。すなわち、『完全無欠のプリンセス』に晴れて昇格したわけで、ミスコン後はその名を度々耳にした。

果たして来年は、何と呼ばれることになるのだろうか。……プリンセスの上なんてない気がするけど。


「張りきった今桃さんが、絶対に欠品にしないよう発注してたこともあって余ったんだよね。よかったら食べない?」

「あの委員長、そういう所考えなしだもんな。まぁ、丁度小腹も空いてきてたからよかった」


 俺はそう言って咲楽から、チーズハットグの入った発泡スチロールのパックを受け取った。


「えっと、確か桐花さんだっけ。よかったらどうぞ」

「いいんですか? 私、F組じゃないですけど……」

「いいのいいの、気にしないで」

「すいません、ありがとうございます、……えっと」

「あ、名前? 桜美咲楽。よろしくね」

「はい! よろしくお願いします、桜美さん」


 そんな初対面らしい会話を経て、桐花は咲楽から俺同様にパックを受け取る。


「それで、後夜祭は今どんな感じ?」


 咲楽は俺にそう尋ねるが、当然黙っていない人が一人。


「ちょっ、当然のようにスルーしないでくれない? 俺の分はないの!?」

「ごめんごめん。最初から私含めて三人分しか持ってきてないから」

「それなら普通、自分より相手を優先しない?」


 本当に相変わらず、咲楽は泰史に対して一切優しくない。

 だが、こんないつものやり取りに、新たな風を吹かせるのは桐花だ。


「あ、すいません。もしかしたらこれって小紫さんの分でしたか? まだ手を付けてないのでよかったら……」

「安心して、桐花さん。最初からそれは桐花さんのものだから」

「そう、ですか」


 桐花は申し訳なさそうに泰史を見つめつつ、小さな一口でチーズハットグを口に運ぶ。きっと桐花は無意識なんだろうけど、その行為はどちらかと言えば咲楽側だな……。ちょっと泰史に同情するわ。

 なんて思いつつ、俺は再び後夜祭の方に目を向ける。気づけば結果発表前最後のイベントが終わっており、ステージ前には表彰用のテーブルが用意されていた。

 そして間もなく、結果発表が始まるようだ。


「皆さん、大変お待たせいたしました~。これより、模擬店の結果発表、および表彰を執り行いたいと思います」


 蔦屋祭の主張の際にも務めていた進行役がそう口にすると、中庭にいる人を始め、周りにいる生徒の注目が一手に集まる。一番最後にされていることもあり、心待ちにしていた人も多いのだろうか。


「それでは、模擬店イベント部門における総入場数一位の発表です!」


 どこからともなくドラムロールが鳴り始め、段々と間隔が長くなっていく。そして、デンッとSEが鳴ったと同時に、進行役が結果を口にした。


「優勝は二年A組です! おめでとうございます!」


 おぉ~という歓声が上がり、拍手も自然と沸き起こる。


「おめでとう、桐花」

『おめでとう』


 俺、そして泰史と咲楽が合わせて、桐花に祝意を述べる。


「いえいえ。私は皆さんと違って、ほんと何もしてないので全然……」


 謙遜した様子で、桐花は両手を振って否定を示す。

 だが、少なからず桐花は貢献しているわけで、準備の時も彼女はしっかりとその役目を果たしていたのだ。クラスの出し物である以上、その功績というのはクラス全員のものだろう。


「それより、次、ですよね」


 桐花はそう言って、注意を再び中庭に仕向ける。必然的に、俺たちも中庭に視線を移した。


「そして、模擬店飲食店部門における総売り上げ、一位の発表です!」


 進行役は興奮冷めやらぬ雰囲気を掌握するようにそう高らかに言うと、再び観衆は固唾を飲んで発表を待つ。

 ドラムロールが鳴る中、俺は群衆の中に両手を固く合わせ、祈っている様子の委員長を見つけた。

 俺は――俺たちは、委員長がどれだけ頑張ってきたのかを良く知っている。ここに対する熱意の違いが明らかなのを肌で感じてきた。

 だから俺も、泰史も、咲楽も。あえて祈るようなことは必要ないと感じていた。結果は既に出ているも同然なのだから。


「優勝は二年F組です! おめでとうございます!」


 発表された瞬間、大歓声が上がる。

 それを指揮してきた委員長は、喜びのあまりか、その場で膝をついてしまっていた。ここからはちゃんと見えないが、その目には光るものもあるかもしれない。彼女の悲願が叶ったなら、これまで頑張ってきて本当に良かったと思う。


「おめでとうございます、皆さん!」


 桐花がお返しとばかりに言葉を口にした。



* * *



 完全に空は暗くなり、遂に蔦屋祭は幕を閉じた。

 午後六時すぎ。蔦屋祭の片づけは明日の午前に行われるため、生徒たちは各々帰途に就く。あれだけ喧騒に包まれていた校舎内が、いつしかの校舎内を思わせるほどの静寂に包まれていた。

 玄関前で待つこと数分。その間、たくさんの生徒たちが蔦屋祭の余韻に浸りながら歩いていくのを俺はぼんやり眺めていた。


「すいません、お待たせしました」


 先に帰りの支度を済ませていた俺の元に、桐花が合流した。


「それじゃ、帰るか」

「はい」


 蔦屋生たちの流れに沿うように、俺たちもそうして帰途に就く。



 いつものこの時間帯の帰り道なのに、どこか不思議な感じがする。

 それは、他の生徒たちがそうであったように蔦屋祭の余韻なのか。

 或いは、桐花が何も持たず、しっかりと進路を見据えているからなのか。

 はたまた、胸ポケットに刺さったペンの重みによる違和感なのか。

 ――いや、それら全てなのだろう。


「桐花たちのクラス、打ち上げとかやるのか?」

「はい。明日やるそうです」

「俺たちも明日なんだよ。せっかくだし、行ってみたらどう?」

「……そうですね。せっかくですし」


 返事が少し曖昧なのは、おそらくまだ抵抗が残っているからだ。

 まだ、彼女を取り巻く現状が改善したわけじゃない。彼女は依然として救われていないのだ。


「明後日からは勉強会、再開しよう。大きなイベントが終わった今は、期末に向けて気を抜いていられないしな」

「はい! よろしくお願いします、酢漿さん!」


 これまでずっと桐花を縛り続けて来たものが消えた今、ようやく彼女を救い出すためのキーアイテムが揃った状態と言える。

 すなわち今日初めて、彼女はボス――テストに挑む資格を得たのだ。

 これから彼女は、俺とともに宿敵を倒すクエストに挑む。それをクリアして初めて、彼女は救い出される。

 そんなゲームに、俺たちは挑んでいく――。




 ―完―

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何も知れないお姫様 木崎 浅黄 @kizaki_asagi

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