第3話 学級委員長と副委員長
十月五日、早朝の教室。二年二組には、いや、学校全体に閑散とした空気が流れている。
開門してすぐ――午前七時過ぎの学校にいる人というのはごく僅か。学校の鍵を開ける管理者と部活動の朝練がある生徒くらいだ。
人がいないがら空きの校舎は、椅子を引く音一つとっても反響して聞こえる。普段は喧噪に搔き消されるこの音が、施錠された校舎に侵入しているような罪悪感を覚えさせる。それほど、異様なまでに寂寞としていた。
深閑とした教室内と晴れた空に昇る朝日の暖かさは、彗斗の一度覚ましたはずの眠気を呼び起こす。自然と大きな欠伸が込み上げた。
『欠伸は隠すものだよ?』
「誰も見てないんだからいいだろ?」
『私は?』
「『見ては』ないじゃん? それに寝るって概念もないんだから、つられるとかもないだろ」
『まぁそうなんだけどさ~。なんか意地悪』
一人しかいない場所に、何気ない会話が響く。
昨日の教室内では、こんな冗談を交えたような明るい会話などほとんど聞かれなかった。また昔のように、そんな会話で溢れかえった賑やかな教室に戻るときはやってくるのだろうか、と彗斗は心の中で思う。
そうこうしていると、タッタッと小気味よい足音が廊下を介して聞こえてくる。待つことしばし、大きくなったその音がピタリと止む。同時に、教室の扉がゆっくりと開かれた。
「おはようございます、射出君」
「うん。おはよう」
「早いですね」
そう言いつつ後ろ手で扉を閉めると、早梨奈は彗斗の方へと歩き出す。
「俺もさっき来たとこだ」
「そうでしたか」
早梨奈は鞄を自席の横に置くと、スカートの裾に手をかけつつ席に着く。そして椅子ごと彗斗の方に向かせると、膝に手を置いた。
「それで、話って……?」
神妙な面持ちで単刀直入に早梨奈は問うた。
話は昨日に遡る。家に帰った彗斗はすぐさま早梨奈にメッセージを送っていた。
『明日の朝、時間ある?』
『はい。大丈夫です。どうかしましたか?』
『話したいことがあるんだけど、朝の七時ごろに教室に来て欲しい』
『了解しました。ではまた明日』
そんな僅か二往復のやり取りを経て迎えた今日。早梨奈がそのように説明を求めるのも当然であった。
「正直信じられないかもしれないけど、ちゃんと聞いてほしい」
「……はい」
事の重大さを彗斗の口調から察した早梨奈は、膝の上に置かれた手の指を折り曲げ、強く拳を握る。辺りが静寂であることも相まって生まれた強い緊張感の中、彗斗は意を決して話し始める。
「二日前のことだ」
彗斗の身に起きた二日前の夜の出来事、実姫の望む「いつも通り」を取り戻そうとしていること、そのために魚谷を救う決断をしたこと。それらを順々に、具に語った。
実姫が彗斗の中に実体を伴わず存在しているという現象は、彗斗自身も事実を飲み込むのにかなりの時間を要した。この現象が実際に起きているという明確な証左も示せないため、早梨奈も彗斗同様、理解には難色を示していた。それでも早梨奈は、彗斗の言う言葉を一切疑わず理解に努め続けた。
「そう、だったんですね……」
彗斗が一通り話し終えると、早梨奈は視線を自分の握り拳に落とした。
そして時間を置き、思考を整理してから再び彗斗と目を合わせた。
「私は信じます。射出君のことも、琴浦さんのことも」
元より説明のつかない現象であるのに加え、それをうまく説明できる自信が彗斗にはなかった。それでも必死に伝えた甲斐があってか理解を示してくれた早梨奈の様子を見て、彗斗はそっと胸を撫で下ろす。
「ありがとう。信じてくれて」
「お、お礼なんてそんな……。きっと、何を言われても信じてましたよ」
若干照れた様子を見せた後、早梨奈は可愛らしく微笑んだ。
「本当に烏川を頼ってよかった」
彗斗がそう漏らすと、早梨奈は首を傾げた。薄茶色の艶やかな髪が、サラリと揺れた。
「その言葉は今じゃないのでは?」
「……それもそうだな。とにかく一刻も早く動かないと」
彗斗はそう言いつつ、視線を教室の前列廊下側の席へと向ける。つられて早梨奈も、半身の体勢でその方向を見つめる。
「魚谷君……、立候補しなかったこともそうですが、昨日一日は本当に彼らしくなかったです」
颯は周りからの信頼が頗る厚い。故に彼の周りにはいつも人の輪ができるのだが、昨日の彼はむしろその逆。周りに人を寄せ付けないような負のオーラが彼の周囲を覆っていた。
「元副学級委員長で、クラスの立ち位置的も中心人物といって差し支えない。だから魚谷の調子は、良くも悪くもクラス全体に伝播する」
「そうですね……。彼が明るい時はクラス全体が明るいですし、体育祭の時なんて彼と琴浦さんが中心となって全体が一丸になってましたもんね」
星島高校の体育祭が行われるのは毎年五月ごろである。
抜群の信頼と統率力を持つ実姫と魚谷。二人のおかげでクラスの団結力が高まるどころか、クラスが属する団全体にまでその団結力が波及し、圧倒的な優勝を収めていた。二年生ながら、二人は優勝の立役者となっていたのである。
「今はあの時と違って実姫がいない。だから、クラスの雰囲気を変えられる人間がいるとすれば魚谷だけだ」
「私もそう思います。きっとまた、楽しいクラスにしてくれますよね」
「そうだな」
早梨奈にこれからの方針について賛同を得られたところで、彗斗は「よしっ」と威勢よく声を出す。
「それじゃ、そうと決まったところで行くか」
椅子から腰を上げつつ、しばらく座りっぱなしで鈍った体を背伸びでグーッと伸ばす。そうしてから、グリグリと足首を回していく。
「えっと……、どこにですか?」
突拍子もない彗斗の言動に困惑しながら、早梨奈はその行き先を尋ねる。
「魚谷のところ」
「でももうすぐ朝練始まるんじゃ……。ほら、見てください」
早梨奈が指差す先には、グラウンド端にある部室棟から出てくるバスケ部の姿があった。時刻は七時半に迫っており、朝活動のある部活の中でも早い所はこのくらいの時間から活動が始まる。
だが、元より彗斗がこの時間帯に早梨奈を呼び出したのはこのためである。朝練が本格的に始まってしまえば途中で彼を呼び出し辛くなり、朝練が終わるのを待っていては一限までの時間に猶予が無くなってしまうのである。
「だったら余計に急いだほうがいいな。行くぞ、烏川」
彗斗は早梨奈に声をかけ、全力疾走で体育館へと向かおうとした。だが早梨奈は、そんな彗斗の学ランの袖を摘んで制止させた。
「ま、待ってください! 私、あんまり走るの得意じゃなくて……」
少し恥じらいながら、ぼそぼそと呟く早梨奈。そんな彼女の様子を見た実姫が、ここぞとばかりに口を開く。
『そうそう。女子に足並みを揃えるってのは常識だよ? 全力で走るって言うなら、おんぶとかお姫様抱っこしてあげなくちゃ』
「いや、それはかえって遅くなるだろ」
「……?」
脈絡もなく意味の分からないことをボソッと呟く彗斗に、早梨奈は一瞬戸惑いの色を見せた。だが即座にその訳を理解し、口を挟むことなく見守り続ける。
『走らせたら転んじゃうかも知れないし、とにかく女の子には気を遣いなよ。特に烏川さんにはね』
「言われなくても分かってるって……。ったく」
「琴浦さん、なんて言ってましたか?」
話が終わったとみてから、早梨奈は問う。自分が実姫と話しているということを察して、きちんと会話が終わるのを待つ律儀なところは、実に彼女らしいなと彗斗は思った。
そんな彼女の問いに対して、彗斗は言葉を濁しながら説明する。
「まぁ端的に言うなら、慌てて転ばないように、って」
「やっぱり優しいですね、琴浦さんって」
そう言って、早梨奈は柔和な笑顔を見せる。
『烏川さんには負けるけどね……』
「何か言った?」
『……別に?』
早梨奈はまた二人で会話していたのだろうと思いながらも、急がなければいけないと彗斗が言っていたことを思い出し、強引に切り出す。
「射出君、とにかく行きましょう」
「そうだな」
そうして彗斗と早梨奈は、小走りで颯のいる体育館へと向かった。
* * *
彗斗と早梨奈が体育館に着いたころには、ダムダムとバスケットボールが弾む音と、バッシュと床が擦れる音が、朝の体育館付近に響いていた。
三年生が引退して代替わりしているので、部内の最高学年は二年生。目的の人物が部長を務めている部活ということと、急いで来た甲斐あってか人がまばらであったこともあり、そこまで緊張することなく体育館の中を覗くことができた。
「いた」
彗斗が個人個人で朝練している部員の中から颯の姿を見つけ出した。視線を落とし、浮かない表情でボールを弾ませている。
「私、呼んできますね」
「うん」
早梨奈はそそくさと体育館の壁を沿うようにして、体育館のステージ前にいる颯の方へと向かっていく。それに気づいた颯と、早梨奈は対面した。
「魚谷さん」
「烏川、さん?」
颯は珍しい来客を目の前にして、不思議そうに早梨奈を見つめる。
「ちょっとお話したいことがあるのですが、お時間いただけませんか?」
「……俺に?」
早梨奈と颯はクラスメイトながら、あまり接触がなかった。お互いクラスメイトという認識があるくらいである。だから「話がある」と言われても、颯に思い当たる節はなかった。
そんな様子を傍から見ていた他のバスケ部員たちは、これを面白がるようにして見ていた。そのうちの一人が、にやけ面を浮かべながら颯を揶揄う。
「もしかして告白じゃないですか? 先輩」
例えば本当に告白だったとして、告白しようとしている人もいる前で面白がるのはいかがなものか。真面目に相手を好きになり、勇気を振り絞って相手に気持ちを伝えようとする。それのどこに面白い要素があるのだろうか。
早梨奈は決して表には出さないがそんな風に思い、随分と気分を害していた。
「そんなんじゃないって。悪いけど、ちょっとだけ抜ける。行こう、烏川さん」
早梨奈はそんな後輩部員に向かって一言言ってやろうとも思ったが、颯が烏川を促すように体育館の外へと向かせたので思い留まった。
「頑張ってくださいね~」
後輩部員の間延びした声が、反響しやすい体育館ではよく聞こえる。故に、早梨奈の耳にも、当然颯の耳にも入った。
「……」
その瞬間、僅かに見えた颯の表情が歪んだように見えた。
――気のせい、かな。
正面から見た訳ではなく、ほんの僅かに見えた程度。見間違いかもしれない。
だから早梨奈はその小さな違和感をそっと胸の中にしまい込んだ。
そして、歩くのが若干早い颯の背中を追いかけるようにして足を進めた。
「お待たせしました」
早梨奈が待たせていた彗斗に声をかけると、その様子を見た颯は再び不思議そうに尋ねた。
「射出君まで……。一体どうしたんだ?」
「ちょっと話がしたくてな。場所、変えよう」
彗斗はそう提案し、二人とともに体育館から少し離れた校舎裏へと移動した。
人気のない早朝の校舎だが、元より人が通らないこの場所はさらに深閑としていた。登校してくる生徒に聞かれることもほとんどないため、話場所としてはこれほどうってつけな所もないだろう。
「ここでいいか」
彗斗が適当な場所で立ち止まると、それを見て改めて颯は問う。
「それで、話って?」
「魚谷、今落ち込んでるだろ?」
彗斗が『何が原因で』という点をあえて言わずとも、全てを察したように彼は目線を明らかに落とした。
「……誰だって落ち込んでる。けれど、君の方がよっぽど辛いはずだ。彼女に聞いたことがあるが、君は琴浦とは幼馴染だったんだろ?」
「どうだろうな。それにどちらが悲しいか、なんて今は論点から外れてる。とにかく、少なからず俺たちには、ただならぬ落ち込み具合に見えたんだ。クラスの他の人の目にもそう映っただろうな」
「そう、か……」
彗斗は自分たちが今来た方向――体育館の方へと視線を移す。
「辛いなら部活、休めばいいのに」
「休めば心配をかけることになる。それに部長として示しもつかない」
「心配、か……」
――それが誰よりも心配している奴に、さらなる心配をかけることになるのに。
そう彗斗は思ったがそのまま言うわけにはいかない。もし言っていいなら、とっくに彼女――実姫の方から進言してきたことだろう。今も黙っているということは、話したくないということだ。
「少なくとも俺たちは、魚谷がこうして無理して部活行っていることが心配だけどな」
彗斗がそう言うと、颯ははっきりと横に首を振る。
「無理なんて全く……」
そうして完全にはぐらかそうとする颯の言葉を遮って、早梨奈が少し強く出た。
「してます、よね?」
早梨奈が真っすぐに颯を見つめると、それに気づいた颯が視線を合わせる。けれど、気まずさからすぐに視線を逸らした。
これが颯の本当の答えである。
「魚谷さん。きっとそこまで辛いのには何か理由がありますよね? 少し辛いかも知れませんが、よかったら話していただけませんか?」
「……少し長くなるけど、いいか?」
少し悩んだ様子だったが、それでも颯は打ち明けることを決意した。
颯は今一度大きく息を吐き、真上を――朝の青空を見上げながら事の経緯を細々と語った――。
時は少し遡り、彗斗たちが高校二年生になって間もない四月頃のこと。
ある日の一限。HRにて、学級委員長決めが行われていた。
大抵の生徒は面倒だから、目立ちたくないなどといった理由で学級委員長になることを望まない。あまり目立たないように顔を俯かせたり、ちらちらと周りの生徒の様子を伺うような生徒がクラスの大半を占める中。
「立候補する人はいないか?」
二年二組の担任、亮臣は皆に問いかける。一般的に、この後は張り詰めた気まずい空気が蔓延り、それを見かねて教師が別案――推薦を持ち掛けるのがよく見かけられる光景。
しかし、そんなことにはならなかった。亮臣が問いかけて刹那、二人の生徒が勢いよく手を挙げた。
『はい!』
一人は艶やかな黒色の短い髪を携え、澄んだ薄紅色の瞳を持つ美少女――琴浦実姫だった。
そしてもう一人。一目でそれと分かるような清々しい風貌、着こなしすら様になって見える青年――魚谷颯。
二人はともに学業に秀で、悪い噂を一切聞かない優等生であった。この時点で他の生徒が学級委員長、副委員長になる可能性がないとみた大半の生徒は、力が抜けたように安堵した。
「立候補は二人か。じゃあ、どちらかが委員長でどちらかが副委員長になるわけだけど、君たちの希望を聞こうか」
他の候補がいないことを確認した上で亮臣がそう言うと、二人は揃って、
『学級委員長がやりたいです』
と高らかに宣言した。ただ、もちろん二人が委員長をやるわけにはいかない。担任の亮臣は、「やる気があるというのは良いことだけど……」と嬉しい悲鳴をあげながらも提案する。
「ちょっと二人で話し合ってきてくれないかな? その間に他の委員会のこと決めてるから、この時間が終わるまでに決めてくれると嬉しいんだけど」
『分かりました』
そう言って二人は揃って教室を出て、空いている教室を探しに向かった。
各クラスがHRということもあり、廊下には誰の姿もない。そんな廊下を、二人は距離を開けながら進んでいく。
「あそこ空いてるね」
そう言って実姫が指差した先は三階の端、理科実験室。実験授業を除けば使われることのない特別教室であり、他学年もHRということもあって人の姿はなかった。
二人は理科実験室に入ると適当に椅子を見繕い、向かい合わせで腰を下ろした。
「どうする?」
席に着いて早々問うのは実姫だ。
「うーん……。どうしようか」
お互い意志が強いのは既に良く知っている。話し合いをしたところで両者引き下がらないことは目に見えていた。だからこそ、お互いの譲歩待ちという意味での『話し合い』など不毛であり、初めから二人の選択肢にはない。それ以外でどのように決めるかということを悩んでいた。
「阿弥陀くじとか、じゃんけんとか、あっちむいてほいとかで決める?」
「こういう時に最後のやつは適している気がしないけどな……。まぁでも、決め方は琴浦さんに一任するよ」
「分かった。じゃんけんだとすぐ決まって面白くないから、阿弥陀くじにしよう」
そんな呑気なことを言って、実姫は一度席を立つ。
理科実験室は、一般教室で言うところの教卓が非常に広く大きい。実際に実験を行い、生徒に手本を見せるためである。
実姫はその教卓にある引き出しから紙を一枚取り出すと、元の席に戻ってきた。そして透かさず胸ポケットに入っているボールペンを取り出し、カチカチと音を鳴らした後に躊躇いなく線を引いていく。
生徒たちのいる教室から少し離れていて、二人以外は誰もいない理科実験室付近。この場には実姫が走らせるボールペンの音と、固い机に触れる際のカッカッという音だけが響いた。
「よし。それじゃあやろうか」
「……あれ? どうしてはずれが九つも?」
颯は紙の上に引かれた線の多さに目を丸めた。まだ横線を足す前で、入口と出口は真っ直ぐ繋がれているだけの線が全部で十本。うち一本だけが、出口に書かれた丸印に繋がっている。
今この場にいるのは二人――つまり学級委員長に立候補しているのは二人だけ。であれば、二本で十分だった。
「だってそっちの方が面白いじゃん?」
そう言って実姫は無邪気に笑った。
颯は実姫のことをほとんど知らなかった。一年の頃はお互い別クラスで、一年の時も学級委員長と副委員長を務めていた実姫とは違って颯は務めておらず、互いに接点がなかったのである。
彼女は明るく真面目で、面白くてとても可愛らしく笑う。進級して間もないはずなのに、たった今日一日の僅かな時間で、颯の中の実姫の印象が一気に作り上げられていく。
「まぁでも、一発目で当たり引いちゃったらその時点で終わりって点は、結局変わらないんだけどね」
実姫はニカッと笑って颯にボールペンを手渡す。受け取った颯は、線を書き加えるようにしてペンを走らせた。
「……魚谷君?」
実姫は颯の行動に首を傾げた。
「だってさ……」
そう言う颯の手元にある紙には、何本も何本も縦線が書き加えられていく。紙の両幅がいっぱいになるまで増えた後、元より書かれていた十本の間にまで足されていく。
「そっちの方が面白い……、じゃん?」
颯は実姫の言葉を返し、笑ってみせた。
「ちょちょ、ちょっと待ってよ。これじゃなかなか決まらなくない?」
「さっき琴浦さん言ったよね。『一発目で当たり引いちゃったらその時点で終わりって点は、結局変わらない』って」
「……言ったけどさ~」
実姫は口を尖らせてそう言った後、噴き出すようにして笑った。
「もし最後まで当たり残ったら、すごく時間かからない?」
「多分、一限終わるまでに帰ればいいはずだよね。どっちにしろ帰ったら進行役引き受けないとだし、決めるのに苦戦した風を装えばいいんだよ」
「魚谷君って思ってたより不真面目だね~。まぁ私も品行方正とか柄じゃないないし、そういうの嫌いじゃないよ」
「楽しい時は思いっきり楽しむ。それが俺のモットーだから。それにさ……」
あえて言葉の途中で止め、実姫の方を意味ありげに颯は見つめる。実姫はその意味をしばらく考えた後頷く。
『そっちの方が面白いじゃん?』
実姫が口にしようとしたのに颯が合わせるようにして言うと、綺麗に声が重なった。そのことがまた面白くて、二人は腹を抱えて笑った。
その後、二人は随分と時間をかけながらも阿弥陀くじで戦い合った。その結果、実姫が学級委員長を務めることとなり、必然的に颯は副学級委員長に決定した。
二人で話す前までは、自分がなれなかったら悔しかったはずの学級委員長。しかし、僅かな時間の間に覆ってしまい、颯はむしろ清々しい気持ちでいっぱいだった。
今後、副委員長と言う立場で彼女と一緒にいる時間が増える。それだけで価値があると思えた。そして、この先に大きな期待が膨らんだから――。
星島高校校舎裏。放課後は校舎の影で仄暗くて薄気味悪いこの場が、東側から射し込む朝日に眩しく照らされている。
颯は彗斗と早梨奈に、実姫との出会い話を語った。二人が理科実験室で学級委員長を決めるために話すはずが、気付けば阿弥陀くじで遊んでいたようにしか見えなかったあの日のことを簡潔に。それ以上は決して語らなかった。
自分が実姫の死で、人一倍傷を負った理由を教えるためにはこれで十分と思ったから。
そしてもう一つ。それ以降のページを、自分と実姫だけの思い出に留めておきたかったから。
「大切な人の死って、こんなにも辛いなんてね……。胸にぽっかり穴が開いたみたいだ」
颯の気持ちが彗斗には痛いほど分かる。実際には自分の身体の一部を失ったり、過去の記憶を失ったりしたわけじゃないのに、まるで大切なものが剥がれ落ちたような錯覚に陥る。それが、大切な人を亡くすということ。
そんな颯の悲痛な声を聞いて、早梨奈が口を開く。
「関係が深かったから、失ってとても辛いという魚谷さんの言い合いことは分かります。ですが私は、それだけじゃないように思います」
何か確信めいたものを持っている様子の早梨奈。
「どういうことだ?」
間髪入れず彗斗が説明を求めると、早梨奈はそう思ったに至る経緯を滔々と語った。
「魚谷さんと琴浦さんの関係性が深いことは傍から見ていてもよく分かりました。時折微笑ましく映るお二人を見て羨ましいなと感じていたくらいです。ただ、私のような人間ばかりではありません。それが面白く映らなかったり、逆に冷やかして面白がろうとする人たちがいたのは、おそらく魚谷さんもご存知でしょう」
琴浦実姫と魚谷颯は委員長副委員長という仕事柄、一緒にいることが多かった。それがきっかけで仲が良くなったこともあり、仕事以外でも隣に並ぶ姿は多くの人の目に入っていた。そしてある時から、二人は実にお似合いであると持て囃され、いつしか根も葉もない噂が立つようになっていった。
颯と関わりの薄かった彗斗と早梨奈ですらしばしば耳にするほど横行していた噂。渦中の颯が知らない訳がない。颯は決して否定することなくコクリと頷いた。
「そしてそれを魚谷さんは決して良く思っていなかった」
「……どうしてそう思ったの?」
颯が言葉を口にするまでの僅かの間、少し驚いたように目を見開いたこと、そして決して否定せず、その考えに至った理由を尋ねる言葉。これらが意味することは、早梨奈の推察を肯定したということである。
彗斗はこれが意外に映った。自分が知る限り魚谷颯という人物は、そういう噂話を聞いて真偽を尋ねてくる人に対して、笑顔で「そんなことないよ」と当たり障りのない言葉をかけ、真偽の程を濁す人間である。すなわち、さしてこういう浮ついた話を気にしていないように映っていた。
人は見た目では判断がつかないと言うように、人の外面がその人の全てではない。あまり関わっていない以上、彗斗は彼の本心など知りようがなかった。ただそれは、早梨奈にしても同じことが言える。
なぜ彼女がそう判断したのか。この後早梨奈の口から語られるであろうことを彗斗は静かに聞くことにした。
「魚谷さんはあの時、唇を噛みませんでしたか?」
「……っ」
早梨奈が言い放った言葉を聞いて、明らかに颯は顔を引き攣らせた。
先刻、体育館でのこと。早梨奈と颯が外へと向かう際、後輩部員に、
『頑張ってくださいね~』
と、煽り半分の声をかけられたときのことだった。偶然隣を歩いていた早梨奈だけが、颯のその姿を見ていた。
あの時は気のせいも知れないと思い、胸にしまい込んだ違和感。けれど早梨奈は、それが何か関係していたのではないかと思っていたのである。
「ちょっといいか、烏川」
そう言って話を遮ったのは彗斗だった。早梨奈は「はい」と言いつつ、小首を傾げた。
「それはつまり、魚谷にはまだ話してないことがあるってことでいいか?」
問うと早梨奈は静かに首肯した。
早梨奈の説明は颯にこそ伝わるものの、彗斗にとってはいまいち要領を得ない。ただ、颯の反応を見るにどうやら自分たちに隠していることがあるらしく、そのことが今回の件の原因に繋がっているのではないか。彗斗はそう考えたのである。
颯は話さざるを得ない状況を察したのか、軽く息をつく。
「烏川さんの言う通りだ」
そして苦笑いを浮かべながら、蔓延る噂話に対して良く思っていなかったことを改めて認めた。
「正直気分が良くなかった。だから止めさせようとも思ったし、きちんと真実を話して収束させようともしたよ。けど否定したところで「照れてるだけなんでしょ」とか、「勿体ぶってないで話しなよ」って言われるだけだった。だからそれ以降は諦めて、上手く話題を逸らしたり、はぐらかしたりすることに努めたんだ」
彗斗の良く知る颯に至った経緯。それはあまりにも残忍で理不尽であった。
しかしながら、彼らの多くは悪気なくやっていて、無自覚に傷つけていたに過ぎない。颯や実姫に対して興味を抱くからこそ、気になって執拗に真偽を迫ったり、持ち上げたりするのだ。ただ、だからこそ余計に質が悪く、颯がそうするしかない状況が作り上げられてしまった。
「きっとそれって琴浦さんも同じだったんだと思う。辛くて苦しくて、でもどうすることもできなくて。だから彼女は――」
颯がそう口にした時。その先を言わせまいと、彗斗の身体が勝手に動いていた。
ただし感情に任せるあまり、それは彗斗に似つかわしくない乱暴な行動だった。地面を強く踏みつけながら颯に歩み寄り、彼の薄地の練習着の胸ぐらを強く掴んだ。
「お前、ふざけんなよ……」
彗斗は颯を至近距離から真っ直ぐに見つめたが、彼は決して目線を合わせないように逸らすことだけに徹した。
ここまで彗斗の怒りを買った原因。それは颯が口にしようとしていたことであった。
「だから彼女は――、実姫は自殺したって、お前は本気でそう言うつもりなのか?」
琴浦実姫の公にされている死因は突然死。そこに事件性はないと結論付けられ、原因は不明とされたままである。
だからこそ、いくらでも死因を考察できてしまう。それこそ颯が考えたように、根も葉もない噂が原因で自殺したという解釈も可能であった。
実姫の死因を彗斗すら知らない。自分の中に憑依したことが原因なのか、先に亡くなったから憑依したのかの真偽を一つとっても、それは決して定かになっていない。
けれど、一つだけ明確になっている。彼女は絶対に、誰にも告げず自ら命を絶つ選択を取らない。みんなが『いつも通り』であることを望んでいることを知っているからこそ、魚谷颯よりも長く彼女の傍にいたからこそ、射出彗斗は確信を持ってそう言えるのだ。
「あいつは……、あいつはな!」
颯が悪いわけではないと、彗斗も理解できている。そう解釈してしまう――ネガティブになる思考が影響で、そんな結論に導かれてしまうということを彗斗は良く知っているからだ。
それでも、一度溢れだした感情はそう簡単に収まることはない。他のスポーツ着と比べてかなり薄手の練習着は、今にも破れてしまわんばかりに伸びている。自分への腹立たしさも相まって、その拳にはかなりの力が入っていた。
しかし――。
「っ……」
ある音――否、ある声が聞こえて彗斗は掴んでいた手を緩め、颯はそれを見て二、三歩後ずさりしながら、二人はほぼ同時にその声のした方向を見た。
そこには小さくなった彼女の姿――泣き崩れてしゃがみ込んでしまった早梨奈の姿があった。
「一体私はどうしたら……」
自分に力がないばかりに何もできない。
彗斗と颯の諍いを止めることも、颯を立ち直らせることも。何もできない自分が悔しい。
誰も悪くないから、何も責められない。
決して早梨奈が意図したわけではないが、その姿は結果的に二人を冷静状態に引き戻した。
――一度、改めた方がよさそうだな。
早梨奈が泣く姿、自分が我を失ったこと、そして彼を立ち直らせる的確な言葉が見当たらないことから、そんな考えが彗斗の脳裏に浮かぶ。
ただそんな時、ここまで何も言わずに見守り続けた彼女の声が聞こえた。
『彗斗』
彗斗は立ち尽くしたまま、彼女の声に耳を傾ける。
『何も答えなくていいから、聞いてほしい』
実姫がそう言うのは、彼女と会話する際には彗斗自身が声を出さなくてはならないからだ。そうすれば、颯に勘づかれる可能性が出てくる。
『今から言う言葉を、あくまでも彗斗の言葉として違和感のないよう、自然に言って欲しい』
彗斗は唾を飲み、実姫の次の言葉を待った。
* * *
とても静かだったこの場所にほんの少しずつ、ここにはない声が混じってくる。もう彗斗たちが登校してからはかなりの時間が経過していた。
しばらくしめやかな空気の流れた場に風を流したのは、鶴の一声を聞いた彗斗だった。
「魚谷」
泣き続ける早梨奈を横目に改めて彼の名を口にすると、颯は彗斗の方に向き直す。
「実姫は自殺するような人間じゃない。周りの人が喜ぶことを好み、人に迷惑をかけることを嫌う実姫は絶対にしない」
彗斗はそう言うが、それは颯にある思考を完全に断たせる言葉にはならない。
なぜなら、その真偽を確かめる手段がないから。自殺でないと言える、目に見えるような証拠が存在しないからだ。それがない以上、いつまでもその可能性が颯の頭の中をちらつくだろう。
唯一解決できる可能性として『時間の経過』というものは残るかもしれないが、それではクラスの雰囲気改善という元の目的を先延ばしにするのと同義である。
だから彗斗は、別の言葉を用意した。
「それにさ――」
彗斗は颯の目をはっきりと見た。そのことが不思議に映った颯の表情を見ながら、一つ呟く。
「そんな考え方じゃ、面白くないだろ?」
一見すれば不謹慎極まりない言葉。現に、突拍子もなく聞こえたその言葉に驚いた早梨奈が立ち上がりながら、
「……射出、君?」
と、目を丸めながら言った。彗斗の行動に対するごく自然な反応だった。
それだけではない。あろうことかその発言をした本人すら、その発言の意図が掴めずにいた。
なぜならこの言葉の差し金は、彼女――実姫であったから。
「……ふっ」
颯は一瞬戸惑いながらも、あまりにも空気感の違うことを口にする彗斗がどこか面白くて、ごく自然に笑みが零れた。
どうやら実姫の言葉は、颯にだけは伝わったらしいと彗斗は少しほっとした、
「そう、だな……」
印象に残った出来事程、強く人の記憶に残る。故に颯は、実姫と初めて話したあの日のことをいつだって鮮明に思い出すことができる。たった一コマ、そしてたった一言でも。
だからこそ、彗斗の言葉から連想された言葉は、闇で充満した心の部屋の扉を抉じ開ける鍵に成り得たのである。
「そろそろ戻るわ」
淡々と告げた颯は二人に背中を向けた。
「え……、ま、まだ話が終わって……」
「もう大丈夫。心配してくれてありがとう、烏川さん」
「でも……」
湿らせた声のまま、心配そうに颯の背中を見つめる早梨奈。
颯は一歩、体育館の方へと足を踏み出すと、勢いよくくるりと回って彗斗たちの方を見た。その表情が、煌びやかな光も相まって輝いて見えた。
ついさっきまで酷く固まっていた顔を綻ばせ、一切曇りのない今日の空模様のように屈託のない笑顔を見せた。顔の整った彼らしい、かっこよくて清々しい笑みだった。
「ありがとう、二人とも」
それだけを言い残し、颯は再び体育館の方を向いて走り去っていった。その背中に、もうこれまでの哀愁は感じさせず、吹っ切れているように彗斗には見えた。
彼の足音が随分と遠退くと、再び辺りに静けさが帰る。
「行っちゃいました、けど……」
「本当に行かせて良かったんですか?」と言外にそう含めて言いながら、早梨奈は彗斗の元へ歩み寄る。
「立ち直ったみたいだったから、大丈夫だろ」
「……この一瞬で何があったんですか?」
「実姫に助けてもらった」
「琴浦さん、ですか?」
彗斗が実姫から伝言はこうだった。
『「そんなの、面白くないでしょ?」って言ってほしい』
その言葉を受け取ったが、一体どのようにしてそれを言えばいいのか彗斗は見当もつかなかった。だからこそ、あくまで自分の言いたかった言葉の後に付け加えるような形でアウトプットしたのである。その結果が、先程の「そんな考え方じゃ、面白くないだろ?」という台詞に繋がっていた。
これがなぜ状況を好転するのに繋がったのか。それを知っているのは、実姫と颯だけだ。
状況が逼迫していて一から説明している余裕がなかったということもある。
だが実姫は、颯が必要以上に思い出を語らなかった意図を汲み取って、必要最低限の言葉だけで彗斗に伝えていた。
思い出を二人だけのものとして留めておくために――。
彗斗が実姫に助言を貰ったおかげで解決できたと伝えると、早梨奈は「さすがですね」と感心した上で、
「琴浦さん。ありがとうございました」
と、彼女らしく律儀にお礼を告げた。
それを聞いた実姫。
『結局、私一人では解決できなかった。だから、烏川さんには助けられたし、私は何もしてないよ』
と、早梨奈への言葉を口にしたので、彗斗はそれをそのまま彼女に伝えた。
「でも本当によかったです。無事に解決して」
「……だな」
早梨奈はほっとしたように胸を撫で下ろした。その余韻のような無言の間が、しばし流れた。
先程にも増して校舎の方からはいくらかの声が聞かれ始めた。校舎裏から窓越しに、廊下を歩く人の姿もちらほらと映る。
「俺たちも戻るか」
「そうですね。戻りましょう」
早梨奈はそう言って、颯が去っていった方向とは逆の方向に向かおうとする。教室に戻る際にはそちらからの方が近いからだ。
「……待った」
ただ、彗斗は自分から言っておきながら早梨奈を呼び止める。振り返った彼女の目元は、先ほど泣いたために、それと分かる痕があった。
「烏川、念のため顔洗っておいた方いいぞ。目が少し腫れてる」
「そ、そう言えば!」
慌てたように、自分の目元を抑えて彗斗に見せないようにする早梨奈。
「先ほどはお目汚し失礼しました……」
慙愧の念に駆られてか頬を赤くしながら呟く姿は、彗斗の目に可愛らしく映る。
「ううん。俺もさっきはごめん。つい、かっとなっちゃって……」
「いえいえ。……では、お互い様ということで」
そう言って目元を隠していた手を取り去ると、ニコッと笑って見せた。
「それでは、少し先に戻ってますね」
「分かった」
早梨奈はそう彗斗に伝えると、小走りで校舎の方へと戻っていった。その背中が十分に遠くなったのを確認してから、彗斗はそれとは逆の方向へ徐に足を進めた。
「なぁ、実姫」
『うん?』
「魚谷って、実姫のことが好きだったんだろ?」
彗斗がそう問うと、実姫はだんまりとして何も答えなかった。答えずとも、それが肯定すると分かっているなら、わざわざ答えるまでもないと思ったからだ。
「――そうか。だから……」
彗斗は一つ、疑問に思っていたことがあった。
「俺に打ち明けさせなかったのか」
彗斗の身に起きた、自身の中に死んでしまった実姫が存在するという現象。このことをなぜ隠そうとしたかと言う点だ。
このことを打ち明ければ、彼に希望の光が灯るに違いなかった。まだ生きているという希望を持つこともできると同時に、自殺だったかの真偽を問う機会も得られるから。
『もし打ち明けても、彼は秘密を守ってくれたと思う』
実姫の言うように、打ち明けられる条件は整っていた。彼がそういう軽薄な人間でないということは周知の事実であり、彼女のことを大切に思うなら決してしなかっただろう。
『だからと言って話せば』
実姫のその言葉に続くようにして、彗斗は口にする。
「余計に引き摺るだろう……、か」
もし打ち明けたなら、あの日自分自身が感じたことをきっと颯も感じるだろう。
なぜ生きているなら、目の前に現れてくれないのか、と。
だから彗斗は、実姫が話させようとしなかったのだと最初は思っていた。
けれど、これだけならきっと長くは引き摺らないはずだと思った。自分がそうであるように、彼女が実体はなくとも生きているだけまだよかったと、段々と希望に変わっていくからだ。
だとしたら、話さなかった理由はおそらく別にある。そう思ったときに彗斗の頭を過ったのが、教室から見えた実姫と颯が並んでどこかに向かう、何気ないワンシーンだった。
「知らない方が幸せなこともある、か」
彗斗は実姫の判断を責めはしなかった。自分自身もそのやり方が間違っているとは思えなかったからだ。
颯は実姫が好き。その気持ちがあれば、なぜ自分の身ではなく彗斗にその現象が起こったのかと考えるだろう。悔やんでも仕方のないこと悔やみ続け、ずるずると引き摺ってしまう。それならば打ち明けず、好きという気持ちを完全に断たせた方が今後の彼のためになる。これこそ、実姫が打ち明けなかった理由だったのだろう、と彗斗は結論付けた。
きっと実姫は相当心苦しいながら、この判断を下したに違いない。彗斗はそう思うと、自らの心もまた、ギュッと締め付けられるような感覚になった。
体育館から校舎裏まできた道のりを引き返すと、段々と声と音が大きくなっていく、その中には颯の声もあった。
彗斗は誰にも気づかれないよう、空いたままの体育館の入口を通して遠くから中を見つめる。先程まではバラバラに練習していたが、今はどうやら試合形式での練習をしているようで、颯を含む部員たちはコートを右往左往と駆け抜けていく。
ちらっと見えた颯の表情はやはりもう影はなく、純粋にバスケを楽しんでいるように彗斗には映った。だから彗斗は安心したように小さく笑う。
「よかったな。元通りになったみたいで」
『うん。やっぱり彼は、こうでないとね』
しばらくの間、そうして彼の姿を見届けると、彗斗は体育館を後にした。
彗斗が去っていく際、ちらっと背中だけではあったが、颯の目に彗斗の姿が映った。
「ありがとう。最後の最後まで心配してくれて」
颯は改めてそう、小さく呟くのだった。
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