第15話 カスレフティス

この生涯全ては復讐のために費やそう




それがカスレフティスの行動原理。己の心に『魔鏡』の力まで使って据え固めた呪いのような誓い。




※※※※※※






二十年前、将来を誓い合った十代の男女がいた。




男は平民であったが、そこそこ名の知れた商人の跡取り息子。




女は貴族であったが、いつ身分を剥奪されても可笑しくない貧乏貴族の娘。




商人は貴族の仲間入りをするため、一方、貴族は資金援助を目的に己の子供同士を結婚させることに決めた。




女の容姿が美しかったため、男は喜んだ。




男の真面目で優しい性格に、女も惹かれ結婚に納得していた。




周囲の者達も仲睦まじい二人の姿を温かく見守っていた。




結婚まであと一月と迫ったある日、リビュア王国王都にて新しい王の即位式が開かれた。貴族の女も父に連れられ、即位式に向かった。




新しい王は美しい貴族の女を見初め、女に求婚した。




女は商人の男を慕っていたが、王妃となって贅沢な暮らしを送るというシンデレラストーリーに憧れも抱いていた。女の両親は王族と縁を結ぶことができると大喜びした。両親の説得もあり、女は王の妻になることを選んだ。




女の名はレイア。リビュア王国の現王妃である。




レイアは使用人を商人の男のもとに送り、「王と結婚することになったから、貴方と結婚できなくなった。ごめんなさい」と伝えさせた。




男は怒り狂った。




自分自身を裏切ったレイアに復讐することを誓った。




男は平民ではあったが、彼には奇妙な人脈があった。その中で男が頼った人物は、予言者と呼ばれる『神の王の使徒』の一人だった。




予言者は男が己のもとへやって来ることを予知していた。予言者は『魔鏡』と呼ばれる『神器』と、「カスレフティス」という名前を男に与えた。




『えーっと、これで君も『神の王の使徒』の仲間入りだ。おめでとう。『神の王の使徒』の役割は、『予言書』の『結末』を実現させること。とはいえ、『予言書』の筋書きは運命であり、ちょっとやそっとでは覆らない。実を言うと、仕事はほとんどない。まぁ、要所要所でシナリオを進めるために動いてもらうことはあるけど、それ以外であれば何をしてもらってもいいよ』




気だるそうに予言者は言った。




カスレフティスはレイアに復讐さえできれば何でも良いと伝えた。




すると予言者は『予言書』を開き、「あーっとねぇ、その女には破滅エンドがまっているみたい。君が手を下さずとも、そのうち殺されるよ。良かったねぇ」と伝えた。




『予言書』には、リビュア王はすぐに奴隷の美しい女に目移りすること、嫉妬したレイアが奴隷の女の暗殺に失敗し処刑されると定められていた。




『良くなんてねぇですよ。俺様は復讐したいんだ! 並大抵の復讐じゃだめだ。とびっきりの絶望を用意して、俺様を裏切ったことをさんざん後悔させてやる。 俺様が生きている限り、レイアを苦しませてやる。 苦しませて、苦しませて、苦しませて、苦しませて、あいつの身体と心が死ぬまで呪いのように。俺様の生涯を使って復讐してやる』




獣のように叫ぶカスレフティスの声を予言者は眠そうに聞いていた。




『なぁ、予言者様。俺様の復讐に力を貸してくれ。とびっきりの悲劇のシナリオを用意してくれよ。アンタは『予言書』を部分的に改変する力を持っているんだろ?』




呪いに満ちた言葉を吐き続ける姿に辟易し、予言者は新しいシナリオを書き、『予言書』を修正した。




予言者は修正したシナリオの台本を渡した。




こうしてカスレフティスは新しいシナリオと、『魔鏡』の力を使用しレイア王妃に近づいた。




『初めまして。王妃様』




『魔鏡』には人の心を操る力があった。




レイアはカスレフティスをかつての恋人と気付かない。彼のことを初対面であり、『神の王の使徒』の一人であると認識させた。




カスレフティスはレイアの破滅エンドからの脱却をサポートしつつ、彼女の精神を追い詰めようと画策する。




(すぐ殺しては駄目だ。俺様の生ある限り、レイアを人形のように壊しては直して弄ぼう。それがきっとレイアを苦しめる)




まずは、レイアの子供たちに洗脳を試みた。だが、第一王女と第二王女は天性の幸運と才能で『魔鏡』から逃れた。リビュア王国の現王女達には非凡な力を持っているが、特に上の二人は得体が知れないとカスレフティスは諦めた。




幸い、脳筋の第三王女ゴルゴーンは簡単に洗脳できた。




ゴルゴーンの金色の髪と白い肌は、レイアに似ていた。幼い彼女を見る度に、レイアへの復讐心がふつふつと沸き上がった。その顔があまりも腹立たしく、直視するのが苦痛で、思わず彼女の顔を焼いた。焼き爛れた顔にかつての美しさは残ってなかった。カスレスティスはレイアが醜女だと噂を流し、彼女自身も己が醜いと誤認させた。




それからカスレフティスははゴルゴーンを自身に依存させ、便利な駒として扱ってきた。




※※※※※※




(くそが。予言者のシナリオが覆った。どうなっている)




カスレフティスが手にしていた本が燃えていた。それは予言者に渡された台本と呼ばれるものだった。




ゴルゴーンにラミアの奴隷を殺させる予定だったのに、蓋を開けてみれば奴隷はゴルゴーンを圧倒した。それだけでなく、ゴルゴーンの洗脳も解いてしまった。




(あの奴隷は何者だ?)




メイド服を着た奴隷を見つめる。奴隷の周囲には青い光を放つ小さな文字が浮かんでいた。見たこともない文字だ。




『邪な言葉を操る神』




脳裏にその単語が浮かんだ。




遠い昔に、封印された邪神の名。




(あぁ、なるほど。ひょっとするとあいつは『化身アヴァターラ』か。どうりで予言書のシナリオが悉く通らないわけだ)




化身アヴァターラ』。それは神の魂を持つ者達。彼らの目を通して神は人を観る。彼らの耳を通して人の声を聴く。彼らの口を通して神は人に意思を告げる。彼らの手を通して神は人に『神器』を与える。




化身アヴァターラ』には予言者が書いたシナリオごとき採用せずに、別の内容に書き換えることすら許される。




(『化身アヴァターラ』に俺様が敵うわけねぇ。しかもあいつは、この世で最も邪悪な神の魂を持つ者だ。何をしでかすかわかったもんじゃねぇ。一旦、引いて予言者様に相談しよう)




退却しようとした決断した時、こっそりと覗いていたカスレフティスへと奴隷ヒルコの視線が動く。




「あぁ。まだまだ餌があるんだね。だったら、喰って良いよ」




ヒルコの声が響いた。その言葉を合図とするかのように、青い光の群がカスレフティスへと動き出した。




カスレフティスは『魔鏡』の力を使って、目の前に巨大な鏡を出現させた。あらゆる攻撃を反射する無敵の鏡盾だ。




青い光の群は『魔鏡』の鏡盾を素通りし、カスレフティスの身体に襲い掛かった。




(身体が重い。弱体化の呪いか。これで逃げるのが難しくなったな)




カスレフティスは舌打ちした。




蛍のように舞う青い光の中、瞳を赤く輝かせたヒルコが近づいてくる。




「『神器』を悪用していると、神様から『神器』を没収されてしまいますよ」




ヒルコはやや呆れたような声音で言った。




カスレフティスは口の端を吊り上げた。




「はん。何を偉そうに。神々の人形風情が! 操り人形如きが、そんな目で人間様を見るんじゃねぇよ」




両の目に嵌め込まれた『魔鏡』で睨みながら、男は叫んだ。


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邪な神の化身は王女様の奴隷になっても、封印を解くのを諦めません @kisaragiyayoi

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