第14話 狂化

メイド服を着せられた奴隷の少年ヒルコが小さく呟く。




「邪な言の葉よ」




ヒルコの身体が青く光った。強化を司る邪な言葉を呼び集め、肉体に貼り付けたのだ。この強化は20%ほど身体能力を上昇させる。




強化された状態でヒルコは剣を鞘から抜き放ち、赤い甲冑を全身に纏うゴルゴーンに突撃した。




二つの剣が衝突し、甲高い金属音が響く。




赤い光を纏ったゴルゴーンの剣は、先程とは別人と思うほどに速く、重かった。剣を握りしめた手から全身へ衝撃が走った後、ヒルコは吹き飛ばされた。




ヒルコは空中で体勢を整え、地面に着地した。




(狂化によって、身体能力は三倍くらいになってるんじゃないか?)




「あ、ははははははは。ひっひひひひひひひひ」




狂化されたゴルゴーンが叫ぶように笑う。




「なぁ、さっき君は、どうやったら権利を手に入るか訊ねたな。その方法は簡単だ。圧倒的な武力を手に入れることだ。強い奴には、誰も逆らえない! 力さえ持っていれば、私のような醜女にですら逆らうことはできない!美しい歌姫も、頭脳明晰な賢者も、民から指示を得ている王女ですら逆らえない。私に従うしかない」 




まるで酒にでも酔ったかのように、ゴルゴーンが喚いている。




「ひひひひひひ。私は、強くなった。誰よりも強くなった。だから、見返してやるんだ。どいつもこいつも私を馬鹿にする。私が醜く、愚か者と馬鹿にする。唯一、秀でていた武芸の才能を磨いても、『女なのに強くなっても意味がないだろう』と蔑んだ目を向ける。奴隷の君ですら、そう思っているのだろう? 私が醜く、愚かだと思っているのだろう? だけど愚か者は、私を蔑むこの国だ。愚か者は、こんな愚かな国なら簡単に手玉にとれると陰謀を企てる君だ」


 


ゴルゴーンが剣を構えた。殺気が膨れ上がり、ヒルコへと疾駆する。




「私は、君からこの国を救う。そうすれば、国はきっと私を認めてくれる」




対するヒルコは苦笑しながら問いかけた。




「精神まで汚染されてますね。俺は陰謀なんて企んでいないですよ。そもそも操られていることに、貴女は気付いていますか?」




返事はなかった。




狂化されたゴルゴーンは巨大な獣のように雄叫びを上げ、ヒルコへと接近する。




力でも、速さでも、おそらく耐久力ですらヒルコは劣っている。まともにぶつかり合えば、勝ち目はない。




「でも、相性なら俺の方が良い」




ヒルコの瞳が赤く輝いた。




「『邪な言葉を操る神』が造りし、邪な言の葉。呪い、祟り、悪意、災厄、不幸を現す言の葉達よ。餌の時間だ」




声が響くと共に、虚空に青い小さな光が現れる。青く光るのは邪な言葉を表記する際に用いられる文字。青い光の粒は瞬く間に増加し、集まる。




青い光は巨大な蛇の如く、尾を引いてゴルゴーンに襲いかかった。




ゴルゴーンは剣を斜めに振り上げ、青い光の蛇に向かって振り下ろした。




水を斬ったかのような奇妙な手応えがあった。青い光は勢いを失うことなく、ゴルゴーンの甲冑にぶつかり、そのまま通り過ぎて行った。水をぶっけられたような感覚があったが、ダメージは全くない。




青い光の蛇は虚空を泳ぎ回っている。




「くそ。目くらましか」




ゴルゴーンが毒づいた。




青い光に視界を奪われ、気付いた時にはヒルコの姿が無かった。




「少しは、目が覚めましたか?」




後から声がし、背中に激痛が走った。




どうやら背後から剣で斬られたようだが、狂化の赤い光を浴びた甲冑のおかげで傷は浅い。




「小賢しい!」




怒鳴り声を上げ、ゴルゴーンが振り向き狂化された剣を振るう。目にも止まらぬ剣戟をヒルコは剣で防御する。それでも圧倒的な怪力の前に、ヒルコの身体は吹き飛ばされた。




体勢を立て直す前に仕留めようとゴルゴーンが走り出そうとした時。




「邪な言の葉達よ。喜べ。集え。餌は、まだまだたくさんあるぞ」




ヒルコの声がした。




虚空を泳いでいた青い光の蛇が再び、ゴルゴーンを襲った。




青い光の蛇がゴルゴーンの身体を通り過ぎ、彼女の視界を奪った。




視界が正常に戻り、最初に映るのはヒルコが肉薄し剣を振るう姿。身体が反射的に反応し、今度はその攻撃を受け止める。即座に反撃しようとゴルゴーンがすると、青い光の蛇に急襲された。




その後も、ヒルコと青い蛇の連携攻撃にゴルゴーンは翻弄された。とはいえ彼女に大きなダメージはない。




ダメージは無いのだが。




「鬱陶しい!」




ゴルゴーンが苛立ちの声を上げた。




今の彼女には余裕がなかった。狂化された瞬間にあった興奮も今はない。それどころか、体中か重くなってきている気がした。同時に、頭が妙に冴えてくるのを感じた。今まで、頭の中を覆っていた霧が晴れていく。




(そういえば、私は何故、剣術を習ったんだっけ? あぁ、カスレフティスに言われたからだ。でも、カスレフティスの言っていることはおかしいような。何故、今までそんなことを思わなかった?)




「今使用している邪な言葉には二つの作用があります。一つは、弱体化」




ヒルコが剣を振るいながら言った。




二つの剣がぶつかり合う。ゴルゴーンの剣が弾き飛ばされた。




「もう一つは、強化解除。青い蛇は君の狂化と洗脳を少しずつ喰っていたんです。どうやら、目が覚めたようですね」




ヒルコが真上から剣を振り下ろした。ゴルゴーンが被っていた兜に直撃し、ヒビが入った。




兜が割れ、隠されていたゴルゴーンの顔があらわになった。ヒルコは加減をしていたため、ゴルゴーンの頭に斬り傷はなく、金色の髪も無事だった。




ヒルコはしげしげと醜女と呼ばれた顔を見つめる。




顔の左半分に痛々しい火傷の後があった。




それはゴルゴーンが醜女と呼ばれる原因。




醜い火傷の後にヒルコがそっと手を当てた。




「何だ。どれだけ醜いのかと期待していたのに、とても良い顔立ちをしているじゃないですか」




二コリと満面の笑みで微笑むのを、ゴルゴーンは魅入られたように見つめていた。

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