第13話 醜女の王女
リビュア王国の王妃レイアは3人の王女を生んだ。
一人目は美しい容姿と、神々しい歌声を持ち、民衆から歌姫と呼ばれた。
二人目は卓越した頭脳と、十人もの話を聞き分ける耳を持ち、民衆から賢者と呼ばれた。
そして三人目のゴルゴーンは恵まれない容姿と、女とは思えない怪力を持ち、民衆から醜女と呼ばれた。
「醜女様が羨ましいわ。だってあんなにブスでも結婚できるのだから」
メイド達はこそこそと笑いあっているのをゴルゴーンは知っていたため、彼女は鎧を常に纏って醜い顔も兜で隠してしまった。どれだけ陰で悪口を言われても耐えることができたのは、彼女の側には心から信頼できる先生がいたことが大きい。先生の言葉さえ聞いていれば全て上手くいくと知っていた。先生の名前はカスレフティス。『神の王』から神器を与えられた使徒の一人だった。
カスレフティスはゴルゴーンに対して、武を極めることを勧めた。いずれ民衆は彼女を認め剣姫と呼ばれるようになると断言してくれた。
「上手くいけばリビュアの女王にもなれるかもしれねぇから、頑張ってくださいよ。ゴルゴーン様」
カスレフティスのどこか軽薄な言葉を聞くとやる気が満ち溢れてくるのを感じた。
ゴルゴーンは特に剣術の素質が高かったため騎士を目指すことにした。慢心せず努力を怠らず、貪欲に強さを求めた。
辛いと思うこともあったが、カスレフティスから「お守り」だと渡された手鏡を見つめると辛さが吹き飛び、再び剣を振るうことができた。寝る間も惜しまず、それこそ取り憑かれたように剣を振るった。気づけば国一番の剣士になっていた。
ある日、国王が奴隷との間に子を作っていたことが発覚した。それがラミアだ。
それからカスレフティスの様子がおかしくなった。「シナリオと違う、シナリオと違う」とブツブツ独り言を呟くことが多くなった。
ゴルゴーンが「どうかしたのか?」と心配して訊いても、「何でもねぇですよ。もしも本当に困ったら、その時に話しますから」と返されるだけだった。
時が経ち、リビュア王国の四人目の王女ラミアが獣の神の化身に称賛されたことにより、民衆から支持され始めた。
カスレフティスにゴルゴーンは呼び出された。
「『予言書』のシナリオが書き換わっちまったみたいです。新しいシナリオでは、ラミアが王となり、王妃とその娘達を殺すと書いてあります。つまり、このままでは貴女は近いうちに殺さちまいます」
ボロボロの衣で身を包んだ男カスレフティスは告げた。
ゴルゴーンの兜の奥にある瞳は虚ろだった。人形のような正気の無い瞳は、カスレスティスの両目に嵌められた『魔鏡』を覗き込んでいた。
「けどまぁ、俺様は王妃様と親しいから、貴女達が殺されるのを黙って見ていられない。だから、俺様がシナリオを変えてあげることにしましたよ。貴女達は俺様の言う通りに動いていれば何も問題ありません。生き残るためです。我慢してください。ゴルゴーン様はラミアの奴隷を殺してください。ラミア唯一の味方を殺して、精神的に追い詰めるんです。殺す理由はどうしましょうか? まぁ適当にでっちあげましょう。奴隷が城内で邪な企みを抱いているとかでよいでしょう」
一方的にカスレスティスが話す。
「ラミアに、私が殺される。ラミアの奴隷が、邪な、企みを、抱いている。ラミアは、危険。奴隷も、危険。国のためにも、殺さないと。私が殺さなければ」
ゴルゴーンが呟いている。言葉にするとラミアが本当にゴルゴーンを殺そうとしており、彼女の奴隷も危険な存在であると根拠も無いのに思い込んでいた。
「ゴルゴーン様は国で一番強い剣士です。『神器』を持っている者でない限り、負けることはないでしょう。でも、もしもその奴隷が予想以上に強ければ、いつものようにこれを使ってください」
そう言って手鏡を差し出した。
「力が欲しければ、鏡に向かって「国で一番強いのは?」と訊いてみてください」
ゴルゴーンは手鏡を受け取った。
それが2日前の出来事。そして現在、ゴルゴーンはカスレフティスに教えられたシナリオ通りに、ラミアの奴隷ヒルコと戦っている。
「権利ってのはどうやったら手に入りますか?」
ヒルコが訊いてきた。
「奴隷の証である首輪が外せれば、君は奴隷ではなくなり、君の言う権利も得ることができるだろう。どれ、私が手伝ってやろう」
ゴルゴーンは奴隷の首輪目掛けて、剣を振るった。
「首を斬られるのは、困りますよ」
奴隷は涼しい表情で剣を受け流すと、即座に間合いを取り、剣を鞘におさめた。距離を取った奴隷は不敵な笑みでゴルゴーンを見つめていた。
国一番の剣士に対して、目の前の奴隷は互角に渡り合っていた。そんなことが起こり得るはずがない。
「なるほど。カスレフティスの言うように、怪しげな術を使っているようだ」
ゴルゴーンは小さく呟き、奴隷を観察する。
カラスの濡羽のような漆黒の髪と、陶器のように真っ白な肌を持つ、メイドの服を着た可憐な奴隷。奴隷の癖に生意気だ!と心の中で毒づいてしまう。
(いや、何を考えているんだ。もっとしっかり観察しなくては)
目を凝らすと、ヒルコの皮膚から時折青い奇しい文字が浮かび上がっては消えていくことに気づいた。それを見て、奴隷が只人ではなく、その正体は邪悪な術士であると確信してしまう。
「化けの皮を剥いでやる」
ゴルゴーンは手鏡を取り出して、目の前にかざした。
「カスレフティスよ。カスレフティス。この国で一番強いのは誰?」
手鏡の中にカスレフティスの姿が現れ、言った。
「この国で一番強いのはゴルゴーン姫様です」
言葉と共に手鏡が割れた。割れ目から赤い靄が飛び出し、ゴルゴーンの身体を包み込んだ。身体中から力が漲るのを感じた。心も高揚している。酒を飲んだ時のようだった。
ゴルゴーンは雄叫びを上げながら突進した。
ヒルコは目の前の光景に苦笑する。
「強化というよりは、狂化ってところかな。これは、俺も出し惜しみしているとゲームオーバーになりそうだ」
邪な文字よ 、とヒルコは呟き、赤く光る敵に向かって突撃した。
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