第10話 シナリオ通りに

ラミア王女がレイア王妃に食事に招待された。




忌み子である王女と王妃の交流に、多くの者達が驚いた。




昔から、王妃がラミア王女を毛嫌いしていたのは国中に知れ渡っている。ラミア王女が神の『化身』に賞賛され、王国の民もが不遇であった王女を称え、熱狂したお祭り騒ぎを起こしたのは記憶に新しい。




二人がどんな話をしているのか、リビュア王都の民が関心を寄せる中、王女の奴隷であるヒルコは呑気にボケーっと花を眺めていた。




ラミアに王妃との会食が終わるまでリビュア王国の庭園で待機しているようにヒルコは言われた。言いつけ通り、ベンチに座り、相変わらず男なのにメイド服を着ている。




(まぁ、どんな服を着せられてもかまわないが、変に注目されるのはやっぱり嫌なんだなぁ)




しみじみとヒルコは思った。彼にとっては、国中で騒いでいるラミア王女とレイア王妃の会話内容に興味がなかった。彼にとって重要なのは自身の環境のことだ。




ラミアによって、男の娘とばれないように真面目に働いてきた。目立つことのないように、大きなミスもせず、上司に嫉妬されないように上手くふるまってきた。




それなのに、何故か今では女性のメイド達から「お姉さま」と慕われ、男の兵士達からは「姉御」と称賛される。男の兵士の中には少し危うい劣情を宿している者もいるような気もするがヒルコは全力で目をそらすことにしている。




今でも、こっそりと影から城に住まう人々の視線を感じた。




(どうして、こうなったんだろう?)




優秀な近衛兵がメイド達にセクハラをしているところを注意したこともあった。




ベテランでありながら家柄の低いメイドが、後輩のメイドの家柄を妬み虐めをしていたのを見かねて注意したこともあった。




その後、優秀な近衛兵とベテランメイドが「奴隷のくせに」とか言って襲ってきたので、『邪な言葉』を使ってボコボコにしてしまった。もちろん『邪な言葉』を使ったことは誰にも分からないようにした。




それから、優秀な近衛兵とベテランメイドは改心したが、何故かヒルコのファンクラブを立ち上げ、王城でヒルコのファンを増やそうと活動するようになってしまった。




(昔から、人の視線が病的に嫌いだった。いつかはどうにかしないとなぁ)




取り留めないことを考えていると、目の前に一枚の紙がどこからともなく風に飛ばされ、ヒルコの前に舞い落ちた。




紙を拾い上げる。




瞬間、どこかで花火が上がった。いくつも、いつくも花火が上がる。ヒルコは自身にこべりついていた無数の視線がはがれるのを感じて、ホッとした。




拾い上げた紙を見た。黒い髪の子供と、白い髪の子供が描かれていた。どちらの子供の顔にも目も鼻も口も無い。黒い髪の子供は大怪我をしていて、白い髪の子供は黒髪の子に寄り添うように、両手で抱きしめていた。




「あぁ、すまない。それは俺様の大切なシナリオなんだ。返してくれないか」




絵をしげしげと見つめていると不躾な男の声がし、顔を上げる。目の前に、ヒルコですら変だと感じる男が立っていた。




神聖な王城に不釣り合いなボロボロの衣装を着て、まるで顔を隠すように本をかざした男。男の名はカスレフティス。『魔鏡』と呼ばれる神器を持つ者である。




カスレフティスは顔を隠すようにかざしていた本を傾け、両の目にはめられた『魔鏡』をヒルコへと向けた。




「楽な仕事だと思って、少しくらいシナリオに無いことをしてもよいだろうと、ばれないだろうと、酒を飲んで仕事をしようとしていたんだ。そしたら、大切な絵が風に流されてしまった。もう、本当に、本当に、見つけるのが大変だった。このままではシナリオ通りにいかないと思ったが、君が見つけてくれて助かった。お礼くらいは述べよう」




そう言ってカスレフティスはヒルコが持っていたい紙を取り上げた。




「さて、これでシナリオは元通りにいくだろう。君には申し訳ないけど、ちょっと怪我するくらいだろうから我慢してくれよ」




安堵の声を上げ、カスレフティスは背を向け去っていく。




気が付くと花火は終わっていた。




再び、王城の者達の視線をヒルコは感じた。




(あれ? さっきと質が違う)




カスレフティスと入れ違うように、騎士が現れた。赤い鎧を身に纏い、赤い兜を被っていた。その後には、黒い鎧を纏った大勢の兵士が控えていた。




「君が、ラミアの奴隷?」




赤い鎧の騎士に尋ねられた。その声は勇ましくも少女の声だった。ヒルコは呆気にとられ座ったまま「えっと? あんた誰?」と返してしまった。




すると背後の兵士から怒声が上がる。




「奴隷如きが、何たる無礼を働くのだ。この方をどなたと心得る。リビュア王国近衛兵騎士団長にして、リビュア王国第三王女ゴルゴーン様であるぞ」




「まぁ、まぁ、落ち着いて」




興奮して喚きたてる部下をゴルゴーンが宥めながら、兜の奥から鋭い瞳でヒルコを射抜く。




「君はラミアの奴隷だよね?」




「はい。そうです」




「ふふふ。君が、ラミアの奴隷かぁ。噂には色々聞いているよ。私の近衛兵にいろいろしてくれたらしいねぇ」




ゴルゴーンは口元を歪めた。




「ランディルを覚えている? ランディルは、確かに素行の良くない男だった。だけど、君に出会って、変わってしまった。 君を聖女だと喚き散らしている。君は何者だ?」




ランディルは、ヒルコは『邪な言葉』で返り討ちにした近衛兵であり、ヒルコファンクラブの創設者の一人だ。




あわあわと狼狽えるヒルコを前に、ゴルゴーンは剣を抜いた。




「君には、人を狂わす力があるようだね。私には分かるよ。ランディルが錯乱した原因もいづれ、ラミアに押し付けるつもりだったんでしょう? 私は騙せない。だって、私は『神の王の使徒』の一人である『魔鏡』に君の邪な企みを聞いていたから」




その時、ぱらぱらと数枚の紙が空から舞い落ちてきた。




紙には黒髪の子供が王城の人々を騙す絵。




王女である白い髪の子供を唆す絵。




近衛兵に串刺しにさされる黒髪の子供の絵。




最後に、怪我をした黒髪の子供と白い髪の子供が抱き合う絵。




「俺様達のシナリオ通り」




どこからか誰かの声がヒルコには聞こえた気がした。


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