第9話 リビュア王都

世界に知れ渡るほど美しく、荘厳で、格式高いリビュア王城。




リビュア王城が世界でも有名な理由は、とある神が築いたという逸話を持っているからだ。




王族が住まう場所でありながら、神聖な場所。故に、王都ではリビュア王城は最国宝と位置づけられ国で一番厳重な警備と、侵入者に対する様々な仕組みが施されていた。




そんな神聖な城の中。




明らかに不審な男がふらふらと廊下を彷徨っていた。乞食のようなボロボロの衣装を纏った男。彼は歩きながら顔を隠すように本を顔に近づけ、「あぁ、なるほど。こっちに行けば、誰にも見つからないのかぁ」とぶつぶつ独り言を呟いていた。




見すぼらしい恰好をした男に誰もが気付かない。衛兵に男が近づくと、花瓶が割れたり、緊急の号令が響き渡る。まるで喜劇のように、衛兵達は別の事柄に気を取られ、男を見逃してしまう。




「はははは。どいつもこいつも『予言書』のシナリオ通りに動いている。誰も彼も、俺様達に操られているって気づかない」




くつくつと小さく笑いながら、男はとある部屋で立ち止まった。王妃の部屋だ。




「どうも、ご機嫌よう。王妃様。貴女様はいつ見ても美しい。この国の誰よりも美しいと私は断言しましょう」




扉をあけ放った途端、男が大声で叫んだ。




部屋の中には王妃レイアが豪奢なベットの上に寝ころんでいた。王妃はゆっくりと上体を起こした。




「目立つことは止めなさい。いつも注意しているはずでしょう? いつになったらワタクシの言うことを聞いてくれるのかしら?」




王妃が軽蔑の眼差しを男に向けた。




「心配しないでください。この『予言書』のシナリオ通りに動いている限り、俺様が目立つことはないのですから」




男は目の前にかざした本を左手の人差し指で差しながら答えた。




王妃はため息を吐いた。




「ねぇ、カスレフティス。人喰いアレンが忌み子を殺してくれるってシナリオは、ワタクシの聞き間違いだったのかしら?」




苛立ちの混じった声で王妃が訊ねた。カスレフティスと呼ばれた男は軽薄な雰囲気を崩さず、顔を本で隠したまま肩をすくめた。。




「いいえ。聞き間違いなんかじゃありませんよ。『予言者』様に、人喰いアレンがラミア王女を喰い殺させるシナリオを創らせて、『予言書』に挿入させましたよ」




「ええ。そうねぇ。アレンがラミアを殺すと『予言書』に刻まれた。貴方から確かに聞いたはずよねぇ。それでは、どうしてラミアは生きて帰ってきたのかしら?」




「あははは。そんなの決まっているじゃないですか。『化身』が現れたからですよ。彼らは神の末端とはいえ、強い権能を持っている。『予言書』を滅茶苦茶にするなんて朝飯前ですよ。というか、シナリオが気に入らなければ、即座に『予言書』を書き変えることこそが仕事なんです」




「『化身』はラミアが世界に必要だと認めたから、『予言書』のシナリオを書き変えたということかしら?」




王妃は引きつった表情で問いかけた。




「いいえ。それはありません。『フェンリル』様はもともと犬畜生。深い考えもなくラミア様に手を貸そうと思って暴れまわったのでしょう。あの犬神には他の神々も理解ができないと呆れています。『予言書』の重要性だってちっとも理解していない。ま、今回は嵐にでも遭ったと考えていただくのが妥当ですよ」




「いずれにしろ、『予言書』のシナリオは元通りになってしまったのね」




「残念ながら。現在のシナリオでは、いずれラミア様が王位を継承し、王妃様はラミア様に殺される運命にあります」




王妃は崩れ落ちた。




「あぁ。どうして! どうして! どうしてシナリオが変わらないの。あの奴隷の女を殺せば、破滅のシナリオから逃れると思っていたのに」




「大丈夫です。今度こそ、ラミア様さえ殺せば貴女を害するモノはなくなります。なぁに無力な人間一人、殺すなんて簡単なことですよ。ほら、これを見てください」




カスレフティスが顔を隠すようにかざしていた本を、王妃へと差し出した。今まで隠されていた彼の瞳が王妃の顔を反射する。両目に入れられた円い銀色のそれは、目玉ではなく鏡だった。




「もうすでに、『予言者』様に新しいシナリオを創らせました。不眠不休で、血反吐吐きながら創作した傑作です。前の駄作とは違います。これならきっと」




王妃は本を受け取り、付箋の貼ってあったページを開いた。そのページには挿絵が付いていた。良く見知った顔の少女が蛇の魔物に喰い殺されている絵だ。




「これは?」




「これが新しいシナリオです」




王妃はカスレフティスの鏡に映った自分自身を見て、一瞬ふらつくが、すぐに正気の表情に戻った




「ええ。ええ。きっとこれで大丈夫。『予言書』にこうして刻まれているのだから、きっと大丈夫。ラミアは死んで、ワタクシはようやく破滅の道から解放される」




虚ろな表情で王妃が譫言のように呟いていた。その様子をカスレスティスの両目にはめ込まれた鏡を通して観ていた。




自らをカスレフティスと名乗る怪しい男。彼の両の瞳にはめ込まれているのは『魔鏡』と呼ばれる『神器』。




『魔鏡』に選ばれた男は相変わらずヘラヘラした笑みを浮かべながら告げる。




「貴女様は何も考えず、俺様達『神の王の使徒』に従っていれば救われるんですよ」




カスレフティスは再び顔を本で隠し、王妃の部屋を後にした。来た時のように『予言書』のシナリオ通りに歩く。城の人間はやはりカスレフティスに気づかない。




城の中ではちょっとしたトラブルが起こっているようだった。




「ラミア様が、というか、ラミア様の奴隷メイドが暴れているぞぉ!」




城の者達が大声を上げていた。周りの者達は、「やれやれまたか」と呆れていた。だが、好奇心がまさったのか、引き付けられるようにそちらへと走り出した。誰もいなくなった廊下に取り残されたカスレフティスには違和感があった。




(あれ? ちょっと『予言書』のシナリオとニュアンスが違うような)




一瞬、首をかしげるも、深く考えることなく城から抜け出すために『予言書』のシナリオ通りに歩き出した。

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