第14話 領収書と切符は、新任教授の危機を救う。

 少し間をおいて、山藤氏が、他の出席者に告げた。

「皆さんも、どうぞ、箱のほう、ひっくり返してみてください」

 出席者は皆、寿司の箱をひっくり返し、ふたを開ける。

 どの箱にも、たくさんの海の幸山の幸が敷かれていた。

 乾杯に先立ち、山藤氏が、岡山の地でばら寿司の生まれた経緯を話した。


 山藤氏の話が終わり、主賓の堀田氏が、乾杯前の御礼を述べた。氷を使った冷蔵庫に入れられていたビールが、グラスとともに運ばれてきた。

 堀田教授の母親が一人ひとりに御礼を言いつつ、グラスにビールを注いでいった。


 乾杯の音頭を取ったのは、S電鉄で技師をしている渡辺氏だった。

「それでは、堀田繁太郎君の教授昇進を祝して、乾杯!」

 出席者らは、石村教授の弟の遺影に向かい、各自のグラスを捧げた。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


「ところで堀田君、今日の岡山から姫路までは、「からす」か?」

 乾杯して間もなく、鉄道ファンとして定評のある渡辺氏が尋ねた。

「いえ、いえ、「からす」違います。「かもめ」でございますよ、渡辺さん」

 その趣旨、渡辺氏はすぐに理解した模様。

 少し意地悪そうに、返答してきた。


「ということは、いつぞやのようにケチらず、特ロに乗って参ったということヤな」


「まあ、そういうことです。三等切符を買込んだ挙句に食堂車に逃げ込んで珈琲1杯で食事時間に粘るなんて真似はしておりませんよ。あ、今日はこういうことなので、酒も、飲まずに来ております」

「それはわかった。ところで山藤さん、こいつホンマに二等車に乗ってきました?」

 渡辺氏と山藤氏はこの日が初対面であったが、すでに打ち解けている模様。

「渡辺さん、それは間違いない。私が証人です。領収書に加えて、ちゃんと切符も確保しておりますからな。鉄道趣味界で高名な渡辺さんでしたら、こちらをご覧いただければ、すぐにもご理解いただけましょう」


 山藤氏は、2人分の二等運賃の乗車券と特別二等車の特別急行券を提示した。

 乗車券のほうには、すでに無効印が押されている。

 丸眼鏡を少しずらして、渡辺氏は切符と領収書の文字を追う。


 米屋の税務対策用の領収書と無効切符は、新任教授の「疑惑」を晴らした。

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