第13話 出世払債務は、かくして履行された。

「以前助教授で赴任した折には、京都駅のホームでお母様に心づくしのちらし寿司をいただいた。あの節はありがとう。この度石村さんが立命館の教授になられたと同時に、私もO大学の教授に昇進できました。石村君、もとい、石村修(おさむ)先生、このような機会を与えていただき感謝に堪えません。心より厚く、御礼申上げます」


 堀田教授は、丁重に研究室の後輩に礼を述べ、頭を下げた。

 そしてその母親にも。


「お母様、あの節は、誠に、ありがとうございました。あの日「かもめ」でお会いしたこちらの山藤さんと一緒に、食堂車でビールを飲みながら、あのお寿司をいただきました。本当に、本当に、おいしかったです。やっと、念願かなって、あのときの御礼ができるだけになりました。本当に、ありがとうございます・・・」


 言葉に詰まる堀田教授に続き、山藤氏が静かに、知人の言葉をつないだ。


「そのときのお話ですが、確かに私も御相伴に預かりました。堀田君は、何が何でもお母様に岡山のばら寿司を召し上がっていただくべく、岡山の地で研鑽を積んでこられました。これからも堀田先生はO大学でさらに研究を進め、後進の学生諸君を育てていかれることでしょう。それにしても、あのときのちらし寿司、元陸軍将校で実家が米屋の私がいただいても、実に実に、おいしいものでございました」


「そうでしたか。私ごときの寿司でそんなにお喜びいただけてこの上なく光栄です。あの時の私のちらし寿司が、こんなにも立派な御寿司になって戻ってきたとは」


 あまりに丁重な御礼を出された石村教授の母は、丁重に、それは、丁重に、堀田教授と山藤氏にお礼を述べた。

 さらに堀田教授に向かって、感極まりつつも言葉をつないだ。


 堀田先生、出世払、確かに御返済いただきました。

 先生が教授になられるのは、うちの息子と違って極々順当なお話かと存じますが、こんな素晴らしい御馳走いただけるようになるとは、夢にも思っていませんでした。

 堀田さん、この御恩は一生忘れません。

 これで、戦死したこの子にも、少しは、親らしきことができました。

 ほんま、おおきに。


 老母はもう一人の息子の遺影に手を合わせ、深々と頭を下げた。

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