第17話 最終話 バレンタインの贈り物

 <でも、こっちに来たら、裕くんは今、週刊誌にマークされてるから、後をつけられてすぐにバレちゃうんじゃ……>



「相当マークされてるだろうなぁ。だけど、バレンタインデーも過ぎちゃったし、せっかく美羽と行こうと思って予約したレストランにも行けなかったし……。なんか、うっぷんが溜まってるからなぁ」



 <え? 私とはうっぷんを晴らすために会うの?>



「まさか! 違うよ。でも、ちょっと近いかな」


 <え~?>


 裕星はアハハと笑った。

「──美羽に逢うと気持ちが落ち着くという意味だよ。いつも笑ってる顔を見てると幸せな気持ちになるしな」



 <裕くん……。それは私も同じよ>



「よし、じゃあ、すぐに会おう。絶対誰にも見つからない方法で行くから大丈夫だ」



 <見つからない方法って?>




 美羽が尋ねると同時に、寮の下でパッパッ! と小さくクラクションが鳴った。


「今下に着いた。降りてくれば分かるよ」 

 ――クラクションは、裕星だった。



 美羽はケータイを切ると、小さなボストンバッグを抱えて急いで降りて行った。夕暮れ時の車が忙しなく行き交う人通りの多い道の端に、一台の車が停まっていた。


 美羽は駆け寄ろうとしたが、車を見て慌てて足を止めた。裕星の黒のベンツではなく、小ぶりな青のフォルクスワーゲンだったからだ。


 いぶかしげに車に近づくと、運転席のウィンドウがスーッと降りて中が見えてきた。


 ――えっ?


 美羽は立ち止まってまだ躊躇ちゅうちょしている。なぜなら、運転席に座っていたのは、ミディアムロングの黒髪に、濃いサングラスをした色白の綺麗な女性だったからだ。


 ウィンドウを覗いてから、「あ、すみません、間違いました!」と後ずさりした美羽に、慌てて女性が声を掛けた。


「俺だよ、俺! 早く乗って!」


 美羽は驚いて顔を上げると、男のような低く太い声を出す女性をまじまじと見つめた。




「ゆ、裕くん?」


 女性はシーッと唇に人差し指を当て、サングラスを少しだけ下にずらして目を覗かせると、助手席に乗るように人差し指で隣の席を示している。



 美羽は必死に笑いをこらえながら助手席に乗り込むと、女装した裕星を改めてまじまじと見つめた。



 裕星はカツラを被ったまま美羽の方へ向いた。化粧こそしてはいなかったが、長髪のカツラと色白のすべすべした肌のせいで十分すぎるほど美しい女性に見えた。



「裕くん、とっても美人! やだわ、私より綺麗にならないでよ」

 美羽はまだケタケタお腹を抱えて笑っている。


「笑うなよ。こうでもしないと、今は外に出れないからな。今日は仕方なくマネージャーの車を借りてきた。

 しばらくは不自由だけど、あの女と俺が一切関わりないことを週刊誌のやつらが理解して、ガセの収束『破局記事』を出すまでは追っかけがひどいからな」

 カツラの上から頭をポリポリ掻いて苦笑いしている。



「でも、ナイスアイディアね!」

 美羽が両手の親指を上げてニコリとした。



「さあ、もう行こうか! 明日は美羽も休みだろ? 俺の親父の別荘に行こう! そこで、久しぶりに二人きりでゆっくり過ごそうぜ」

 ニヤリとしながら、ラジオから流れている音楽に乗って嬉しそうに体を揺らしている。


「良かった! もういつもの裕くんだね」



「当たり前だ。俺はいつも美羽のことしか考えてないからな」



「私の事だけ?」


「大分過ぎたけど、バレンタインデーのやり直しをしよう。ほら、日本のバレンタインは女性から男性に贈り物をくれるんだろ? だから、その……」



「だから?」


「俺もきっちり美羽にプレゼントを貰おうかなって」


「えー? 私、チョコもプレゼントも用意してこなかったわ!」



「大丈夫、ちゃんと持ってきてるよ、今も」


「何を?」


「美羽自身だよ」



「――裕くん? もしかして、私が裕くんへのプレゼントってこと?」


「そーゆーこと!」



「もうっ、やだ! そんな言い方、なんだかいやらしく聞こえるわ」


 美羽がプクッと頬を膨らませたのを見て、裕星は冗談だよとアハハと笑った。


 裕星と美羽の二人は、車の外から見ると、まるで綺麗な女性が二人楽しく笑い合っているようにしか見えていなかった。




 白浜の別荘に着く頃には、裕星は暑さに耐えきれずすっかりカツラを脱ぎ捨て、家に入るまで待ちきれず、別荘の前で車を止めると、助手席の美羽を抱き寄せそっとキスをした。


 その日、美羽はバレンタインデーの贈り物として手料理を振る舞い、裕星はそのお礼に美羽が欲しかった靴をそれとなく調べ、二足プレゼントしたのだった。




 エピローグ



 その後、週刊女の春は数ヶ月もの間、高瀬のマンション前を張っていたが、裕星が一向に現れることはなく、ただ派手な金持ちの友達が入れ代わり立ち代わり入っていくのを撮っただけだった。

 とうとうごうを煮やして、直接、高瀬本人を突撃取材すると、彼女は裕星のマンションの場所すら知らなかったことが分かった。


 そればかりか、映画の製作後の打ち上げに出席していたスタッフ数名から、裕星と高瀬は映画の番宣に協力するために、熱愛の演技をしていたことを知ってしまったのだ。

 つまり、記者たちはあの熱愛は番宣のために掴まされたガセだったと、やっと3カ月後に理解したのだった。


 しかし、週刊誌がもしあの熱愛報道は誤報でした、などと書いたら大問題だ。読者からの信用を失うばかりか、賠償問題に発展しかねない。

 つまり、で早々に解決策を投じたのだった。


 後日、週刊女の春は、裕星と高瀬瑠奈の熱愛のその後を出した。そのタイトルは


『海原裕星、お嬢様モデルで女優の高瀬瑠奈に飽きて別れを告げた。4年目で破局を迎えた二人』だった。







 運命のツインレイシリーズPart9『バレンタインは涙の味編』終







(※注)催眠術についての記述におきまして、掛かった経緯や原因、また解き方などについてはストーリー上のフィクションであり、実際の治療法ではありませんのでご了承くださいませ。

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