第16話 真実の愛だけを結びつけるバレンタイン

「今回も不発だったか……。俺がディレクターのあずまになんとか懇願して掴んだヒロイン役だったのにな。事務所の借金がまだかなり残ってるのに……。


 仕方ない。まぁ、あの熱愛記事だけでもお前の名前は相当世間に知られただろうし。映画の出演料も入るしな。ま、いつかどっかの会社がCMの仕事を依頼してくるのを待つか。


 しかし残念だったな。本当に海原裕星の恋人になれたら、かなりの知名度になったのになぁ……。

これじゃ『週刊女の春』にも付き合ってなかったことがバレて、ガセ収束の定番『破局記事』を書かれるのも時間の問題だな──」


 瑠奈のマネージャーの鈴木は、チッと舌打ちをすると、瑠奈を乗せて事務所に向かったのだった。







 美羽はさっきの打ち上げのとき、裕星と高瀬瑠奈のやり取りを斜め前の席で見守っていたが、帰って行く瑠奈の姿を見届け改めて裕星の方を見ると、裕星は真っ直ぐ美羽だけを見つめて微笑んでいた。

 美羽は照れて思わず目を伏せたが、ゆっくり顔を上げて、裕星に微笑み返し小さくうなづいた。


 すると、美羽の隣の席のヴァレンティノが静かに美羽に話しかけたのだった。

「天音さん、君のお父様はカトリック教会の神父をされているそうですね。私の先祖も神に仕える仕事をしていました。縁がありますね。そして、僕も、嘘や人を陥れることは嫌いなのです。

 今のご時世は純愛映画は流行らないかもしれません。でも、どうしても僕の血が騒ぐのです。本物の愛は決して迫害はくがい妨害ぼうがいくっしないと。

 だから、君たちの愛も貫いてほしいのです。どうか神のご加護かごがありますように」

 そう言って優しく美羽に微笑んだ。



 美羽は驚いて瞳を潤ませながらヴァレンティノを見た。監督は最初から自分と裕星の事情に気付いていたのだろうか。

 今まで裕星が、瑠奈のよこしまな方法で愛する者をすり替えられていたことも、本当に心から想っていたのが美羽であることも。


 あの急な台本の変更は、監督のこの映画へかける純粋な信念からだったが、真実の愛を貫く美羽と裕星にとっては最高のバレンタインプレゼントとなった。







 ***映画製作発表 当日***




 各他の大きい映画館数か所で映画の制作発表イベントが行われた。

 裕星と美羽、他のキャストらが出席した中、高瀬瑠奈だけは体調不良を理由に欠席した。


 大勢のプレスとテレビ局を招いて、映画の後に主演キャストの裕星と美羽が監督のヴァレンティノと共に登壇とうだんした。


 司会者が映画の感想を客に訊きながら、キャストを一人ずつ紹介していく。裕星の番になると、客席の記者から早速質問が飛んだ。


「あのぉ、今回はいらっしゃっていませんが、ヒロインの高瀬さんと海原さんは公私共に熱愛だと報じられましたが、いかがですか、今回は終始ご一緒で息もピッタリだったのではないですか? もしかしてプライベートでも二人でセリフの練習をされていたんですか?」


 やはり、こういう質問が来るだろうと予想はしていたが、案の定さっそく雑誌記者から噂をに受けた質問が飛んだ。


 司会者が「映画以外の質問は受け付けません」と慌てて注意を入れたが、裕星はマイクをとると、司会者を手で制止し、大丈夫だ、というように軽く頷いて合図を送ると、ゆっくり話し始めた。




「映画をちゃんとご覧になった方ならお分かりだと思いますが、最後には大逆転がありましたよね。まだ観ていない方にはネタバレになるので詳しくは言えませんが、本質を見抜く力がない方は、頭ごなしに自分の都合の良い思い込みをしがちです。

 そして、今回は記者の皆さんのことも上手く騙せたと思います。


 僕のコメントを書かれる時にお願いしたいのは、『本質を見抜くために、日頃から真実と嘘を見分ける目を持つことが大事です』と言っていたと書いてくれませんか? これがこの映画を撮り終えた僕からのメッセージです」とニコリとした。



「は、はぁ……」

 質問をした記者は、はぐらかされたような、あんに前回の記事を否定されたような裕星の返答に、まだハッキリとは事態が呑み込めないまま生返事をした。




 制作発表の舞台挨拶イベントはつつがなく終わった。


 この後もまだガセ記事にぶら下がる週刊誌があれば、もう放っておくしかないだろう。目先の利益だけを追い求め、理解力の無い人間のためにこれ以上は説明する必要はないと裕星は思っていた。




 すっかり忘れていたが、修理のために預けていたケータイを受け取りに、裕星は一カ月ぶりにケータイショップへ出向いた。




 すると、店員が恐る恐る出てきて裕星のケータイを差し出してきたが、「修理工場に出したのですが、実は故障の原因が分かりませんでした。

 もしよろしかったら、まだ保証期間ですので、新しいものと交換させていただきたいのですが……」と済まなさそうに頭を下げた。



「分かりました。では、次はこれと同じものではなく別の機種にしたいので、その差額を支払います。

 ……ところで、このケータイですが、預けた日に誰かに見せたりしませんでしたか?」



「あ、す、すみません! それは私の責任です!」一人の店員が頭を下げた。



「あの日何かありましたか?」


「あ……実はあの日、海原さんのケータイを見せて欲しいと言われ、少しだけその方にお見せしてしまったんです。

 同じ色で同じ機種が欲しいと。でも、チラリと見せただけです。

 その方は若い女の方でしたが、同機種で同じ色のものを買われていきました。本当にすみませんでした!」と頭を下げた。



「そうでしたか。――それなら、今度は最新の機種を買いますよ。それも、どこにでもある黒をいただけますか? 誰かとお揃いだと言われないようなありふれたものを」裕星は店員を責めずに言った。



「はい、もちろんです! ハイスペックな最新機種を選んでいただいてよろしいですよ。差額も結構です」





 ケータイショップから出ると、裕星は新しいケータイでメールのチェックをした。すると、自分が出した14日に美羽と会う約束をしていた日がとっくに過ぎていることに今やっと気が付いた。しかもそのメールは送信さえできていなかったのだ。


 ――俺は予約をキャンセルもせずに、レストランも美羽もドタキャンしてたんだな──。美羽には本当に悪い事をしたな。


 裕星はすぐにレストランに謝りの電話を入れたが、レストランの店長には

「実はあの日……、週刊誌の記者がウチに押し寄せてきましてね、むしろいらっしゃらなくて大正解でしたよ」

 キャンセル料は要りませんと逆に同情されたのだった。



 ――俺の運命は、常にピンチがチャンスに変わるんだな。

 裕星は思わず苦笑した。

 ――しかし、今回の事件は本当に手が込んでいた。それも全部、美羽のお蔭で解決できたんだ。美羽には本当に今までどれだけ助けられてきたんだろう。


 裕星はケータイの美羽のメールを見ながら呟いた。

 裕星は愛車のベンツに乗り込み、車内電話で美羽に掛けた。


「──あ、もしもし、美羽? これからそっちに向かう。明日は休みだろ? これから気分転換に出かけようか! 着替えを持って下に降りてきて」

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