第13話 解かれた魔術


「変わったこと? いや別に」


「お付き合いされている方がいらっしゃるとか?」


「まあ、隠していたのが週刊誌に暴かれました。付き合ってる彼女がいますけど、それが何か?」



「どんな方ですか?」


「どんな? 別に、普通の女性ですよ。ああモデルと女優をしていますが。

 ――彼女は、かなり痩せていて、茶髪のミディアムロング、一番派手で目立つのは、大きめの口と切れ長で大きい目、高い鷲鼻わしばなで、肌の色は……」


「僕がお訊きしたいのは、女性の外見ではなくて性格の方です」


「性格?」


「そうです。どんな性格の方ですか? 大人しいとか、気が強いとか、ワガママとか……」



「性格……あれ? そういえば、どんな性格だったかな。ああ、結構気は強いかもしれない。始め俺を強引に自宅マンションに連れて行ったくらいだから」




「気が強い。それだけですか? では、出逢いはいつどんな風に?」



「そんなことまで言わないといけないのか?」


「ええ、これは仕事です。興味本位で訊いているのではありません。その彼女のことを思い浮かべて、どんな方で、どんなお付き合いをされてきたのか、それが重要なのです」



「彼女、瑠奈とは……ん? どうしたんだ、思い出せない。もうだいぶ昔の事だからな、出会ったころのことは思い出せないな。


 たぶん、あのライブハウスに、いつも俺が出る金曜の夜に見に来てくれたんだと思う。

 それから……う~ん、付き合ってからは、俺と一緒に旅行に行ったり、色んなハプニングがあったりしたな──」



「海原さん、その彼女と出会ったのは、デビュー前のライブハウスでのことでしたよね? この資料によると、デビューは約三年前となっていますが、間違いありませんか?」


「ええ、三年、経ちますね」



「彼女の年齢は? 今おいくつなのですか?」



「瑠奈は……ん? いくつだろう、ああ、20歳だったな?」


「すみません、こちらで調べましたら、高瀬瑠奈さんは現在20歳です。ということは、出会ったのは三年前でまだ17歳ということになりますが、その年齢だと、18歳未満は、身分証を提示しないといけないライブハウスには入れないのではないでしょうか?


 すみません、そういう所はあまり詳しく分かりませんが、そこではお酒も提供されるとお聞きしまして。未成年の出入りは難しいかと……」



 森口の言葉に、裕星は段々表情が変わって行った。そして、頭を抱え苦しそうな表情になった。


「痛い……頭が痛い」


「海原さん、少し休みましょうか? 頭痛は何かを思い出そうとしている好転反応かも知れません」


 裕星は黙って頭を押さえて前かがみになっていた。




「海原さん、どうぞこのベッドの上に横になって下さい」

 森口が示したベッドは、リクライニングがされて体が倒せるようになっている。

 森口に言われるがまま、裕星はベッドの上に上がった。




「では、これより催眠状態にしていきます。今度は僕の催眠術で本当の事を訊き出します。いいですね?」


 裕星は真っ直ぐ前を向いて小さく頷いた。




 静かな音楽を流しながら、森口は裕星の腕に触れた。

「さあ、目を閉じてください。今とてもリラックスしています。頭痛もなくなってきました。そして、貴方は今一番安らげる場所に横になっています。ここは貴方の本心を言っても、誰にも洩れることはありません。

 リラックス状態のまま、私の問いに答えてくださいませんか?」



 裕星は目を閉じたまま、またコクリと頷いた。


「今、貴方はライブハウスでギターを演奏しています。初めての出番でとても緊張していますね。観客もたくさんいます。みんな、貴方の才能を買ってきてくれています。失敗は出来ません。緊張は最高潮に達していますね。周りの観客は、貴方の演奏を待つ間、貴方の事を期待と希望を持ってじっと見つめているのが見えます。

 出来れば早く終わりたい、そんな気持ちも湧いてきましたね。


 おや、向こうの方を見てください。出入り口付近に誰か立って貴方を見ていますよ。

 誰でしょうか? よく見てください。女性ですね。その女性はどんな服を着ていますか?」



「――赤いワンピース」

 裕星は朦朧もうろうとしながら答えた。


「赤いワンピースですか? もっとよく目をらして下さい。本当に赤ですか?」


「――いや、違う。白いワンピースだった。非常灯の赤いランプのせいで赤く染まって見えたんだ」


「そうでしたか。その彼女は誰ですか? 貴方の愛する人ではないですか?」



「彼女は……」


「彼女は? どんな顔をしていますか? さっきのような目や口の大きめな茶髪の痩せた女性でしたか?」


「彼女は……ふっくらとした頬、長い黒髪、健康的で引き締まった体型で……黒目がちの瞳、鼻筋が通った……」



「ほお、それはさっきの瑠奈さんとは全く違う方のようですね?」



「……」



「海原さん、質問を変えますね。最近、瑠奈さんに会ったとき、何か感じたことはありませんでしたか? 音とか、物とか、匂いとか……」



「匂い……。甘くて、キツイ匂いがした」



「それはいつ」



「──初めて彼女の部屋に入ったとき」


「そうですか。それで、その彼女との出会いは? 映画の顔合わせが最初ですか?」


 森口は真っ向から裕星が昔から付き合ってると思い込んでいる設定をくつがして訊いた。



「いや、いきなり車の前に飛び出してきたんだ……二度も」

 裕星が初めて真実を答えた。



「車の前に二度も? いつといつでしたか?」



「最初は、顔合わせする前、ケータイショップの前で。二回目は撮影所の地下駐車場……」



「その時のショックは大きかったのではないですか? 人をきそうになったのですからね」



「――最初は轢いたと思ったが、確認した時にはどこにもいなかった。二回目は怪我をさせた……」



「怪我をしたんですか、瑠奈さんが?」


「――いや、嘘だった。罠だったんだ……」


「罠?」


「仕組まれたことだった――」

 裕星はやっと自分が仕組まれたあの時の事を思い出すことが出来た。



「わかりました。もう催眠を解きます。3、2、1、はい、もういいですよ! 起きてください」

 森口の言葉で、ハッとして裕星は飛び起きた。



「俺は……今まで一体何をしてたんだ」

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