第12話 催眠を解く

「だから、その美羽って女、俺とどんな関係なんですか! ――ああ、俺の熱愛記事が出たから、事務所ぐるみで他の女とカモフラージュさせようとしてるんですか? それなら、大丈夫だですよ。俺と瑠奈はもうすぐ交際宣言をしようと思ってるから」




「裕星……。おい光太、ちょっとこっちに来い」

 浅加は裕星の言葉には答えず、光太を呼んで耳打ちした。


「裕星は、どうしたんだ。頭が変になってないか? 美羽さんの事を知らないと言い張っとるぞ。それにまるで人が変わったみたいに、あの乱暴な態度はなんだ?」


「そうなんです。そのせいでさっき喧嘩になって。でも、裕星は本気で美羽さんを知らないと言ってます。きっと催眠術ではないかと思います」


(催眠術?)


「ええ、昨日美羽さんから電話で知らされました。どうも催眠術のような気がすると。これから裕星を催眠研究所に連れて行きたいんです。社長、協力してくれませんか」


 小声で話す二人に、イライラして裕星が叫んだ。


「もう俺は帰りますよ! 社長、報告はまた後日ということで。俺もこの後約束があるから、それじゃ……」


 すると、浅加が急いで裕星の腕を掴まえて言った。


「裕星、ちょっと仕事で来て欲しい場所がある。これは社長命令だ。いいな」


「俺は時間が無いんです。どこに連れて行く気ですか」



「時間は取らせんよ。だが、どうしても行かないというなら、お前は首だぞ」


「はあ? そこまで言うなら付き合ってやってもいいですが、なるべく早くしてくれませんか? 俺にとって彼女とは今一番大事な時期なので」



 ――何が彼女と大事な時期だ。

 浅加はフンと鼻から息を出して口を曲げた。



 マネージャーの松島のバンに三人で乗り込んだ。光太は助手席に乗って松島をメモの住所へ誘導した。





 30分ほどで研究所に着いた三人は、裕星に逃げられないように、周りを取り囲みながら研究所の門をくぐった。


 すると、建物の入り口付近に立って待っている人物が見えた。――美羽だった。


「美羽さん、お待たせしました。約束通り連れて来ましたよ」

 光太が裕星の腕を掴みながら美羽に笑顔を見せた。



「ありがとうございます、光太さん。それに社長とマネージャーさんまで来てくださって」



「美羽さん、だいぶ待たせましたね。悪かったね。光太から事情は聴いてます。裕星は無事に元に戻れるんでしょうかね?」



「――私にも分かりません。でも、ここの所長さんには事情を説明して催眠術を解いてもらうようにお願いしてあります」



 すると、裕星が美羽を見て、怪訝けげんそうな顔をした。


「ああ、そういうことか? 俺とこの女を会わせるために、わざとこんな大がかりなことまでしたわけか? 社長までなにやってるんですか! 俺は誰になんと言われようが、この女と付き合う気はないですから!」



「ああ、ああ、今の内になんとでも言っとけ! その内、自分の言ったことを泣いて美羽さんに謝る事になるぞ」

 浅加に言われ、裕星は眉を潜めてプイと横を向いた。




 研究所の診察室に案内された5人が部屋に入ると、すでに所長の森口がデスクの前に座っていた。



 森口は笑顔で立ち上がり片手を出して浅加らと握手を交わした。

「はじめまして、森口と申します。大体のご事情は聞いております。知人の医師から紹介状も頂きましたので、出来る限りのことをさせていただきます」




 光太が先に口を開いた。

「彼なんですが、どうやら記憶の差し替えをされているようです。こんなケースは他にもあるんですか?」



「まあ、催眠術ですから、人の心を操作することは可能です。ただ、どんなアンカーで催眠状態になったか知る必要があります」


「アンカーとは?」浅加が訊いた。



「はい、催眠状態にする切っ掛けみたいなものです。たとえば、この絵を見ると催眠にかかる、とか、この音を聞くとかかるなど、掛かるきっかけを作ることで、催眠に誘導しやすくするのです」



「そんな……じゃあ、裕くんは何がアンカーなんでしょうか?」

 美羽が、裕星のふて腐れたような顔を見ながら声を震わせた。


「それは私にも分かりません。今彼は掛かっている状態なのですね? そうなると、何がアンカーか調べるのはかなり難しいでしょう」


「じゃあ、どうしたら……」





「──ちょっと彼と二人だけで話をさせてもらえないでしょうか? できる限りのことをやってみます」

 森口は、先程まで少し考え込んでいたが、裕星を見て何か思いついたようだった。




「裕星、森口さんの診察を受けろ。これは社長命令だ」

 浅加が裕星の腕を掴んで森口の前にある椅子に無理やり座らせた。



「それじゃあ、他の皆さんは少しの間席を外してもらえないでしょうか?」森口が言うと、浅加は「はいはい、ほらほら、皆、外で待っていよう。後は先生に任せるんだ」と皆の背中をぐいぐい押して廊下に出したのだった。




 診察室で裕星と二人きりになった森口は、あらかじめ美羽が書いていた裕星のプロフィールを見ながら訊いた。



「これから、僕の言うことに正直に答えてくださいますか? 僕はこの研究所で所長をしています、森口です。貴方は海原裕星さんですね」



「ええ。しかし、こんなことをして何になるんですか? 僕は極めてまともですが」


「はい、確かに貴方は真面まともです。しかし、今貴方は催眠術に掛かっている状態です。ご自分ではお分かりにはならないでしょうが」



「分かりませんね。俺のどこが催眠術を掛けられてる状態なのか」イライラしながら裕星が答えた。



「まずお聞きしたいのは、貴方の経歴です。貴方はラ・メールブルーのボーカルをされていますね。

 しかし、それ以前はライブハウスで弾き語りをされていたとか」


「ええ、デビュー前のことです」


「家族は母親が一人。それも子供のころから離れて暮らしている。最近は和解してよく会われていると」


「ええ、でも、個人情報をよくもそこまで調べましたね」



「よく知っているでしょう? しかし、これは貴方のことを大切に想っている人が教えてくれたものです」



「まるで俺の家族以上だな、そいつは」フンと鼻で笑った。



「そう、家族以上の愛情を感じますね。ところで、最近なにか変ったことはありませんでしたか?

 何でもいいんです。どこかに行かれたとか、お仕事で大変な思いをしたとか」



「それは聞いてないんですか? 俺の映画の仕事のことは」


「それもすでに聞いていますよ。私がお聞きしたいのは、その映画の仕事の間、何か変わったことがあったかどうかです」

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