第11話 記憶にない恋人
「困ったな……私は催眠術師ではないですからね……。ところで、催眠術を掛けられたご本人はどちらにいらっしゃるのですか?」
「今日は一緒に来ていませんし、今後来てくれるかどうかも分かりません……」
しばらく医師は腕組みをして考え込んでいたが、そうだ、といって何やらメモを書きながら言った。
「病院では催眠術を解くことは出来ないと思います。それは誰かが故意に掛けたのでしょうから。掛けた人間と、どんな方法で掛けたかが分からないと……。
もしよかったら、ここに行ってみてはいかがでしょうか?
本来、病院ではこういうところへの推薦状は書かないのですが、ここはたまたま私の知り合いがいるところなのです。まさに催眠術を専門としている人で、仕事として使っているようです」
美羽は医師からメモを受け取った。
「催眠術・森口研究所?」
「そうです。ただし、医師ではありません。催眠術の専門家です。あの、いわゆる見世物商売用ではなく、様々な記憶に関する悩みを抱えた方、たとえば、トラウマとか多重人格とか、まあそういう類の病気を解明しようとしている研究者といいますか……お役にたてると良いのですが」
「ありがとうございます! 早速行ってみます!」
美羽は嬉しさのあまり慌ててガタンと立ち上がり深々と頭を下げて礼を言うと、会計で心療代を支払い急いで病院を後にしたのだった。
――裕くんと一緒に行こう。この映画の撮影が終わらない内に。
寮に戻った美羽に、留守電を聞いた光太から電話がきた。
「あ、光太さん、最近裕くんからは連絡きてますか?」
<何かあったんですか。僕よりも美羽さんの方が今回の仕事で一緒に居るんじゃないですか?>
「そうじゃないんです。裕くんは主役だし、なかなか話せる機会がなくて困ってるんです。だから光太さんに協力していただきたくて」
<構いませんけど、それとも直接裕星に言えないことでもあるんですか?>
「裕くん、ケータイを見てないみたいなんです。忙しいから……。でも、事務所には時々顔を出すこともあると思うの。
明日は裕くんがお休みだから、いつもの裕くんなら映画の撮影期間のお休みの日は、一度事務所に顔を出して社長さんに報告することになってるでしょ? 光太さんにはお手数おかけしますが、その時事務所に行って、裕くんに伝えてほしいことがあるんです。頼める人は光太さんしかいないんです!」
<美羽さんから伝えなくていいんです? 僕の方はいいですけど、裕星がいつ事務所に来るか分からないですよ>
「社長さんにお聞きしました。明日の10時ごろに来るそうです」
<10時ですか……。分かりました。明日はボクも事務所に用事があったのでちょうどいい機会です。ところで何を訊けばいいんですか?>
美羽はあの研究所に裕星をどうにかして呼び出してほしいと伝えた。しかし、あまりにも突拍子の無い場所だ。裕星をどうやってあそこに行くように仕向けるか、それはまだ考えていなかった。
<そんなとこに、どんな用ですか? 裕星に一体何かあったんですか?
う~ん、なるほど……。難しいですがとにかくやってみますが、また明日もう一度連絡を入れますね>
スッキリとは納得できず電話を切った光太だった。
光太への感謝の気持ちで美羽は見えない電話口で頭を下げた。
「ありがとうございます。光太さん」
***翌朝 JPスター芸能事務所***
裕星は予定通り10時を回った頃、事務所に現れた。
「やあ、裕星、久しぶりだな。どうだ映画の撮影は」
入口で待ち伏せしていた光太が裕星に背後から声をかけた。
「ああ、順調だよ。なんだ、お前も今日は事務所に用があったのか?」
裕星はいつにも増して機嫌がよさそうに見えた。
しかし、光太は見逃さなかった。
「お前さ、元気そうだけど、顔色は良くないぞ。
「美羽? ああ、もしかして新人の女優のこと?」裕星は真面目な顔で答えた。
「お前、ふざけてるのか? 撮影の最初から美羽さんと一緒だっただろ? 何気取ってるんだ」
「はあ? 俺はいちいち新人の子の名前なんて気にしてる時間はない。確かに最初からいたかもしれないけど。お前はなんだ、その子のファンなのか?」光太を睨みながら眉を潜めた。
「裕星……お前」
光太は裕星を見つめたまま黙ってしまった。美羽の頼み事の意図がやっと理解出来た気がした。
――今の裕星はまったく美羽さんの事を記憶から消してしまっているようだ。それも、俺や社長やこの事務所の事は覚えているのに、美羽さんだけがあいつの中に存在してないみたいに。
「裕星、社長に報告したあとで、ちょっと付き合ってもらいたい所があるんだ」
「俺は忙しいんだ。今夜は人と会う約束がある」
「誰とだ? 俺たちの他に友達なんていないだろ」
「はあ、いちいちお前に言う必要があるか? 俺は友達はいないが、会う人くらいいる」
「――女か?」
「お前には関係ない」
「――お前、ふざけるな! 美羽さんがいるだろ! 何やってんだよ! 今は映画の撮影で、女と遊ぶどころじゃないだろ!」
「うるさいな、余計なお世話だ」
「裕星、一体どうした。美羽さんが心配してたぞ。誰かになにか言われたのか? それとも美羽さんを守るためにわざとそんな芝居やってるのか?」
「さっきから、美羽さん美羽さんて、うるさいな! なんなんだ、お前の好きな女優を俺に押し付けるな!」
「なんだって!」
光太が裕星の首根っこに掴みかかったときだった。
「おいおい、お前ら、何を喧嘩してるんだ! こんなところで仲間割れするな!」浅加社長だった。
「喧嘩って……こいつがいきなり俺に変な女を押し付けようとしてるからだ」裕星が横目で光太を睨んだ。
「変な女? なんのことだ。裕星は映画の撮影で忙しいだろ。女の話は堅物の裕星には禁句だぞ、光太。なんだ、裕星は美羽さんと喧嘩でもしたのか?」
「社長まで美羽さんて……。何を言ってるんですか? 喧嘩も何も俺とは無関係の女優ですよ」裕星が顔をしかめた。
「――裕星、お前、まだ芝居の続きでもしてるのか? ここには記者も部外者もいないから、美羽さんを知らないふりをしなくてもいいんだぞ」
浅加が
「俺はマトモですけど? 何のふりもしていない」
「――裕星、もう一度訊くが、美羽さんとはどうした? 撮影で何かあったのか?」
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