第10話 催眠術と魔術
「魔法ではないが、人間の作りだした
「催眠術、ですか?」
「そうじゃ、わしの分野ではないが、心療や精神疾患に関わる医術者、あるいは催眠療法を専門とする者に訊いてみてもよかろう。できれば、本人と一緒にいくことじゃがな」
「本人? 裕くんとですか? でも……今の裕くんは私の事をただの仕事相手としか……一緒には来てくれないと思います」
「真実の愛の力が偉大なことはお前さんも知っておるじゃろ? お前さんの真実の愛があれば、どんな困難も乗り越えられるのではないのかえ?」
老婆は美羽を見上げ優しく微笑んだのだった。
ありがとうございます、と老婆に礼を言うと、美羽は光太のケータイに電話を入れたのだった。
「もしもし、光太さん? こんな夜遅くにすみません。実は裕星さんのことで、どうしてもお手伝いしていただきたいことがあって……」
***裕星のマンション***
ロケバスが都内の撮影所に着くとすぐ裕星は愛車のベンツで家路についた。瑠奈に一緒に裕星のマンションに行きたいと言われたが、今日の裕星はなぜかいつも以上に心身共にクタクタに
帰り際に、瑠奈に「私のあげたハンカチをいつも身に付けておいてね」と言われたのを思い出して辺りを探したが、昨夜ゴミ箱に捨てたことに気が付き、急いで洗面所のごみ箱をゴソゴソと探った。
すると、ハンカチが
裕星はシャワーを浴びてベッドに横になると、埃を洗って乾かしたハンカチを枕元に置いて眠りに着いた。
その途端、泥のような睡魔が裕星の身体を包み、そして夢の中へと引きこんで行ったのだった。
夢の中で、裕星は不思議な場所にいた。周りは大勢の人で賑やかだった。裕星は一人ステージの上でギターを抱えている。これからソロで歌うのだろう。
夢だと分かっているのに、胸がドキドキとしている。初めてのステージなのか。
すると、薄暗い照明の向こう、人の塊が途切れた出口付近で
そう遠くないその場所に、真っ赤なワンピースを着て両手を胸に当て立っている若い女性だ。
――ここは……。そうだ、俺がデビューする前に歌っていたライブハウスだ。初めてのステージでものすごく緊張していたんだ。
でも、あの女性……赤いワンピースの……いや、違う、白いワンピースだった気がする。
……誰だったっけ? いったい誰なんだ? どうしたんだろう、顔と名前が出てこない。だけど、とても切なくて、苦しくて、そして……とてつもなく愛しい気持ちだ。(※詳しくはPart1をお読みくださると、よりお話が深まります)
裕星はハッとしてベッドから体を起こした。額は汗でびっしょりだった。ふう、と息を吐いて起き上がったが、外は薄暗くまだ夜明け前のようだった。
――さっきの夢の女の子は誰だったのだろう。俺にとって大切な人は……。あれが瑠奈なのか? しかし、瑠奈のイメージとはかけ離れていた気がする。
──あれは瑠奈じゃないんだ。
裕星の頭は混乱していた。なぜか思い出がハッキリせず疑問符ばかりが頭に湧いてくるのだ。
翌朝は昼からの撮影だった。セットの中での撮影だが、瑠奈の演じる梨恵との過去の回想の姿が、姉の理香に重なるというシーン。裕星が瑠奈と美羽の二人と絡むシーンを撮る予定だった。
梨恵と悟のやり取り、旅人の悟がカフェでハンカチを落した梨恵を探して訪ねるシーンだ。
しかし、一度東京に戻った悟は梨恵のことが忘れられず、また一カ月後に訪れると、カフェ店員にここにはもう住んでいないと聞かされる。諦めきれず探す決心をする悟に、理香が梨恵の姉であることを告白して一緒に探すことになる、そこまでのシーン撮りだ。
裕星が瑠奈を見つめる目は、また昨日と変わらず熱を持っていた。
周りからはやっぱり熱愛カップルだけあるねと冷やかされても、嫌がる素振りもなく笑顔で返している裕星に美羽は心がうちひしがれていた。
美羽と裕星のシーンの撮影になった。
美羽の演じる理香が一方的に悟に好意を持つというシーン。美羽は本当に映画のストーリーのように、一方的に裕星への想いで押しつぶされるような気持ちで演じた。
「カーット! 天音さん、良かったですよ。心の底から切ない表情の演技がいいね!」
バレンティノ監督が笑顔で美羽を褒めたたえたが、美羽は寂しそうに、ありがとうございますと頭を下げただけだった。
監督は映画の撮影に入る前から美羽に気を向けていた。美羽は今はまだ大学生であり、この中で唯一芸能界の人間ではない。その彼女を理香役に抜擢したのは、その純粋さが理香役として適任だったからだ。
理香はただ悟を愛しただけでなく、妹のために犠牲になって悟と妹を結びつける健気な娘だ。彼女が最後まで悟に気持ちを打ち明けなかった優しさを表現できる人物を探していた。
そして、一年前にキャスティングディレクターの目に留まったのが、『独身貴族』に出演していた美羽だったのだ。
撮影が終わると、裕星と瑠奈は
今日も裕星は瑠奈と一緒に過ごすのだろうか、と、美羽はそっとその場を去ると、寮には帰らずその足で心療内科精神科と書かれた専門病院へと向かっていた。
病院に来るのは久しく無かった。健康が取り柄の美羽は、病院の匂いがどことなく苦手だった。
廊下で待っていると、看護師に名前を呼ばれた。
診察室には、若くはないが落ち着いた雰囲気の40代半ばと思われる男性の医師が、いつも医療関係者定番の白衣は着ておらず、シャツの上に長袖のベストを羽織ったラフな格好をして座っていた。
「どうされましたか?」
優しい口調で美羽を振り返った。
「あの……催眠療法ってお詳しいですか? 人の性格を変えることってできるものなんですか?」
いきなり
「ちょ、ちょっと待って下さい。君は患者さんですか?」
「いえ、私じゃないんです。でも、どうしてもお聞きしたくて。どうしたら、催眠術を解くことができますか?」
「催眠術……催眠療法と
簡単に言うと催眠を使って人をコントロールする目的で行われるのが『催眠術』です。「意中の人をその気にさせるみたいなやつですよね。
身体の一部を動かなくさせる、意図しないことを言わせる、幻覚を見せる。全て「言うことを聞かせる=コントロール」なわけです。
これに対して「催眠を解く」「自分で人生をコントロールする」「トラウマをケアする」など催眠現象が持つ様々な生理的・心理的特性を利用し、多様な治療が行われる。心身の回復、同化の促進、緊張の解放、不安感情の低下などの目的で行われるのが『催眠療法』です」(※Wikipedia催眠療法より参照)
「そうなんですか。では、裕くんの、いえ、私の友人の催眠を解いて欲しいんです! どうしたらいいか私に教えてください!」
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