第7話 こうして捏造記事は作られる

 裕星は隣に高瀬を乗せて車を走らせた。美羽以外誰も助手席に乗せたくはなかったが、元はと言えば自分のせいで怪我をさせたのだからと割り切ることにした。


 裕星はしばらく無言で高瀬の指示通りに走らせていたが、ずっと気になっていたことを訊くために、ようやく口を開いた。



「あの……この間出された記事の事だけど……知ってるでしょ?」



 高瀬はニヤリとして裕星の横顔を見た。

「はい、知っています。本当に酷い話ですよね? どこで誰が書いたのでしょう、あんなこと」


「君の事務所は否定コメント出さないの? これから仕事をする上であまりよくない噂だからね」



「――そうですね。でも……、あ、ここです。ここから中に入って下さい」

 夕暮れの都内の少し郊外に近いマンションの前で高瀬が言った。



「ここ? 病院には見えないけど?」



「はい、ここの一室で個人でやってるところがあるんです」


 仕方なく裕星は高瀬に言われるがままにマンションの裏に車を停めることにした。



 駐車場から階段を上がると、普通の郊外の小さなマンションらしく、外の廊下にドアがいくつか並んでいた。


 3つ目のドアの前で高瀬が立ち止まった。

「ここなんです。ちょっとここで待っていてもらえませんか?」



 裕星をドアの前で待たせると、数分も経たず高瀬が顔を出した。



「あの……、本当にここが個人病院? もう診察は終わったの?」


「はい、支払いがあるんですが……」



「じゃあ、俺が払いますよ」

 裕星がドアを押し開け中に入った。

 しかし、中に入ってすぐに気付いた。そこはただのマンションの一室にすぎなかった。


 ドアを開けるとムッとした香水のような甘い匂いがした。あまりにも匂いがキツくで、裕星は思わず袖口で鼻をおおった。

 よく見ると、手前には半畳ほどの小さなキッチンがあり、奥にはシングルベッドが置かれているだけだった。



「お前……ウソついたな?」



「エヘヘ、ばれちゃった? ここは私の部屋よ。裕星さん、どうぞなかに入って。お茶を飲んでいってよ」



「結構です! その怪我も嘘なんだろ?」


「これ?」

 高瀬はふふふと笑って手のひらで、膝の傷をぐりぐりふき取ると、滲んでいた血も、怪我すらも綺麗に消えてしまったのだった。赤い血はただの絵の具か何かのようだった。



「何のためにこんなことを」

 裕星は震えながら怒り心頭の面持ちで高瀬を睨んだ。



「なんのって……噂を本当にするために決まってるわ」と不敵に笑っている。



「これから撮影が始まるんだぞ。こんなことをしておいて、俺たちが良い映画を撮れるわけがない。俺は早速明日監督に言って主演を降りる」

 そういうとくるりと背を向け玄関のドアをガタンと開けて外に出た。


 すると、高瀬は目の前を通り過ぎる裕星に、小声で「私たちはあの記事の通りに付き合うことになるのよ」とささやいた。


「ふざけるな! 世界が終わっても、そんなことにはならない」

 裕星は怒りをあらわにしながら外階段を駆け下りたのだった。



 急いで後を追いかけて出てきた高瀬が、「残念ね、もう遅いわ!」と裕星の背中に叫んだが、足早に去って行く裕星にその声は届かなかった。





 翌日、あのマンションに来た裕星をどうやって記者が嗅ぎつけたのか、週刊女の春は、その後の二人として裕星と高瀬の熱愛の様子を画像付きで報じる第二弾のスクープ記事を出した。






 ***美羽の寮***


 早朝礼拝を終えて部屋に戻ってきた美羽は、早速次の撮影のスケジュールを確かめようとケータイを手にした。


 すると、ドンドンドンと激しくノックされ、美羽がドアを開ける前に紗枝が転がり込んできた。



「美羽、こ、これ見て! デジタルの週刊誌記事! 何これ、もう本当に確実な証拠が出ちゃってるじゃない!」



 慌ててケータイの画面を美羽に見せた。


 それは、裕星の愛車であるベンツが郊外の小さなマンションに入って行く写真と、そのマンションの個々の部屋の玄関がある廊下を捉えている写真。そこには裕星と女性が一緒にその部屋に入って行く様子がコマりで連写されていた。



「これって……本当に裕くんなの? 合成じゃないの?」



「加工ではないみたいね。ウチの彼氏にも確認してもらったけど、どうも本物みたい。どうする、美羽? こうなってみたら本当に浮気だったのかしら……」


 しばらく写真を見つめていた美羽が唇を震わせて言った。

「――違う。裕くんはそんなことしない」




「でも、こんなに証拠写真があるのよ。真意を本人に確認した方が良いんじゃない?」




「――そうだけど。……でも、言えない。なんだか怖いわ」



「私が聞き出そうか? 美羽の代わりに裕星さんに電話で」


「……気持ちはありがたいけど、でも、いいわ。やっぱり私がする」


 紗枝は震える美羽の背中に手を当てて心配そうに擦っていたが、美羽は衝撃の大きさで心がかき乱されたまま眠れぬ日々を送る事になってしまったのだった。





 夜もけたころ、美羽はやっとケータイを手にして裕星に電話を入れた。

 呼び出し音がむなしく鳴り響いて留守番サービスに繋がった。


 バレンタインデーである明後日あさってにも撮影がある。裕星との約束はどうなるのだろうか。撮影の後、予定通りレストランに現れるのだろうか、それとも、こんなことになってしまって、キャンセルするのだろうか。

 美羽の心は嵐の海に漕ぎ出した小舟のように激しくゆすぶられていたのだった。







 ***裕星のマンション***



 裕星は自分がまんまとめられたことを知って悔しがっていた。映画の番宣にはなるのだろうが、このままだとあの高瀬の思うつぼだ。まだ若いのにどれだけ図太ずぶとい神経の持ち主なのか。


 翌朝テレビをつけて知ったのは、週刊誌が出した自分と高瀬の熱愛記事の第二弾、写真付きのスクープだった。


 ――すっかり嵌められたな。この写真、まるで撮って下さいと言わんばかりの無防備な構図だ。この忙しい映画撮影の最中に俺がわざわざ噂の相手のマンションへ行くわけがないのに。


 この写真を見る限りは、浮わついた気持ちで仕事をしてるただのチャラ男のような印象だな。

 写真と記事に操作されて、世間は疑う余地もなく、あたかも俺がこういう男かのように信じるだろうな。

 俺はいいが、美羽が心配だ。それとも、このままこの女との噂を放っておいて、美羽を噂の陰に隠しておいた方が良いんだろうか?


 裕星は心が揺れていた。たとえ映画を辞退しても、この噂が出たからだろうと言われるに違いなかったからだ。

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