第2話 壊れたケータイ

「でもさ、ちょっとショックよね。今までも裕星って色んなモデルと書かれて来たでしょ? あ、ごめん……。もちろん全然信じてないよ。その証拠にここに本物の彼女がいるもんね」


 紗枝が美羽の沈んだ顔を見て、励まそうとした。



「うん。今までも全部ウソだった。でも、こんな風に公的な雑誌での堂々と書く嘘にはもう耐えられないわ。たとえ嘘でも信じる人がいるわけだし、裕くんが悪口を言われてるみたいで気分が悪いもの」



「そうだね。週刊誌ってこういうことしか書かないからね。他にもウソを書かれて訴えてるタレントさんや作家さんが大勢いるって聞いたよ。


 でも、結局「してない」証拠は『悪魔の証明』といって、相手が付き合ってるって言ったら付き合ってないという証拠がないんだって。本当に付き合ってる証拠なら出せるのにね。そこが巧妙なわなよね。関係ないせいで出せない証拠は証拠にはならない……そんなのおかしいわよね!」




「どうすればいいのかしら」



「無視するだけよ。だからタレントさんでもスルーする人多いんじゃないの? 前に『友達です』って言ってた人もいたけど、結局やっぱり付き合ってたみたいだし、下手に慌てて言い訳する人に限って本当だったりするから。

 だから、肯定も否定もしないで、『あなた方の書くことはウソなので一切お答えしません』って態度で行くらしいって聞いたことあるよ」



「すごいね、紗枝は芸能の情報通だね」


「私の場合はちょっとね。彼氏はちゃんとした事件の報道記者だから。だから、雑誌のフリー三流記者が書く週刊誌記事なんか信じない方がいいって、いつも言ってるよ」



「紗枝、彼氏いたの? 黙ってるから居ないかと思った。もうっ、先に言ってよ」




「ふふふ、言いづらかったのよ。一応、曲がりなりにも記者だから。でも、言っとくけど、記者は記者でも報道記者やジャーナリストというのは、週刊誌記者とはまったく別物だからね。

 週刊誌の場合は、あれは、ただのパパラッチだよ。週刊誌は娯楽誌であって情報誌じゃないのよ。部数が売れれば嘘でも書くって聞いたことある」


「許せないわ、人のイメージを悪くしたりすることで売り上げを伸ばしてるなんて……」




「さあさあ、気分が悪いから、気晴らしに何か美味しいものでも食べて帰ろうよ」



「うん、そうしよう!」

 やっと美羽の顔色が少し明るくなった。








 ***前日、JPスター事務所***



「おお、裕星。最近はどうだ? 新曲作りは順調か? まだ公には発表前でスケジュールには組んでないが、そろそろ新しい映画の撮影に入るから、週刊誌の奴らが騒ぎ出す頃だぞ。まあ、またスルーで行くけどな」


 社長の浅加がソファの新聞の広告欄を見ながら、今部屋に入って来たばかりの裕星に声を掛けた。



「ああ、もちろんです。名前も知らない女との熱愛記事にはすっかり慣れましたから」

 裕星は表情一つ変えず淡々と答えた。



「裕星に似合いの相手は洗練されたお金持ちのお嬢様モデルだろうと思ってるところが浅はかな考えだな。裕星は外見ばかりにかかわってると思われてるのか? やつらは知らんのかね、モデル以外の他の職業があるのをなあ?」



「知りませんよ、どうでもいい。俺に合うタイプは金持ちの道楽モデルだと思ってんだろ? ずいぶんと俺を買ってくれてるな」

 皮肉を言ってニヤリとした。



「でもさあ、裕星さん、美羽さんの方は精神的に大丈夫なの? 最近どうしてる? たまには事務所に遊びに来るように言ったら?」

 陸が唇を突きだして言った。


「美羽さんも、裕星がドラマや映画が決まる度に毎度毎度ガセを書かれたら参るだろうな。裕星はまったくの無実だから本人はノーダメージだろうけど……」

 光太がハーブティを飲みながら、浅加の向かいのソファに腰かけた。



「美羽は……あいつは大丈夫だよ。俺をちゃんと信じてくれてる」



「はいはい、ご馳走様。でも、そうは言っても美羽さんだってか弱い女の子だからね。ちゃんとフォローしてあげてよね、裕星さん」

 陸が余計な事をいうと、


「言われなくても大丈夫だ」

 裕星がドサッと光太の隣に座ってジロリと陸をにらんだ。



「あ、そうだ、裕星。昨日、俺が仕事のことでメールしたんだけど、既読にもなってないのはまだ見てないってことか?」浅加が訊くと、



「メール? いや、来てなかったけど」とケータイを開いてみせた。



「裕星、それ、故障してるんじゃないのか? 昨日から何通も出したぞ」



「――そうですか? 変だな。今日帰りにケータイショップで見てもらってきますよ」


 裕星はケータイの電源を入れたり消したりしながら確かめていたが、やはりメールは誰からのも受信してはいなかった。



 裕星が事務所を後にしたのは日が暮れてからだった。

 街のケータイショップはいつも絶え間なく大勢の客が詰めかけている。いつもなら行かずに済む場所だったが、今回はメールや通信アプリを受信しないという極めて異例の故障が起きたせいで、日常の業務にも不都合が多くなる。裕星は仕方なくマスクとキャップ姿でショップを訪れていた。


 しばらく待ってやっと順番が来ると、ショップの店員が裕星を見て、あっと声を上げそうになったが、そこは仕事のプロとして辛うじて興奮を抑えているようだった。


「ど、どういったご用件でしょうか?」


「実は……」

 ケータイの症状を説明したが、店員にも原因が分からず、上の者を呼んだり技術に詳しいスタッフを呼んで調べてみたが、それでも解明しなかった。


「すみません、私どもには分からないので、修理に出さないといけないですね。だいたい一週間くらいかかりますが、代わりの代替機をお渡ししますか?」



 代替機に、裕星のケータイのSIMカードを移してから渡してくれた。

 同じタイプのケータイではあったが、どうも使い辛い。裕星は潔癖症も相まって、ケータイをさっそく除菌紙で丁寧にキュキュッと拭いた。


 ショップ前に停めておいた車に戻って早速美羽にメールを入れようと、ラインを開き美羽に宛てて簡単な言葉を書いた。

『美羽、ケータイが故障して連絡が取れなかったんだ。その間、何もなかった? 来週逢う日は予定通りで大丈夫だよ。楽しみにしてる』



 すると、間もなく美羽から返信が来た。


『裕くん、心配したのよ。元気だったのね? 私も来週が楽しみ!』




 ホッとして車を走らせようとアクセルをグッと踏みこんだときだった。大通りに出るため発進した裕星の車の前にいきなり女性が飛び出してきたのだ。

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