06話
「諒平先輩早くっ」
「待て待て、俺は夕貴とかとは違うんだからさ」
俺がたまにでも彼女を腕を掴んで歩いたりするからか、仕返しがしたいのかもしれない。
でも、元気でいてくれるのはありがたい話だった、弱々しい感じでいられると気になってしまうから。
それこそ中学のときはなんかすぐにマイナスな発言をしてこちらからすれば微妙な顔になっていたから違う。
「目的地はここです」
「中学校か、高校に行く道の途中にあるわけじゃないから久しぶりに見たよ」
懐かしい、二人と出会った場所でもあるからいい場所だと言える。
グラウンドも大きくて昼休みなんかにはいちいち外に出て話したりなんかもした、他に友達がいても付き合ってくれたから一人にはならなかった。
「今日は先生に会いたくて来ました」
「なるほどな、だから制服なのか」
「はい」
もっとも、それは彼女だけだ。
俺は違うから入れない、そもそも高校の制服を着ていたところで入っていいのかどうかも分からない。
世話になった先生に会うという行為もいいことなのかどうか、でも、彼女の場合なら違うか。
女性の教師でやたらと仲のいい先生がいたから喜んでくれるだろうな。
「じゃ、行ってこい、ちゃんと待っているからゆっくりな」
「分かりました」
中学の目の前に図書館があってその外にベンチが設置してあるから座って休んでおくことにした。
普段は滅多に弄らないスマホなんかを弄って過ごす、が、基本的にこれを使って会話なんてことをしないから通知なんかがきていたりはしなかった。
契約内容的にネットサーフィンや動画サイトを見て過ごすということもできない、目が疲れるというのもあって俺が元々好んでいないのもあった。
だからすぐに暇になって目を閉じて休んでいたのだが、
「諒平君」
名前を呼ばれてすぐに開ける羽目に。
「はは、眠たかったの?」
「って、こんなところでなにをしているんですか?」
「もうお昼だからね、ちょっとご飯を買いに行っていたんだ」
この人は三年のときの担任だ、滅茶苦茶世話になったから礼を言っておいた。
「高校は楽しい?」
「いえ、学校はあのときと変わらないレベルで嫌いです」
「ははは、毎回言っていたよね」
「でも、吉原や天木がいてくれているのでなんとかなっています」
「夕貴ちゃんや柚ちゃんとまだいられているんだね、よかったよかった」
逆ならともかく男が女子に依存って問題だ。
でも、頼れるのはあの二人だけ、一人でなんとかやれる人間じゃないからどうしても必要になる。
「先生は楽しいですか?」
「うーん、色々と忙しくてずっと楽しくやれているわけじゃないよ。でもね、やっぱり生徒のみんなが好きだからさ」
「それも毎回言っていましたね」
「うん、そうだね……っと、柚ちゃ、天木さんが来たからもう行くね」
あ、いたのか、なんか複雑そうな顔をしているのは気になる先生とあまり話せなかったからだろう。
「ちょっと偉そうですが頑張ってください」
「ありがとうっ、それじゃあまたね」
それじゃあまたねってもう会うことはな――同窓会なんかには来るのだろうか。
まあいい、そんなことよりも今日一緒に出かけてきている柚を優先しよう。
「りょ、諒平君」
「先生の真似か? なんか先輩をつけられるよりもいいかもな」
年上らしい感じは全くない、ただ一つ学年が違うだけで先輩と呼んでもらうのも申し訳ない。
夕貴とか堂々と楽しくやれている同級生ならいいが俺となると話は変わってくる。
「それじゃあそろそろ行きましょうか、柚先輩のしたいことをしてください」
「そ、それなら私の家に行こうよ」
「分かりました、柚先輩がそうしたいならそうしましょう」
ちょっとふざけすぎたな、あと一学年違うとなると一緒にいられる機会が分かりやすく減るだろうから避けたい。
俺と柚と夕貴とみんな同じ学年ならよかったのにな、そうすれば柚だってもっと夕貴といられる。
遊歩は……同じ学年だったらいま以上に相手をするのが大変になりそうだから遠慮をしてもらう方向で――なんてな。
「どうぞ」
「ありがとう」
今日は彼女の父も母もいないみたいだった、ということは珍しく柚と二人きりの時間が続くということになる。
「ちょっと緊張して汗をかいてしまったので着替えてきますね」
「おう」
元生徒だとしてももう関係ないしな、そうなってもなにもおかしくはない。
いつもというわけじゃないが夕貴によく隠れていたし、きっといまだってほとんど変わっていない。
それでも夕貴や俺以外の人間と関わろうとしている点はあの頃とは違うわけだ。
「ふぅ、やっぱりこうして私服だと楽でいいですね」
「そりゃあな」
「横に座りますね」
横に座るのは彼女の家だからいいが黙られてしまうのは気になる。
昔とは違っていても変わっていないところだってあるわけで、まあ、なにが言いたいのかと言うと引っかかってしまうわけだ。
特に忙しいというわけじゃないだろうから夕貴を誘うのが一番だと思う、それか上手く対応ができる遊歩というところか。
「諒平君って夕貴ちゃんが好きなんだよね?」
「待て待て、特別に意識をしているというわけじゃないぞ」
敬語に戻したりやめたり忙しいな、彼女も彼女で困っているというわけか。
ただ、ここで俺が呼んだりしたら変なことになりそうだからそれもできない、だから彼女の方から動いてほしいところではある。
それでもなんだ? そういう方向にはいかなさそうな雰囲気がすごい。
「気づいていないだけだよ、私と違って頭を撫でることができないってそういうことなんじゃないの?」
「いやそれは夕貴が真顔だと怖いからだよ、その点、柚は色々と変えてくれるから違うというか……」
って、これだと二股をかけているみたいじゃねえかよ。
断じて違う、俺は夕貴と柚で露骨に態度を変えたことはない、誘われてなにもなければ付いて行ったし、してほしいことを言われてそれができることならやってきた。
そりゃ同じクラスと別のクラスということで頻度的には違っていたかもしれないものの、相手と過ごすことになったときはちゃんとできていたと思う。
「もう謝ってもどうにもならないが悪かった、中学のときの俺は調子に乗っていたんだよ」
後から謝罪とか一番卑怯でやりたくないことだが結局自分に甘くてしていた。
分からないと言うなら本当の俺というやつを知ってもらおうとしているのもある、いい方に勘違いをされたら困るんだ。
「謝ってほしいわけじゃないよ、嫌だと思ったことはないというのは本当なんだし。でも、そろそろじれったいというか……本人達以上に気になるんだよ」
「まずは夕貴としないとな、そのうえでなら分かるが……」
「夕貴ちゃんは教えてくれないんだもん、この前だって逃げたりするし」
「落ち着かなかったらしいぞ、口にしていないだけでやっぱり後悔したんじゃねえかなって」
「はあ~諒平君がこのままだと私が困っちゃうよ」
そう言われても俺が変えればいいだけの話ってわけでもないから困る。
遠慮をしなくなったのはいいことだが遠慮しなくなったらそれはそれでという話になってしまったわけだった。
「――というのがあそこで柚が腕を組んで見てきている理由だ」
「なるほどねぇ、柚はこっち側だったのか」
「結構無茶なことを言うよな、俺一人の問題じゃないのに」
「だけど分かるよ、なんにもなさすぎるからさ」
「なんにもないってことはないだろ、前よりは変わっているはずだ」
夕貴とのそれも柚とのそれも、そうでもなければ甘えてきたりとか敬語をやめたりとかはしない。
「そうだね、そうなるね、だけど諒平だけが変わっていないんだよ」
「俺が露骨に態度を変えていたら気持ちが悪いだろ」
直視しなければ恋ができないということならできないままでいい、そこまで恋をしたいと考えているわけじゃない。
そういうことに興味があるやつだけが動けばいいんだ、悪く言わないから自由にやってくれればいい。
そもそもそうやって頑張っているやつらになにかを言ったところで醜い嫉妬と判断されて終わるだけだ、まあ、言うつもりも微塵もないが。
「はいすぐにそうやって自分を守るために行動をしない」
「仕方がねえだろ、自分は自分が守るしかないんだ」
「じゃあ守るために行動をしているということは認めるんだね?」
「遊歩だってどうせこうするよ、いきなり変わり過ぎたら怖いだろ」
誰かに言われて簡単に変わるのは恋じゃない、ただの思い込みだ。
距離感が変わるのが怖い、遊歩もそうだがあの二人が離れて行くのは精神的に耐えられない。
そりゃ嫌がっていて離れたがっているなら追わないものの、いつまでもいない人間を考えて前には進めないだろうな。
最近唐突に遊歩と友達になれたようにこれからもそういう人間は出てくる可能性はゼロではない、が、それでもやっぱり違うというかなんというか……。
「とにかく恋愛対象として見られないとかじゃないんだね?」
「当たり前だろ」
勘違いをして告白をしていないことを褒めてもらいたいところだ。
情けなかろうと興味があるなら相手に動いてもらうしかない、はっきりしてくれればこっちだってはっきりとする。
「ならいいや、柚、もっと近づいて」
「朝隅君は余計なことを言わないの」
「それは柚もそうでしょ」
「うっ」
原因を作ったのは俺だから余計なことを言う遊歩が悪いだなんて言えない。
睨まれていたからといって簡単に話してしまったのが失敗だった。
「いつ頑張るんだ」
こうして一緒にやっていてもすぐに手を止めたり寝てしまったりする、今回は後者だった。
残念な集中力をなんとか工夫してこちらが頑張っているというのにすーすー寝息を立てられていると気になるというものだ。
とはいえ、残して帰るというのもそれはそれで心配になるからできない、だからまた頬杖をついて時間をつぶしているわけだ。
「冷えるだろそれじゃあ」
ぶつぶつ呟いていても起きないぐらいには眠たいって普段は寝られていないのだろうか? 早い段階からテストに対する不安でいっぱいいっぱいとか?
「諒平っ、上着を掛けてあげてっ」
「え、嫌だよそんなの、起きたときに嫌そうな顔をされたら死ぬぞ」
少しずつ変わろうがメンタル糞雑魚だという点は変わらない、成長していないんだから勘弁してほしい。
つか仮にメンタルが糞雑魚じゃなくても貸すのは無理だ、そういうのはイケメンがやることだろうよ。
「いいからっ、怒らないから早くっ」
「ここにいるなら遊歩がしてやれば……って、上はどうした?」
「あ、あれー? いつの間にかなくなっているー?」
なんだこいつ、普通にしていればいい奴なのにすぐにふざけるから困る。
とにかく貸すのは無理だとはっきりしたら「諒平は駄目だ」と諦めてどこかに消えた、夕貴もそろそろ起きてくれないだろうか。
「さささっ、ささっ、これをこうして……よし、それではっ」
同性の柚がブランケットを掛けてくれて助かった、別にいていいのに帰ったのは少し気に入らないが。
彼氏彼女というわけじゃないんだから気にしなくていい、というか男子として意識をしていないから寝られるんだ。
「……暖かい」
「柚が掛けてくれた」
「なんだ、てっきりあなたが貸してくれたものだと期待したのだけど」
「冗談はよせ、それよかそんなに眠たいのかよ」
すぐに寝るうえにこんな冗談とか質が悪いぜ、遊歩だってこんなことを言ったりはしない。
なんか馬鹿にされているような気分になってきた、恋どうこうなどと言えるようなレベルではない。
「あなたといると眠たくなるのよ」
「じゃあ離れておくよ、このままだといつまで経ってもテスト勉強ができないから」
一緒にいたくなくて教室から逃げた、糞雑魚だからこんなもんだ。
それでも家に帰る気にはならなくて適当に校舎内をぶらついていた、なにも得られるものはなくて時間だけを無駄にした形になる。
荷物は教室に置いてきたままの馬鹿だからそのまま帰るわけにはいかないし、まだまだ残っていそうだということで教室にすら行けずにいた。
「夕貴ちゃんはまだ教室にいるよ、一人で寂しそうに」
「柚が行ってやってくれ、今日はもう無理だ」
完全下校時刻が二十一時に設定されていてよかった、流石に最後まで残ろうとはしないだろう。
これで残ったりしたら呆れるしかない、自分の性別を考えろと言わせてもらう。
それは目の前にいる柚も同じだ、だから女子二人で帰ったらどうだとぶつけた。
「一人でいたいの?」
「ちょっとな」
「分かった、じゃあ今日は夕貴ちゃんと一緒に帰るね」
「ああ、気をつけろよ」
「うん、諒平君も帰るときは気を付けて」
行ったか、それならあと三十分ぐらいは時間をつぶしてから帰ることにしよう。
こそこそ隠れていた遊歩の腕を掴んだまま座る、すると「おわ」と言っていたから面白かった。
「青春だねぇ」
「遊歩は興味ないのか?」
前にもこんなことを聞いたな、あのときと変わっていないなら想像通りの答えが返ってくるはずだ。
「興味はあるよ、でも、自分が動くつもりはない」
「なんでだ、もったいない気がするが」
「前にも言ったかな? 別に女の子関連で嫌なことがあったというわけじゃないんだよね、びびっとくる女の子と出会えていないというわけでもない」
「そうか、教えてくれてありがとよ」
どっちかを取ってほしいなんて考えももうない、だから余計な質問だった。
あの二人がいてくれないとやっぱり俺は駄目なんだ、他の人間と楽しそうにやっているところを見て嫉妬……なんてことはしないが前提が崩れると困る。
「もう帰ろ? こっちは冷えるよ」
「そうだな、帰るか」
天気はずっといいままだから特別寒いというわけじゃなかった。
だが、少し前を歩く彼の背中をなんとなく見つつ歩いていると急に腕を引っ張られて一瞬で意識を持っていかれた。
「朝隅君、諒平を連れて行ってもいい?」
「いいよ、僕はちゃんと相手をしてもらえたからね」
「ありがとう、それではまた」
「うん、またね!」
柚と帰ったんじゃなかったのか、それとも一旦帰ってからここに?
必ず通る道ではあるがたまたま違うところに行ったりしていたらどうしていたのか……なんて聞いても意味はないか。
「……付き合ってもらっていたのにすぐに寝てしまってごめんなさい」
「別にそのことで怒って離れたわけじゃないぞ?」
「そ、そうなの?」
「当たり前だろ、変な冗談を言ってくるからだよ」
「期待していたのは本当のことだけど……」
彼女の自宅近くだから歩くのはやめてちゃんと向き合う、そういう点でも勘違いをされたくなかった。
「俺になにかをしてほしいならちゃんと言ってくれ」
「そういえば柚ちゃんになにかしてあげたの?」
「まだだ」
か、噛み合わねえ、たまにだけだが不思議ちゃんになるときもある。
それであっても俺は全然違うわけだから類は友を呼ぶというやつも本当なのかどうかが分からなかった、全く似ていないぞ。
「そうなのね」
「眠たいなら家に帰った方がいいぞ」
説得力がないかもしれないものの、俺ならいつでも付き合う、これまでそうやって彼女と過ごしてきた。
こっちも少しおかしかっただけなんだ、遊歩と話せて落ち着けたから同じような結果にはならない。
「またあなたの足を貸してほしいの」
「じゃあ俺の家でもいいか? あ、でも、自宅の方が休めるか」
「あなたが付き合ってくれるならどこでも構わないわ」
「じゃあしゃあない、夕貴の家に行こう」
もう飲み物とかは出させないで客間で寝てもらうことにした。
敷いた布団の上に俺が座って布団を掛けながら寝れば少なくともこの前よりはましだ、睡眠の質というのもそこまで悪いものじゃなくなる。
「どんだけ眠たかったんだよ」
やっぱり不安で無理をした結果なんだろうか? まだ十二月にもなっていないのにこんなので大丈夫なのかというそれ。
それと受け入れておいてあれだが頬杖をつけないというのも問題だ、俺はあと何時間耐えられるだろうか。
でも、受け入れたからには最後までやんないと駄目だ、よし、頑張ろう。
適当に教科書なんかを読んだりして過ごしていた、スマホを弄っているよりはよっぽどいい。
すぐに暗くなって物理的に不可能になったら目を閉じて目を休める、今日も大して頑張れてはいないがなんにも疲れていないというわけじゃないからいいだろう。
「諒平」
「え、なんで母さんがいるんだ?」
「夕貴ちゃんのお母さんとそこで会ってね、私も上がらせてもらったんだ」
「そうか、母さんもいてくれれば安心だな」
じゃあ上げた彼女の母も来るわけで、なんか妙に緊張した。
ちなみに夕貴母は「夕貴は諒平君の足が好きなんだね」と柔らかい笑みを浮かべて言っただけ、母がいるからこそならどうなるのかは容易に想像ができる。
「別にそういうわけじゃないと思います、なんか俺がいればいいとかなんとかって」
「「なるほど」」
「……わっ、な、なんでこんなに増えているの?」
「さあな」
これだけ話していればそりゃ起きるか、でも二人が悪いわけじゃない、それどころかこうなってくれば俺らは帰るべきだろう。
「さ、流石にやめておくわ」
「夕貴がいいなら」
「「おお」」
「今日はこれで帰ります、夕貴もまたな」
「ええ」
さ、母を連れて帰るか。
自宅に着くまでの間、にやにやとやらしい笑みを浮かべられていても特に気になったりはしなかった。
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