05話

「ん……あれ……?」

「起きたか、もう二十二時を過ぎているぞ」


 昼寝どころかこのまま朝まで寝るかと思ったぐらいだ。

 今日の感想は布団でもないのにすごいなというそれ、俺の足も硬かっただろうからこれもまた一つの能力と言えるのかもしれない。

 でも、自分のことを考えるのならこういうことはあまりない方がいい、多分休めていないと思うからだ。


「え……嘘よね?」

「嘘じゃない、ちょっと眩しいだろうが我慢してくれ」

「……本当ね、え、じゃあ諒平はご飯を食べられていないということ?」

「母さんには悪いが別に吉原が悪いわけでもないからな、気にすんな」


 幸いローテーブルに色々広げて勉強をしていたから頬杖をつくことができたのがよかった、だからこれだけの時間の間も特に起こすことなくいられたんだ。


「ご飯はどうする? 食べるなら一階に行こう」

「でも、もう遅いし……」

「それなら風呂に入ってこいよ、吉原が出た後に俺も入る」


 冬だろうと風呂に入らずに寝るという選択肢は選べない、風邪のとき以外は入って当たり前だった。

 俺に後から入られるのが気になるということなら先に行く。


「それなら先に入らせてもらうわ」

「分かった」


 気にならないが彼女が気にするかもしれないから明日の朝に食べることにしよう。

 暇ができたから一階から布団を持ってきたりしてすぐに寝られるようにしておく、ご飯のことを気にするなら睡眠方向でも気にしているだろうからこれでいい。


「おかえり」

「ええ、ただいま」

「じゃあ行ってくる、寝たかったら先に寝ていてくれ……って待て、当たり前のようにここに敷いたが大丈夫か?」


 こればかりは毎回確認をするしかない、いやまあ風呂なんかに行く前に確認をしろという話だが。


「いつもここじゃない」

「そうだな、まあ一応確認をしただけだよ」


 冬限定で毎回三十分近く湯舟につかる俺だが今回ばかりは早く出てきた。

 同じ体勢で疲れていたというのもあって早く休むべきだというのと、丁度寝た頃に部屋に入ると起こしてしまうかもしれないからだ。


「おかえりなさい」

「おう、寝るか」

「そうね」


 別に変なことをするつもりはないものの、少し気になるから彼女に背を向けて寝転んだ。

 疲れたくせに眠気なんかはやってこなくて適当に暗闇を見ていると「ねえ諒平」と話しかけられたから返事をする。

 風邪のときでもあるまいしあれだけ寝ていれば寝られないか。


「いつ名前で呼んでくれるの」

「求められていなかったから名前で呼んでいなかっただけだ」


 この前引っかかっていたようだが遊歩に対してだって同じだ、求められたから名前で呼んでいるだけだ。

 そうでもなきゃ俺にはできない、そんな陽キャみたいな人間だったら多分こんなことにはなっていない。

 でも、俺がこういう人間でよかったと心から言える、そういう人間だったら色々なことがちゃんと見えていないままだっただろうからこれでいいんだ。

 前にも言ったようにそもそも俺が俺をやっている限りはというやつだ、だからまああまり意味もないことを考えていることになる。


「じゃあいま頼んだら呼んでくれる?」

「嫌じゃないなら」


 だがおかしいな、大切な物を探してくれた遊歩に、とはならないのか。

 仕組んだことでも彼女からすれば一生懸命に動いてもらえたわけだし、俺はすぐに諦める前提であんな発言をしていたというのに。

 まあ、敬語じゃないからだというだけで男として見られるわけじゃないのはなにもおかしなことじゃないが。


「それなら夕貴って――い、いやほら、朝隅君のことを名前で呼んでいるんだから昔から一緒にいる私の――」

「だから求められていなかったからだ、で、求められたんなら応えるだけだ。夕貴、これでいいんだろ?」

「ええ、ありがとう」


 類は友を呼ぶというやつで似たような人間が集まるということならもうちっとぐらいは似ていてもらわないと困る。

 彼女と違って物好きというわけじゃないしな、敢えて変なことをしたりもしないんだ俺は。


「こっちを向いて」

「元々高低差があってそっちを向いたところで――起きていたのか」


 少しの夜更かしはいいと言ったがそれでもこれぐらいの時間になるとやはり眠たくなる、風呂から出たばかりなのもあって布団から出たくはないからあまり無茶を言わないでほしかった。


「柚ちゃんのことも名前で呼んであげてちょうだい」

「求められたらな」

「ええ、それでいいから。それと……」


 これも能力だろ、どうしたって次の言葉を聞くために意識をしてしまう。


「明日はテスト勉強を頑張るわ、今日はなにもやれていなかったもの」

「はは、そうかい」

「それじゃあおやすみなさい」

「おう、おやすみ」


 寝すぎて恥ずかしかった、というところか。

 怒ったり恥ずかしがったりミスをしたりとこれも前にも言ったように彼女が人間らしくてよかった。




「よかったよかった、やっとちょっとは進展したよね」

「遊歩、これからはあんなことをするな」

「あれ、ばれちゃった? って、そんなに怖い顔をしなくても」

「あいつは本気で慌てていた、ああいうところを見たくないんだよ」

「ごめん、もう二度としないよ」


 口先だけの言葉だとしても信じるしかない。


「あれ、吉原先輩のところに行かないの?」

「ちょっと廊下に行ってくる」

「それなら僕も行くよ」


 気まずい展開になったとかじゃないのに何故か教室にいづらい。

 だからこうして冷える廊下に出てきたわけだが、やれることというのは教室にいるときと変わらなかった。

 家じゃないから歌うわけにもいかないし、そもそも歌とか他の人間がいるところで歌ったりはできないし……というやつ。


「なあ遊歩、今度暇ならまた家に来いよ、なんにもないが菓子ぐらいなら出してやれるぞ」

「りょ、諒平が自分から誘ってくれるなんてっ」

「って、遊歩は俺のこと全然知らないだろ」


 その場その場で適当に口にしているだけなんじゃないかと呆れた。

 とはいえそれも仕方がない、俺は可愛いや奇麗な女子ってわけじゃないんだから。


「確かにっ、だけどあの二人から全然誘ってもらえないって話を聞いていたからさ」

「それは事実だな、別に嫌だとかじゃないが」

「ねえ、吉原先輩となにかあったの?」

「さっき全部教えただろ、それ以外は普通だよ」

「じゃあ諒平自身の問題ってこと?」


 俺自身の問題か、でも、そういうことになるわけだ。

 普段と昨日の夜の差にやられてしまったのかもしれない、また悪い癖が出ているだけなのかもしれない。

 当たり前と言えば当たり前かもしれないが夕貴があくまで普段通りといった感じでいてくれているのがありがたかった、向こうまで変だったら間違いなく調子が狂っていた。


「あ、柚が来るよ」

「そうか」


 夕貴や彼といないときはやはり一人か、せめて同級生に女子の友達が一人でもいてくれればいいんだが。

 自分の心配をしていろと言われたらそれまでではあるものの、そこはまあ関わっている年上として心配になってしまうわけだ。


「よう天木」

「ふん」

「遊歩、今日は不機嫌みたいだぞ?」


 不機嫌のくせに離れないということは分かりやすくなる、ふらふら俺のところなんかに来るからこういうことになるんだ。

 ずっと相手をしろだなんて言えることではないが友達ならちゃんと優先しなければならないというやつだった。


「不機嫌だったら敢えて近づかないでしょ、きっと他に理由があるんだよ」

「分かった、遊歩が相手をしないからだろ、どうだ天木」

「知りません」

「はは、これは重症だな、遊歩は大変になるぞ」


 俺の方は先程と違って少し楽になったから教室に戻ることにした。

 夕貴は相変わらず友達と話していたが楽しそうだから悪いことじゃない。

 少しして授業中になって適当に絵を描いたり板書をして過ごした。


「諒平、一緒にお昼ご飯を食べましょう」

「友達はいいのか? いいならいいが」

「大丈夫よ、少し移動しましょう」


 なるほど、クラスメイトとは沢山話せたから後輩組と話したいというやつか。

 彼女も結構贅沢な思考をするようだ、俺としてもあの二人がどうなっているのかが気になるから丁度いい。


「来たよー」

「おう、一緒に食べようぜ」


 一緒のところに行くからだけじゃないよな、必ずこの二人は一緒にいる、なのに一歩が踏み出せないとなれば協力するのが一番だ。


「諒平先輩」

「おう、どうした?」

「お弁当を食べた後に付き合ってください」

「分かった、遊歩との件をなんとかしないとな」


 毎日弁当を作ってくれている母には感謝しかない、だからがつがつ食べたりはしないようにしている。

 元々ゆっくりしたいのもある、昼休みの緩い雰囲気がそうさせるんだ。

 一つ気になったのは夕貴が誘ってきたのにろくに喋っていなかったということ、天木や遊歩なんかともそうだったから尚更そうなる。


「夕貴、後で付き合うからちゃんとしたいことがあるなら言ってくれ」

「え、ああ、別に遠慮をしていたとかなにかしたいことがあるとかではないの」

「そうか、じゃあ俺の勘違いだったな」


 とりあえず天木との約束の方をなんとかしてしまおう。


「なんで夕貴先輩とのことを言ってくれなかったんですか」

「泊まるって話は天木も知っていただろ? あとは名前呼びをしたってだけだ」


 不機嫌だったのはそんなことが理由だったのか、夕貴に聞けばいくらでも教えてくれることだろうよ。

 でも、彼女にとっては……という話か、じゃあこれも俺の失敗か……?


「私は隠されたくありませんでしたっ」

「気になるならちゃんと聞いてくれよ、俺から〇〇だったんだっていちいち言うわけがないだろ? そもそも意地になっているだけで求めていないだろ」

「勝手に決めつけないでくださいっ」

「落ち着け、じゃあいまから言うよ」


 甘えて名前呼びを求めて普通に起きて学校に行ったというだけの話だ。


「あと名前……」

「それは求めているのか?」

「……それしかないですよね、なんで私には意地悪なんですか」


 これで意地悪認定されるのは厳しいな、あと、それなりに一緒にいても全く分かってもらえていないのかと寂しくなった。

 俺が分かろうとしてこなかったのも影響しているのだろうか、だからってなにもかもを変えて行動……とはできない。

 そういうのもあって相手から〇〇をしてほしいと求めてもらいたいんだ。


「柚と呼べばいいんだろ、はは、もっとちゃんと言わないとな」

「それとですね、なんで最近はしてくれないんです? 自分で言うのもなんですけど頑張っていると思うんですが」

「べたべた触れないようにしているんだ……というのもあるが、柚が中三のときに一年別れてやりづらくなったんだよ」


 だからそんなことも俺に動いてほしいなら求めてもらうしかない。

 つかなんか物凄く恥ずかしい、うわー! と叫びたくなる。

 中学生のときはちょっと調子に乗っていたのかもしれなかった、でも、後悔をしたところでもう遅いよな。


「気にしないでください、そもそも中学生のときはこちらに許可を貰ったりもせずに頭を撫でてきていたじゃないですか」

「やばいな俺」

「別に、私は嫌だなんて一度も言っていませんし、思っていませんし」

「夕貴と一緒で優しいな」


 遊歩だって同じだ、恵まれているな俺。

 ちゃんと柚の方を見て頭に触れる、効果はあるか分からないが頑張ったなと口にして手を動かした。

 恥ずかしさなんかはなかったものの、俺がやるのは違うだろとぞわぞわがやばかった形になる。


「……ありがとうございます」

「ああ、戻るか」


 早く戻っておかないと遊歩がによによしそうだから仕方がない。

 それとこれで俺にしてもらいたいことをちゃんと言えたわけだし、柚的にも十分な気がするんだ。


「夕貴先輩にもしてあげてください」

「それはちょっとな、求められてもできないよ」

「な、なんでです?」

「分からん、とにかく夕貴の場合は無理だ」


 この話を続けられると困るから柚の腕を掴んであの二人のところまで歩いた。

 言動と行動が伴っていなくて頭を掻きむしりたくなるがなんとか我慢をして黙って見ておくことができた。

 やはりすぐに俺以外の人間で盛り上がろうとしてくれるところがいい、少しじっとしていれば複雑なそれも少しぐらいはなんとかなる。

 予鈴が鳴る前に解散になって席で次の時間に使う道具なんかを出していたときのこと、目の前に影ができて見上げてみると夕貴が微妙そうな顔でこちらを見ていた。


「やっぱりなにかあったのか? それならちゃんと付き合うぞ」


 どうせ暇人だから何時間でも構わない、帰りも任せてくれればいい。

 五年は一緒にいるんだから変な遠慮もいらない、もっとも、俺になにかを期待しているのかどうかも分からないが。


「名前で呼んであげたの?」

「ああ、求められたからな、それといらない情報だろうが求められて頭も撫でた」

「久しぶりにしてあげたのね、柚ちゃん喜んでいたでしょう?」

「んー、なんか難しそうな顔でありがとうと言ってきただけだぞ?」


 一応部活を頑張っていたあのときと違って特になにかを努力しているわけじゃないから昔とは違ったのかもしれない、あのときの俺だからこそよかったということもあるんだろう。


「それはいつものあれよ……って、そうではなくて今日の放課後も付き合ってちょうだい」

「おう、じゃあ約束な」

「約束よ、絶対よ」

「はは、受け入れたことなら守るよ」


 柚にだけじゃなくて彼女にも普段世話になっているからなにか買うか。

 高価な物じゃなければ俺でも買って渡すことができる、本人が欲しがっている物を買えば嫌そうな顔をされるということもないから精神的にもいい。

 そのため彼女の方から誘ってくれたのはありがたいことだった、やっぱり俺から誘うのは異性に対してはあまりないようにしたい。


「諒平急いでっ」

「お、おいおい、まだ終わったばっか――あ、焦るなってっ」


 柚や遊歩だって遊びに行くということなら邪魔をしたりはしない、昨日そういうところを見せてくれたばかりだろうに。

 結局、学校から離れて店なんかが沢山ある場所まで走ることはやめなかった。


「はぁ……はぁ……久しぶりにこんなに走ったぞ」


 体育の授業だってもう少しぐらいは優しいもんだ、特に冬に全力を出すのはやめた方がいい。

 止まってから体感的に三分ぐらいが経過しても未だに心臓が暴れたままだ、ちなみに俺をこうした彼女は腕を組んでこちらを見てきているだけだ。


「ちょっと疲れたからあそこの店に入るか」

「諒平っ」

「今日はどうしたんだ、とりあえず中に入ろう」


 案内された席に座って注文の方は適当に選んでしておいた、で、今回は窓の外に意識を向けておくわけにはいかないから彼女の方を見る。


「それで?」

「……テスト勉強なんかどうでもよくなったのよ」

「はは、そういうときってあるよな」


 まだ十二月にもなっていないんだから無理をする必要はない、遊びたいなら自由に遊べばいい。

 彼女はきちんと切り替えて向き合える人間だから大丈夫だ、やる際は誘ってくれればちゃんと付き合う。


「というのは冗談で……落ち着かなかったの」

「泊まったことを後悔しているということか? それとも名前のことか?」

「朝からずっとそうだった、でも、後悔をしているわけではないわっ」

「しー、怒られちまうぞ」

「そ、そうね。すぅ……はぁ~……よし、もう大丈夫よ」


 頼んだ飲み物がこのタイミングで運ばれてきたのもいい方に影響して確かに本人が言っていたようにいつも通りに戻れていたと……思う。


「美味しいわね」

「だな、温かいから落ち着ける」

「隣に行ってもいい?」

「いいぞ」


 以前までは外でコーヒーなんてという考えがあったが冬なのもあってそう悪い物じゃないと気づけた、が、やはり人気のあの店やあの店に入るのは無理だ。

 他に誰かがいてくれてもだ、夕貴や柚がいてもそわそわするだろうからこれからもこれが当たり前になることはない。


「夕貴、なにか欲しい物はないか、高価な物は無理だが買わせてほしい」


 待て、この言い方だと貢いでいる男みたいで嫌だな。

 まるでなにかをあげなきゃ一緒にいられないように見える、場所的にもよくはないはずだ。


「柚ちゃんにもしてあげるの?」

「あ、ああ、世話になっているのと迷惑をかけたからな」

「そうなのね、だけど急に言われても……」

「いつまでも有効だから考えておいてくれ」


 自然と終わらせてくれたというか飲み物が終わって出ることになった、まとめて会計を済ませて外へ。

 走っていたときと違い暖かい場所から冷たい場所になったということで二人で「寒い」と口にする羽目になった。

 ただまあ、昼なんかとは違ってすっきりしたような顔をしていたから帰りたいという気持ちも出てこなかったのだった。

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