04話

「諒平遊ぼうっ」

「いいぞ、なにをして遊びたいんだ?」


 なんだかんだで同性の友達がいてくれるというのはいいことだ、あのときは吉原にあんな反応をしたが拒まなくてよかったと言える一件だった。

 変に勘違いをしようもないというのが大きいな、それになにより裏を考えなくていいから疲れることもない。


「かくれんぼっ」

「待て待て、小学生かよ」

「柚と吉原先輩も参加してくれるという話だから諒平が見つけて、あ、もう隠れているからね」


 本当かよ、真剣に探した結果虚しいことになりそうだ。

 とはいえ受け入れたことには変わらないから適当に探していくことにする、放課後だからできることだった。


「つか、遊歩は隠れなくていいのか?」

「うん、僕はこうして諒平を追って行くよ」

「そうか」


 どれぐらいの範囲なのかによって大変かそうじゃないかが変わってくる。

 中々に広いからなこの高校は、反対側の校舎に逃げられたりトイレに逃げられたりしていたらいつまでも見つからないなんてことになりそうだ。

 寧ろ探さないで待っていた方がいいのかもしれない、向こうもいつまでも付き合えないからもう終わりでいいと出てきてくれる可能性の方が高かった。


「あ」

「ん?」

「ちょ、ちょっとくっついてもいい?」

「まあいいが」


 あの集団が苦手なのか? 単純に同級生が苦手という可能性もある。

 学校が嫌いな人間の俺もまあそう変わらない、それになにもしてこないと分かっていても集まっているところに突撃するのはそれなりに勇気がいる。

 そう考えると吉原や天木の存在はありがたかった、あの二人といるときは人が沢山いようとそこまで気にならないからだ。


「僕、クラスメイトが苦手なんだ」

「俺は苦手と言える程知らないぞ」


 俺の名字が出ることもない、あの二人と教室で話していても特に変わらない。

 空気様程偉い存在ではないが空気だ、目に見えない存在レベルだと言ってもいい。

 まあ、無駄に敵視をされて無駄に精神ダメージを受けるぐらいならその方が間違いなくよかった。


「悪く言われたのは一回だけしかないのにそのときのことを思い出して震えるんだ」

「冬だからな、ちなみになんて言われたんだ?」

「……女の子とばかりいておかしいって」

「は? あ、嘘か、流石にそんな小学生みたいなことを言う高校生はいないだろ」


 いない……よな? あ、というかそれが高校生のときだとは言っていないか。

 つまり過去に言われて引きずってしまっているということだ、だからこれまでは興味を抱いていたのに来ていなかったのかもしれない。

 あの二人といたいという気持ちよりも悪く言われたくないという気持ちが勝った結果だ、きっとそういうことだろう。


「いや、今年の五月頃に言われたんだよ、ちなみにあの子達の中の一人なんだけど」

「見事に男子としかいないな、なんだよ結局ただの嫉妬かよ」

「嫉妬……?」

「自分達がいられねえから普通に一緒にいられる遊歩が羨ましかっただけだろ」


 ただ、一回だけならそういうのも解決して余裕ができたのかもしれない。


「それ以外の男子はなにも言ってこなかったんだろ? もしかしたら一人だけ女子と関われていなくて焦っていたのかもしれないな」

「そうなのかな」

「本当のところは分からないがそんなの気にするな」


 じゃない、俺らがしなければならないのは遊歩に悪いがこれじゃない。


「天木ー、吉原ー、出てきてくれー」

「えぇ、それで出てきたらかくれんぼに――」

「夕貴先輩ぎゅー! ふふふ、今日は邪魔者が誰もいませんからね、こういう時間ぐらいは女の子だけで……って、ぎゃー!?」


 そりゃまあそうか、かくれんぼなんか真剣にやるわけがないか。

 吉原を抱きしめて満足そうにしている――していた天木の横に遊歩が移動した、真剣にやってもらえなかったことが気になるのかその顔は寂しそうだった。

 そして天木に抱きしめられようと俺達が来ようと依然として読書を続けている吉原はこっちに一瞬でも意識を向けることはなかった。


「な、なんでもう来ちゃうんですか」

「とにかく見つけたからこれで終わりな、遊歩、俺は帰るぞ」

「僕も帰るよ」

「分かった、じゃあ外で集合な」


 敢えて変なことをせずにちゃんと過ごしたい人間といられているわけだからいいことだ、教室から荷物を取ってきて靴に履き替えていると「待ちなさい」と止められたのは予想外だったが。


「朝隅君はなんであなたの腕を掴んでいたの?」

「クラスメイトが苦手なんだってさ」

「怖かったからあなたの後ろに隠れていたということ?」

「クラスメイトに遭遇してからすぐに吉原達が見つかったから離す暇もなかったんだろうな」


 あの場で頼めるのは俺しかいなかったわけだからなにもおかしな話じゃない、だってあの輪に突撃できるならそもそもこんなことにはなっていないわけだしな。

 利用されているだけなんだとしても頼られて悪い気はしない、あの程度だったらいつでも受け入れてやるつもりでいる。


「そう、教えてくれてありがとう。それと私達ももう帰るから待っていてほしいの」

「でも、天木的には吉原と二人でいたいんじゃないのか?」

「大丈夫よ、じゃあすぐに行くから」

「分かった」


 本人がそうしたがっているんなら仕方がないか。

 大した距離もないからすぐに合流して帰ることができた。

 遊歩と吉原と天木と三人で普通に楽しそうにお喋りができていたからこっちとしてはそわそわしなくて済んだのだった。




「おかしい……どこにもないわ」

「天木から貰った大切な物なんだろ、それが見つからないってどういうことだよ」

「休日は身に着けて外に出ていたから……」

「落としたってことか? なら見つけるのは無理だな」


 天木に頼んでもう一個……というわけにもいかないだろう、同じ物が手に入ればいいというわけじゃないんだ。

 でも、探して見つけるというのも現実的じゃない、だからもう一回だけ家の中を探させた。


「やっぱりないわ」

「そうか、残念だったな」


 仕方がないよな、なんでもかんでも見つかるなら苦労はしない。


「どうしたらいいのかしら……」

「どうしたらって諦めるしかない――」

「それなら僕に任せてよ! 物を探すの得意なんだ!」


 ソファでむしゃむしゃ菓子を食べていたと思ったら唐突にこれだった、だがこれはありがたいことだ。

 こうしてちゃんと協力してくれる人間がいればある程度の時間が経ったときに諦めがつく、例え内と表で差があっても相手のことを考えて終わらせる。

 この微妙な時間をなんとかできればそれでいいんだ、まあ、なにが言いたいのかというと特に引っかからずに帰りたいだけだった。

 ほら見ろ天木、俺はこういう人間なんだよ。


「そ、そうなの? でも、無理はしないでちょうだい」

「任せて!」


 とはいえ待つのも微妙だから元気な少年を追って行くことにした。

 元々俺らは遊んでいたんだからなにもおかしな話じゃない、途中で吉原から来てほしいと連絡がきてあの家にいたんだ。

 でもよ、なんで俺と遊歩が仲良くしているんだろうな、そこは女子と積極的に過ごせよと言いたくなるところだ。


「ふんふふーん」

「遊歩、あんまり無理をするなよ、見つからなくてもそれが普通だ」


 そもそもどんな物かもどこら辺で落としたのかすらも分かっていない、百パーセントと断言してしまってもいいぐらいには無理なレベルだった。


「大丈夫大丈夫、諒平はとにかく一緒にいて」

「ああ、まあそれは守るよ」


 ある程度の時間をつぶせなければ意味がないんだからな。

 彼は本当に探してんのかと言いたくなるぐらいには一切足を止めずに鼻歌交じりで歩いていた、途中、大丈夫らしい知り合いに出会って楽しそうに話していたぐらい。

 思わず動いてしまって俺と同じように時間をつぶしているということなのか? ただ吉原的にはありがたいだろうな。

 無理だと分かっていても動いてくれるそういうところに惹かれるかもしれない、そうすれば自然と彼を頼るようになっていく。


「見つけたよ」

「は? え、自動販売機……だぞ?」

「ほらこの上だよ、ちょっと高い高いして」

「お、おう」


 で、持ち上げた彼が持ってきたのは手作り感満載のブレスレットみたいな物で。


「これを撮って写真を送信……っと、これで万事解決だね」

「どうやら違うみたいだぞ? ほら、『残念だけど違うわ』だってさ」

「あれ!? 柚だったらこういう物をプレゼントしそうだったのになぁ」


 身に着けられる物だからそこまで外れているわけじゃないか。

 なんでこれがこんなところにあるんだ、落とし物をわざわざ自動販売機の上に置くとか意地悪かよ。


「あ、それ!」

「ん? ああこれのことかな?」


 こ、これが所謂幼女というやつか? ど、どうすればいいんだ。

 吉原や天木は得意だったが俺は小さいやつが苦手だ、遠慮なくずばずば言葉で刺してきたりするから怖い。


「それ私のなの! だから返して!」

「分かった、はい、今度は落としちゃ駄目だよ?」

「うん! お兄ちゃんありがとう!」


 彼がいてくれてよかった、一人のときに話しかけられていたら俺は終わっていた。

 そういうのもあって「お兄ちゃんだってっ」とハイテンションの彼の頭を撫でていた、ちゃんと礼も言っておいた。


「いまの撫で方は慣れている人の撫で方ですねぇ」

「天木に何回かした、頑張っているやつを見るとしたくなる」


 嫌そうな反応はしていなかったからそういう点での問題はないと思う、が、高校になってからは一年離れたのもあってまだ一回もない。

 まあ? 異性に触れることなんてできればない方がいいし、イケメンならともかく俺にされてもあれだろうからこれでいいんだ。

 ……申し訳ない気持ちになってきた、今度なにかを奢ることでこの内の複雑さをなんとかしよう。


「おお! なんにもないわけじゃなかったんだね! あ、だけどあの二人はお互いのことが好きなんだよね……」

「百合でいいだろ百合で」

「百合はつまらない! やっぱりちゃんと異性と恋をするべきだよ!」

「気をつけろよ、どこに過激派がいるから分からねえぞ」


 つかこれからどうするよ、このまま適当に歩いていたって見つからないだろ。

 三十分……いや、一時間はなんとかつぶしたいが帰るのが大変になるだしな……。


「今度こそ吉原先輩が探している物を見つけたよ」

「はは、そうかい」

「じゃあはい、これは諒平が持って行ってあげて」

「は? え、遊歩はどうするんだよ」

「僕は帰るよ、やらなきゃいけない課題を思い出してねー」


 なんだそりゃ、ただ、帰らなければいけないのは確かだから帰るか。

 適当に渡してそれでも遊歩が動いてくれたんだぞということをアピールすればなにかが始まる、きっとそうだ。


「吉原ー」

「ふふ、あなたならこうしてすぐに帰ってくる……と」

「どうした? あ、これじゃないよな?」


 結局あの小さい子が持って帰ったあれとそこまで変わらない物だった、でも、子どもでプレゼントとなればこれぐらいだろうから普通だ。


「そ、それ、どこにあったの?」

「遊歩が持ってきた、え、これが正解なのか?」

「見つかってよかったわ!」

「おいおい、見つけたのは遊歩だぞ、俺を抱きしめてどうする」

「あっ、ご、ごめんなさい、つい嬉しくて……」


 だが、俺は信じていない。

 これは最初から最後まで遊歩が仕組んだんだという考えを変えられなかった。




「朝隅君、君は偉いよ」

「へへ、そうでしょ?」

「あ、そういうところはマイナス点ね」

「えー」


 いちいち聞いたりはしなくていいか、どうせ答えてくれはしないだろう。


「諒平、なにを見ているの?」

「あの二人だ、相変わらずいちゃいちゃしているぞ」

「ふふ、嘘をついては駄目よ、朝隅君といちゃいちゃしているのは諒平でしょう?」


 なーにを言っているんだ彼女は、とうとう嫉妬しすぎて見えないものまで見えてきているのかもしれない。

 邪魔をするのも違うからと吉原と一緒に違うところに行くことにしたが少なくとも来月までには直してほしいところだと言えた。


「諒平、今度一緒に勉強をしましょう、もう少しでテストだから」

「おう、頼むわ」

「それとそろそろ家に泊まってもらいたいの」

「そういえば最近は……って、俺の家に泊まったことがあるってだけだろ、その言い方だと俺がそっちに泊まりまくっているみたいに聞こえるからやめてくれ」


 上がらせてもらうことはあるが断じて泊まったことなんかはない、幼馴染の天木とは違うんだよ。

 ただ、彼女が俺の家に泊まる分にはどうでもよかった、本人がこう言っているんだからとこういうときはなんにも引っかからずに受け入れている。

 言っても無駄だからと諦めている自分もいるにはいるが……まあ、後悔しないならいいんじゃないだろうか。


「ふふ、そうだったわね」

「俺はいつでもいいぞ、二人きりが嫌だったらまた天木なんかを誘えばいい」

「今日でもいい?」

「ああ、別に構わないが」

「それならよろしくね、それと今日から頑張りましょう」


 まだ一か月ぐらいはあるが期末ということで早い内からやっておくのは悪いことじゃない、一緒にやってくれるということなら寧ろありがたい話だ。


「夕貴先輩今日は諒平先輩のお家に泊まるんですか? それなら私は遠慮しておきます!」

「僕もやめておくよ」

「え、ええ」

「あ、だからといって朝隅君のお家に泊まったりはしないので勘違いをしないでくださいね」


 そういうことをいちいち言うと怪しまれるぞ、とは言わなかった。

 実際に泊まろうとなんにもおかしなことじゃないしな、遊歩が上手くやってくれないだろうか。


「柚ちゃんがいてくれた方がよかった?」

「いや? 吉原だけでいいよ」


 俺自身が求めているというのもあるが集まると俺とそれ以外という形になる、すると俺はいらねえだろというそれが強くなって帰りたくなってしまうから駄目だ。

 いつだって他者に他者を優先してくれと考えているわけじゃない、俺だって優先をしてもらいたいときはある。

 彼女が同級生だってのも影響している、だからこの点についてはあまり彼女と変わらないんだ。


「それならよかったわ、だって二人きりが嫌とか言われたら寂しいじゃない」

「言わねえよ。それよかなにか買っていくか、頭を使うと腹が減るからな」

「そうね、そうしましょう」


 色々と買って、彼女の家に寄ってから自宅に帰ってきた。

 とりあえず飲み物を忘れずに出してから机とにらめっこタイムの始まりだ、今日は一時間が目標……というところか。

 集中力というのはないからそこらへんは許してもらうしかない、俺を誘ったということはそういう前提で来てくれているはずだから心配する必要はないだろう。


「なんだよ?」

「いえ、こうして二人きりになるのも久しぶりな気がして」

「ああ、吉原は常に天木なんかといたよな」

「違うわよ、あなたの方が他の子を優先していたんじゃない」

「そうか? まあ、今日はちゃんといるから勉強をやろう」


 何度も言うが集中力は大してないからやり終えた後でいい、ちょっと夜更かしをすることになっても構わない。

 最近は少しおかしかったものの、俺らの関係というのはこういうもんだ。

 なんにもできないわけじゃない、彼女だって受け入れてくれる、だというのにやたらとマイナス思考だったなと恥ずかしくなった。

 とはいえ勘違いをしてはならないということについては変わらないがな。


「りょ、諒平、足を借りてもいい?」

「眠たいなら布団を持ってきてやろうか? 冷えるだろ?」

「いえ、だけどちょっと甘えたくて」

「じゃあいいぞ、好きに使ってくれ」


 これって甘えるというか頼ってい……いや、使っているだけではないだろうか。

 それでもいちいち変なことを言ったりはせずに決めていた通り、勉強を頑張った。

 途中途中ですーすー寝息を立てている彼女が気になったものの、疲れているんだろうということでなんとか布団を引っ張ってきて掛けておいた。


「諒平、入るよ――って、やっぱり夕貴ちゃんだったんだ」

「ああ、おかえり」


 この家で天木と二人きりで過ごしたことはほとんどない、だから母がやっぱりと口にしてもなんらおかしなことじゃなかった。

 遊歩だってあれから来ていないからそれだけつまらないということだろう、俺としては寝たりご飯を食べたり風呂に入れたりすればいいからこれで十分だ。


「ただいま。なんか久しぶりだね」

「俺も直接吉原に言ったよ」

「そうだ、すぐにご飯を作るからね」

「頼む」


 食べ物は買ってきているが親に変な遠慮はいらない、買ってきた物は小腹が空いたときに食べようと決めたのだった。

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