03話

「うーん、そういうことかぁ」


 この三人の中に特別な感情というやつはまるでないようだった、それどころかゲームなんかをして楽しんでいるだけだ。

 ご両親がいない間は家主の諒平が寝転んでいるだけなのも問題だ、男女がいてこれなのはあまりにも……。


「諒平、そんなのでいいの?」

「ああ、つまんないだろ? 悪いな、俺の家はこんなもんだ」

「いやそうじゃなくて……」

「吉原と天木を連れて遊びに行ってもいいぞ、その方が女子組としても楽しいだろ」


 違う違う、そんなことが聞きたいわけじゃないんだよ。

 なんでこんなことになった、中学生のときから一緒にいるという話なのにこの親しくなさそうな感じはなんなのだ……。

 特に柚が問題だと言える、コントローラーをかちかちしている場合じゃない。


「吉原先輩ももうちょっとぐらいは諒平に興味を持ってよ」

「諒平の家ではいつもこうよ、読書とか勉強をして過ごすわ」

「本当に友達なの?」

「少なくとも友達ではなかったら家になんて上がらないわよ」


 いきなり近づいたクラスメイトのあの子でさえ気になる異性に対して積極的にアピールをしていたというのに……気に入らない。

 とはいえ、恋は誰かに強制されてするようなものじゃないからこの場合だと悪いのは僕だということになる、でも、気になるものは気になってしまうんだ。

 いやほら、流石に家でぐらいは違うと思っていたんだ、学校では周りの子にからかわれたりしないよう対策をしているだけなのだと考えていた。


「それよりあなたは柚ちゃんを私に返しなさいよ」

「え? あ、そっちが繋がっているの?」

「そうだよ朝隅君っ、私達はお付き合いをしているんだよ!」

「まあ、幼馴染だから似たようなものね」


 えぇ、所謂百合というやつか、じゃあ諒平の存在は二人にとってどうでもいいということなのか……。

 それなら寝転んだりして当然だ、なんにもないなら期待なんかは当然できないわけだから諒平はなにも間違ってはいない。


「諒平、僕が相手をしてあげるからね」

「余計なことを気にするな」

「でも、これだけ来ておいて結局そっちに興味を持っているってさぁ」

「吉原も天木も楽しそうだからいいだろ」


 そうか、じゃあもうこれ以上は言うべきじゃないな。

 お礼を言って黙っておくことにする、でも、観察をしていても特に楽しめることはなかった。




「へえ」


 あのイケメン男子は吉原とかじゃなくて同じく読書を好んでいる静かな女子のことを好いているのか。

 普段は陽キャラでどんどん引っ張っていくくせに好きな女子に対しては積極的になれないなんて不思議だ、それだけあの女子が手ごわいということなのかもしれない。


「諒平先輩」

「遊歩といなくていいのか?」


 彼女も読書をしていたら気にした男子が積極的に話しかけてくれる可能性が高そうだった。


「朝隅君は学校が好きじゃないんですよ、だから今日も突っ伏しています」

「なら恋人の吉原のところに行ったらどうだ?」

「夕貴先輩が恋人だったらどんなによかったことか、でも、そんなことはないんですよね残念ながら」


 外を見つつ「同性同士だから頑張ることもできません」と重ねた、その顔はつまらなさそうな顔だった。

 なんだろうな、好きになると行動しづらくなるとは分かっていても悪く考えすぎだろと言いたくなってしまう。

 そもそもある程度の努力をした状態でなんにも可能性を感じられないなら言ってもいいがなんにも動いていない状態で言えることではないだろう。

 相手が吉原から変わっても私はこうだからとか迷惑をかけてしまうからなどと言い訳をして変わらなさそうだ。

 でも、俺から言うのは違うよな、遊歩か誰かがぴしゃりと言ってくれればいいが。


「ボウリング、リベンジしたいです」

「じゃあ遊歩に言っておいてやるよ」

「弱点を知られたくないです、なので諒平先輩が付き合ってください」

「なあ天木、本当に……分かったよ」


 この露骨に顔に出すやつもなんとかしてくれねえかなあ、気になる異性にだけやっておけよ。

 俺以外になら犯罪行為じゃなければなんでも使っていいからこっちといるときは抑えてほしい。

 強気に出られない俺が情けないだけだとしてもだ、そうやって興味もない人間を使っていれば悪く言う奴だって出てくるんだぞ。


「はぁ」

「疲れているわね」

「学校が好きじゃないだけだよ」

「そう」


 そう、昔から学校が好きじゃない、それでもなんとかやれているのは二人がいてくれているからだ。

 だからこそなにかをしてやりたくなる、でも、それって結局時間を貰っているということだから素直に喜べない。

 相手が笑みを浮かべてありがとうと言ってくれても内では違うんじゃないかと無駄に裏を考えてしまう人間性が足を引っ張る、疲れさせる。

 だが、一人でいるのもそれはそれで嫌だというわがままなところがあってずっといい方には傾いていなかった。


「今日本屋さんに行きたいの、だから付き合ってくれないかしら」

「いいぞ」

「ありがとう、それじゃあ放課後になったらよろしくね」


 大人しく家に帰ってじっとしているか寝ているかという生活よりは間違いなくいいから受け入れた。


「どうせならあなたも読書をしてみるのはどう? 私は時間つぶしのために読んでいるわけではないけどそういうために読むのも悪くない気がするわ。少なくとも退屈だと何回も呟くよりはいいでしょう?」

「文字が多すぎるのもな」


 国語の教科書を読むのだってなるべくしたくないのに敢えてそれ以上に多い文字を読むのも微妙だ、金を払ってまでではないというのが大きい。

 だからといって本を買って読むことを趣味にしている人を馬鹿にすることはないから勘違いをしないでほしい、押し付けないから押し付けてくれるなよという話だ。


「でも、ゲームもやらない、本も読まない、遊びにも誘われない限りは行かないとなると時間が余ってしまうでしょう? 寝て過ごすのは本当に寝なければならないときに邪魔になってしまいそうだし……」

「まあ、それで誰かに迷惑をかけているというわけじゃないからな、こういう過ごし方をしていても許してくれや」


 一人なら一人でそのときにできることをやるだけだった。


「許すとか許さないとかではなくて私が言いたいのは、……難しいわね」

「とりあえずさっさと店に行こう、喋るのは買ってからでもできるだろ」


 特に興味なんかもないから適当に店内を歩いて時間をつぶしていた。

 やたらと真剣な顔で本を選んでいる彼女なんかも見えたが、邪魔をするのも違うから話しかけたりはしなかった。

 元々ある程度は決めて店に来ていたのか割とすぐに会計を済ませて「帰りましょうか」と帰ることを決めてくれたのはありがたい。


「今日も柚ちゃんは朝隅君といるのかしらね」

「特に予定がなきゃそうなんじゃないか、友達ならそんなもんだろ」

「やっぱりなにも進展しようがない同性の私より男の子の方がいいのかしら」

「知らん、天木のことは特にな」


 名前で呼んできているのだってただ吉原の真似をしているだけだ、これは本人が直接言ってきたから勝手な妄想じゃない。

 というかそれ以外のことだって全部吉原の真似というか吉原がいるから来ているだけなんだ。


「吉原が同性もいけるなら変わる気がするが」

「同性ね、無理というわけではないけど……」

「じゃあいいだろ、そこが変われば天木はもっと来るんじゃないか」


 結局天木じゃないから知らないが。

 ただ、いまのままが嫌ならやはりなにかを変えるしかないというやつだった。




「とぉ!」

「声はいいが真っすぐに進まないな」


 ガターばかりというわけじゃないが二本や三本だけしか倒せない場合が多い。

 後ろから見ている分には明らかに斜めに投げてしまっているのが分かるものの、なんと言えばいいのかが分からない。

 実際に俺がやってみてそれを見て学んでもらうというのも結局俺も大して変わらないから無理だ。


「力が入り過ぎているんですかね?」

「もっとこう……流れで投げられないか?」

「分かりました、やってみます」


 そもそもリベンジがしたいなら俺じゃなくて吉原で呼んでおくべきだった、上手くできるからそれこそ見て学ぶということもできたはずなんだ。


「うーん、中々上手くいきませんね」

「じゃあ逆にぎりぎりに立って腕だけ振ってみたらどうだ?」

「横の人達はいないので迷惑というわけじゃありませんね、やってみます」


 ああ、球の重さに負けて余計に酷くなった。

 真っすぐに投げようとしても斜めになってしまうということならぎりぎりまで移動して端のラインで投げた方がいいのかもしれない。


「というか諒平先輩も払っているんですからやってくださいよ」

「まあ、そうだな」


 最後の一ゲームだけやって終わらせるつもりだったが敢えて変な抵抗をする必要もないから適当に投げておいた。

 だが、適当というのは意外といい結果を残したりする、倒してやるという欲がないからいいのかもしれない。


「こうだっ」

「さっきよりよくなったんじゃないか」

「ですよねっ、私もいまそう思いましたっ」


 プロになりたいとかそういうのじゃないなら楽しめればそれでいい。


「ふぅ、前よりは満足できました」

「よかったな」

「でも、お腹が空いたのでなにか食べに行きましょう!」

「はは、そうだな」


 そうでなくてもボウリングのそれで金を使っているのによく注文をしてよく食べる少女だ、吉原も少しぐらいは真似をした方がいいかもしれない。

 それで結局これは本当の彼女なんだろうか? ということをよく考える。

 それでも後輩の顔をじっと見るような趣味もないからのんびりと注文した食べ物を食べることにした。


「諒平先輩ってちゃんと付き合ってくれますよね」

「受け入れたらな、そうじゃなかったら付き合わないよ」

「嘘ですよね」

「嘘じゃない、俺本人がこう言っているんだからそれが正しいことだ」


 受け入れなかったら付き合わないなんて当たり前のことだ、つまり俺の言い方も間違っていたということになる。


「所詮は俺だから適当だよ、受け入れておきながら帰りてえとか考えているんだ」

「それっていまもですか?」

「いや? 風邪のときとかの話だ、俺がいたってなんにも役に立てないしな」


 事実だから仕方がない、そんなことはないと言ってほしくて口にしているわけでもない。

 本当のところを知りたいからこっちも本当のことを話すんだ、それとよく分からない勘違いをしてくれている彼女をここで変えておかなければならないのもあった。


「だからそういうところですよ、結局私達のことをよく考えてくれているということじゃないですか」

「他ならともかく俺がやることをいい方に捉えるのはやめろ、一人でいたくないってだけだ」


 別に笑ったりはしないだろうからこれからは遊歩の奴に、それが微妙なら他の奴に頼ればいいと言っておいた。


「それも嘘ですよね、諒平先輩は一人でも特に問題はないとばかりにいるじゃないですか」

「そりゃ一人のときにうわーんと泣くわけにも構ってよと叫ぶわけにもいかないだろうよ、流石に痛すぎる」

「違います、分かっていないなら何度も言いますけどあなたは――」

「それ以上言うなら帰るぞ、ほらどうだ、俺はこういう人間なんだよ」


 逆にどうすれば俺のことをいい方に捉えられるのかと聞きたくなるぐれえだ、俺はあくまで吉原のおまけでしかないってのに。

 所詮は友達の友達でなんにも知らないんだから変なことは言わないで一緒に過ごしたいやつと過ごしておけばいい。


「大丈夫です、諒平先輩は立派です」


 なにが立派だ、そもそもなにをもってそうなるのかという話だ。

 先払い制の場所なのもあってゴミをゴミ箱に捨てて先に店を出た。


「待ってくださいよ」

「このまま吉原の家まで送ってやるからもう帰れ」


 ここからはそれなりに距離があるがそれでも一時間とか時間がかかるような距離じゃない、だから気にならない。

 というかこのまま彼女と過ごし続けることの方が気になるから俺としてはなんとしてでも解散の流れにしなければならないんだ。


「えー、まだ嫌ですよ」

「それなら一人で自由に行動しろ、休日だから余裕だろ」

「なんで急に拗ねているんですか」

「拗ねている……だと?」


 え、これって拗ねているってことになるのか? 俺としては余計なことを言ってほしくなくて逃げているだけなんだが。


「あれ、今度は止まってしまいました」


 つかこいつ中々に煽ってくるな、やはりいつものあれは装っていたのか……。

 ああ、吉原がいないからこそというやつか、まあ素が見られたということならそう悪くない結果だと言える。


「天木、これって拗ねているのか?」

「え、だって急に不機嫌になったので……え、そうなんじゃないんですか?」

「知らん、だから吉原に聞いてみよう」


 ししし、このまま自然と別れて部屋でゆっくりとしてやろう。

 休日ならしっかり休んでおくべきだ、別に遊ぶのは平日の放課後にもできる。


「それは拗ねているのではなくて自己評価が低いだけではないかしら」


 なんでだ、なんで俺も吉原の家に上がっているんだ。

 部活もやってねえくせに、女子のくせに力が強すぎる、敵は吉原じゃなくて天木の方だ。


「なるほど、やっぱり夕貴先輩は頭がいいです!」

「私はそれよりも二人きりでお出かけしていたことが気になっているけどね」

「ああ! いつでもいいのでまたボウリングをやりに行きましょう! 今度の私はこの前の私とは違いますよ!」


 吉原からすれば二十点ぐらいの変化だが間違いなく前には進めている、遊びだろうと努力をできる人間は素晴らしい。

 だからまあそういう点はいいんだ、もう本当にこっちに来てしまうところさえなくなれば百点満点だった。


「そういうこと、つまり誘ったのも柚ちゃんということね?」

「はい! そもそも諒平先輩が誘ってくるわけがないじゃないですか!」


 俺が誘うわけがないだろ、分かっていないのは向こうも同じか。

 こんな状態なのになんで一緒にいられているんだろうな俺達は、二人のどっちかがチートでも使ってんのか?

 あと怪しいのは遊歩だ、四月から一緒にいたという話で吉原にも興味を抱いていたみたいなのに来たのは冬の最近だなんて……。


「確かにそうだったわ、中学生のときから一緒にいるのに酷いわよね」

「そうですよ! それなのに諒平先輩ときたら……」

「ただ、それとこれとは別よ、なんで言ってくれなかったの?」


 微妙に噛み合ってねえなあ、あと吉原はどこ目線で発言しているんだ。

 だが天木は流石だと褒めることしかできない、幼馴染だからこんなことは何回もあって慣れっこなんだろう。

 全く関係のない俺がこうして吉原の怖い顔を恐れているというのに「だって驚いてもらいたいじゃないですか、しかも練習をしているところを見られたくないですよ」とあくまで普通だった。


「ふーん、あ、教えてくれてありがとう」

「吉原も下手くそになるときがあるんだな」


 人間だもんな、そりゃ失敗だってするか。

 どんな聖人だろうと百パーセント完璧だなんてやつはいない、いたらもう謝るしかない。

 だからこうして人並みの失敗をした吉原を見れてよかった。


「は?」

「さて、天木をこうしてこの家まで連れて行くことができたわけだし帰るとするか」

「また自分は必要ないというやつ?」

「違う、吉原が怖いからだ」

「なに真剣な顔で変なことを言っているのよ、いいからじっと座っておきなさい」


 ああ、最高のタイミングで帰ることができたはずだったのにこれだ、しかも天木のときと態度を変えていてださいよな。

 先程のことを考えると顔が熱くなってくる、後輩にしか強気な態度でいられないとか情けなさすぎるだろう。


「まったく、どちらかと言えば私が柚ちゃんより先に友達になったのよ? なのにここまで扱いが違うと文句も言いたくなるわ」

「確かに天木と吉原で態度を変える糞だな」


 一番下手くそだったのは俺だったということになる……って最初からこの点は分かり切っていたことか。

 なんか恥ずかしいな、今度は先程とは別の理由で帰りたくなってきたぞ。


「くそまでではないけど、露骨に差を作られると気になるわね」

「反省した、次は同じようにしないからチャンスをくれ」

「いいわ、だって私は優しいもの」

「ありがとな、じゃあ――」

「なに二人だけの世界を構築しているんですか!」


 えぇ、今度はそっちかよ。

 あ、でも、結局帰ろうとしていたやつが一番天木の気になる存在と会話してしまっていたわけだから謝罪をしておいたのだった。

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