02話

「諒平」

「おう……え、誰だ……」


 見たことはないが吉原か天木の友達だということは分かる、ちなみに名前呼びの点については特になにかを感じたりはしていなかった。

 何故なら小学生のときに仲も良くないのに名前で呼んできていた奴がいたからだ、元々気にする性格じゃないのも大きいがそれでもっと強くなった可能性がある。


「あ、僕は柚と同じクラスの――」

「な、なにをしているのっ」

「あらら、もう来ちゃったのかー」


 天木の友達にしてはちゃらいというかなんか意外だ。

 でも、顔を赤くしていたりすると丸分かり過ぎるからもう少しぐらいは隠せるようにした方がいいと思う。

 そうか、天木はこういう人間を好むのか。


「こ、この前かっこうかわいい子がいるって言ったじゃないですか、それがこの子なんですけど……」

「あれ、僕って格好いいの? 初めて言われたよ」


 女子に可愛いとよく言われていそうな見た目だった、運動能力なんかを見せた際にあれとなっていそうだ。


「んー、格好いいところもあるのは事実だよ、それに優しくできるからそこでもいいよね」


 格好いいとか普通に言えるのがすごいな、仮にそう見えていても言いづらそうにするのが普通じゃないのか? つかこれで逆になんにも好意がないなら女子は怖いということになってしまう。


「うわ、なんか柚が褒めてくると裏がありそうで怖い」

「な、なんでよ!」

「天木、吉原みたいな喋り方になっているぞ」

「ほっ、本当にいきなりすみません」


 で、結局名字も名前も吐かないまま天木に連れていかれて目の前から消えた。

 それから少しして「柚ちゃんの友達っぽくないわね」と近づいてきた吉原が言ってきたからそんなことはないだろと返しておいた。


「敬語を使っていなかったよな、これは三角関係になったりするかもな」

「かもしれないわね」

「え」

「可愛いしあの子がその気になってくれればそれでもありかもしれないわね」


 いやなんで二回言ったんだよ……って、俺の反応も悪かったか。

 本当に敬語かそうじゃないかで変わるんだなと驚いていたんだ、だが、そこまで重要なのかと聞きたくなることだった。


「た、ただいまです」

「おかえりなさい」

「あの子がまた来るかもしれません、だからその際は上手く躱してくださいね」

「ええ」


 天木か吉原がいるところなら来るだろうが俺のところには来ないだろうから警戒をしておく必要もない、ちゃらい男子なら尚更そういうことになる。

 まあ、仮に来ても普通に相手をして二人のどちらかに興味を持っているなら協力をするだけだ、三角関係になろうとこちらには関係ないから自由にやってくれればいいというやつだった。


「あ、興味を持ったら話しかけてみるのもありですよ」

「天木が好きな男子なのにいいのか?」

「す、好きぃ!? そんなことはありませんよ……」


 うわ、こんなに嫌そうな顔になるのか、隠すのが上手すぎる。

 そこまで警戒しなくてもちゃんと真っすぐにアピールをすれば受け入れてくれるはずだ、だからやはり下手くそだとしか思えない。


「そういえば吉原もいいかもって言っていたぞ」

「おお! それなら夕貴先輩があの子を振り向かせてください、そうすれば無駄に追いかけられなくて済みます」


 逃げるから追われるんだ、寧ろ追う側になればいい。

 そうすればこれまで自分のやっていたことのやばさに気づいてやめる、それかもしくは強気に出られなくなるからそこで踏み込んでやるんだ。

 そうすれば簡単にやれる、というか付き合いたいなら積極的に動かなければならないというやつだった。


「その前に友達にならないとね、もちろん諒平もよ?」

「は……?」

「男の子の友達が一人ぐらいはいた方がいいわ、あの子だったら受け入れてくれそうでしょう?」


 いや、そんなの向こうが求めていないだろ……。

 吉原のところに行っている天木と会うためか吉原自身に興味を持って教室に行っているのに知らない野郎が話しかけてきたら怖いだろう。

 そもそも仲良くやりたいという気持ちがないのに〇〇に言われたからという理由で近づくのが失礼だ、だからそんなことには絶対にならない。


「諒平、さっきは自己紹介ができなかったけどいまは柚がいないからするね、僕の名前は朝隅遊歩ゆうほだよ」

「あー、吉原に連れてこられたのか?」

「ううん、僕の意志で来ただけー」

「そ、そうか、じゃあまあよろしくな」


 じゃなくてだな、この男子もなんで唐突にこんな変なことをするんだ?

 俺は彼氏というわけじゃないし親友というわけでもない、あの二人の彼氏になりそうな人間をチェックするような趣味もないから不必要だ。


「ところで諒平って柚とあの女の人、どっちが好きなの?」

「まだそんな仲じゃない」

「え、その割には二人とも諒平のことを名前で呼んでいるよね?」

「それとこれとは別だろ、名前で呼んだイコール好きってわけじゃないんだから」

「ふーん、なんかもったいないね」


 もったいないってあの二人が俺で妥協をすることの方がもったいないと言える。


「好きなら朝隅が一生懸命になった方がいいぞ」

「うーん、魅力的な二人だけどそういうのを求めることはないかな」

「恋なんてそんなもんだ、ふとしたときに好意というやつに気づくんだよ」

「おお、諒平は経験者?」


 首を振る、経験者なんかじゃない。

 この目で見てきて感じたことをほとんど適当に言っているだけだった。




「手が冷えるわ」

「禁止にされているわけじゃないし手袋をしたらどうだ?」


 毎年冷える冷えると言うぐらいなら対策をしてしまった方が楽だろう、まあ、寒いのは寒いから悪いことじゃないが自分のためにも動いておくべきだ。


「でも、結局学校に着いたら取らなければならないでしょう? 差にやられてしまいそうだから耐えるしかないのよ」

「じゃあ……天木の手を握っておくとかどうだ」

「それだと柚ちゃんが自由に行動できなくなってしまうから駄目よ」


 それなら天木でも呼んでくることにしよう、ついでに朝隅の奴が付いてきてくれれば完璧だと言える。

 教室に行ってみると今日も仲良さそうにセットでいてくれて助かった、いちいち探し回る程ではなかったからいいことをしてくれている。

 なんかいちいち吉原の手を温めてやってくれなんて言うのは違うから朝隅にまず天木の腕を掴ませてから朝隅の腕を掴んで連れて行くことにした。


「あ、もう、なんで連れてきてしまうのよ」

「吉原のためじゃない、天木達が吉原に会いたかっただけだろ」


 彼女も結構自意識過剰なやつだな、二人を連れてきた瞬間に自分のためにやったという思考になるのがすごい。

 ただただこの教室に来ただけかもしれないのにな、俺では真似できないことだ。


「どうだか、この子がごめんなさい」

「諒平はなんのために僕らをここまで連れてきたの?」

「手が冷えるって話だったから誰かの手でも繋いでおけばいいってやつだ」

「つまり夕貴先輩のためにだったんですね」

「違うよ、どうせなら仲良くしておいた方がいいと思って連れてきたんだ」


 とりあえずやりたいことはやれたから席で大人しくしておくことにした、が、ここでこちらのことを考えてくれないのが彼女達だという話になる。

 何故かこっちで盛り上がろうとするんだ、吉原が積極的にやるのが一番気になる。

 俺が勝手にやったから私も勝手にやるというやつなのか? とはいえ、逆の行為をしても変えてくれはしなさそうだが……。


「ぎゅー、温かいですか?」

「柚ちゃんの手も冷たいわね」

「僕は?」

「朝隅君の手は温かいわ」


 こいつすげえ、連れてきておいてあれだがさらっと女子の手に触れやがった。

 なにをどうすればこうなるのか、頭がいい人間を見たときと同じような反応になってしまったことになる。


「諒平の手は……え、滅茶苦茶温かいね」

「さあな」


 手を繋ぐという行為をしないから分からない、自分で触ったところでまあ生きているんだしという感想になるだけだ。


「柚、ちょっとこの手を握ってみてよ」

「し、失礼します――おお!」

「でしょ? そういう反応になるよね」


 だから確認をするためとはいえ平気で触ることができるのがすごい、つか、朝隅の手が温かいと吉原が言ったことによって分かっているのになんで敢えてこっちとなるのか。


「ちょっと廊下に行ってくる」


 女子って分からん、ただ、気になる異性に対しては中々行動しづらいということを未経験の俺でも分かっている。

 そういうのもあって天木がわざとやっているだなんて言うつもりはない、でも、ああいうことをしても朝隅の意識を持っていくことは多分無理だ。


「諒平」

「廊下に出たら余計に冷えるだろ」


 特別苦手というわけじゃないが得意でもない、俺も人がいないところや外なんかに出たら寒いなどと何回も言うことになる。

 それなのに敢えて出てきているのは近くでわいわい盛り上がられるのはいいが巻き込まれるのは違うからだ。

 別に近くにいるからといって話しかけなければならないなんてルールはないんだから集まった人間とだけ楽しくやってくれればいいのに天木達はそれができないんだ。


「それよりちょっと付いてきてちょうだい」

「吉原もかよ、どうすればそんな感じに育つんだ?」

「どういうこと?」

「いや、なんでもない、それよりあんまり余裕もないから行くか」


 で、何故か天木達の教室がある階まで移動することになった。


「あなたにしてもらいたいことがあるの、朝隅君を柚ちゃんから遠ざけてちょうだい」

「は? いやそりゃ無理だろ、さっきだって当たり前のように天木といたんだぞ?」


 なんなら簡単に触ることだってできてしまう、直接この目で見ていないのと全員にリスクのある行為をするわけがないから天木限定とも考えられるレベルだ。

 それだというのに遠ざけるだと? 俺らにできるわけがねえ。


「でも、柚ちゃんを取られたくないわ」

「それは勝手すぎるだろ、天木が距離を作っていないなら無理だ」

「そう、それなら自分でやるしかないわね」


 滅茶苦茶悪い顔をしていたから違うところを見て過ごした、予鈴が俺を救ってくれたのだった。




「別に取ったりしないのにね」

「だが、盗み聞きはするよな」

「だって二人でこそこそするからだよ、どうすれば安心してもらえるんだろう」

「天木以外の女子と仲良くするとかしないと無理だな、だが天木は……」


 彼のことを気にしているっぽいからなるべく相手をしてやってほしい、どこかに行ってほしいと考えるよりはましだと思いたい。

 天木のなにが問題ってどの感情も表に出やすいということだ、だから彼が他を優先していたら露骨に悲しそうな顔なんかになりそうで見たくなかった。


「四月から一緒にいる子だから離れるのは嫌だなぁ」

「気にせず仲良くしろ、朝隅はなにも悪いことをしていないだろ」

「お、諒平って柚から聞いていた通り優しいねぇ」

「天木が俺の話をするのか?」

「するよ? というかほとんど吉原先輩か諒平の話ばっかりだよ」


 頬を掻きつつ「ちょっと寂しくなるときはあるけど楽しそうだから見ていて飽きないんだよね」と重ねてきた。


「諒平は吉原先輩と話すときに柚の話をしたりはしないの?」

「特にしないな、吉原はよく出してくるが」

「あ、そっか、吉原先輩の幼馴染だもんね……って、諒平はいつからなの?」

「中学のときに俺が係の仕事で喋りかけたのがきっかけだ」


 必要最低限のやり取りだけでよかったのだが世話好きな吉原的には気になったらしくて何気に続いた形となる。

 挨拶をするのが当たり前になって、会話をするのが当たり前になって、遊びに行くのも普通にできるようになった、が、当たり前だが天木といられているときの方が楽しそうだからそっちを優先してくれればいいという気持ちが強くなる。

 俺といるときは無表情でいることが多くて怖えんだ、特に悪いことをしていなくても引っかかってしまうからもう少しぐらいは笑う努力なんかをしてもらいたい。

 それが面倒くさいなら自分がいたい人間とだけ一緒に過ごせばいい、なにも敢えてこっちに拘る必要なんかはないんだからな。


「え、じゃあ普通に長いじゃん、それなのになんで名字呼びなの?」

「求められていないからだな」


 俺のことを名前で呼んでいるが前にも言ったように呼ばれる分にはなにも気にならないから口にしたこともない。


「遊歩、同性の僕ならいいでしょ?」

「ああ、まあ別にいいが。えっと、遊歩――」

「いたー! もう、なんでこんなところで朝隅君とお喋りしているんですか!」


 逆も然りか、朝隅がいるところには天木が現れると。

 吉原的には落ち着かない時間が続きそうだ、でも、そこ止まりだからこちらとしては安心できる。

 自分でなんとかしなければならないなどと言っていた吉原だが過激的なことはできないから問題ない、天木と不仲になってしまうんじゃないか的な心配をする必要も最初からないんだ。


「諒平先輩っ」

「あ、俺が怒られているのか? それにこんなところでと言うが廊下だぞ」


 教室前というわけじゃないが俺らの教室がある階であることには変わらない。

 この階に上がってちゃんと教室以外にも意識を向ければ必ず見つかる場所だ、なのに怒られてしまっている。

 朝隅を取ってしまったからとかじゃないのがなんとも言えないところだ。


「勝手に場所を変えた諒平先輩が悪いです」

「悪かった、朝隅は返すから怒らないでくれ」


 とはいえ、こういうときは誰かを利用するしかない。

 だってそうだろ、変な勘違いをするだけならともかく直接口に出してしまったらきっと笑われてしまう。

 もしそんなことになったら家に帰ったときに頭でもぶつけないと落ち着けないだろうから避けるんだ。


「朝隅君はいいんですよ、でも、諒平先輩が勝手に変えるのは駄目です」

「天木、まだ調子が悪いんじゃないか? 保健室に連れて行ってやろうか?」

「諒平先輩、あんまりこういうことは言いたくないんですけどふざけないでくれるとありがたいのですが」

「そもそもこっちは吉原のおまけだろ」


 つか吉原も天木を取られたくないならもっと自分から行けよと言いたくなる。

 自分から行動をしないで取られたくないなんて言うのは単なるわがままだ、それに積極的に動いてからじゃないと相手だってじゃあ……とはならない。


「朝隅はなんでいままで来なかったんだ?」

「最近まで学校に行っていなかったからだよ、ちょっと色々とあってね」

「苛めか? 下らないことをするやつらもいたもんだ」


 だからといって特にこっちがなにかをできるというわけじゃないのが微妙なところだったりもする、小学生のときに似たようなことがあったんだ。

 別に友達というわけじゃなかったものの、誰かに自由にやられて学校に来なくなってしまった人間のことを思い出してちょっとな。


「あー、単純に朝起きられなくて面倒くさくてね」

「なあ、俺はどうしたらいいんだ?」

「はは、心配をしてくれて嬉しかったよ」


 って、野郎同士でいつまでも会話をしていたところで仕方がない。

 できれば吉原のところに行ってほしい、多分意識をして一緒に過ごせば慣れるだろうからそうしてほしい。


「そうだ、今日は諒平の家に行ってもいい? 友達のことは知っておきたいんだ」

「いいが天木か吉原がいるのが条件な」

「分かった、そこは僕に任せてよ」


 よし、じゃあ吉原を誘うのはこっちがやることにしよう。

 とはいえ、勉強をやっているみたいだったからこの時間は諦めて次の時間に動くことにしたのだが、読書だったり会話だったり再び勉強だったりとやりたいことが多すぎて結局その機会はやってこなかった。


「そわそわしてどうしたのよ?」

「あ、今日俺の家に来ないか?」


 こういうところはまじでいいんだがな、いつも困ったときに助けてくれるのが優しすぎる。


「それってもしかして朝隅君もいるの?」

「ああ、だけど無駄に敵視もよくないだろ?」

「まあいいわ、どうせやりたいこともないからあなたの家に行くわ」


 よし、これでなんだかんだ言いつつも無視はできなくて仲良く~なんて展開になってくれるはずだ。

 そうしたら多分天木のやつも嫉妬なんかをして頑張ると思う、一人になってしまう可能性はあるが俺のところで盛り上がろうとするあの謎の行為もしなくなるだろう。


「遊歩、連れてきたぞ」

「は?」

「ありがとう」

「ちょっと待ちなさい、なんで名前で呼んでいるの?」

「名前で呼んでくれって言ってきたんだ、名前が好きなんだろ」


 やたらと冷たい声は聞き間違いというわけじゃなかったらしい、同じ人間からこうも違った声音が聞こえてくるのはすごいよな。

 ただ、怖いから名前が好きなんだろ云々と終わらせるしかなかった。

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