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Nora

01話

「ごほっ、ごほっ、……今日は駄目みたいです」

「ゆっくり休め、焦らなくても明日も休みだ」


 学校は休まずに行っているから休日でよかったと思う、三連休というのも彼女の味方をした。

 ちなみにこちらとしてはなるべく休日がない方がいいが、まあ、弱っている彼女の前でいちいち言わなくていいだろう。


「うぅ、元気ならお出かけしようと思っていたのに……」

「寝ておけば治る、ここにいてやるから休め」


 というか邪魔になるだろうからと帰ろうとしたのに彼女のせいでできなかっただけだから勘違いをしないでほしい。

 俺がいたってなんの役にも立てねえよ、この部屋の酸素を無駄に奪うだけだ。


「あれ? というかおかしくないですか? 今日は確か夕貴ゆき先輩とお出かけする約束をしていたと思うんですけど……」

「はは、ここにいるように言った天木がそれを言うのか?」

「ご、ごめんなさいっ、私のことはいいですから約束をちゃんと――」

「別にそっちの方は大丈夫だ、吉原だって『ゆずちゃんの側にいてあげて』って言っていたからな」


 天木柚と吉原夕貴は幼馴染だ、だからこうなってもなにもおかしくはない。

 だが、そこはお前が行ってやれよと言いたくなるところではある、が、今日はやめておくと言うことを聞いてくれなかった。


「ゆ、柚……」

「俺が勝手に呼んでいるわけじゃないから勘違いしてくれるなよ」

「べ、別に名前で呼んでくれてもいいんですけどね」

「まあ、治ったらな、それより天木は早く寝ろ」


 気になるだろうから下から彼女の父親でも連れてくるか。

 なんか今日はやたらとそわそわしているから娘の近くにいた方がいい、きっとお互いのためになる。


「りょ、諒平りょうへい君、私がいても邪魔になってしまうだけではないだろうか……」

「そんなことはないですよ、天木もいてほしいと思っているはずです」

「そ、そうかい? なら……隅の方に座っておくことにしよう」


 ただ、この二人は俺がいるところだと全然喋らないから気になるところではある。

 甘えているところを見られたくないとかそういう理由でならいいが、実際のところは仲良くないとかだったら余計なお世話もいいところになってしまう。


「お、お父さんは下でゆっくりしていればよかったのに」

「心配でそれどころではなかったんだ」

「でも……私が悪いのにそれで時間を使ってもらうというのも……」

「気にしなくていい、柚がいいならここにいさせてほしい」

「私はいいけど……」


 うんうん平和でいい時間だ……じゃねえよ、ここまできたら俺がいる意味なんかがなくなってしまう。

 親子で楽しそうにやっているところを邪魔するのは違うから帰りたくなった、それでもあっさりと帰っていいと言われるのも嫌で黙って待つことになった。


「諒平先輩、今度は絶対に夕貴先輩とお出かけしてくださいね」

「誘われたらな」

「あと、これ以上はご迷惑をかけてしまうので……その」

「分かったよ、じゃあまたな」


 事実、俺がいる必要がなかったんだから仕方がない、帰って大人しくしておこう。

 だが、結構糞雑魚メンタルだから地味にダメージを受けていた。


「おかえり」

「吉原か、天木は重症ってわけじゃないから火曜には来るぞ」

「そう、それならよかったわ」

「でも、なんで吉原が行ってやらなかったんだ?」

「今日は諒平が行くべき日だったのよ」


 なんだそりゃ、まあ、とりあえず上がってもらった。

 彼女は俺の家に上がってからも難しそうな顔で腕を組んでいるだけだ、眼鏡の奥の瞳からは冷たさすら感じる。


「最近は寒いわね」

「あ、寒いからそんな顔なのか」


 寒い暑い暖かい、全部顔に出やすいということを忘れていた。

 特に冬は苦手なようだ、天木が元気なときはよく抱きついているぐらいだった。


「ええ、それなりの時間外にいたから冷えてしまったのよ」

「連絡をしてこいよ……」

「柚ちゃんがあなたにいてもらいたがっているのにできるわけがないじゃない」

「といってもその天木に帰れと言われた結果だからなこれ」

「それはあなたのことを考えてよ、考えなくていいならずっといてもらっているわ」


 本当かよ、幼馴染だろうとなんでもかんでも分かるというわけではないだろうに。

 とにかく冷えたらしいから大して高いやつじゃないが紅茶を用意して渡した、そうしたら多少は顔の怖さがましになって「ありがとう」と言ってくれた。


「明日か明後日、お出かけしましょう」

「じゃあ明日だな、月曜は吉原も休みたいだろ?」

「どちらでもいいわ、ちゃんとあなたと約束通りお出かけできるのならね」


 受け入れた約束はちゃんと守る人間だ、だからその点では安心してくれていい。

 まあ、俺と出かけてどうするんだよと言いたくなる件ではあったがいちいち口にして水を差したりはしないようにした件だった。




「完・全・復・活!」

「ああ、それはいいことだがなんでいるんだ?」

「優しい夕貴先輩が誘ってくれたんです!」

「じゃあ吉原と二人で遊びに行ったらどうだ?」

「それはできませんよ」


 なにを言っているんですか的な顔をされても困る、吉原が誘ったということは別に二人きりになりたいとは思っていないということだからそれでもありだと思うが。

 それと誘ったのは向こうなのにすぐに来ていないのが答えではないだろうか? 三十分ぐらいなら待てるものの、それ以上は無理だぞ。


「遅れてしまってごめんなさい」

「おお! おしゃれですね!」

「ふふ、ありがとう」

「眼鏡、なくていいのか?」

「ええ、コンタクトを入れているから大丈夫よ、それより行きましょうか」


 眼鏡があってもなくても特に彼女の場合は変わらない……ようなそうではないようなという感じだった。

 眼鏡をしているときは冷たさを感じやすいがしていないときはそうでもないなと天木と楽しそうに話している彼女を見て内で呟く。


「そういえばなにも聞いていなかったんですけどどこに行くんですか?」

「服を見に行きたいわね」

「お、いいですねっ」


 好きだよな女子って、買わないのに見て楽しめるのがすごい。


「それとちょっと運動をするのもいいかもしれないわ」

「となると、ボウリングとかですか? 私、下手くそなんですよねぇ」

「卓球とかでもいいわ、とにかく体を動かしたいの」

「分かりましたっ、今日は夕貴先輩の遊びたいように遊んでください」


 離れないようにしつつ適当に建物なんかを見て歩いていた。

 完璧に必要のない存在ではあるが今日のこれは受け入れているから帰ったりはしない、金魚の糞みたいに引っ付いて歩いておくしかない。

 歩くばかりではなく割とすぐに店に寄ってくれるのは……最初はよかった、新しく見える度に寄りまくってなにが楽しいのかと聞きたくなってくるレベルだ。


「今日は一段と静かね」

「こっちのことは気にするな、ちゃんと最後まで付き合うからよ」


 幸いなのが店に寄る度にちゃんと時間が前に進んでくれているということだった。


「ありがとう、あ、これとかどう?」

「似合うんじゃないか、つか、吉原の場合はなんでも似合うだろ」


 それと着られればいいというスタンスの俺に聞くのは間違っている、同じく大好きな天木に聞けばいい。

 なんでも褒めそうで嫌だということならクラスメイトに聞くのもありだ。


「メイド服とかでも?」

「見たことはないが似合うだろどうせ」

「柚ちゃんに着てもらいましょう」

「はは、本人が受け入れたらな」


 一商品に張り付いていた天木の手を掴んで彼女は次へと移動を始めた、一応理由を聞いてみると金がなくて買えないから目に焼き付けようとしていたみたいだ。

 俺らは別に特別な仲というわけじゃないから買ったりはしない、金を貸すこともなるべくしないようにしている。

 返ってこないからとかじゃなくて友達でもそういうことはなるべくない方がいいからだった。


「諒平先輩、今日は絶対に遠慮をしないでくださいね」

「天木こそするなよ」

「大丈夫です、幼馴染に遠慮なんかしませんよ」

「はは、そうかい」


 離れないように付いて歩いていると「あ、お腹が空きました」と随分と早いタイミングで腹減り宣言をしてくれた。

 天木の手を掴んで歩いていた彼女も立ち止まり「それならなにか食べに行きましょうか」と合わせようとする。

 不満もないから合わせるぞと言ったら彼女も頷いて歩き出した、こうしてどんどん自由に行動してくれるところが彼女のいいところだ。


「ふぅ、空いていてよかったわね」

「そうですね」

「柚ちゃん、一緒にメニューを見ましょうか」

「はいっ」


 そこまでがっつり食べたいタイプではないからそこそこの量でいい、この後も動かなければならないなら尚更のことだ。

 とはいえ、どうせ外で食べるならという考えはあるわけで、少し悩むことになって時間を無駄に消費してしまった。


「ふふ、そんなに真剣な顔で選ばなくても」

「吉原が選んでくれ、俺じゃあ決められない」

「ふむ、柚ちゃんはどれがいいと思う?」


 自分で選ばなくていいというのは楽でいい、任せておいて文句を言うような屑じゃないから任された側の彼女達としても嫌な気分にはならないだろう。


「諒平先輩ならお肉が食べられた方がいいと思うので……あ、これですかね」

「諒平、これでいい?」

「ああ、じゃあそれで頼む」


 料理が運ばれてくるまでは出しゃばるのも違うから窓の外を見たりしつつ過ごし、運ばれてからは集中して食べた。

 というのも、天木がお喋り好きだから邪魔をしたくないんだ、吉原も楽しそうだから黙っているぐらいで丁度いい。


「これをあげます、いやほら、男の子としてはちょっと少ないじゃないですか」

「天木、嫌いな食べ物をそれっぽい理由で放ってくるのはやめろ」

「ち、違いますよっ、はいっ、食べてください!」


 まあ、食べられるからいいが。

 食べ終えたらスマホを弄る趣味なんかはないからまた外を見て過ごしていた。

 なんてことはないのに見ていると落ち着く、今日はいい天気なのも影響している。

 ただ、量がそこまでではなくてもなにかを食べてしまうと一区切りついてしまって動きたくなくなるのがなんとも言えないところだった。




「よいしょ……お、重いですね」

「だから任せろって言っただろ?」

「自分の分ぐらい自分で持って行きます、なんでも甘えたりはしませんよ」


 遠慮はしないと言ったくせにこれか、まあ、吉原にはという話だったか。


「つか吉原は?」

「内緒です、私達を先にしてくれていますからやりましょう」

「あ、おう」


 トイレか、アイドルだろうと俳優だろうとトイレには行くんだからいちいち隠すようなことじゃないと思うが。


「ふぅ、まさか男の子に話しかけられるとは思わなかったわ、すぐにどこかに行ってくれたからよかったけどそうじゃなかったら泣いていたわね」

「ナンパとかまじでいるのか」


 異性なら誰でもいいというわけじゃないだろうが彼女が特別だったんだな。

 だからといって声をかけられるのがすごい、いくら魅力的な異性がいようとあ、喋りかけようとはならない……のは俺が糞雑魚メンタル気味だからだろうか。

 どうせ後悔するなら動いて後悔しようという考えなのかもしれない。


「少なくとも私は知らない子だったわ」

「私は怖いので逃げてしまいました」

「それぐらいでいいのよ、これからも似たようなことがあったら遠慮しないで逃げればいいわ」


 告白をする側も同じでそれは相手のことをほとんど考えていないことになる、だからできないぐらいでいい気がした。


「吉原も逃げろよ、なんでも聞けばいいというわけじゃないぞ」

「それでも無視はできないわよ」

「じゃあ一緒に来ている相手を頼れよ、一人で無理しようとするな」


 うろちょろしているのが嫌いでさっさと自分達の場所に来てしまったのが間違いだった、こういうところがはっきりと駄目なところだと分かる。

 でも救いようがないのは後悔するのはそのときだけで少し経てば忘れてしまうということだった、これじゃあ一生いい方に変わることはない。


「あなたはさっさと行ってしまいそうだけどね」

「俺みたいなのじゃなくてなんかもっとしっかりした男子の友達を作った方がいい、イケメンなら尚いいな」


 俺らのクラスにもそういう男子は複数人いる、彼女はその男子達とも普通に話せるからちょいと集中すればあっという間に関係が変わりそうだった。

 彼女ならイケメン組的にも文句はないだろう、だから真剣になり損とはならない。


「私のクラスにかっこかわいい男の子がいますよ、確か夕貴先輩に興味があると言っていたような気がします」

「後輩の男の子はちょっと、敬語を使われるのは嫌なのよ」

「えっ!? じゃあ私は……」

「あなたは女の子でしょう? こう……付き合うならという話よ」


 自分が使う分にはいいと言っていたから後輩とか同級生よりは先輩の方がいいのかもしれないな。

 年上の知り合いなんかがいないのが気になるところではある、ちょっとぐらい役に立てることはねえのかよと言いたくなる。


「え、私は夕貴先輩のことを好きですけど」

「ふふ、ふざけないの」

「本当ですよっ」


 いいから投げてくれや、じっとしているからこうしてマイナス気味になるんだ。

 だがそこは大人の女吉原、ちゃんと天木をリードしていた。

 その結果、内が黒く染まってしまう前に動くことができたから助かった。


「三ゲームってすぐね」

「夕貴先輩の投げ方凄く格好良かったです」

「柚ちゃんの投げ方は可愛かったわ、ほら、写真も撮っておいたわよ」

「は、恥ずかしいからやめてくださいっ」


 ただ少し遅かったのかハイテンションだった天木は弱々しくなってしまって背負って歩くことになった。


「うぅ、ごめんなさい」

「それだけ吉原と遊びに行きたかったってことだろ、別に恥ずかしいことじゃない」

「でも、こうして諒平先輩にまたご迷惑をかけてしまっているわけですし……」

「気にするな、それより家で大人しくしていた方がいいぞ」


 俺は最初に決めていたように約束をちゃんと守れたわけだから満足している、吉原がいてくれればすぐにテンションも戻る。

 まあ、自分のためにもなるべくコントロールをするべきだがどうしても抑えられないということなら出していけばいい。

 親しい相手から甘えられて喜ばない人間はいない、可愛い存在が好きな吉原なら尚更のことだ。


「じゃ、後は頼んだぞ」

「ええ、任せてちょうだい」

「またな」


 天木家から出て真っすぐに家へ、今日は微妙な気分というわけじゃないから寄り道をしたりはしなかった。

 一応アプリの方でも礼を言って目を閉じる、これから何時間でも寝て過ごせると思うとそれだけで幸せだ。

 残念ながら直前まで遊んでいたのもあって妙に落ち着かない自分もいたが、そこは子どもじゃないしなんとか抑えて夕方頃まで寝た。


「昼寝なんて一人で楽しそうだね」

「天木の調子が悪くて早めに解散になったからな」


 母はよくこういうことをする、起こさないでじっと待つなんて時間がもったいなさすぎる。


「ゲームとかでもいいでしょ?」

「もうやりつくした、となれば寝るぐらいしかないだろ」

「お母さんを迎えに行くとかでもいいでしょ?」

「本当に求めているのか?」

「別に無理をしなくてもいいけど可愛い息子が迎えに来てくれたら喜ぶよ?」


 異性のこういうところが苦手だ、可愛いとか無理やり言ってくるのが嫌だった。

 可愛いわけがないだろ、自分で言うのもなんだが手伝いだってろくにしないのに何故そうなるのかが分からない。

 一人息子だからか? それにしたって不満の方が勝ちそうなものだが。


「まあいいか、ご飯はもうできたからご飯を食べよう」

「おう、いつもありがとな」

「普通だよ普通」


 風呂も溜めてくれていたから食べ終えたらすぐに入ってリビングに戻ってきた、まだ早い時間だから面白いテレビとかはやっていないものの、すぐには部屋に戻らないようにしている。

 何故ならそうしないと両親がうるさいからだ、なんか毎日絶対に三十分は会話をしたいらしい。


「ただいま! いやー、今日も疲れたぜ」

「お疲れ様、先にお風呂に入る?」

「いや、母さんが作ってくれたご飯を食べさせてもらうよ。そうだ諒平、今日は楽しめたのか?」

「まあな、だけど天木のやつがまだ本調子じゃなくて早めに解散になった」

「そうか、昔から柚ちゃんは無理をするところがあるな」


 無理をするところがあるというのはその通りだ、相手が吉原じゃないときでも同じようにやるから心配になる。

 素で元気ならいいんだがそれが装った結果なら喜べない、本当のところが違うとなるとこちら側としても困るんだ。

 だって素を見せずに無理をするということは仲良くはなれていないということだ、俺の性格的に勘違いをして告白をなんてことはないが仲良くやれているだなんて考えにはなる可能性があるから避けたかった。


「でも、柚ちゃんのそういうところが好きだよ、諒平だって一緒にいるときに楽しそうにしてくれて嬉しいでしょ?」

「んー、吉原と二人だけで出かけりゃいいのにって言いたくなるな」

「「駄目だね諒平は」」


 それは仕方がない、俺が俺をやっている限りはこのままだった。

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